2章
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*三話:俺しか知らない顔*
忍足が来たと思ったら、今度は希々がいなくなった。俺は監督やジローに尋ねながら、テラスを歩き回る。
「ったく……どこ行ったんだよ。どっか行く時は俺に一言言えっつったろうが……」
ぼやいていると、何故か髪に葉っぱをくっつけた希々が「呼んだ?」と顔を出した。
「…………あぁ、呼んだ。……で? 姉貴は何処でそんな葉っぱくっつけて来たんだよ。幼稚園児か」
「あのね! 榊先生の甥っ子さんが此処に…………って、あれ?」
希々は茂みを振り返って、首を傾げた。
「……もう帰ったのかな?」
「おい、誰がいたって?」
「榊先生の甥っ子さん! 名刺もらったよ」
俺は頬が引き攣るのを感じた。
ものの数分の間にこの姉は、またもやわけのわからない男を引っ掛けていたのか。いや、勝手に引っ掛かる男の方が悪いのだが、ここまで来るともはや鈍感も凶器だ。
「貸せ。……榊翔吾…………? こいつ、本当に監督の甥なのか?」
希々はけらけらと笑う。
「わかんない! でも、榊先生に似てたよ? 関西弁で、私よりちょっと年上の人ー」
俺の頬はさらに引き攣る。
「……っあんたは関西弁ホイホイか! 何もされてねぇだろうな!?」
忍足はあれから希々のことを諦めた様子もなく、休みさえあればデートに誘う。俺は無理矢理その日に仕事を突っ込んで、秘書の希々を連れて行く。
さすがに大学の試験の時まではどうすることもできず、奴にデートを許してしまった。帰って来た希々にどこで何をしたのか事細かに報告させていたら、そこまで話さなくても侑士くんなら心配ないってわかるでしょ、と何故か怒られた。不条理だ。
本当に、関西弁の奴にろくな奴はいない。
俺がげっそりとため息をつく横で、希々は楽しそうにスーツの裾を引っ張った。
「榊先生に聞いてみようよ!」
「……あぁ、そうだな」
十中八九本物だが、万が一詐欺だとしても100%この姉は気付かないだろう。俺がしっかりしなければ。
はぁ、と再びため息が漏れた。
「なんや跡部、やけにため息ばっかついとるな」
話しかけてくる忍足を見て、旅行で関西だけは絶対に選ぶまいと心に誓った。
「……つーかお前、いい加減希々のこと諦めろよ。希々は俺の秘書だぞ」
忍足はシャンパン片手に笑う。
「諦めん言うたやろ? 確かに希々さんは跡部の秘書やけど、跡部のもんちゃうし」
「……希々は俺のだ」
「へぇ? 前にデートで聞いた時、跡部への答えは保留中や聞いたけどなぁ?」
「…………」
もうこいつの眼鏡をかち割りたい。
楽しそうに監督と話していた希々が、笑顔で駆け寄ってくる。
「やっぱり甥っ子さん、本物だったよ! 3日前にこっちに来たばっかりなんだって!」
「…………で、姉貴はその監督の甥っ子さんと、何か約束したのか?」
どうせしている。何せ愛しいこの姉貴は、関西弁ホイホイだ。
果たして俺の想像通り、彼女は頷いた。
「今度、東京案内するって言ったよ! 連絡先とか知らなかったけど、榊先生が教えてくれたから」
あの素敵スカーフ。何余計なことを教えてやがる。
「……いいか、姉貴からは連絡すんなよ?」
「? なんで?」
「どうせそいつが今度案内してくれ、っつったんだろ? もしその言葉が関西人特有の社交辞令だった場合、余計なお世話になっちまうだろうが」
希々は、はっと目を見張って、ぽんと手を打った。
「た、確かに! 社交辞令で今度遊ぼうね、みたいなノリだったかも。さすが景ちゃん! 頼りになるー!」
酒に弱い癖に、甘いシャンパンを既に2杯飲んでいる希々は若干テンションが高い。俺の腕に抱きついて、頬を寄せてくる。
