1章
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*十九話:求められるもの*
私は侑士くんと、再びスマホでやり取りするようになった。夜になれば通話することも時折ある。
最初は、井上君から庇ってくれたお礼をもう一度言いたくて、私から。次は侑士くんの番で、侑士くんはあの日のことを何度も謝ってくれた。
もう気にしていない、とまでは言えないので、私は苦笑いするしかなかった。
そういえば、と首をひねる。
景ちゃんは学園祭の帰り、侑士くんのことを『恋敵』と言った。そんなこと、バレてしまって大丈夫なのだろうか。景ちゃんの想いを気持ち悪い、と思われたらどうしよう。いや、私がどうこうできることではないけれど、景ちゃんが変な風に思われるのは姉として嫌だった。侑士くんが気にしていなければ問題ないけれど、気にしているかどうかは本人に確認するしかない。
そうして、今日は私から通話を切り出した。侑士くんは快く予定を空けてくれて、ほっとする。
時間になって、やや緊張しながら通話ボタンを押した。2コールで繋がった画面越しに、気のせいかいつもより低い声が聞こえる。
『……希々さん?』
「侑士くん! いきなり話したいなんてごめんね。時間、大丈夫?」
『希々さんと話すより大事な時間なんてあらへん。何かあったんですか?』
元々中学の時から侑士くんの声は引かった。電話越し、だからか、声変わりでより低くなった声を実感した。
「……あの、学園祭の時、景ちゃん……恋敵、とかって言ってたでしょ?」
『? 言うてましたね』
「あれは、その、景ちゃんの冗談だから。……景ちゃんのこと、変な風に誤解しないであげてほしいの」
侑士くんはしばらく沈黙した。私は手に汗握りながら、彼の返答を待つ。
やがて侑士くんは、言葉を選ぶようにゆっくり切り出した。
『……この話を俺とすること、跡部は知ってるんですか?』
「う、うぅん! 私が勝手に、……その、…………」
上手く言えなくて、もう少し意見や言い方をまとめてから話せばよかったと後悔した。
『……なんやようわからんとこで希々さん、空回ってますよ』
「えっ?」
空回る、と言われてきょとん、としてしまう。
「わ、私は普通とは違うけど、景ちゃんはちゃんと“普通”だよって言いたくて」
『…………』
侑士くんは数秒黙ってから、ぽつりと呟いた。
『……前、希々さん言うてくれたの覚えてます? 誰かの普通やなくて、俺達の楽しいを探そうって』
「……、うん、覚えてる」
そうだ。私はあの時、そう言った。侑士くんとの初デートプランを考えている時。
でも景吾の想いは、そういった価値観の違い、という答えだけで万人に納得してもらえるものではない気がする。だから私は、悩んでしまう。
景吾を守るには、どうするのが最善なのか。
侑士くんはため息をついた。
『……希々さんのこと、これ以上困らせたないんで、俺全部ぶっちゃけますわ』
「え?」
『まず、俺にこんな話したことバレたら、跡部の奴キレてもおかしないですよ』
「えぇ!?」
青くなる私を他所に、侑士くんは初耳の事実を打ち明けていく。
『俺、跡部の気持ち知っててん。で、跡部も俺の気持ち知っててん』
「……へ?」
『跡部が希々さんのこと女として好きって、俺知ってます。でも言いふらしたりせえへんから安心してください。……希々さん、それを心配して連絡してきたんやろ?』
図星で、何も言い返せない。
『……希々さんは、姉として跡部を守りたいんやって、俺かてわかります』
でも、と続くのは呆れたような声音だった。
『そもそもあの日俺が希々さんに無理矢理キスしたんは、跡部に挑発されたからや。自分に濃ーいキスマーク付けられてたこと、希々さん、知らへんやろ?』
「キ、キスマーク!?」
『おん。めっちゃ濃いやつやった』
そんなものが自分に付けられていたなんて、知らなかった。言われてみればあれから数日、シャワーを浴びると鏡に映る赤紫色の痣。寝ている間に掻いてできたのかな、その割にはなかなか消えないな、と思ったあれのことか。
「それって、首の下の方だった!?」
『鎖骨んとこ。めっちゃ綺麗に付いてはりましたよ』
「……っいつの間にそんなことしてたのあの子……!」
恥ずかしいやらいたたまれないやらで、私は赤くなる。
侑士くんは軽く笑った。
『そんな独占欲丸出しの奴が、弟として守られて素直にありがとう言うと思います?』
独占欲云々は置いておいても、素直にありがとうとは言わないだろう。それだけは私にもわかった。
『世間の普通、より、希々さんを選んだんは跡部や』
