2章
夢小説設定
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*十五話:あんたが欲しい*
今現在俺は、大変機嫌の悪い希々を宥めることに必死だ。
俺の想像通り、というかそれ以上に希々は男に群がられていたが、忍足が対応してくれた。俺には男女問わず人間のバリケードができていたから、本当に助かった。榊翔吾もそれは同じで、俺は奴と希々が二人きりにならないことに安堵していた。
が、問題は希々が何もできない、ということだった。
「……景ちゃんがいるのに、お酒飲ませてもらえなかった」
「…………それは、悪かったって言ってるだろ?」
「……侑士くんが一緒じゃないと、スイーツ取りに行けなかった。……あのプディングもっと食べたかったのに」
「…………それは忍足が希々を心配したからだろ」
むすっ、と頬を膨らませている希々は、いつになく不機嫌だった。
「景ちゃんとも翔吾さんとも話せないし、お手洗いに行くだけで知らない人から色々聞かれるし……」
「……何聞かれたんだ?」
「知らない。彼氏いるかとか結婚する気はあるかとか、……………………景ちゃんは誰と結婚するのか、とか」
……このフラストレーションを今解消しておかないと、間違いなく希々は榊翔吾に甘えようという思考に至る。
これ以上付け入る隙を与えることだけは避けたくて、俺は希々を連れて高級スイーツ店に来ていた。あの騒がしいパーティーの終わり、急遽入れた予約のため着替えてすらいない。ドレスとスーツでは目立ちすぎると考え、個室を選んだのは正解だった。
「……侑士くんが恋人のふりしてくれてるのに、知らない人に肩とか触られるし。パーティーって楽しいと思ってた。全然楽しくない」
「他にどこ触られた!?」
「知らない。人が多くてわかんなかった」
希々は知らない、としか言わない。最終的には、ネオンを眺めて口を閉ざしてしまった。
「希々……」
困り果てた俺はメニュー表を広げて、希々に見せた。
「……今から、やり直そう」
俺の言葉に、希々は視線を寄越した。
「プディングだろうがパフェだろうが、好きなもん頼めよ。酒も、飲みてぇの飲んでいい。……俺達で、日曜をやり直そう」
「ほんと!?」
ぱっと明るくなる顔に、思わず笑ってしまった。現金なヤツだ。
「えっとね、これとこれとー」
とりあえず機嫌が直りそうでほっとした俺は、忘れていた。この姉が酔うとどうなるのかを。
***
「景ちゃんー。今日はねむいのにねむくないの、すごいでしょー?」
個室、が良くなかったのか。いつもと違う雰囲気にあてられたのか。希々は俺を押し倒し、艶やかに笑う。
「すごい、わかった、すごいから、」
俺を見下ろすアイスブルーは捕食者のそれで、いつもと逆の体勢に戸惑いを隠せない。
「ねぇ……景ちゃんはけっこんしちゃうの?」
「は? しねぇって言ってるだろ、前から」
「みんな、興味しんしんなの。景ちゃんがだれとけっこんするか。わたしが、だれとけっこんするか」
反駁しようとした俺の口に、細い人差し指が当てられる。と思ったら、その指は咥内にまで入ってきた。
「……っ!」
舌を愛撫するように撫でる指の動きに、背筋が粟立つ。希々はぞっとするほど美しく、加虐的に笑んだ。
「……そんなの、あの人たちに関係ないよね。だって景ちゃんは……わたしのもの、なんだから」
咥内から指が出ていく。俺の唾液で濡れたその指が、今度は俺の左耳に差し入れられて。
「っ、希々、」
くちゅ、と耳の中を犯される音に、俺は彼女の腕を掴んだ。しかし、
「景ちゃんは、だれのもの?」
その声に、抵抗できるはずがない。
スーツのボタンが外される。
「景ちゃんは…………けっこんなんて、しないよね?」
「、しねぇよ……」
ネクタイが解かれる。
「景ちゃんは……わたしのもの、って言ったよね」
シャツのボタンが外される。
「ねぇ……景ちゃんは、だれのもの?」
耳元で囁き、希々は俺の素肌にゆっくり指を滑らせた。
「……っ、悪ふざけはやめ、」
言葉が飲み込まれる。甘い酒の残り香と共に、希々の舌が俺の舌を絡め取る。俺の舌遣いを真似たそのキスに、熱が集まってしまうのを止められない。
「ねぇ……景ちゃんは、だれのもの?」
「……希々、のもの、だ」
「なら…………やめろなんて、言わないよね」
希々は、俺の首筋に舌を這わせた。時折吸い上げて、跡を残す。その間にも焦らすような手つきで細い指先が素肌を滑り、背中をくすぐる。
