2章
夢小説設定
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*十七話:大嫌い*
家に帰ると、どこか不機嫌な景吾が玄関で仁王立ちしていた。
「…………遅かったじゃねぇの」
「チョコ、渡してきただけだよ」
景吾は拗ねたように手を出す。
「……さっさと俺にも寄越せ」
「はいはい。景ちゃんのとお父さんのは冷蔵庫にあるから、取ってくる」
そう言ってキッチンに向かった途端。
ぐい、と腕を引かれて私はバランスを崩した。
「きゃ……っ」
私の首筋に鼻先を埋めて、景吾は腕を離す。
「…………また、あいつと抱き合ったのか」
「そんなこと、あ…………」
つい、出会い頭にいつものように抱き着いたことを思い出す。
「いつもの癖で、……でも、すぐ離れたよ」
「……癖、になるほど近い、んだな……」
寂しそうな景吾の顔を見て、胸がちくんと痛む。
だけど、私はどうしたらいいのかわからない。翔吾さんに会いたい。話したい。その気持ちは紛れもなく本物で。景ちゃんに悲しい顔をさせたくない。笑ってほしい。その気持ちも本物なのに。
「……部屋に持って来てくれ」
「……うん、わかった」
翔吾さんに会わなければ、景吾は悲しまないのだろうか。
だけど。
「……景ちゃんのばか」
冷蔵庫に入れておいたチョコの箱を取り出して、呟く。毎年、私があげると本当に嬉しそうに笑う景ちゃん。
「……」
今日も笑ってくれるかはわからなくて、階段を上る足がやけに重く感じた。
コンコン、
ノックをして景ちゃんの部屋に入ると、景ちゃんは机で何かを見ていた。
「……景ちゃん?」
「! 悪い、ぼーっとしてた」
「うぅん、それはいいけど……何見てたの?」
私が景吾の手元を覗き込むと、そこには十数本のリボンの束があった。そのどれもに見覚えがある気がして、首をひねる。
景吾は自嘲気味に笑った。
「……俺の秘密のコレクションだ。……もう見られちまったけどな」
何の変哲もない、色とりどりの細いリボンだ。しかしその中の1本を見て、私は息を飲んだ。
「これ……去年あげたチョコのラッピングリボン…………?」
「……毎年、希々がくれるたびに此処にしまっておいた。…………女々しいだろ?」
青いリボンの先に口づけて、景吾は目を伏せた。私は静かに尋ねる。
「……どうして、そんなものとっておくの?」
返された景吾の泣きそうな笑顔が、私の胸を締め付けた。
「――希々が俺を捨てた時、このリボンの本数だけ思い出があったことを忘れねぇようにするためだ」
「――――」
捨てる。私が、景吾を?
「……俺はこの本数の年数だけ、希々の傍にいられたって思い出すためだ。嫉妬しても辛くても、誰より愛する人の傍にいられたって現実を支えに、したかった」
「…………支え、なんて……」
「俺は姉貴が好きだなんつーおかしい奴だ。それはわかってる。だから姉貴が俺を見限って居なくなった時のことを、……いつも考える」
「――――、」
いつも。
いつも、そんなことを考えていたなんて。知らなかった。そんな悲しいことを、ずっと景吾が考えていたなんて。
私はチョコの箱を景吾の机に置いて、背の高い彼を抱きしめた。
「一緒に笑って、くれたとき、も……っ、そ、んなこと、考えてたの……っ?」
涙で視界がぼやける。
「……そりゃあな」
「……っ!」
私だけ、楽しかったの?
私だけ、うれしかったの?
景吾の嬉しそうな顔も、照れた顔も。その裏に別れへの覚悟があったなんて、認めたくない。
「ぎゅって、した時、も……っそんなこと、考えてたの……っ!?」
景吾はしばらく黙った。黙ってから、……口を開いた。
「…………あと何回、こうやって触れられるんだろう、とは考えてた」
「……っ!!」
愛情を感じさせる声に、悪戯っぽい声に。さよならが潜んでいたなんて信じたくない。
優しい手つきで触れる時も、キスをする時も。そこに終わりを感じながらだったなんて、何も考えず一緒にいられることを喜んでいた自分が悔しくて苦しくて、恥ずかしかった。
「……っそんなこと、認めない!! 私にとっては楽しい時間も景吾にとっては悲しい時間だったなんて……っ、絶対認めない!!」
涙はどんどん溢れてきて、怒りとも悲しみともつかない感情が縺れる。
「違う、聞け、」
「っ景ちゃんなんてもう知らない!! ……っ景ちゃんなんて大っ嫌い!!」
私は吠えるように叫んで、家を駆け出した。