2章
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*十三話:呉越同舟*
この日、珍しく跡部から着信があった。普段会う時は希々さんの取り合いみたいなことしか話していないが、わざわざ電話でというのは珍しい。
嫌な予感に、俺は通話ボタンを押した。
「どないしたん? 自分、滅多に電話なんかせえへんやん」
『…………関西弁ホイホイが、変なのを連れて来やがった』
「? 何やねん、関西弁ホイホイて」
『希々だ』
その言葉には首を傾げた。希々さんは元からいろんな人を惹き付ける。敢えて関西弁に限定するとしたら、相手は俺以外の関西弁の奴、ということか。
「……四天宝寺か? それとも元テニス部以外の奴か?」
跡部は本気で凹んだ声で答えた。
『……監督の、甥だ』
「監督? 榊監督か?」
『あぁ。同窓会の時、偶然知り合っちまったらしい』
監督の甥が関西圏からこちらに出て来た、というのは風の噂で聞いていた。しかし、希々さんと知り合いになっていたとは。
「……お前がそない暗なっとるっちゅうことは、相手、手強いん?」
跡部はため息と共に肯定した。
『……認めたくねぇが、このままじゃ希々が落ちかねねぇ。それはお前だって御免だろ?』
「希々さんが落ちる!? 希々さん、好きって感情わからんままやないん!?」
『相手が悪い。榊グループの若社長で、希々が今まで会ったことのない年上の頼れる男、だ』
顔も悪くねぇのがムカつく、と跡部が毒づく。
『希々は俺が大学に行ってる間、そいつと頻繁に会ってる。夜に電話してるのもよく聞く』
「……年上、か」
俺と跡部がごちゃごちゃやっていようと、それは所詮年下の争い。希々さんは甘え下手だから、包容力のある年上の男に優しくされたら本気で転びかねない。
『希々は恋愛感情はわからないままだが、甘えさせてくれるっつってそいつの名前ばっかり出すし、自分から抱き着きに行く始末だ』
「何やねんその羨ましい境遇。羨ましい通り越して恨めしいわ」
画面の向こうで、跡部が何か言い淀む。
文字通り四六時中希々さんの傍に居られる癖に何やっとるんや、という不満は、とりあえず話を全て聞いてからにしよう。そう決めて、俺は続きを待った。
『………………俺は、お前に取られるならまだ納得できる。取り返す自信もあるしな』
「……」
仮定でも、希々さんが自分以外の人間を選ぶことを考えた跡部は、年齢だけでなく思考もそこそこ大人になったらしい。
『……だが、榊翔吾は会って間も無い人間だ。家柄がどれだけ良かろうがどんな性格だろうがたとえ聖人君子みてぇに出来た人間だろうが、……俺の20年より浅い奴に取られるのは納得いかねぇ』
「……まぁ、そうやろな。俺も俺の6年より浅い相手にかっ拐われるのは癪や」
年上というだけで希々さんを譲れるほど、俺は軽い気持ちで彼女に接しているわけではない。
諦めるには、好きすぎて。手放すには、愛しすぎて。
『……日曜、跡部グループと榊グループとで懇親会のパーティーが開かれることになった』
「何やそのえげつない金持ちパーティー」
『茶化すな。どっちもホテル経営の競合相手だけど仲良くしましょう、ってだけだ。…………お前に頼むのは俺だって本意じゃねぇが、他に頼める奴がいない』
何となく話の流れが読めて、俺は髪をかき上げた。
「……跡部はお客さんらの相手せなあかんわけやな。で、代わりに希々さん見とってほしい、と」
『あぁ。仕事ならまだしも、今回は本当にただ親睦を深めるだけの無礼講だ。……希々も楽しみにしてる。悪いが忍足には、希々の側にいてやってほしい』
「俺、跡部グループとも監督の甥とも何も関係ないんやけど、平気なん?」
『無礼講って言ったろ? 知り合いならわんさか来るだろうよ』
同窓会の時、俺達は酔った希々さんを見ている。跡部の腕に身体を擦り寄せて、とろんとした瞳で眠い、と言っていた。
あれはまずい。あの姿をパーティー会場で見せるなんて、狼の群れの中に羊一匹を放り込むようなものだ。
「……なるべく酒飲ませんようにしとくわ」
『頼む。むしろ恋人のふりでもしていてくれ。どれだけの人間が来るか予測できない』
ふりでも恋人役を俺に頼むほど、状況は芳しくないということか。
『希々は恐らく、俺の秘書としてじゃなく跡部の長女として見られる。この機会にお近づきになろうと考える輩は絶対に出てくるはずだ』
「まぁそやろなぁ……」
これまで跡部が握り潰してきた見合い話がぶり返すこともあるだろう。
希々さん本人も綺麗な上に、家柄まで揃っている。男は全員敵だと思うくらいで丁度いいかもしれない。
俺は3年前の希々さんのドレス姿を思い出しながら、ため息をついた。
「…………跡部、お前四六時中希々さんの傍に居られる癖に、何やっとるんや」
『パーティーを決めたのは俺じゃなく、』
「そっちやない。監督の甥っ子の方や」
跡部が黙り込んだ。
「俺と希々さんが会うの邪魔する暇があったら、そない危ない奴を何で警戒しとかなかったんや」
そもそも親しくさせなければ、こんなややこしいことにはならなかったはずだ。鈍い希々さんはどうせ、自分が恋愛の対象として見られていることを知らない。年上でそこそこ経験豊富な男なら、彼女の悩みにすぐ勘づくだろう。甘えていい、相談に乗る、頼って欲しい、そんな台詞を吐かれれば希々さんが依存していくことは想像にかたくない。
『…………希々に、言われた。忍足とのデートを邪魔するのはわかるが、ただの友達との関係にまで口を出すな、……だそうだ』
「それで引き下がったんか? 何でいつもみたいに上手く丸め込まなかったん?」
俺の追及に、聞き取れるかどうかという小さな声が返ってきた。
『………………希々に、嫌われたくなかった』
「阿呆か! まったく……」
呆れてものも言えない。とは言え、跡部が俺を頼ってきたのはチャンスだ。そのパーティーでは、俺が希々さんの隣にいられる。
意識してほしい。意識させたい。3年前から繋いできた信頼の糸は確かなものだと、信じたい。俺が触れても怯えなくなった彼女に、伝えたい。今でもまだ、貴女のことが好きです、と。
「呉越同舟やからその話受けたるけど、お前の落ち度が元や言うんは変わらへん。今度は希々さんとのデート、邪魔させへんよ」
『……一回だけな』
「じゃあその一回で希々さん惚れさせたるわ」
『っそんなことには、……いや、そもそも俺が…………っくそ…………』
呻く跡部の葛藤がおかしくて、思わず俺は笑ってしまったのだった。