2章
夢小説設定
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*三十一話:お揃い*
希々さんは、あれから俺の部屋に来るようになった。そして、俺の部屋に来るたび泣く。
わからない、と繰り返す。
俺はそんな彼女を抱き締める。
泣き止むまで、その華奢な身体を抱き締める。
落ち着いた頃、触れるだけのキスをする。
希々さんはしゃくり上げながら、それを受け入れる。
無理矢理お試し恋人になって、希々さんを混乱させているのはわかっていた。日が経つにつれ、疲労の色が見えたから。時には泣きながら、俺の腕の中で寝落ちることさえある。夜、眠れないのかもしれない。
それでも俺からは、何も言わなかった。榊翔吾との恋人ごっこをやめない限り、どんなに彼女が可哀想でも俺は退かない。
それに人間は、“慣れる生き物”だ。
この歪な関係が始まってから、早2ヶ月が過ぎようとしていた。
「侑士くん……」
部屋にあがった希々さんを抱きしめ、流れるようにキスをする。
希々さんは目を閉じて受け入れてくれるから、ソファの上で俺はより身体を密着させた。
細くて柔らかい身体。
ほんのり香る薔薇の匂い。
それらを堪能して、そっと唇だけ離す。
「……今日は、何を相談したいんですか?」
至近距離のアイスブルーは俺だけを映す。
「…………侑士くんは、私のこと……好き、なの……?」
俺は微笑んだ。
「……おん。何度でも言います。俺、希々さんのこと、好きや」
希々さんは不安そうに口を開く。
「……意地になってるだけじゃないの? 手に入らないものを欲しがってるだけ、とか……」
俺は希々さんの額に口づけた。
「そない意地張るほど、俺が子供に見えます?」
「、見えない、けど……」
「ただの意地なら、他に可愛え子とか綺麗な子見かけた時、その子らと知り合いになりたい思うはずなんですけどね」
「……思わないの?」
希々さんの髪を撫でて、宝石みたいなアイスブルーを見つめる。
「……希々さんの方が綺麗やな、とか。希々さんのくすぐったそうな笑顔の方が可愛えな、とか。……今希々さん何してはるんやろ、とか。全部、希々さんに繋がってまう」
「――……」
「頭の中希々さんのことでいっぱいなんは、意地、なんですか?」
3年前、跡部が電話で告げた言葉が脳裏をよぎる。
『……っ駄目なんだよ……! ずっと、何をしてても何を見てても、希々に繋がっちまう……! 諦めるべきなのは俺だなんて、わかりすぎるほどわかってる! けど……っ』
頭で考えてどうにかできる感情なら、それは恋ではない。好きでいることをやめると決めてすぐ諦められるなら、それは愛ではない。
俺は確信を持って言える。自分の想いが、恋だと。愛だと。
「……希々さん。跡部とか翔吾さんとかが意地なんかは知らへんけど、少なくとも俺は今でも希々さんのことが好きや。……むしろ昔よりどんどん好きになっとる」
「……私みたいに変な女の、どこがいいの?」
思わず苦笑してしまう。
「そんなん全部に決まってますやん。変なとこも頑固なとこも、希々さんの一部やから俺は好きです。っちゅうか変って何ですか? 恋愛感情がわからんこと?」
頷く彼女の頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめる。
「世の中には恋愛感情がない人も居るの知ってます?」
「え……?」
「性同一性障害とか、性的少数者とか、世の中にはほんまいろんな人が居るんです。希々さんは変やない。珍しいかもしれへんけど、変やないです」
揺れる眼差しは、肯定を欲していた。
俺は希々さんの頬にキスを落として、柔らかく笑む。
「一番自分のこと変や思てるんは、希々さん自身です」
「――!」
「せやけど自分で感じることって、他人から言われることより強い固定観念になってまうから。希々さんが自分のこと変や思てはるなら、俺はその変な人が好き、なんです」
他の奴等の気持ちは疑って。
でも、俺の気持ちは疑わないで。
「変な人が好きな俺も、変な奴や。これでお揃いです」
希々さんが涙を湛えて、ぎゅっと抱き着いてくる。
「……っ侑士くん…………っ!」
しっかりと抱き返しながら、俺は伝える。
「……俺は、希々さんが好きです。本物の恋人になりたいくらい、希々さんを独り占めしたいくらい…………希々さんのことが、好きや」
背中に縋り付くよう回された手に、気付かれないよう口角を上げた。
――ようやく見付けた心の隙間。今度は俺が利用させてもらう。