2章
夢小説設定
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*五話:最高峰の男*
今なら誰かが掘ってくれた墓穴に頭から突っ込みたい。
俺はスマホを握り締めて叫んだ。
「何なん!? ほんま、何なん!?」
秘書がドン引きしているが知ったことではない。
「おかしいやろ!? 休日一緒に過ごしたい言うて、デートみたい、て!! デート以外の何があんねん!!」
思わずツッコミを入れる要領で机にチョップを食らわせる。
こう見えて俺はモテる。自分で言うのも何だが、学生の頃から俺にデートに誘われて喜ばない女はいなかった。高身長・高学歴・高収入、三高の中でも最高峰に自分が位置することは自覚している。
その俺からの誘いだというのに、あの女ときたら、
『! な、何ですか? そのデートのお誘いみたいな言い方……』
怯えたような、声だった。まるで、“デート”という単語そのものに縁がないかのように。
あの容姿でそんなはずがない。いやしかし。だがしかし、考えてみろ榊翔吾。向こうも俺と同じスペックを持っているんだ。普通の女からしたら高級ディナーも、あの女にとっては俺と同じくいつものディナー。クルーズなんてプレゼントしなくても腐るほど持っている。
そうか、むしろあいつは今、最高峰クラスからのアプローチに疲れているのではないか。
そこに思い至った俺は、恋愛に結び付きそうな単語を全て避けた。結果、女は笑ってくれた。
『……友達になりたいなら、素直にそう言ってください。デートなんて言うからびっくりしたじゃないですか』
「友達て! ええ歳こいて友達て!!」
青春ごっこか、とツッコミたい気持ちとは逆に、どこか安心している自分を認めたくない。女は俺の誘いが“デート”ではないと認識するや否や、ほっとしたように柔らかい声を返してくれた。
「…………友達、か」
まずは友達として仲良くしてもらうか。
そもそも恋愛は惚れた方が負けという。いや別に、俺はあいつのことを好きなわけじゃない。別に、名前で呼びたいとか声を聞きたいとか早く会いたいとか、そんなことは1ミリたりとも思っていないのだ。
「……社長、茹でダコみたいに真っ赤になって何を一人百面相してるんですか?」
「誰がタコや! 放っとけ!」
それからはスマホとにらめっこだった。
いつあの女から連絡が来るか、気になって1分に一度は画面を見てしまう。
「社長。スマホの見すぎです」
「……すまん」
「社長、言ってるそばからスマホを見ないでください」
「…………」
認めざるを得ないと腹をくくったのは、連絡を2日待たされただけで秘書からスマホ所持禁止令を布かれた時だった。
「はぁ……」
マンションの最上階、街を見下ろしていてもネオンには意識が向かない。ここ数日全神経はスマホに注がれている。
プルル、プルル、
着信を告げた瞬間すごい速さで相手を確認した。
間違いなく『跡部希々』と表示されていて、俺は内心舞い上がりながら通話ボタンを押す。
「跡部さん?」
『はい。すみません、ちょっといろいろあって連絡が遅れちゃいました』
「いろいろ? 何かあったん? 忙しいならまたかけ直すで?」
いえ、と彼女は言葉を濁した。
『あの、平日でも大丈夫ですか?』
「俺はいつでも。跡部さん、休み平日なん?」
『いえ、土日、なんですけど……大抵埋まってしまうので……』
お見合いパーティーか。まぁそうやろな。疲れるくらいやからな。
……だとしても、この子が他の男達にじろじろ見られていると思うと、何やら腹立たしい。
そうか。まずは友達として仲良くなって次に恋人になってから、俺が跡部家に希々さんをくださいと言えばいい。正々堂々と、真正面から。俺よりいい男でない限り異論は認めない。
俺が決意を固めている間に、希々は申し訳なさそうな声で切り出した。
『あの、急で申し訳ないんですが、明日か明後日は空いてますか……?』
「ほんま、急やね」
遊びも細かくスケジューリングしそうな性格なのに、些か無計画な提案だ。俺は希々のためならいつでも空けられるから、二つ返事で了承の意を伝える。
『ありがとうございます……!』
「希々さん、予定とか前もって決めとく人やろ? 俺はええけど、そない急で希々さんの方は大丈夫なん?」
『私の名前……覚えててくださったんですね』
花がほころぶような、嬉しそうな声。きっと彼女は微笑んでいる。その笑顔を、見たい。
「俺かて名前で呼んでもろてるから……嫌やった?」
『いえ、私もうれしいです! じゃあ明日はよろしくお願いしますね、翔吾さん』
通話が終わった後も、俺の耳からはしばらく彼女の声が離れなかった。