2章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*七話:年上の男性*
東京案内と言われたけれど、如何せん急に決まったことだ。何処を案内すればいいのか。東京で知っておくべき場所って何処だろう。
私はそんなことを考えて、駅の路線図を睨んでいた。
「希々さん!」
待ち合わせ場所で声をかけられて、路線図から顔を上げる。そこにはスーツではない翔吾さんがいた。高そうなジャケットに、スタイルのいい人しか似合わなさそうなデニムパンツ。清潔感のある短い茶髪。左耳にだけピアスがあることを今知った。
というか、あの日の出会いも半ば事故みたいなものだったので、こんな風に翔吾さんを直視するのは初めてだった。私はこの人と並んで、果たして大丈夫なんだろうか。若干の気負いと共に、私は頭を下げた。
「翔吾さん、こんにちは」
「ああ、そういう仰々しいんはいらんよ。俺はこんな綺麗な希々さんと歩けるだけで、幸せ者や」
「!」
綺麗、と言われて嬉しいのはきっと、侑士くんが私の心を動かしたから。年下に綺麗だと言われても胸が高鳴るのに、こんな端正な顔立ちの、それも年上の男性に言われるのは初めてで、意思とは関係なく頬が熱くなった。
「……あ、ありがとうございます。私、何か失礼なことを言っていたら教えてください。あの…………その、…………年上の方と二人きりで会うの、……初めて、なので…………」
路線図の前で私はおそるおそる口を開く。翔吾さんは不思議そうに瞬きをした。
「……希々さん、見合い話とかパーティーとかそんなんばっかで、土日埋まってるんとちゃうん?」
そう、思われていたのか。何となく納得しつつ、私は首を横に振った。
「そんなもの、一つも来たことありませんよ。私の所に降りてくる前に、全部景吾が握り潰しちゃいますから」
「弟くんが?」
「はい。…………それより翔吾さん、私、大変なことに気付いたんです」
私は路線図に目を移し、先程までの悩みを打ち明けた。
「東京案内、と言われて何処がいいか考えたんです。でも、ディズニーランドとかのテーマパークは仕事に関わるわけじゃないし、雷門や中華街が東京かと言われれば微妙で。やっぱり翔吾さんのお仕事に役立てそうなのは、乗り換えの多い新宿・池袋・渋谷駅の案内かと思ったんです」
翔吾さんは、穏やかに微笑む。その微笑みが大人びていて、少しだけ胸がきゅんとした。初めての、年上の男性。
格好良くて、面白くて、頼れる人。
「……そんで? 希々さんの中で、どんな結論に至ったん?」
私は出した結論が申し訳なくて、肩を縮めて答えた。
「……そもそも自家用車で移動する翔吾さんには、駅の案内なんて必要ないんじゃないか、って……」
翔吾さんはそれを聞いた瞬間、吹き出した。
「あははは! 確かにな!」
「やっぱり…………。どうしましょう。私、どうやって東京案内すればいいのかわからなくなってきちゃいました……」
しゅん、と肩を落とすと、翔吾さんは笑ってくれた。
「……俺のためにいろいろ考えてくれてありがとな。でも、東京案内なんてほとんど口実や。言ったやろ? 俺は友達が欲しかったんやって」
「翔吾さん……」
「いつまでもここに立っとっても目立つだけやし、どっか店入ろか」
言われてようやく私は、自分たちが衆目を集めていることに気付いた。やっぱり翔吾さんは目立つんだなぁ、なんて考えながら頷く。
「希々さん、甘いもん好き?」
「好きです!」
「……ほんなら、うちの従業員オススメんとこ連れてったる。俺は行ったことないから、口に合わんかったら堪忍な」
エスコートされてるみたいだ。歩きながら、隣の翔吾さんを見上げる。
「ん? 何かついとる?」
「ピアス…………輪っかの、片方だけってオシャレですね」
「はは、あんがとさん。希々さんはピアス開けてへんの?」
「私は…………その、怖くて。イヤリングでも十分可愛いんじゃないかなって思ってしまって」
だって、耳に穴を開けるなんて怖い。絶対痛い。オシャレの仕方は人それぞれだと思う。景吾には理由が子供みたいだと笑われたけれど。
「……ほんまやね。希々さんは派手なピアスなんかせんくても、そのイヤリングで十分すぎるくらい可愛えよ」
「……! あ、ありがとうございます……」
可愛い、なんて。綺麗、と言われることはあっても、可愛いなんて言われたことは数える程しかない。
「……ふふ」
言われ慣れていない私と、言い慣れている翔吾さん。その対比がおかしくて気恥ずかしくて、私はつい笑ってしまったのだった。