1章
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*二十一話:何よりも大切なもの*
希々さんとの通話が切れたと思ったら、しばらくして夜中に跡部から電話がかかってきた。
俺は不審に思いつつ、電話に出る。
『さっきは悪かったな』
「……電波のせいやなかったんか」
『あぁ。俺が切った』
跡部が希々さんの部屋にいたという事実も認めたくはないが、姉弟なのだから仕方ない。
何より俺は以前嫉妬で失敗している。もう、簡単なことでは動揺しない自信があった。
跡部の気持ちを知らずにいた希々さん。俺さえ自分を制御できていれば、あの後跡部は彼女に気持ちを伝えたりしなかっただろう。そうすれば、ゆっくりとでも俺は希々さんの信頼をもらえた。彼女の一番近くにいる異性、になれたかもしれないのに。
「……俺はもう嫉妬で希々さん傷つけたりせえへんよ」
『なんだ。もっと希々の心の隙間を作ってくれてもいいんだぜ?』
この野郎。
ひくつく口元をどうにかおさめ、ため息を吐き出す。
「で、何やねん。わざわざ俺に電話なんて。しかもこないな時間に」
『…………』
跡部は何故か黙った。
俺は疑問を抱えつつ、続く言葉を待った。
しばらく経って、初めて聞く弱々しい声に耳を疑う。
『…………希々じゃなきゃ、駄目なのかよ…………』
「、」
『……お前なら、女なんて選り取りみどりだろ…………』
これがあの、自信満々の跡部景吾?
何様俺様唯我独尊の?
「どないしたん。気色悪っ」
『あぁ。俺も他のことならこんな本音、死んでも言いたくねぇ』
他のことなら。
「っちゅうか、俺もその言葉まんまバットで殴り返したるわ。お前こそ女なんて選り取りみどりやろ。わざわざ一番望み薄そうなとこに行く意味がわからん」
これは嫌味ではなく、俺の中でずっとわからないことだった。
「……たとえ希々さんが跡部を選んでも、ハッピーエンドなんて待ってへんのやで? お前も希々さんもそのうち、見合い話とか山ほど来るやろ」
『…………わかってる』
「ほんま、わからん。なんで自分、希々さんなん?」
跡部は言葉を選んで、珍しく途切れ途切れに話し始めた。
『……他の女で満たされないのは、もう嫌というほど知ってる。……俺のやってることが、姉貴まで巻き込むってことも……わかってる』
偏見に晒される。秘密を貫いても体のいい理由が必要だ。この博打に勝ち筋なんて全く見えないことを、あの跡部がわかっていないとは思えない。
『…………世間的に姉貴を幸せにできるのは、俺じゃねぇのかもしれない。それでも俺は、……俺が、希々を幸せにしてやりたい。俺の、何を犠牲にしてでも』
「何を、て……」
『希々のためなら、俺は右腕を切り落としてもいい』
思わず息を飲んだ。
『……俺は死ぬまで告白できねぇのかと思ってた。でも、言えた。……それで満足してた、はずだった』
「……おん」
『……っ駄目なんだよ……! ずっと、何をしてても何を見てても、希々に繋がっちまう……! 諦めるべきなのは俺だなんて、わかりすぎるほどわかってる! けど……っ』
俺は、跡部に何も言えない。跡部は実際に希々さんを諦めるために、他の女と付き合った。行動した結果、できなかった。ならそれ以上何をしろと言えるだろう。
『……俺はお前が羨ましくて死にそうだ』
俺にも姉がいる。上手く想像はできないが、これだけ近い距離で好きな相手と一つ屋根の下、なんてほぼ拷問だ。
その拷問に10年以上耐えていた跡部は、素直にすごいと思えた。
「…………堪忍な。俺かて希々さんのこと、跡部よりは短いかもしれへんけど3年間好きやったんや。……怖い思われとるうちは会いに行かんけど、そう簡単には諦められへん」
跡部は電話越しに笑った。
『そう、だよな。何を言ってんだ、俺は』
「……ほんまや。……まぁ、たまには相談に乗ってやってもええよ。元々希々さんに頼まれとったことやし、こんなこと言える相手お前おらんやろ」
『……希々にとってやっぱり俺は、弟、なんだな』
跡部は何かを吹っ切るように、『明日の朝練遅れるなよ』と告げて通話を切った。
俺はスマホを持ったまま、窓を見つめる。
「……ほんま、難儀な姉弟や」
俺は希々さんのためなら、右腕を切り落とせるか。即答はできなかった。自分の想いを軽いと思ったことはないが、跡部の想いの重さを初めて知った。
俺にとって跡部が、ただの恋敵ではなくなった夜だった。