1章
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*二話:なりふり構わず好き*
中学2年の時、初めて試合で会ったその人に俺の心は全部持っていかれた。
『はじめまして! 景吾の姉の希々です』
せめて俺があと1年早く生まれていたら、この人と同じ校舎にいられる時間があったのに。俺が中1の時、希々さんは高1。俺が高1の時、希々さんは大学生。
一度も同じ校舎にいることはできなかったから、俺が希々さんに会えるのは彼女が跡部の試合の応援に来る時くらいだった。
最初はそれでも我慢できた。
でも、すぐにそれだけじゃ足りなくなって、俺は高校の校舎まで会いに行くようになっていた。
名目なんて何でもいい。
『高等部まで、どうしたの? 忍足くん』
『俺……中学の範囲はもうわかるんで、高校の範囲の数学、教えてほしいんです』
『そうなの? 忍足くん、勉強家だねぇ』
高校で希々さんに好意を寄せている奴らも、彼女の前で大人げなく俺を追い出すことはできない。
知っているから、俺は堂々と中学の制服で希々さんのクラスに出入りした。
女子からの告白を断る時に嘘をつく必要もなくなった。
希々さんのことが好きだから。それを聞いて納得しない女子はいなかった。
毎日図書室で数学を教えてもらう日々は、俺の宝物だった。
……けど、希々さんが卒業してからは、本当に会える機会なんて滅多になくて。
俺は希々さんが高校3年生の卒業式で、告白するつもりだった。ただ、そう考えているのが俺だけであるはずもない。卒業式が終わった瞬間、まるで戦時中の炊き出しの如く彼女への告白で列ができた。
さすがに困ったように笑う彼女を見かねて、跡部が車を呼んだ。
おかげで俺は告白しそびれ、希々さんに会う口実も思いつかず、どれだけ悶々としていたか。
「忍足くん、迎えに来てくれてありがとう。会うの、この間の試合以来だよね。またちょっと背伸びた?」
希々さんは笑って俺と自分の背を比べる。その細い指が髪に触れるだけで、嬉しくて胸が締め付けられた。
「……っ成長期、やから。希々さんも、……っめっちゃ綺麗になってますやん」
精一杯の褒め言葉がこのザマだ。
自分のヘタレぶりに思わず赤くなる。
何とも思ってない女子相手になら、褒め言葉なんていくらでもぽんぽん出てくるのに。この人を前にすると、“綺麗だ”という単語しか出てこない。
「そう? ふふ、ありがとう!」
希々さんは綺麗だ。あの跡部の姉さんなんだから、容姿が綺麗なのは言うまでもない。でも、俺が好きなのはそこじゃない。
悪戯っぽい笑みだとか、3歳も年下の俺に勉強を教えてくれる優しさだとか、負けた跡部を無理矢理抱き締めて代わりに泣く姿だとか。
伝えたい想いは募って、好きなところはどんどん増えて、もう、俺の手には負えない。
「それにしても……やっぱり景ちゃん、高校生になっても2年生で生徒会長なんだね。中学の時もだったけど、すごいや」
「希々さんかて、3年生では生徒会長やったやないですか」
「それは多分、景ちゃんが有名だったからだよ。景ちゃんの姉なら間違いないだろう、みたいな信頼がみんなの中にあったんじゃないかなぁ?」
そんなわけあるかい!
