2章
夢小説設定
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*二話:鼓動の速度*
叔父が、教え子達の同窓会に顔を出すらしい。俺に知り合いなんかいないが、“監督”としての叔父の顔を見てみたくなった。もちろん冷やかしだ。
関西からこちらに出て来たばかりの俺は、慣れない風習の違いに少なからずげっそりしていた。何やねん。エスカレーターは左側が歩行やないんか。1円くらいええよ、ってまけるのが普通やないんか。東京どんだけ心が狭いねん。
あの悪趣味なスカーフの叔父が、元部員達にどう接しているのか。どう扱われているのか。興味本位で覗いていた俺は、件の同窓会が開かれている叔父の別荘で、えらい美女を見つけた。ヴァイオレットブラウンのウェーブがかかった髪をなびかせ、叔父と談笑するその女。年は俺より2、3下か。
何故男子テニス部の同窓会に女がいるのか。マネージャーというやつか。俺がそんな疑問を抱きつつ見ていると、女が叔父に頭を下げてこちらに歩いて来た。俺に気付いた様子はない。
女は笑って誰かに手を振っている。
「お久しぶりだね、侑士くん」
「ほんまに。医大ってこんなに休みないんやね。おかげでなかなか希々さんに会えんくて寂しいわ」
俺はそこで聞こえた関西弁に目を見開いた。久しぶりに関西弁を聞いた。
ふむ。叔父をつけてきたのも、なかなか悪くなかったかもしれない。
「ほな、監督に挨拶してくるわ」
「行ってらっしゃい」
……今なら話せるやろか。
俺はにこやかに誰かを送り出す女の無防備な手を掴んで、茂みの中に引きずり込んだ。
「……っ!?」
「しー」
暴れ出す女の口をおさえて、その容貌を改めて近くで見つめた。アイスブルーの瞳が澄んだ光を映す。透明感のある肌は、離したくなくなるほど滑らかだ。
すぐ様両手を挙げ、危害を加える意図はないことを示す。
「俺は榊翔吾。あそこの派手スカーフの甥っ子や」
「……榊先生の、甥っ子さん……?」
女は静かになって、俺をじっと見つめる。名刺を渡すと、叔父と俺を数度見比べて警戒を解いてくれた。
「……確かに、似てる。でも先生の甥っ子さんが、どうしてこんな所に隠れてるんですか?」
俺はわざと大袈裟に手を広げてため息をつく。
「聞いてくれるか? 俺、ずっと京都の方でホテル経営しててん。したらあの叔父貴、こっちも手伝え言うていきなり俺に東京のホテルグループ任せてん」
「まぁ。まだお若いのにそれは大変ですね」
女は口元を手で覆って、目を丸くした。長い睫毛が瞬きのたび頬に影を落とす。
「……やろ? こちとら3日前に東京来たばっかりやねん。ほんで東京案内せぇ言うたら、今日は同窓会やから無理言われてな。案内役も居らんし、どうせなら叔父貴の監督としての面拝んだろ思て、こっそり覗いとったんや」
女は微笑んだ。
「榊先生は、立派な監督ですからみんなに慕われてますよ」
「そうなん? 意外やわ」
「ふふ。どうします? 今から行ったら、みんなも先生も歓迎してくれると思いますよ」
俺は一瞬考えた。
しかしこの女を遊びに誘うならまだしも、ガキ共の同窓会に乱入して得られるメリットなど思いつかない。ちら、と見れば、女は右手の薬指にも左手の薬指にも指輪をしていない。
「……あんたは叔父貴の何なん? テニス部の元マネージャーか何かか?」
「私ですか? 私は……」
言いかけた時、誰かの声が響いた。
「姉貴ー! おい、誰か姉貴見てねぇか?」
女はその声の方に顔を向け、俺を振り返って苦笑した。
「私はテニス部元部長の姉です。呼ばれてるので戻りますね。よかったら榊さんも行きませんか?」
「……いや、俺は大人しく帰るわ。あとな、榊さん言うんはやめてくれん? こんな所でまで仕事してる気になる」
確かに、と笑った女から、何故か目が離せない。上品な笑い方だけでなく、他の表情も見たい。もっと言葉を交わしたい。
気付けば口をついて出た言葉。
「よかったら今度、東京案内してくれへん? えーと……元部長の姉さん?」
彼女は柔らかく微笑んで、頷いた。
「わかりました。私は跡部希々です。また今度お話しましょうね、翔吾さん」
「――――――」
俺は彼女の後ろ姿を見ながら、その場にしゃがみ込んだ。
何やこれ。何やこれ。顔がめっちゃ熱い。
おかしいやろ。名前を呼ばれただけやで?
俺は初恋してる小学生か!
なんて自分で自分にツッコミを入れて、ふと冷静になった。
金にも女にも困ったことなんてない。望んで手に入らないものはなかった。でも、こんなに心を揺さぶられたこともなかった。
「跡部……希々、ね……」
俺の心臓を予定より速く動かした責任、どう取ってもらおうか。