「……希々、大丈夫か?」
「大丈夫だよー? 景ちゃんのいる所だもんー」
俺は希々に、俺のいない所では絶対に酒を飲むなと言っている。だが、俺のいる所でなら飲んでいいとも言っている。
希々は不満そうに頬を膨らませていたが、俺からの唯一の頼みだと、最後は情に訴えて口説き落とした。
……希々に酒を飲ませない理由。俺のいる所でだけ、それを許す理由。
「景ちゃんー、眠くなってきちゃったよー……」
――――きた。
「……監督、すみません。姉が酔ってしまったので、途中ですが失礼します」
「しっかり希々君を送り届けるように。行ってよし!」
まとわりついてくるジローや忍足を手でしっしっ、と払い、俺はタクシーを呼んだ。
目指すは家。希々の部屋。
***
タクシーの中で既にこくりこくりしていた希々の肩を支え、部屋に入る。
「けいちゃんー…………」
「ベッドとソファ、どっちがいい?」
「べっどー」
ぼふん、とベッドにダイブして、希々はふにゃりと笑う。
「えへへ、けいちゃんー」
「……ん?」
「けいちゃんも、おいでー」
俺がベッドの端に腰掛けると、希々は近寄ってくる。
「なんでそっちむいてるのー。むかしみたいに、いっしょにおひるねしよー」
柔らかい身体が抱き着いて、引っ張ろうとして途中で力を失う。
「あついー……」
勝手に暑いと言ってカーディガンを脱ぎ、ベッドの上に寝転がる。白い肌に、喉が鳴った。
「……けいちゃんー……」
いつものようにその髪を撫でてやりながら、頬を擽る。
「ふふ。けいちゃん、ちゅうしてー?」
待ち侘びた言葉に、どくん、胸が高鳴った。
酔うと色気を振り撒きながら甘えて、キスをねだる。希々のこんな一面を知るのは俺だけでいい。
「……嫌だって言ったら?」
「いじわるー。じゃあわたしからするー!」
何処にスイッチがあるのか本気で知りたい。
希々は膝立ちになって俺の頬を包み、唇を重ねた。熱い吐息が何度も押し付けられる。シャンパンの香りと同時に、高い体温で香り立つ花の匂い。好きなだけ俺の唇を奪って満足すると、今度は耳にキスをし始める。
「……俺の耳の、何がいいんだ」
「つめたくてきもちーよ。けいちゃんのみみのかたち、すきー」
耳朶を唇で辿り、時折甘噛みされる。
……大抵、俺はここで理性を放棄するのだが。止めずに好き放題やらせたらどうなるのか、いつか試してみたい。
「……希々」
「何、――――」
希々を押し倒し、形の良い唇を塞ぐ。愛玩するようなキスを数回繰り返してから、熱い咥内に舌を差し入れる。俺も余裕がない。力のない熱い舌を捕まえ、性急に絡め取った。
「ん、ぁ、う…………っん、」
弱い力で噛めば、反射で逃げようとする。瞬間、舌をゆっくり吸う。
「ぁ、ん…………っ」
甘い唾液を嚥下し、歯を立てて感触を味わい、舌先でくすぐる。
いつものように上顎から歯列、歯茎、舌の裏、頬の内側のざらつきを堪能しているうちに、希々の瞳がとろんと溶けてきた。こんな積極的な希々を見られるのはこの時だけだ。
気持ちが良すぎて頭がくらくらする。希々の喘ぎ声が俺の衝動を底上げする。
「あ、…………、けぃ、ちゃ…………」
蕩けた瞳で頬を上気させて、扇情的に俺を呼ぶ姿が堪らない。
「……っ」
絶対に他の男には見せたくない。でも、俺だけになら、見せて欲しい。これは俺のせいじゃない。酔うと色気スイッチが入る希々が悪い。
もう一度頬の内側から上顎、下顎、歯の形をなぞって、そっと唇を離した。
「……は、ぁ…………っ、けぃちゃんのちゅう、きもちいい…………」
「……っ、」
