1章
夢小説設定
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*一話:言えない想い*
俺は何でも持っている、とよく他人は言う。才能、容姿、財産、地位。俺の努力を知っている者は、それだけストイックに努力を続けられることすら才能の一つだ、と言った。
「ほんま、跡部なら手に入らないものなんてないんとちゃう?」
忍足の台詞に、俺は微かに自嘲の笑みを浮かべる。
「……手に入らないものなんてない、ね……」
生徒会室でいつものように書類整理をしている俺の横で、忍足はそわそわと窓の外を見ている。生徒会役員でもないこいつが、昼休みに此処にいる理由。
それは、何処の誰にも文句一つつけられない存在が、もうすぐ此処に来るからだ。
彼女には雌猫も忍足を慕う人間も手を出せない。俺とは違って、本当に全てを持っている人間。
「あ、希々さんや!」
生徒会室からは校門が見える。ただでさえ豪奢で曲がりくねった道も多い氷帝では、本校舎から校門が見えない。
だから忍足は、此処に来た。まぁ、朝練の途中で希々が来ると漏らしてしまった俺が悪いので何も言えない。
同時に俺のスマホに着信が入る。
「……随分と早いじゃねぇの」
『景ちゃん! 懐かしいね、この校舎!』
「……会話を成り立たせろ、馬鹿姉貴」
ため息をつくと同時に、耳元で忍足がでかい声を出す。
「希々さん!」
『あ、その声は忍足くん?』
「はい! 今生徒会室で跡部の手伝いしとったんです」
『わぁ、ありがとうね! いつも景ちゃんがお世話になってます』
俺の眉がひくつく。
おい、お前がいつ俺の手伝いをした。
「希々さん、生徒会室までの道なんて覚えてはります? 俺、校門に迎えに行くんで待っててください!」
「おい、忍足、」
『ほんと!? さすがに3年も前だから、私も忘れちゃってるんだ。ありがとう、忍足くん』
――俺が迎えに行こうとしていたのに。
その言葉は喉の奥に消えた。
普段は表情の変化に乏しい顔を喜色満面に染め、忍足は笑う。
「…………」
俺は小さく息を吐いて、告げた。
「……忍足が迎えに行くまで、そこで待ってろ」
スマホ越しに、笑う声が聞こえた。
『はーい!』
通話を切れば、忍足が走り出す背中が目に映る。
「跡部、ありがとうな!」
「……あぁ」
遠ざかる足音を聞きながら、俺はソファに背を預けて目を閉じた。
好意を隠さない忍足の顔が脳裏をよぎる。
「一番欲しいもの以外の全部が手に入ったって、…………何の意味があんだよ…………」
小さく呟いて、唇を噛み締めた。
他人は皆、口を揃えて俺を羨む。
俺からすれば、俺以外の全ての男が羨ましいというのに。
物語の世界みたいに、俺と希々の血が実は繋がっていないとか。俺と希々がただの他人の空似だとか。
そうだったらいいのに、なんてもう何回考えたかわからない。
勿論調べた。何度も何度も。
当たり前だが、物語の世界のように都合のいい真実など見つかるわけもない。調べれば調べるほどに、希々と俺は実の姉弟だという現実を突き付けられるだけだった。
俺は希々を名前で呼ぶこともできない。以前一度だけ、勇気を振り絞って名前で呼んだ時。
希々は不思議そうな顔をして俺の心配をした。
僅かな期待が、なかったとは言えない。それでもその時俺は理解した。やはり希々の目に、俺は弟としか映らないのだと。
「……希々…………」
校門に視線をやれば、忍足と思しき人影が希々に駆け寄るところだった。
小さな二つの影は、仲睦まじくこちらに歩き出す。俺には聞こえないが、二人を見て生徒達は様々な噂を立てていることだろう。
俺と同じヴァイオレットブラウンの髪に、アイスブルーの瞳を見ればすぐわかる。彼女が何者か。
女生徒は羨望の眼差しを向け、男子は憧憬の眼差しを向ける。そんなこと、見なくてもわかった。
明日になれば流れる噂は、どうせろくでもないものだ。
――忍足くんって、跡部様のお姉さんと付き合ってたの!?
「……っ」
何回も聞いてきた。飽きるほど。
そのたび忍足は答える。
――そやったらよかったんやけどね。残念ながら、俺の片思いや。
「……っくそ、」
希々が昼休み高校に顔を出す、という喜びを思わず口にしてしまった朝練の時の自分を殴りたい。
なぁ、頼むよ。
俺のものにならないのはわかってる。
だからせめて、誰のものにもならないでくれ。
そんな独りよがりな願いに、拳を握りしめた。