1章
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*十六話:独占欲*
好きだと言われたわけじゃない。
俺が選ばれたわけじゃない。
それでも、拒絶されないということが、受け入れてもらえるということが、こんなにも幸せだなんて知らなかった。
したことのないキスに懸命に応えようとする希々が愛しい。熱い吐息、白い頬を染めて潤んだ視線を向けるいじらしさに、滅茶苦茶にしてしまいたくなる衝動をどうにか抑え込む。
希々が怖がることも嫌がることも痛がることも、俺は絶対にしないと決めていた。求められれば話は別だが、俺は希々に安らぎと快楽と彼女が望むもの全てを与えたかった。
希々が俺を選ばないなら、滅茶苦茶にしてやりたい。でも希々が俺を選んでくれるなら、どんな我慢を強いられてもどんな辛苦に襲われても、俺が希々を幸せにしてやりたい。
まだ、彼女の中で答えは出ていない。俺に流されているだけだと知りながら、俺は彼女から引導を渡されないことに安堵している。我ながら女々しいとは思う。毎日キスするたびに、俺は不安と安堵を繰り返していた。
俺からのキスが気持ちいい、と言いながら寝落ちた姉の頬を撫でる。
「……希々…………あんたは、明日になったら…………」
態度を変えるのか?
後悔、するのか?
逃げる、のだろうか。
「…………っ」
寝息を立てる唇を塞ぐ。
どうか、明日になっても明後日になっても、彼女の態度が変わりませんように。
俺とのキスを無かったことにされませんように。
毎日、祈った。神なんかにじゃない。俺達を血で繋げた神なんかに祈るものか。俺が祈るのは、希々にだけだ。
想いを告げた日からずっと、希々は俺からのキスを拒まない。きっとこれをキスだとカウントしてくれている。
『……私のファーストキスは、景ちゃんだもん。嫌なんて……今更だよ』
ファーストキスはお互い様だということを、きっと希々は知らない。俺のファーストキスはガキの頃。スノウホワイトの王子の真似をして、昼寝している希々に口づけた。今と変わらない、と苦笑する。
「……俺にとって、姫なんて希々しかいなかったんだよ」
誰にともなく言い訳して、あの時の感覚を思い出した。まだ自分の想いを自覚していなかったから、ふにふにして柔らかい、としか思わなかった。
隣で寝ている希々に起きてほしくてキスをしたけれど、起きてくれないものだから、当時は童話なんか嘘っぱちだとやさぐれた。
ただ、子供ながらに思った。
陽の光に透ける髪は金とも銀ともとれる色で、長い睫毛も白磁のような肌も、柔らかな薄桃色の唇も、絵本の姫より綺麗だと。
「あの頃より…………綺麗になったな……」
多くの男の視線を奪うくらいに。
本当ならミスコンなんてイベントにも出したくない。ステージの上で大勢の前に曝される希々は、さぞかし衆目を集めるんだろう。芸能関係者にも目をつけられているし、今まで希々のことを知らなかった男も彼女を見ると思うと、穏やかな気分ではいられない。
しかし希々は、友達が勝手にエントリーしただけだからと一笑に付した。自分がエントリーだけで済むと思っているのだ。誰がどう見ても優勝以外有り得ないというのに。
隣のステージではミスターコンテストが同時進行するらしい。俺は弟として控え室までは一緒にいられるが、ステージ上で希々は何番目だかの男と俺よりも近い距離になる。そんなことにすら嫉妬してしまう自分を、自嘲気味に戒めた。
どれだけ近くても、その男は希々とキスできない。この権利を有しているのは、今の所世界で俺だけだという事実が、騒ぐ胸を落ち着かせる。
『景ちゃんなら…………嫌じゃ、ない』
こんな台詞は、俺以外の誰にも言わないでくれと心底思う。
恋愛感情がわからないのに、忍足を怖いと言ったのに。俺なら嫌じゃない、なんて。
「…………殺し文句だろ」
毎晩のキスがきっかけでも、その言葉は俺の理性をぐらつかせた。おかげで、する予定のなかったキスにまで手を出してしまった。今も残る甘い快感に、下半身が痺れる。
あの日から毎日キスをしておいて本当に良かった。希々が流されているのが俺のキスだろうが俺自身だろうが、構わない。もう、手放せない。
「…………好きだ」
桜色の唇に口づけて、軽く食む。この感覚を知っているのは、俺だけだ。忍足のキスなんて忘れさせてやる。
希々は俺とのキスだけ知っていればいい。欲しいだけ“気持ちいい”をやる。どろどろに甘やかしてやりたい。
とは言え、ここまで希々の抵抗がないと、独占欲も顔を出す。
毎晩のキスで、俺はほぼ希々の眠りを把握している。
薄い跡なら、付けている時も起きた後も希々は気づかない。虫刺されと同じくらいの濃さで付けても起きないし、目覚めた後も指摘されなければ気づかない。
あれ、こんな時期に蚊なんていたっけ。そんなことを素で宣う。
忍足に見せるためかなり濃く付けた夜ですら、希々は起きなかった。どれだけ眠りが深いんだ、と苦笑して。
「……もうちょっと、警戒しろよな」
剥き出しの白い首筋に、劣情が湧く。ただでさえ俺の頭は今、まさにピンク色なのだ。
希々を怖がらせるつもりはないが、手を出さないとは言っていない。
眠っている間なら、……いいだろ?
