1章
夢小説設定
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*二十話:嫉妬*
手に入ったと思った瞬間すり抜けていく。
忍足のことなんかさっさと愛想を尽かせばいいのに。希々は優しいから、許してしまう。
これでは俺のライバルはいつまで経っても消えない。
ベッドの上で寝転がり、ゲームをしている希々を見て胸が痛んだ。
俺は、どうしたらいい。
「景ちゃん、この敵ってどうやったら倒せるの?」
「……見せてみろ」
「うん」
流行りのゲームは経営学上一通り把握している。ぱぱっと倒してクリアの画面を見せると、希々は唇を尖らせた。
「ああー! 私がやりたかったのにー!」
そもそもゲームをしている彼女を見るのは初めてだった。何とはなく口にして、
「……希々がゲームをやるなんて珍しいな」
「侑士くんにオススメされて、やってみたら面白かったの」
その名前に、手が止まる。
「…………忍足と、会ってるのか?」
「うぅん、電話とかで話してるだけ」
「あいつのこと、怖いんじゃなかったのかよ」
希々は目を伏せた。
「どうして怖い、のかは侑士くんと話しててわかったの。……まだ会う勇気が出ないのは、申し訳ないと思うけど」
「――会わなくていい」
「景ちゃん?」
あいつを、男を、怖がったままでいてくれ。
俺以外の男を受け入れるなよ。
いつ拐われるとも知れない焦りに、つい口が滑る。
「会うなよ」
「……景ちゃん……?」
「わざわざ男なんかに、会う必要ねぇだろ」
自分が何を言っているかわからない。
わざわざも何も、希々は普通に生活していれば男と会うわけで。俺が言いたいのは、わざわざ休日に時間やら場所やら決めて会うような面倒なことをしなくていい、ということで。自分だって男なのに、でも俺はわざわざじゃなくても会える、から。
「――――……っ!!」
自分の感情を理解した瞬間、顔がかっ、と熱をもった。
「景ちゃん? 真っ赤になってどうしたの?」
「……っんでもねぇよ!」
最悪だ。俺は駄々をこねる小学生か。
「……景ちゃん、何か怒ってる…………?」
「…………っ!」
不安げに俺を見上げる希々に、言いたいけれど言えない。こんな、子供じみた独占欲。俺の自尊心が、死んでも言いたくないと告げてくる。
でも、俺の恋心が告げてくる。言えば希々が安心するなら、死んでもいい、と。
「私…………何かしちゃった? 侑士くんとの距離感とか、間違えてる?」
俺に怒られていると勘違いして、希々は眉をハの字に寄せている。
「……っ俺が、いるだろ」
情けない声しか出て来ないのは、今更だった。俺は希々を前にすると、ポーカーフェイスでいられなくなる。
「わざわざ面倒くせぇ日程調整だとか化粧とか待ち合わせとか、……っそんなことしてあいつと会わなくても、俺は毎日希々の傍にいるだろ」
「…………?」
「あんたには、俺が、……いるだろ……」
希々は首をこてん、と倒して頷く。
「うん。私には、景ちゃんがいてくれて心強いよ」
「…………」
心強い“弟”がいてくれてうれしい。その台詞は聞き飽きている。
じゃあ、忍足への恐怖が消えたらあいつが心強い“男”になるのか。
嫌だ。
……そんなの、嫌だ。
「っ俺は!」
言いかけた瞬間。
「景ちゃんは、弟だけど心強くて……誰より信頼できるひと、だよ」
希々が微笑んだ。
俺はそれだけで、言葉を失ってしまう。
「好き、って気持ちがよくわからない私を……否定しないでいてくれたの、景ちゃんと侑士くんだけだから。私にとって二人は、特別な存在だよ」
「、」
「本当は……侑士くんが怖い、っていうのとは、違うの。私は……優しかった侑士くんがあんな風になっちゃう“恋”に関わることが、怖い、の」
希々はいつも、言葉を選ぶ。曖昧でも、まとまっていなくても、間違った意図で相手に伝わってしまうことがないように。俺はそんな思慮深いところも好きだ。単語一つ一つに、意識を集中させる。彼女の中にある気持ちを少しでも汲み取りたくて。
「景ちゃんは……私に好きって言ってくれる。そこに、家族愛以外の好きがあるのは、わかってるの。でも、景ちゃんの“好き”は、……怖くない。あったかい」
