1章
夢小説設定
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*四話:崩壊の足音*
俺が自分の想いを自覚したのは、中学で試合に負けた時だった。
幼い頃から、俺はモテた。好きだと言われれば素直に嬉しい。だが、どうにも自身の“好き”がわからない。結果、孤高の王のように扱われ始めた。調子に乗って、俺は自分のことを俺様と呼んでいた。
しかし、初めて公式試合で負けたあの時。
何故だか涙の出なかった俺をぎゅうぎゅう抱きしめて、何故だか号泣する姉を見て、――何故だか息ができなくなった。
『私は美技に酔ったよ、景吾、誰よりカッコよかったよ……っ!!』
――あぁ、そうか。
俺は自分の恋愛に無頓着だったんじゃない。姉の恋愛にしか意識が向いていなかったんだ。
彼女が、クラスメイトに告白されたと嬉しそうに報告してくれた小学生時代。俺は拗ねてむくれていじけて、希々の気を引こうと必死になった。
彼女から、誰かを好きになったことがないのはおかしいのかと相談された中学生時代。俺は珍しいと思いつつも口ではそれが普通だと言いくるめた。心底安堵していた。
何のことはない。
俺は、鈍くてどこか頼りなくて、でも俺のために泣いてくれるこのひとのことが、誰より大切だったんだ。
だから、誰のことも好きになれなかった。
好きだと思えなかった。
いつも必ず、希々の方が好きだという結論しか出てこなかった。
それが恋愛感情だという意味を、わかってはいる。誰にも言えない。誰にも気付かれてはいけない。
俺が自分の感情を自覚したところで、出口は見えなかった。
ふとした瞬間、希々を目で追ってしまう。風呂上がりの無防備な格好は目の毒で、実姉相手に集まる熱を罪悪感と共に葬った回数は数え切れない。広いリビングやテラスでうたた寝している希々に手を出しかけて、我に返って虚しくなる。
いっそ、自覚なんてしなければよかった。
本当は希々が俺の試合を観に来た時、他の部員になんて紹介したくなかった。
本当は希々に近寄る男全員を、蹴散らしてしまいたかった。
本当は希々を抱きしめたかった。
本当は希々にキスをしたかった。
本当は希々とデートをしたかった。
本当は希々を無理矢理にでも押し倒したかった。
本当は希々を誰より幸せにしてやりたかった。
本当は、本当は、本当は――――
血なんか、繋がっていなければよかったのに。
俺が跡部景吾でない大貧民でも構わない。他人だったなら、どんな努力でもできる。希々を好きだと言える。愛しても責められない。
俺が歳上だったらよかったのに。
せめて俺が兄だったら、誰よりも希々の近くで頼られる存在になれたかもしれない。兄と妹なら、そういう話だって世の中にはある。それが、よりによって弟だ。俺は希々に頼られる存在じゃない。いつだって守られる存在だった。
――苦しかった。
誰にも言えないことが、誰にも許されないことが。好きなひとに好きと言えないことが。
俺の容量は、限界だった。
結ばれないが好きな奴がいる、そう言って告白を断っていたある時、言われた。
それでいいから付き合ってくれ、と。
今思えば、そいつは俺の好きな相手を男だと勘違いしていたんだと思う。女の良さをひたすら説いてきた。俺は面倒で目を閉じ話半分に聞きながら、気付いてしまった。そいつの声が、希々に似ているということに。身体で迫られて、目を閉じて脳内で希々に変換すると、俺は止まれなかった。
そうやって経験だけは増えていって、虚しさは深くなって、……それでも希々を好きだという想いは消えてくれなかった。
耳が声を探す。目が姿を探す。彼女の香りを、気配を、探してしまう。
頭の中は誰といても希々のことでいっぱいで、希々のことを考えない日はない。テニスも勉強も、全てが希々に繋がってしまう。俺が勝てば希々は笑うから。俺が一位を取れば希々は喜ぶから。
好きで好きで、どうしようもなかった。
抱きしめたくて、きりがない。
血の繋がりはどうしようもないが、せめて希々が頼れるくらい大人になりたくて、自分改革を始めた。
俺様、という一人称をやめた。
弟という立場を利用したスキンシップをやめた。
会いたくても部屋に行くのをやめた。
***
意味なんてなかったと気付いたのは、生徒会室から見える位置――理科室のちょうど入口で、忍足が希々を抱きしめているのを、見せられた瞬間だった。
眼鏡の奥、敵意を孕む目が俺とかち合って。
「――――」
何かが音を立てて切れた気がした。