2章
夢小説設定
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*八話:初めての感覚*
あかん。可愛すぎる。
「翔吾さん、このパフェ、すごく美味しいです!」
「ほんま? やっぱ甘いもんのことは女の人に聞いてみるもんやね」
普段俺にドン引きばかりしているあの秘書を、今は褒めちぎってやりたい。
本当に甘いものが好きらしい希々は、めちゃめちゃ美味そうにパフェを口に運ぶ。いつもはきりっとしている頬が、緩みっぱなしだ。ほんのり色づいた幸せそうな顔を見られただけで、俺の頬も緩む。
「うちの秘書にこの店のこと聞いたんよ。女の子なら絶対好きやって言うとった」
「秘書さんに、ありがとうございますとお伝えください!」
俺はコーヒー片手に、希々の笑顔を眺める。
「…………ほんま、可愛えな」
きょとん、とこちらに瞬く瞳は宝石みたいだ。ウェーブのかかった髪には、店内の灯りで天使の輪が見える。本当に天使だと言われても信じてしまいそうだ。この絶世の美女の弟なのだから、景吾くんもきっと実物は写真の数倍いい男なんだろう。
「パフェって見かけも可愛いですよね!」
そう言って笑う希々の鈍さには呆れたけれど。
ただの友達としてまずは仲良くしてもらいたいが、どうせなら少し意識してもらおうか。
俺は苦笑して、告げた。
「……男は女の子と違て、何でもかんでも可愛えなんて言わん。俺が可愛え思ったんは、希々さんやで」
こんな台詞、言われ慣れていると思っていた。それはもう聞き飽きるほどに。
お上手ですね、とか返ってきて、できたらその頬が少し赤かったら嬉しい、なんて思っていた。
なのに彼女は、一気に真っ赤になった。
「……っ」
予期せぬ反応に、俺まで恥ずかしくなってくる。
「……っ翔吾さん、すごいです」
「へっ?」
「そんなこと、照れずにさらっと言っちゃうなんて……大人、って感じですね」
はにかんだ笑みに、射抜かれたのは俺の方だった。自分で自分にツッコミを入れる。
意識させるどころかさせられてどうすんねん!
「……あの。失礼なことをお聞きしてすみません。翔吾さん、結婚はしてらっしゃるんですか?」
「、してへんよ」
したい女なら目の前にいるが。
「…………あの、変なこと、聞いてもいいですか……?」
な、何や。この上どんな爆弾落とそうっちゅうねん、この娘は。
俺は内心キョドりながらも穏やかな笑みを浮かべて頷く。
「……ええよ」
希々はしばらく口を開いては閉じ、視線をさ迷わせていた。しかし心を決めたのか、胸の前できゅっと手を握って、俺を見上げる。一連の仕草がそもそも俺のドツボにハマっていることなど、彼女は知りもしないだろう。
その艶めいた唇に、目が行ってしまう。
これはもう我慢とかの前に告白してしまおうか、と思った瞬間。
「……っ誰かを好きになるって、どんな気持ちなんでしょうか……!」
「………………は?」
俺は言葉の意味を数秒考えた。
「私……わからない、んです。昔から。……それは、いいんです。あの、そうじゃなくて…………」
希々は男を好きになったことがない、のか。
――ヤバいヤバいヤバい、ノリで告白とかせんでほんまよかった……!
