2章
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*三十二話:幸せ*
俺は一瞬、我が目を疑った。
「希々……?」
「けいちゃん! ききたいことがあるの!」
夜中にでかい瓶を片手に千鳥足で俺の部屋に入ってきた希々は、明らかに酔っていた。というか、酔っ払っていた。
「……何飲んだ?」
「わかんない! おとうさんのくすねてきた! まえのけいちゃんといっしょ!」
俺が初めて希々にキスをした日のこと。忘れるはずがない。
「にがい! あまいのがいい!」
半分以上中身のない瓶を取り上げて確認すれば、アルコール度数がかなり高いものだった。酒に弱い希々なら一杯でも出来上がるだろう。
しかし、ふらふらしながら呂律の回らない受け答えをする希々は何やら異様に可愛らしく見える。惚れた弱みか。
「……何がいい?」
「きゃらめる! もしくはけいちゃんのちゅう!」
「!」
いや、駄目だ。可愛すぎる。
俺は辺りに誰もいないことを確認してから、部屋の鍵をかけた。今夜も俺は欲望と理性の狭間で葛藤することになりそうだ。
と、いきなりシャツが下に引っ張られた。
「っ!」
「きゃらめるかちゅう、くれなきゃいたずらするよ!」
ハロウィンの子供か。ちなみにハロウィンは数ヶ月先だ。
「……本当に、あんたには何通りの酔い方があるんだよ」
甘えたり、攻めたり、色気を振り撒いたり。俺は苦笑してじたばたする身体を抱き寄せた。今回も眠気はあるらしく、ほとんど目を閉じた状態で動き回っている。
「……ばーか」
キスをしようとして、そういえばキャラメルもあったと思い出した。取引先から貰ったそれを希々にやろうと思い机の上に置いておいたのだ。
「ちょっと待ってろ」
箱を開けて一つ手にした、瞬間。
「けいちゃんー!」
俺の脇をくすぐり出す希々に、予期せず体勢が崩れた。
「っ希々!」
彼女が頭を打たないよう、腕を引き上げながらベッドに縺れ込む。
「きゃらめるかちゅうー!」
「……っこの、馬鹿姉貴……!」
予定変更だ。心配させられた分くらいは返してもらおう。
「きゃら、――――」
そのまま押し倒し、わめく唇を塞ぐ。愛玩するよう何度か啄んで、軽く食んだ。
「ん…………」
素直に開いた咥内に舌を這わせる。ワインの香りが広がった。そりゃあ普段飲まねぇから苦く感じるよな。そんなことを考えながら、熱い舌を吸い上げた。
「ん、……っふ、…………ぁ……」
頬の内側と歯列の間を擽り、歯の形をなぞる。上顎の滑らかな所とざらついた所を確かめるように往復していると、いつになく敏感な希々がぴくっと震えた。
「ん……っ!」
……面白い。
つい悪戯心で舌を執拗に擦り付ける。
「んぅ……っ!」
希々は喉をそらして逃げようとしたが、俺はキスを深めた。
「……っんん…………っ、」
反射で伸ばされた指に指を絡めて、ぎゅっと繋ぐ。もう希々に残された抵抗手段は細い両脚しかない。スカートが捲れて、剥き出しの白い脚が視界に入った。
「……っ!」
俺の心臓が、どくんと音を立てた。
――一度、触れたい。口づけたい。できることなら、この愛しい人の全身に。
俺は希々が好きなキスを追い詰める程繰り返し、さらに唇を甘噛みした。
「ふ、ひゃ、……ぁ…………っ、ん……っ!」
くたり、と希々の四肢から力が抜けた。繋いでいた手も白い脚も、ベッドに投げ出されている。あまりにも無防備に頬を染める姿に、色情が顔を出さないわけがない。
カサ、
半身を起こして机の上のキャラメルを口に入れる。
息をあげて薄く俺を見上げるアイスブルーが「けいちゃ、」と名前を呼びかけた刹那。俺は甘いキャラメルを舐めながら、再び希々の咥内に押し入った。
「ん……っんん!?」
目を見開いて、希々は身体を起こそうとする。が、その反応は想定内だ。既に両手はベッドに押し付けてあるし、脚は上から動きを封じている。
――大人しく、俺とキャラメルだけ感じてろ。
「……っ、……んん…………っぁ、」
