1章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*十七話:俺だけ見てろ*
侑士くんに連絡できないまま、文化祭の日をむかえてしまった。一緒に行こうと約束したのに、それを破るのは心苦しい。さりとて恐怖が消えたわけではないし、彼から連絡があるわけでもない。
私はステージ裏の控え室で、スマホを眺めながらため息をついていた。
私でエントリーした人は最後らしく、今は控え室にスタッフの女子生徒以外誰もいない。いや、誰も、ではない。
「跡部さん、こんなにカッコいい弟さんがいたんですね!」
「いつも姉がお世話になってます」
何故か景吾も、控え室にいる。
「ちょっと景吾、なんで控え室までついてきたの? ステージだって見なくていいって言ったよね」
いつもの制服ではなくカジュアルなジャケットを羽織った景吾は、大学生にも見える。せっかくキャンパスに来たのだから、好きな所を回ればいいと言ったのに、この子は一日私から離れなかった。
「跡部さん、数分押してるみたいなんで、ちょっとステージ確認してきますね!」
その女子生徒が姿を消した瞬間だった。
景吾は私の背中に手を回し、顎を持ち上げて口づけてきた。
「んぅ…………っ!?」
触れるだけでは到底済まない熱量だ。
メイクが崩れてしまう、と文句を言うことすらできない。
景吾の舌がまさぐるように咥内を蹂躙していく。
「ん…………っ!」
見つかったらどうするの。そう伝えたくて景吾の背中を何度か叩く。
すると景吾は、不満げな顔で私を解放した。濡れた唇をしなやかな指先でなぞられて、小さく震える。
最近、わかってきた。
景吾の“弟”の顔と、“男の人”の顔。今は後者だ。隠そうとしない色気に、私の胸がどくんと鳴った。思わず目を逸らそうとしたけれど、頬に伸ばされた手が強制的に視線を固定する。
「……普通ミスコンっつったら私服だろ。なんでドレスなんだよ」
「姉妹校の服飾専門学校が毎年提供してくれてるんだって。男子はスーツだよ」
「んなこたどうだっていい。希々、ドレスだってわかっててエントリー受けたのか?」
何故か不機嫌そうに、景吾は言う。そもそも景吾は、こんな誰に見られるかもわからない場所で軽々しくキスなんてしない。毎日されるキスだって必ず家の中、誰もいない場所でだった。
「知らなかったよ! 去年は私、文化祭に来てすらいないし……」
キスで落ちてしまった口紅を直そうとすると、景吾に制された。
「俺がやる」
直すくらいなら始めからしなければいいのに。首をひねる私にもう一度キスをして、景吾は口紅を手に取った。
「景ちゃん、何でそんなに不機嫌そうなの?」
「…………こんな露出の多いドレスだなんて、聞いてねぇ」
「や、私も知らなかったんだけど、…………んっ」
口紅をいやにゆっくり付けられる。キスを焦らされるような感覚に目を瞑ると、ふっと気配が離れ、耳元で囁かれた。
「……こんな綺麗な希々を、他の男に見せたくない」
「っ!」
思わず赤くなる。景吾はお世辞なんて言わないと知っているから、なおさら。
「…………まぁ、その綺麗な姉貴を一番に見るために控え室まで来たんだ。後は客席で見てる」
「景ちゃ……」
「どうせ優勝だろうから、スピーチ終わったらさっさと着替えろよ。一秒でも早くな」
ふわりと抱きしめられて、私はこくりと頷いた。
「それから、忍足のことは気にすんな。謝る必要もねぇ。むしろ謝るとしたらあいつの方だ」
景ちゃんは私を離し、試合の時みたいな自信たっぷりの笑みを浮かべた。
「希々はステージの上から、俺だけ見てろ」
「! …………うん」
緊張しているとバレている。
俺だけ見てろ、なんて景ちゃんにしか言えない台詞だ。もう、何なの。弟のくせに。
控え室から出て行く景吾の後ろ姿が、やけに大人びて見えた。
ちょうど入れ違いに、さっきの女子生徒が入ってくる。
「10分押してるそうです。もう直すところなんてないと思いますが、一応最終確認しますね!」
言われるままにその場でくるりと回り、髪留めを確認してもらった時だった。
「ちょ、跡部さん!」
「? はい」
「……っそういうお相手がいるなら、せめて見えない所にお願いします!」
私からは見えない首筋にファンデーションが押し付けられる。
「? ……何かありました?」
「…………跡部さんは、知らなかったんですね。すみません」
女子生徒は私の全身を再び確認してから、腕を組んでぼやいた。
「まったくもうっ! 確かにこんな美人なら当然だけど、時と場所を考えてほしいです! これだから男ってやつは……!」
何故かぷんすか怒っている彼女に背を押され、私はステージへと足を踏み出したのだった。