内心青ざめる俺の前で、希々は懸命に続ける。
「あの、…………ずっと、……私のことを好き……って言ってくれてる、人がいるんです」
「…………同窓会に居った、侑士くんって奴?」
「侑士くんも、ですけど………………。それより、ずっと前から…………好き、って言ってくれてる、人、がいて」
「……」
何やろ。この感覚。
こない綺麗なんやから、モテて当たり前やってわかっとるつもりやった。見かけだけの男にも金だけの男にも、興味ないって知っとったつもりやった。俺が聞いた関西弁の“侑士くん”もその一人なんやっちゅうことは、容易に想像がつく。
でも、違う。今この人が相談したい理由。それはきっと、“侑士くん”やない。
「私は、“好き”がわからないから、……その人と、ちょっと……喧嘩をしちゃって。あ、仲直りはした、んですけど…………」
「……」
「翔吾さんならきっと恋愛経験もいっぱいあるし、男の子の気持ちもわかるんじゃないかって思って…………」
…………何やろ。この面白くない感じ。
言葉にならない不快感。
「あの、誰かを好きになるって…………どんな気持ち、なんですか? えっと、相手に告白とかをしてない異性が近付くだけでも、モヤモヤしちゃうんですか?」
「……そやね。俺は嫌や」
「……同性なら、モヤモヤしないんですか?」
「俺は独占欲強いからな。同性でも嫌や」
自分が一番でないなら、同性だろうが異性だろうが俺は嫌や。希々にとっての一番が、俺以外の誰でも嫌や。
「独占欲、ですか……」
うーん、強そう。なんて考え込む希々に手を出さないでいられたのは、向かい席だったからだ。隣なら間違いなく口説いていた。
俺は息を吐いて、頭をリセットさせる。
「……希々さんの頭、そんなに悩ませる相手が気になるわ」
「え?」
「……なんてな。……俺で良ければ、男心ってやつ、教えたる!」
「! 本当ですか!?」
――これでいつもの“俺”。余裕があってスマートで、ユーモアも兼ね備えた完璧な榊翔吾。
「希々さんが恋愛経験少ない言うんは意外やったけど、俺で良ければ相談乗るで?」
「うれしいです……! 私、相談出来る年上の友達がいなくて……!」
心底嬉しそうな希々に、人好きすると知っている笑顔を向ける。
「俺のことは従兄弟の兄ちゃんくらいに思ってくれてええよ」
「わぁ……! 私、兄も姉もいなくて、従兄弟もみんなすごく歳が離れてるから……っ翔吾さんみたいなお兄ちゃんが欲しかったです!」
「そりゃあ光栄や」
誰がその頭、悩ませてるん?
誰でその頭、いっぱいなん?
「……なぁ、希々ちゃんって呼んでもええ?」
俺に全部話して。俺に全部教えて。
そんでいつか、俺のことで頭いっぱいにして。
「はい!」
「……希々ちゃん、頭撫でてもええ?」
「……っはい!」
照れたように、子供のように、大きく頷く希々。
ガタン、
席を立って、座る希々の隣で目線を合わせる。そっと頭を撫でると、綺麗な瞳が嬉しそうに細められた。
「……翔吾さん、またお時間ある時、会ってくれますか……?」
初めて会った時より僅かに甘えを含んだ声に、笑みを隠せない。
「…………いつでも。希々ちゃんからの連絡、待っとる」
順序を間違えるわけにはいかない。
まずは信頼を勝ち得て、彼女の周りの状況を把握する。味方もライバルも、その立ち位置も。ここで焦ってはいけない。信用から信頼に至るまでの時間を急げば、計画は瓦解する。
――――初めて、明確な敵意が生まれた。初めて、明確な嫉妬を覚えた。初めて、明確に欲しいと思った。
結婚、上等だ。俺の隣に希々は相応しい。次は俺が、彼女の隣に上がる番だ。
恋愛経験が少ないということは、誰の色にも染まっていないということだろう。
俺の色に染めたい。
相談に乗って悩みを聞いて側にいて、依存させて。いつか彼女の方から求められるように動き出そう。榊の家柄に今更感謝して、俺は心を決めた。
一度狙った女は必ず落とす、なんて頭の悪いことは言わない。狙ったことなんてなかった。俺は今まで、狙ってきたわけじゃない。群がってくる中から、選んできただけ。自分から欲したことがなかったのだと、今、知った。
初めての渇望は、甘く胸を疼かせる。
こんな渇きを自覚させたんは、希々――お前や。