2章
夢小説設定
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*四話:友達*
この日、私は自分のスマホに入った着信に首をひねった。『榊翔吾』という人名に心当たりがない。しばらく考えて、ようやく思い出す。
景ちゃんたちの同窓会で会った、榊先生の甥っ子さんだ。あの日の記憶も途中から曖昧だが、確か関西弁の甥っ子さんに会って、名刺を渡されて榊先生に確認して。恐らく私は先生に彼の連絡先を聞き、その場で登録したんだろう。景ちゃんに、関西人特有の社交辞令だったら余計なお世話になる、と言われたことがぼんやり記憶に残っている。
私から連絡するのは余計なお世話かもしれないが、彼からの連絡なら出るべきではないだろうか。私の連絡先を教えたのはたぶん榊先生だ。もし先生に関係のあることだったら、逆に出た方がいい。
「……はい、跡部です」
私が通話ボタンを押すと、陽気な声が聞こえた。
『久しぶりやね、跡部さん! あ、この連絡先は叔父貴に聞いててん。個人情報買うたりしてへんから安心してな!』
面白い人、だ。
私は思わず笑ってしまった。
「お久しぶりです、翔吾さん。あれから一週間くらい経ちますけど、東京には慣れました?」
『全然や。仕事の引き継ぎやら引越しやらてんやわんやで、それどころやなかった。おかげでいまだに東京とは仲良う出来とらん』
翔吾さんはため息をつく。
「お疲れ様です」
『ありがとな』
「それで、あの…………何か私にご用でしょうか?」
景ちゃんは大学だ。私は執務室の整理をしていたところなので、この話が長引くか否かで部屋を移動するつもりだった。
翔吾さんは、旧来の知人のように言う。
『跡部さん、次の休みいつ? 約束通り、東京案内してくれへん?』
「……へ?」
『へ? て可愛いな。ちゃう、そんなこと言おうとしてたわけやない』
私は瞬きをする。
「あの約束……関西人特有の社交辞令、じゃなかったんですか?」
『何やねん、関西人特有の社交辞令て。関西人をどこの星の生命体やと思っとるん?』
「あ、いえ……その、すみません」
言ったのは私じゃない。景ちゃんだ。
あの副代表は、珍しく間違ったことを私に教えたらしい。
「えっと……失礼を承知でお聞きしますけど、東京の会社の人に案内してもらった方が社員とも仲良くなれるのでは……?」
いきなりこちらに配属されたなら、その方が効率的ではないだろうか。私は真剣だったが、翔吾さんはからからと笑った。
『ちゃうよ。俺、跡部さんと出掛けたいねん』
「…………私と、ですか?」
言葉の意味をしばし考える。
「……跡部グループの秘書として、ということでしたら景吾を通してください」
『何でそうなんねん! そりゃあ仕事の話なら景吾くん通すわ!』
首をひねり続ける私に、翔吾さんは爆弾発言を落としていった。
『休日一緒に過ごして欲しい言うてんねん』
「! な、何ですか? そのデートのお誘いみたいな言い方……」
『いやいやいや、デートのお誘い以外の何があんねん』
翔吾さんは画面の向こうで笑っている。私はと言えば、“デート”なんて単語を侑士くん以外の男性から聞いたことに、動揺を隠せない。
『まぁ……半分は冗談や』
残りの半分は何なのか。
『ほんまは、仕事に関係ない知り合いが欲しかったんや。“榊さん”でも“社長”でもない、“俺”と話してくれる人がな』
「…………」
『あん時酔っとったんかもしれんけど、俺のこと名前で呼んでくれたの、素直に嬉しかった』
仕事以外の知り合い、は大切だと思う。仕事が関わると上下関係が生まれて、相談できないことも出てくるだろう。
東京に来たばかりの彼に、そういう相手がいないなら仕方ない。デート、なんて言うからちょっとどきっとしてしまったけれど。
「……友達になりたいなら、素直にそう言ってください。デートなんて言うからびっくりしたじゃないですか」
『はは、堪忍な! ……跡部さん、俺の友達になってくれへん? いろいろ、話したい』
私より年上の、仕事が出来る大人の男性。からかわれても嫌味がない。きっと本気でデートに誘う時は、もっとスマートに誘うんだろう。格好良いのにどこか可愛らしくて憎めない。私はこの人のことを嫌いになれなそうだ。苦笑いで頷く。
「……今度休みがいつか確認したら、折り返し連絡しますね」
『休み定期じゃないん? 跡部さんとこって意外にブラック?』
「いえ、私が…………その。秘書で姉、なので……」
まさか景吾の気まぐれで突然仕事になる日があるから、なんて言えない。例えば侑士くんにデートに誘われた日とか。
『秘書さんも大変やね。ほな、連絡待ってるわ』
「はい」
この通話から一つの恋が動き出していたことなど、私には知る由もない。