キャラメルをお互いの口内で行き来させる。否応なく湧く唾液を飲み込みながら希々が噎せることのないよう細心の注意を払った。
舌先でキャラメルを上顎に擦り合わせてやると、希々は無意識だろうがやけに色っぽく腰をくねらせた。
「んぅ……っ! ぁ、ん……っ」
「……っ!」
その仕草に、頭の奥が痺れたような錯覚に陥る。鳩尾に力が入ってしまい、思わず希々の上から退いた。
落ち着け、と自身に言い聞かせる。
「……」
融けたキャラメルを飲み込んで一度息を整えてから再び唇を重ねた。
「ん……ぅ、あ…………おいし……」
希々は甘さを求めて俺の咥内に舌を伸ばす。今度は俺の唾液が希々の中に流れて行って、こくん、と飲み干す喉にまた欲情してしまった。
駄目だ。止まらない。止めたくない。
ベッドに広がる髪がベッドサイドの灯りに反射する。
「……っ」
忍足やあいつと会っているのはわかってる。キスしていることも。俺との頻度が増えていても、他の男と希々がキスしているなんて考えたくもない。
どうせ俺だけの場所が減るなら、今のうちに増やしておこう。誰にも、希々にも気付かれないうちに。
「けいちゃ…………おいしい」
ふにゃりと笑う希々を抱き寄せて、頭を撫でてやる。
「……なぁ、希々」
「んー……? なぁにー?」
「俺にもキス、してくれよ」
希々はくすくす笑う。
「いいよー! どこがいいー?」
「……キスっつったら……ここ、だろ?」
指先でつう、と柔らかい唇をなぞると、希々は薄く目を開いた。
「ちゅう、してあげるー!」
希々はふらふらと身体を起こした。
重なる唇。ワインとキャラメルの香りが混ざり合う。上機嫌の希々は何度もキスを繰り返し、満足すると俺の耳に唇を寄せた。
「けいちゃんのみみー」
「……俺の耳が好きなんだろ?」
「うん。けいちゃんのみみ、すきー」
耳朶を甘噛みされ、吐息が鼓膜を震わす。熱い舌先が、耳の形を確かめるように辿っていく。
「……っ後は、……どうしたい……?」
いつもなら押し倒すところを耐えて、希々に問いかける。
「ん……」
希々は首筋まで顔を下げ、肌の薄いそこに唇を寄せた。俺がキスマークを付けるのを真似てか、舌を這わせては吸い上げる。
やがて首を一通り堪能すると、シャツを横に引っ張った。
「これ……じゃま」
「……っ!」
もどかしい手つきでボタンが外され、素肌が外気に触れる。
「けいちゃんだー。けいちゃんのかただー」
首から肩にかけて、細い指になぞられるたび熱が自身に集まる。敢えて俺はその拷問を受け入れた。
「ここも、わたしのー!」
肩にキスマークが散らされる。
「……後は、どこが欲しい……?」
「せなか! けいちゃんシャツぬいで!」
俺は言われた通り、中途半端にはだけていたシャツを脱いだ。背中を希々の舌が何度もなぞる。時折吸われるが、背中にキスマークは付け辛いらしい。華奢な腕に後ろから抱き締められ、肩に歯を立てられた瞬間、さすがに限界が訪れた。
「……っ希々……っ!!」
「ふぇ? あ、…………っ!」
押し倒し、希々の顎を持ち上げて深いキスに溺れる。貪るようなそれを数分も続ければ、希々の判断力などほぼなくなっていた。
「ん…………っぅ、は、…………っ」
力の入らない希々は蕩けた顔で熱い吐息を漏らす。
「今度は俺の番……な」
希々が寝る時着ているワンピースは露出が多い。肩に、二の腕に、背中に、舌を遊ばせてからキスマークを刻む。
希々は何度も身体を跳ねさせた。本当に今日はやたら敏感だ。
「、……っ、…………っ!」
柔らかな唇に噛み付いて、甘い咥内を堪能して、右手だけ脚や腰に滑らせた。
「――――……っ!!」
希々は首を左右に振って逃げようとするが、力の抜けた身体を封じるのは容易い。
感じている姉の姿は頭の回転を鈍らせる。キスはあいつらにもされているなら、快感は俺だけが与えたい。警戒心が薄くても男を怖がっている以上、希々は俺以外にこんな無防備な姿で接したりはしない。
「…………」
俺は理性を総動員して彼女から離れた。