希々は苦笑した。
「景ちゃん相手にどきどきすることがあって、でも嫌じゃなくて。……でもやっぱり弟だから、私が守らなきゃって思う。好き、はまだよくわからないけど、景ちゃんは誰より信頼できるひとだよ。大好きな弟だよ」
「希々……」
――ブーッ、ブーッ、
不意に、希々のスマホが着信を告げた。相手を見れば忍足だ。以前は『忍足くん』だった登録名が『侑士くん』になっていることに不快感が込み上げた。
連絡を無視しようとした希々の手を止め、通話ボタンを押させる。
「!?」
寝転んでいた希々の上から伸し掛るようにして、動きを封じた。聞こえるか聞こえないかの、ギリギリの声を耳元に送る。
「…………なぁ、忍足とこんな時間まで電話してんのか?」
「と…………っときどき……!」
「どんな会話してんのか、俺にも教えてくれよ」
「え……っ」
向こう側から聞こえる、忍足の声。
『希々さん? 今、大丈夫ですか?』
「あ……っ、大丈夫だよ!」
スピーカーモードにして、希々を背後から抱きすくめた。彼女の反応を後ろから直に感じ取る。
『……今、どこにいてはるんですか?』
「へ、部屋だよ!」
嘘ではない。ここは、希々の部屋だ。俺が入り浸っているだけで。
『希々さん、俺のおすすめしたゲーム、どやった?』
「面白かった! 私、ゲームって難しそうでやったことなかったんだけど、侑士くんの教えてくれたゲームは、……ぁ……っ!」
腕の中に収まった希々は、俺の悪戯心を煽るのに十分な位置取りだ。耳朶を唇で食むと、小さな声が上がった。
『希々さん?』
「……っな、んでもないよ……」
少し冷たい耳を食んで、唇でなぞって感触を確かめる。ちろ、と舌を這わせれば、希々は何度も肩を揺らし、必死に声をおさえた。
「お、面白かっ、たよ……っ。教えて、くれ、て、ありがとう、ゆ……しく…………っ!」
あいつの名前を呼ぶ希々を押し倒し、唇を塞ぐ。
「んん…………っ!」
スマホは電源ごと落として、枕元に放り投げた。
「け、ぃちゃ…………っ」
「後で謝っといてやるよ」
触れるだけのキスを数回繰り返し、だんだん深いキスに変えていく。なんだってこんなにも希々は何処も彼処も柔らかいんだ、なんて考えながら咥内を味わった。
頬の内側のざらつきを堪能してから、滑らかな上顎まで何度も舌を往復させる。
「ん…………っぁ…………」
怯えなくなった小さな舌を扱いて、甘い唾液を飲み込む。俺の名前を呼ぶ舌先を絡め取り、熱い裏側にも舌を這わせれば、切ない声が上がった。
「ん…………っ、ぁ、……んぅ……っ」
この喘ぎ声だけで俺の頭からストッパーが外れていく。
気持ち良くしてやりたくて。気持ち良くなりたくて。
歯の一本一本を確かめるように歯列をなぞる。
「ん……っ!」
舌を付け根から吸い上げると、希々の膝が微かに痙攣した。何がいいかわからないから、こちらも手探りだ。
でも、うっすら開いた瞳は今にも蕩けそうで、熱い吐息は俺を拒まない。
「ゃ……あ、待っ…………」
眦に生理的な涙を滲ませ、希々は震えながら俺に抱きついた。
「ぁ……っ、ん、」
快感の余韻に漏れる声すら、俺にとっては媚薬も同然だ。精一杯の理性でその身体を抱き返す。
「……どうした?」
「けいちゃ……、」
滲んだ雫を唇で拭えば、ぴくりと肩が跳ねる。
「…………きもち、よすぎて…………らめ……」
「……っ!」
俺の自制心が試されているのかと思った。毎晩のキスで慣れていなければ、俺の冷静さは消えていたかもしれない。最近、自分でも我慢できなくなっていると自覚している。
貪るような大人のキスも、だんだん長く求めるようになっていて。何を考えているのか何も考えていないのか、希々もそれを拒絶しないから、口づけは自然燃え上がる。
「……嫌なら、言ってくれ。怖いなら言ってくれ。じゃねぇと…………」
勘違い、してしまう。
希々も俺を望んでくれているんじゃないかと。
「…………いやじゃ、ない…………こわく、ないよ…………」
その言葉の真意はわからない。ただ、俺の背に回された華奢な腕が、どうしようもなく愛おしかった。