「……っやめ、」
駄目だ。完全に下半身が反応してしまった。希々を押し返そうとしたが、非難の眼差しに身体が強ばる。
希々は見たことのない顔で、笑う。
「わたしのもの、っていうなら、我慢してよ。わたしは景ちゃん……だれにもあげない」
熱い吐息混じりの舌が、鎖骨や鳩尾を辿って所有印を残す。俺は上がっていく息を堪えるのに必死だった。新手の拷問は、まさしく理性との戦いだった。
美味くもないだろうに俺の肌を堪能すると、希々は再び口づけてきた。踊るように咥内を蹂躙され、舌を捕えられる。希々の方からキスされている事実に、頭が真っ白になっていく。
「……っ」
俺も彼女の背に手を回し、口づけに応えた。こんなにも大胆な希々は初めてだ。お互いの間にある空気すら追い出すよう舌を擦り合わせる。
「は、……っ希々……!」
恐ろしいことに、俺と希々の位置を入れ替えるよう押し倒していたのは無意識だった。
「景、吾…………っ」
はだけたスーツの背を、小さな手がぎゅっと握りしめる。抵抗するどころか求められるような仕草に、身体中が熱くなった。正常な感覚を塗り潰していく、征服欲。
「け、ぃご……っ」
ただ欲望のままに、濃厚なキスを繰り返した。
希々の舌を甘噛みし、根元から吸い上げる。力が抜けたところに俺の舌を押し込んで、頬の内側から上顎、舌の裏、舌先を辿る。希々の唾液は残さず飲み込んで、代わりに俺の唾液が彼女の喉に流れて行った。こくん、と喉が鳴るたびに俺の劣情が侵食される。激しいキスに、湿った水音と喘ぎ声が狭い個室を満たしていく。
「ん…………っぁ、ん……っ」
美味い。甘い。もっと欲しい。全部。希々の全部が欲しい。真っ赤な頬で、希々は蕩けた瞳を向けてくる。
「希々……っ」
「けい、ちゃ……」
耳に、喉に、首筋に、鎖骨に、舌を這わせてむせ返るような色気ごと食らう。普段なら付けないような濃いキスマークを、白い肌に散らした。明日後悔するかどうかなんて、とうに頭になかった。何度も俺の名前を呼ぶ唇を塞いで、深く舌を絡め合う。
「ぁ、ん…………っ」
ドレスのファスナーを下ろそうとして、ふと冷たい感覚に我に返る。それが俺のやったネックレスだと認識すると同時に、自分のしようとしたことに気付いて心臓が凍り付いた。
「……っ!!」
希々の顔を見ないように抱き締めて、乱れた呼吸を整える。
危なかった。いや、まだ俺の理性は働いている。これからはこんなパターンもあることを頭の片隅に入れておけばいい。
「馬鹿、姉貴…………っ」
今まで酔った希々がどれだけ積極的でもどれだけ甘えてきても、それは俺の許容範囲内だった。だが、まさか希々から攻められるなんて想像すらしていなかった。求められている、ようで、夢と現実の区別がつかなくなる。
希々は、俺の夢の中でしか俺のものにならないから。
「景、ちゃん…………」
ぱたり、と希々の腕が落ちた。
いつものように寝落ちたのかと思いきや、縋るように抱き着かれる。
「いやだよ、景ちゃん、結婚しちゃやだ……」
「…………希々」
「やだよ…………ひとりにしないでよ……わたしのだ、って、いったのに…………っ」
見れば、まだ酔いの引かない瞳に涙が光っていた。
「ぱーてぃーなんか、もう出ない……っ、みんなみんな、わたしも景ちゃんも結婚させたがる…………っ!」
「……希々……」
「わたし、どうすればいいの? 景ちゃんいなくなったら、どうしたらいいの? 翔吾さんなら、教えてくれるの……?」
零れ落ちたその光を唇で拭う。
「…………不安にさせて、ごめんな。思ってること、ゆっくりでいいから全部言ってくれ」
後から後から溢れる塩っぱい雫を、できるだけ優しく拭った。
「翔吾さん……お見合い話、いっぱいくるんだって。きれいな人もかわいい子も、すごくいい子もいっぱいいるんだって。でも、いまはもっとだいじにしたいことがあるから、断るんだって」
あの野郎の話、というのは気に食わないが、それが希々の不安の元だと言うのなら、俺はあと3時間でも4時間でも奴の愚痴を聞いてやる。
俺の命より大切なものが、涙を流さなくなるのなら。何だってする。
「……きっと景ちゃんにも、いっぱいそういう話、きてるよって。ぎ、義理のいもうとになるなら、どんな子がいい? って……きかれたの……」
「……榊翔吾に聞かれたのか?」