そのままベッドに横になり、隣で愛しい人を眺める。
「……っ、……っ」
乱れた呼吸のまま時折小さく痙攣する肩を、今度は優しく抱き寄せた。腕の中で無意識にぴくっ、と反応する姿に愛しさが溢れてくる。
「…………悪かった。希々があまりに可愛いもんだから、つい手が出た」
「…………けいちゃんの、ばか……」
ぎゅっと身体を丸める希々の背をそっと撫でる。
「……俺の部屋に来た時言ってた。なんか聞きてぇことがあったんだろ? 覚えてるか?」
「…………うん」
希々はぎゅうぎゅう俺の胸に額を押し付ける。
そんなところも可愛くて仕方ないのは、今に始まったことではない。
「…………景ちゃん、わたしのことすきって……ただの意地、なんじゃないの?」
「…………なるほどな。そう考えたのか」
俺は希々を抱き締めながら、耳元で囁く。
「榊翔吾は意地かもしれねぇ。忍足の本心もわからねぇ。けど……俺が意地を張る理由って何だよ」
希々が薄く目を開けた。
「俺が希々を好きじゃなくなったら、あんたはこんな重たい枷を外して自由になれる。そうしてやれたら、普通の姉弟になれる。……俺は俺で、血の繋がりのない女を愛せたら…………それはそれで幸せ、なのかもな」
俺はてっきり、肯定の意見が返ってくると思っていた。それでも俺は違うのだと、意地などではないのだと、改めて伝えるつもりだった。しかし次の瞬間放たれた言葉に、俺は息を飲んだ。
「やだっ!! 景ちゃんの幸せってことば、わたし以外につかっちゃやだ!!」
「――――」
この気持ちを何に例えよう。愛しくて愛しすぎて。文字にならない。音にならない。
「わたしが、景ちゃんを幸せにするの! 景ちゃんが幸せってことば、いっぱい言えるようにがんばるの! ほかのひとと幸せになるなんて言っちゃやだ!」
「……希々」
「きもちーキスばっかりしてきた景ちゃんがいけないの! わたしは景ちゃんに幸せって言わせるんだから、わたしが言わせるんだから!」
「希々、」
「だから景ちゃんの幸せ、ほかのひとにあげちゃやだ!」
「希々……!」
空気すら二人の間から追い出すように、きつくきつく抱き締める。
何かもごもご言っている希々の言葉を、これ以上聞いていられない。愛しすぎて、好きすぎて、――俺が思っているよりずっと想ってもらえていた事実に、涙が込み上げた。
我慢できなかった。決壊したダムのように俺の口から溢れ出ていく、情けない本音の嵐。
「……っ俺の幸せなんて、あんたの隣にしか……っあんたにしか作れねぇに決まってんだろ……っ!」
喉が詰まる。視界が歪む。
「忍足ともあいつとも、キスなんかすんなよ……っ! 俺とだけじゃ駄目なのかよ…………っ」
こんな顔、死んでも見られたくない。
「俺が幸せなのは、希々と二人の時間だっつってんだろ……! そこが無人島だろうが戦場だろうが、俺はあんたさえ隣にいてくれりゃあ幸せなんだよ……っ!」
頬を流れるものの名前を認めたくない。
「俺より希々のことを好きな奴も、俺より姉貴のことを愛してる奴も、っ俺よりあんたを欲しい奴も! 俺は知らねぇ……っ!」
わかっている。
「……っけど、俺より希々を困らせてる奴も、俺より姉貴を悲しませてる奴も、……っ俺よりあんたを悩ませてる奴も…………っ、俺は、知らねぇんだよ…………!」
わかっている。
「それでも…………っ!」
格好悪い。嗚咽混じりで罪悪感に塗れて、それでもこの想いを止められない。
「…………っ俺は、希々がいなきゃ幸せになんか、なれねぇんだよ……っ!!」
「…………」
ふと腕の中の抵抗が消えていることに気付き、苦しかったのかと姉を解放した俺は、彼女の瞳にも涙を見付けて目を見開いた。
「……希々…………?」
「景ちゃん、……っ景ちゃん…………っ!」
泣きながら抱き着いてくる細い身体を抱き返す。
「景ちゃん…………っ!」
「希々、」
「景、ちゃん…………っ!!」
二人して泣いて抱き締め合って、……それでも何故だろう。
俺はこの日、久しぶりに希々の心に触れられた気がした。