断言出来るが、俺は相手が姉じゃなかったらここで踏みとどまれない。というか、好きな相手がこの状況だ。誘惑に弱い男なら禁忌の一線を越えてもおかしくない。俺は希々が酔っ払いモードに入るたび、密かに自分の理性を褒めている。
何しろ、希々は寝落ちてしまえば全てをけろりと忘れてしまうのだから。
「……もう、満足したか?」
「ま、だ…………けい、ちゃ…………」
「っ!」
アイスブルーの瞳が潤む。小さな舌を唇ごとちゅ、と吸うと、希々の身体から力が抜けるのがわかった。
希々はこれが好きなんだろう。リクエスト通り、何度か舌を甘噛みして、吸い上げてやる。
滑らかな上顎に舌を往復させるうち、気付けば希々の方からも舌を伸ばしていて。互いの呼吸も唾液も貪り合う口づけに、思考が溶けていった。
「は、ぁ…………っ、」
目を開けていられない希々が愛しい。全部が欲しくなる。
指を絡めて手を繋ぎ、露になった首筋に唇を寄せた。抵抗はなく、希々はくすぐったそうに笑うだけだ。
「ん…………っ」
何度も首筋を唇で辿っていて、キスマークを我慢できるわけもない。
「、ぁ…………っ」
首筋や鎖骨周りに小さな華を咲かせながら、華奢な身体を抱き締めた。
「……っさすがに、今日はここまで、な」
やんわりと唇を重ねる。キスをしたまま髪を梳いてゆっくり頭を撫でてやると、程なくして希々は寝息を立て始めた。
俺は隣にドサッと寝転んで、上がった息を整える。
「……っぶねぇ……」
どうせなら、もっと淫らな姉を見てみたいとか。どうせなら、もっと先まで行きたいとか。どうせなら、もう俺のものにしたいとか。
希々が酒を飲むたび、俺の欲望は膨らむ。完全に頭の中がその色だ。劣情と愛情の狭間で正気を保つ、拷問のような高揚感は希々のせいで覚えさせられた。
……でも。
無防備にすやすや眠る希々の頬に触れて、苦笑する。
一時の欲が満たされても、そこに希々の笑顔がないなら意味なんてない。俺が欲しいのは希々の心だ。誰が相手でも俺を選ぶという、彼女の意志。それを手に入れるには、俺は希々にとって絶対的に安心できる存在でなくてはならない。
安心しろ。欲を抑えるのは慣れてる。
何年あんたと暮らしてきたと思ってるんだ。
「……最初にキスを許したのは姉貴だ。俺はやめねぇぞ」
キスは、やめない。抱擁とは違う、唯一“家族愛”ではしないことだから。キスまでやめたらこの姉は、どうせすぐ俺を意識しなくなる。冗談じゃない。ここまでどれだけ耐えてきたと思ってる。拒絶されない限り、俺からやめるつもりはない。
というか、希々は俺のキスが好きだと思う。自惚れではなく、酔うと必ずねだってくる。数年前、夜毎繰り返していた秘密の口づけは刷り込み効果があったらしい。
「…………希々……」
酒は、俺のいる所でなら飲んでいい。むしろ時には飲んで欲しい。
そのたびに知らなかった一面を見られる。具合が悪ければ介抱してやるし、彼女の理性が飛びそうな時は俺が止めてやる。だからもっと、俺を求めて来い。いつも俺から求めている分、こうして時折希々から迫られると正直嬉しい。
だが、俺のいない所では、頼むから飲まないで欲しい。警戒心というものを何処に忘れてきたのか、この姉は何でも信じる。上手いこと舌先三寸で丸め込まれてバーにでも連れ込まれたら、一発アウトだ。酔うと甘え出すだけでも危ないのに、散々色気を振り撒いて記憶を失くすなんて、人型兵器と言っても過言ではない。
こんなに俺は希々のことを心配しているのに、本人は過保護だと笑う。過保護になる理由を自覚して欲しい限りだ。
「けい……ちゃん…………ふふ」
寝言で俺の名前を口にする。
俺の耳を好きだと言う。
そんな、どうしようもなく愛しい人の額に口づけを落とし、俺は部屋を後にした。