2章
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*二十一話:恋人*
希々の世話をした秘書が、気を利かせて俺のベッドに彼女を寝かせた。俺はソファで寝たが、ほとんどまんじりともせず朝早くに目覚めてしまった。
ベッドに移動して、深い呼吸で眠る希々を眺める。剥き出しになった無防備な首筋にいくつかのキスマークを見つけた瞬間の衝撃は、筆舌に尽くし難い。
男が怖いというのは嘘だったのか。いや、嘘をつく子ではない。実は男遊びをしているのか。いや、簡単に身体を許す子ではない。それとも、大事な人にならそこまで差し出せるのか。
……なんて、起きている彼女に聞かなければ意味がない。俺がどれだけ仮定を重ねようと、真実は彼女しか知らないのだから。
はよ起きて。
俺に全部教えて。
……けど、もうちょいゆっくり休んどき。
そんな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合う中、希々の髪を撫でた。指通りのいいさらさらした髪。陽の光に透けて、金色にも銀色にも見える。ウェーブがかかっているから、光が髪の上に円を描く。
硝子細工の人形に触れるように、髪を梳く。こんな風に希々の寝顔を見るのは初めてで、何故か胸が締め付けられた。
俺は希々が好きだ。そう伝えたいのは山々だし、最早我慢も限界だ。もちろん彼女に好きになってもらえたなら、それが一番嬉しい。しかし希々がその感情を理解できないなら、それでもいい。むしろ好きだと伝えれば、彼女は向けられる好意に怯えて俺から遠ざかるだろう。だったら、好きだと言えなくてもいい。
俺は、この子の恋人になりたい。唯一無二になりたい。そして叶うなら、いずれ夫婦になりたい。欲しいのは、彼女の恋愛感情ではない。それは後からついてくればラッキー、程度のものだ。俺が欲してやまないのは、彼女の選択。
“大事な人”より、俺を選んで欲しい。
***
「…………でも私、好きって気持ち、わからない……」
「わからんくていい。俺も好きやなんて言うてへん。……ただ、希々ちゃんの特別になりたい。希々の恋人になりたい」
「……? 彼氏彼女は、恋愛感情がある人同士の繋がりじゃないんですか?」
「彼氏とか彼女とかやない。“恋人”になりたいんや」
恐らく希々は今まで、彼氏がどうとか彼女がどうとか、そういった話しか聞いていないだろう。世の中の大半はそう呼称する関係を“恋人”と呼ぶ人間は、多くはないはずだ。
なら、俺がその認識ごと塗り替える。
「好きやなくていい。キス、できるならそれだけでいい。俺は希々ちゃんの彼氏になりたいんやない。“恋人”になりたいんや」
希々は眉をハの字に寄せて、瞬きを繰り返す。
「希々ちゃん、今、恋人居る?」
いないとわかっていて、尋ねる。
「いません、けど……」
「俺と一緒に居るの、苦痛?」
希々が急いで首を横に振る。
「そんなことないです! 翔吾さんはお兄ちゃんみたいで、でも友達で、大事な人、で……」
「俺もな、希々ちゃんと居るの楽しいんや」
恋人になってしまいさえすれば、上手く言いくるめる自信はあった。時間をかけてゆっくり、二人きりの時間に慣れさせていけばいい。
しかし希々は恋のことがわからないはずなのに、目を伏せた。
「…………好き、じゃなくても良くて、一緒にいたくて、キスするのが恋人、なら………………私、…………“大事な人”が、そう、なのかもしれません」
「じゃあその人のこと、“恋人”やって堂々と言える?」
「……そ、れは…………」
迷っているなら、付け込める。俺は広いベッドの上、希々を抱き寄せた。
「俺にしとき」
「、」
「俺ならいくらでも甘えさせたるし、俺とでもキスできるんは今わかった。……俺にしとき、希々」
迷う瞳が揺らめく。
「俺はそいつみたいに、お前を泣かせへん。そいつより大事にしたる」
「……、」
「せやから……俺にしとき」
何も言えない彼女に苦笑して、そっと頭を撫でる。
「……返事、ゆっくりでええから待っとる」
「…………、」
家に送り返す時も、希々は静かだった。昨夜のようにごねられることもなく、無事跡部邸に辿り着く。
助手席に座る彼女の横顔に混乱が見えて、内心優越感が込み上げた。誰だか知らないがその大事な人とやらは、堂々と恋人だと言ってもらえないらしい。
車から出る直前不意打ちで軽くキスをすると、綺麗なアイスブルーが見開かれた。
「……またな、希々」
「……っお、世話に、なりました……っ!」
頬を赤く染めて家の中に入っていく彼女を見ながら、他人事のように思う。
俺はもう、この気持ちを止めるつもりはないらしい、と。