「、…………そ、か。そう、だね」
景吾の決意を、なかったことにはしたくない。たった一人の姉弟としてではなく、一人の人間として私に向き合いたいと決めるまでの葛藤を、私は知らないのだから。
『せやから、心配せんといてください。俺は誰にも言わへんし、あいつを軽蔑したりもせえへん』
「侑士くん……」
『……さて。これで希々さんの憂いは晴れたんやろか』
侑士くんの声のトーンが明るくなる。
「う、うん! ありがとう……!」
『ほんなら、俺の話も聞いてもらえます?』
「うん! 何かあったの?」
意気込む私の気配を察してか、侑士くんは笑う。
『希々さん、ゲームってやります? スマホゲーム』
「……?」
私は質問の意図を考えた。でも、どう深読みしてもゲームの話だ。素直に答える。
「私、機械音痴だから……スマホのゲームも、プレステ? とかのゲームも、やったことないの」
『希々さん、機械音痴やったんですか』
「ちょ、ちょっと苦手なくらいだよ!」
からかうような口調に拗ねれば、宥めるような優しい声がかけられる。
『すんません。希々さんにも苦手なもんあるんやと思たら、なんや可愛くて』
「……私が完璧超人に見えてたの?」
『確かに、恋愛も苦手やったね、希々さん』
むくれる。どうせ私は、肝心なところで役に立たない。
『冗談やって。きっと今頬っぺた膨らませてはるんやろ? 俺は希々さんのそういう飾らんとこも好きやで』
好き。
今の侑士くんの好き、には怖い響きがない。私は内心考える。
『……希々さん。こういう“好き”なら怖くないですか?』
「うん。違いは何なんだろ……今考えてるんだけど、なかなか答えが見つからなくて」
『跡部からの好きは、どうなんですか?』
うーん。
私は唸ってしまう。
「景ちゃんの好きは、時々どきどきすることもあるけど、やっぱり弟として好きだから安心できる感じ……かな」
『俺の好きは?』
「侑士くんの好きは…………あの、怒らないで聞いてくれる……?」
是の返事に、私は大きく息を吸った。
「ど……っドキドキしちゃう。弟みたいに好きだったのに、知らない男の人みたいに見えて、ドキドキしちゃう。でも…………、怖い。私は力で男の人に勝てないから、私に何を求めてるのかわからなくて怖い」
小学校時代、『××ってカッコいいよね!』なんてやり取りはあったけれど、私にとって景ちゃんよりカッコいい男の子なんていなかったから、首を傾げた。
中学時代、好きだと言われてうれしくはあったけれど、男子の下ネタを耳に挟むたび怖くなった。彼らが私に望むものが何なのか、わからなくて。その好きが性欲処理なら、一人でやってほしかった。私はクラスメイトを素敵だと思うより先に、恐怖を覚えてしまった。
高校時代、男子にもう力でかなわないことはすぐにわかった。告白も、無理矢理腕を掴まれるのも、怖くて怖くて仕方なかった。友人だと思っていた男友達の『好き』は素直にうれしかったのに、恋愛の『好き』だと言われた瞬間、喜びは色を失った。代わりに生まれる、恐怖。
この人たちが私に何を望んで、何を求めているのかわからない。
景ちゃんは、言葉にしてくれた。私にキスをしたいし触れたいけれど、無理に抱いたり怖いことはしない、と。
でも他の人は、わからない。
好きです、付き合ってください。その先にあるお付き合いの内容を想像しただけで怖くなってしまう。
「……あぁ、そっか。私、何を求められてるか分からなくて、ずっと怖かったんだ」
『どういうことですか?』
「今の侑士くんの好き、は私に何かを求める好き、じゃない。景ちゃんの好きは、私に求めるものは何なのか景ちゃん自身が言葉にしてくれた。だから、怖くない」
今までの謎がゆっくり解けていく。
「恋愛の好き、は、怖いからわからないんじゃなくて、わからないから怖かったの、私」
電話の向こうで、侑士くんが考え込む。
『……恋愛感情の好きは、相手が何を望んでるかわからへんから怖い、っちゅうことですか?』
「うん」
観賞用に隣に置いておきたいのか。手を繋ぎたいのか。キスしたいのか。性交が目的なのか。
どのみち私の周りにあった『好き』は、長続きするものではなかった。みんな楽しそうに恋をして、悲しそうに別れて、また新しい恋をする。
私は、そんな代わりのきく『好き』に応えたいとは思えなくて。
「すぐに生まれてすぐに変わる、そんな『好き』なら私は要らない。私は……見つからなくても、代わりなんてない自分の『好き』を見つけたい」
『……希々さん』
「もしかしたらそれを人は、愛、って呼ぶのかもしれないね」
ふふ、と笑うと、侑士くんも微かに笑う気配がした。