「翔吾さんだけじゃない、ぱーてぃーのひとも、きいてきた……。私はどんな人といっしょになりたいかとか、そんなのもいっぱいきかれた……っいっぱいいっぱい、苦しかった…………!」
希々は俺に抱き着いて、涙を流す。
「いもうと、はかわいいかもしれないけど、景ちゃんをとられるの、いやだよ…………っ! 私だって、いっしょになりたい人なんて知らないよ……! 翔吾さんに甘えて、景ちゃんから離れようってがんばったけど、でもやっぱり……っ景ちゃん、いなくなっちゃいやだよ…………っ!!」
――あぁ、俺は不謹慎だ。
こんなに綺麗な涙を、悲しいはずの雫を、嬉しいと思ってしまう。
「……希々」
「なに、――――」
希々を抱え起こして、口づける。ついでにグラスの水をあおって、口移しで少しずつ飲ませた。
「……聞いてくれ」
何度でも言うけれど、どうせなら少しでも酔いを覚まして聞いてほしい。起きたら忘れてしまうと知っているけれど、心の片隅にでも残っていてくれたなら。希々の不安が小さくなるかもしれないから。
こく、と水を飲み込む希々の涙が止まったことを確認し、俺は微笑んだ。
「……希々、好きだ。愛してる」
「…………景ちゃ、ん」
「俺は希々のもんだ。これからもずっとな」
目に見える形で証明することはできない。
俺の命を懸けた愛が、永遠に変わらないことを証明する方法なんてないんだ。俺にできることはいつだってただ一つ。何度でも、伝えること。
「見合いはしない。絶対に。相手が何処の美女でもアイドルみてぇに可愛い女でも、……そいつは希々じゃない」
「……うそだ」
「俺は姉貴には嘘をつかねぇ」
「…………」
濡れた頬にかかる髪をよけてやりながら、ゆっくり頭を撫でる。
「なぁ……俺は、あんたにとってただの弟じゃねぇのか?」
「…………わか、らない…………」
希々は目を伏せた。
「景ちゃんのキスは……すき。ちょっと過保護なとこも……すき。カッコいいから、ドキドキする、……けど…………弟だから、甘えさせてあげたい」
「……あぁ」
「私が甘えさせてあげたい、から…………私は別の人に甘えるの。……でも、距離感がわからなくて」
希々の額に、瞼に、キスを落とす。
「……翔吾さんはお兄ちゃんみたいな人だけど、景吾とは違う。キスしてほしいなんて、思わない」
「……俺とはキスしたいのか?」
「うん……」
その台詞だけで緩む頬をどうすることもできなくなる。
「……私……おかしいのかな」
刷り込みのキスで、おかしくしたのは俺だ。他の男とキスしなければわからない、どろどろに甘い沼の底。わざと話題をすり替える。
「おかしいのは俺だ。……姉貴に甘えたいけど、姉貴に甘えて欲しい」
「……? 甘える人と、甘えさせてあげる人は、別じゃないの?」
「どっちもすればいいじゃねぇか。俺が甘えたい時は……テスト明けとかな。姉貴に甘える。でも…………俺にキスして欲しい時、抱きしめて欲しい時は、姉貴が俺に甘えていいんだ」
希々は瞬きを繰り返す。理解できていない様子すら愛しくて、桜色の唇を奪いながら告げる。
「俺は“弟”だから、甘えさせて欲しい。でも俺は……“男”だから。好きな人には甘えて欲しい。他の男になんか甘えて欲しくねぇ」
「景、吾、」
「俺に、甘えろ。姉貴の望みなら何でも叶えてやる。気持ちいいキスも、抱き締める腕も、全部希々のもんなんだ。……活用しろよ」
指先で項から背中を辿って、くびれたウエストと腰まで身体の線をなぞる。明確に愛撫の意志を持って、焦らすように触れた。
「ぁ、…………っ!」
くすぐったそうに身をよじる希々の耳に吐息を吹き込みながら、小さく囁く。
「俺は希々のもんだけど…………あんたが欲しい」
「私、……?」
取り戻したばかりの理性は、非常に不安定だ。今すぐにでもこの甘い身体を貪り尽くしたい。そんな欲求を、どうにか押し込める。
「あぁ。希々を……俺のもんにしたい」
燻った熱を隠さず、柔らかい身体に指先を滑らせていく。
「この髪も、目も、耳も、頬も、鼻も、唇も……」
「ん……っ」
希々が頬を染めて、喉を逸らした。感じている反応に、胸の奥が熱くなる。
「……首も、肩も、腕も、背中も、腰も」
ふる、と震えた希々の瞳の奥にも情欲が見えて、俺は唇の端を持ち上げた。
「……全部、俺のもんだって言いたい」
悪戯に離れて、物足りなさそうな顔になったのを確認してから、不意打ちで口づける。
「…………だから、希々もさっさと俺のもんになる覚悟を決めろ」
酔っていたのに、希々が寝落ちなかった初めての夜だった。