3章
夢小説設定
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*二話:覚悟*
こんなに深く関わるつもりはなかった。こんなにのめり込む予定ではなかった。単なる気まぐれ、遊び程度のつもりがいつの間にか、人生で初めての本気の恋になっていた。
『翔吾さん!』
そう呼ぶ希々の笑顔が頭から離れない。柔らかい声も、酔った時の甘えた口調も、困った時の瞬きすらも愛しくて。
女と2年付き合ったことはあるが、2年も片思いしたことはない。
――俺はお前を忘れたい。そうしたらこんな欠落感とおさらばできる。
――俺はお前を手に入れたい。そうしたらこんな焦燥感も消える。
矛盾した思考が自分でも制御できない。
……わかってる。俺が何より納得できないのは、教えてもらえないことだ。いつだって希々は俺と“大事な人”を天秤にかけて“大事な人”を選ぶ。なのにそれが誰なのか、絶対に教えてくれない。
何で?
俺のこと好きになれへんのやったら、さっさと振ればええやんか。大事な奴が居んのなら、そいつと付き合えばええやんか。
何で希々は誰も選ばんし俺を拒まんの?
答えなんてわかっている。俺はそこらの男より信頼されているから、振ってさよならなんてしたくない。彼女は恋愛感情を理解できないから、誰とも付き合わない。
わかっているのに、理不尽な問いが胸に浮かんでしまう。
いっそきっぱり振ってくれたら諦めもつくのに、などと考えて自嘲する。振られた程度で諦めがつく想いなら、こんなにこじらせていない。
俺は、どうせ諦められない。他の女が風景にしか見えない。希々だけが色付き切り取られたこの世界に、俺は慣れすぎてしまった。
覚悟を、決めよう。
彼女は覚えていないだろうが、今日は俺と希々が初めてデートしてからちょうど2年の記念日だ。俺だけの、記念日。
ディナーに景吾くん共々誘っている。本当は二人きりで会いたかったが、俺は景吾くんにも伝えたいと思っていたから。
「……ほな、行くか」
誰にともなく呟いて、立ち上がる。ポケットに入れたケースが、やけに重く感じられた気がした。
***
「こんばんは。本日はお招きいただきありがとうございます」
ドレスコードの高級フレンチレストラン。ブルーグレーのスーツを着た景吾くんが、頭を下げた。
景吾くんにエスコートされてきた希々も、優雅な礼をする。
「お招きいただきありがとうございます」
淡いピンクベージュのフィッシュテールドレスは、希々の美しさを嫌味なく引き立てていた。
「そない堅苦しい感じやなくてええって。希々ちゃん、いつもみたいにしとって。景吾くんも。俺がいつも希々ちゃんにお世話になっとる礼や」
そう言うと、希々は笑って駆け寄ってくる。
「翔吾さん、ありがとうございます! でも私の方が翔吾さんにお世話になってるのに、何で今日は景ちゃんも一緒に招待してくれたんですか?」
いつものようにその髪を撫でたいのをぐっと堪えて、俺は微笑む。
「男と二人きりは希々ちゃん、怖いやろ? けどここの店、めっちゃ評判ええから連れて来たかったんや。騎士役の景吾くんが居れば、招待してもええかな思て」
半分は本音、半分は建前だ。
「聞いた? 景ちゃん、騎士だって!」
「……姉貴、あんまりはしゃぐな」
「今日は貸し切りやから、はしゃいでもかまへんよ」
景吾くんの真っ直ぐな視線が、俺を射抜く。
「……貸し切り?」
「おん。……いや別に変なことするつもりはあらへんよ? その証拠に、景吾くんには希々ちゃんの傍に居って欲しいんや」
「……俺が傍に居ないと心配な何かを……“言う”つもりですか?」
鋭すぎる景吾くんの言葉に苦笑いを返して、俺は希々に目をやった。堅苦しくなくていい、と言った瞬間から窓に張り付いている。
「すごい! 上は空の星で、下はネオンの星だよ! あ、あれが前にお世話になった翔吾さんのマンションですか!?」
「合っとるよ。家からもこの店見えんねん」
「景ちゃん景ちゃん、跡部の家は横に広いって感じだけど、榊グループは縦に高いって感じだねぇ」
何一つ気付くことなく楽しそうに夜景を眺める希々の横顔は、ドレスも相まっていつもより大人びて見えた。それなのにフロア中を見て回りたい、とうずうずしているのが見てとれて、思わず吹き出してしまう。
「希々ちゃん、好奇心旺盛なとこは子供みたいやね」
「!! す、すみません……! 翔吾さん相手だとつい、欲望に忠実になっちゃって……!」
「……ほんま、可愛えな」
ぽつりと漏れた台詞の意味が伝わっているかはわからないが、希々は嬉しそうにはにかんだ。