と、思わずツッコミを入れかけた。俺が知っているのは出会ってからだが、俺と跡部が中2の時、高校で希々さんは2年生ながら生徒会入りを切望されていたという。
生徒も教師も、彼女を生徒会長に、と望んでいた。跡部も希々さんも衆目を集めるし、カリスマ的存在だ。
しかし跡部と希々さんの違うところはここだった。
後に聞いた話だが、この嘆願を希々さんは、滅茶苦茶カッコいい台詞で断っている。この台詞で俺はまた彼女に惚れ直し、生徒も教師も彼女への信頼を確固たるものにした。
『私はまだ2年生です。私の力を買ってくださるのは嬉しいですが、氷帝学園高等部の生徒会長は、この学園の顔となる存在です。それはここに3年間通い続け、みんなの信頼を私よりも1年間多く預けられてきた、3年生の方がなるべきものだと思うんです。ですから、会長以外の役職で私に何かできることがあれば仰ってください』
本当に、先輩を尊敬しているからこその言葉だろう。ここまで言われて彼女に生徒会長を押し付けようという痴れ者はさすがに居らず、希々さんは高校2年生で生徒会副会長に、3年生で生徒会長になった。
「2年生で会長なんて大変だと思うけど、忍足くんが手伝ってくれて、きっと景ちゃんも助かってるよ。いつもほんとにありがとう」
希々さんは、自身の魅力に鈍感だ。
いや、何というか全体的に鈍感だ。
だからこそ誰とも付き合ったことがないんだろうし、だからこそ俺の想いにも気付いてもらえない。
「はぁ…………ほんま、厄介な人に惚れてもうたわ……」
「え!? 何なに、忍足くん、誰かに片思いしてるの!?」
「…………」
こんな流れで告白なんて、嫌すぎる。
俺は苦笑して、自分より随分下にある希々さんの頭を撫でた。
「……厄介な跡部っちゅう部長に惚れて付いて行ってる、っちゅう話です」
「なんだー。そういうことかぁ……って忍足くん! さり気なくため息をつかないで! そりゃあ私は忍足くんと違って、もう背なんか伸びないけど!」
いやいやなんで俺が希々さんの身長で呆れるねん。むしろちっさい方が可愛えわ。
なんて、言えるわけもなく。
「……相変わらず、希々さんは注目の的やね」
話題を逸らすと、希々さんは首を傾げた。
「今の学年で私を知ってる子なんていないよ。忍足くんが注目の的なんじゃないの?」
「…………跡部が過保護になる理由、嫌という程理解したわ」
確かに、誰とも付き合わない俺が美人と一緒に歩いているのを好奇で見る目はあるだろう。でもそれ以上に、自分がどれだけ目立つかこの人はわかっていない。
「…………」
周りの男子の視線が不愉快だった。
この人をじろじろ見るなや。
「あれ、忍足くん。こっちから行くの?」
「おん。関係者以外立入禁止の方が安全や」
「? 今校舎の修繕でもしてるの?」
無自覚の暴力や。
「……まぁ、そんなとこです」
俺はため息を漏らして、生徒会室のドアを叩いた。
――コンコン、
「……忍足か?」
「希々さん、連れてきたわ」
「入れ」
ドアを開けると、跡部が涼しい顔でこちらを見た。
「……で? 姉貴は何しに来たんだよ」
「跡部も知らなかったん?」
俺は驚いた。てっきり希々さんは、生徒会関連で用があったんだとばかり思っていた。
横に目をやると、希々さんは何故かにやりと笑って、次の瞬間机越しに思い切り跡部を抱きしめた。
「景ちゃんー!」
「……っ! な、にしやがる、離せ、」
さすがの跡部も動揺している。
希々さんはすぐに手を離して、両手で跡部の頬を包んだ。
赤くなった跡部なんてそうそう見られない。
かすかにざわつく胸に、俺は苦笑いを浮かべた。弟にまで嫉妬するなんて最早末期だ。
希々さんは跡部の目をしばらく見て、そっと離れた。
「……よし。今は景ちゃん、無理してないね」
「…………俺は無理なんてしたことねぇよ」
「嘘ばっかり。最近景ちゃん、眠りが浅いって聞いたよ。ほとんど眠れてないのに朝練もいつも通り早く行っちゃうから、家のみんな心配してる」
跡部は珍しく、視線を逸らした。
「……放っとけよ。俺だってもう、ガキじゃねぇんだ」
「放っとかない。景ちゃんはまだ子供だよ」
「っ!」
跡部が一瞬睨むように顔を上げ、気まずそうに目を伏せる。俺も、希々さんの“子供”という言葉に少なからずショックを受けていた。
大学生から見たら、高校生なんてまだまだ子供なのだろう。
「私も心配だから、寄ったの。今日は大学、一限だけだったから」
「…………大学からここまでだって、近くはねぇだろ。なんだってわざわざ……」
しかし次の瞬間、希々さんの声がひりついた。
「――ねぇ、いつまではぐらかすつもりなの?」
跡部は答えない。
希々さんは繰り返す。
「最近景ちゃん、変だよね。何に悩んでるの? 進路? 部活? 人間関係?」
「…………」
「ねぇ、言ってくれなきゃわからないよ」
跡部はゆっくり、希々さんを突き放した。
「……姉貴には関係ない」
「待ち、跡部、そんな言い方……!」
希々さんは傷付いた表情を浮かべた。
「……私に関係ないなら、せめて忍足くんとか信頼できる友達には相談しなさい」
そのままくるりと背を向け、希々さんは出て行った。
「…………っ」
俺はどうすべきか悩んでから、彼女の後を追って生徒会室を後にしたのだった。