そっと唇を寄せて、滑らかなそこに舌を這わせる。
「…………っ」
駄目だ。このまま行けば、俺が止まれなくなる。わかっているのに、理性と欲望の狭間で揺蕩うのは異様な高揚感をもたらした。
希々の代わりに部屋の電気を消してやると、窓からの月明かりが美しい肌を際立たせた。
「……俺のものに、なれ」
希々が自分からは見えない位置に唇を落とし、強く吸う。
本当なら、希々の身体中にキスマークを付けたいんだ。この一ヶ所だけで我慢した自分を褒めてやりたい。
「…………」
希々はいまだに、好き、という感覚を知らない。知らないままでいてほしいとあれだけ願っていたのに、今は別の欲求が膨れ上がっている。
――俺を好きになればいいのに。
俺は怖くないんだろ。俺なら嫌じゃないんだろ。だったら俺を選べよ。俺のものになれよ。
そんな考えが、毎日ちらつく。
諦めないと言った忍足や、知らない男の影が胸をざわつかせる。
「……、」
静かに唇を重ねて。
どんな夢を見ているのか、ふにゃりと笑う希々が愛しくて苦しくなった。
好きだという感情の定義なんて俺だって知らない。恋愛感情、と言われて思いつくのは希々への思慕だけだった。
自分が所謂“普通”とは違うと認識してから、俺は意図して恋を扱った芸術に触れてきた。シェークスピアから太宰、原本から漫画まで、ありとあらゆるものを読み漁った。世の中に溢れる歌の歌詞を並べた。
結果わかったのは、“定義できない”ということだった。
好きかと聞かれれば、好きだ。好きなところなんて挙げきれない。
他の男といるところを見れば連れ去りたくなる。俺のことで頭をいっぱいにしてほしい。緩くウェーブのかかった髪にも綺麗な身体にも、触れたくなる。キスはもちろんそれ以上のことだって、望んでいないとは言わない。
しかし希々に告げたように、それらは穏やかな日常を壊してまで欲しいものではない。俺の隣で希々が俺を拒絶せず笑っていてくれるなら、他に何もいらない。これは偽らざる本音だった。
恋、は冷めるものだという。良くも悪くも、そこは通説らしい。
しかし愛は、冷めないという。相手のためなら自分を殺せる感情。消えないいとおしさ。それを、愛と呼ぶらしい。
希々が俺じゃない男と関わるたび、嫉妬は生まれる。でも、希々が俺に初めてをくれるたび、大事にしたいと思う。俺の、命より大切な唯一のもの。
希々のためならいくらでも耐えられる。希々のためなら何でもしてやりたい。希々の笑顔を守りたい。叶うなら、それが俺の役目であってほしいと思う。
“恋”は他人の文章で共感できる部分とよくわからない部分とがあった。
しかし“愛”は、俺の希々への感情に近しいものがあった。慈愛、博愛、恋愛、偏愛。答えを探そうとして、やめた。
名前をつける必要性が俺にはない。希々が俺の隣で笑っていてくれるなら、名前なんて何だっていい。
ただの家族愛ではない。ただの恋愛ではない。それで、いい。
俺が欲しいのは、希々の心だ。希々の選択だ。
俺を選んでほしい。俺を一番にしてほしい。他の男がいても、俺だけの隣にいてほしい。俺はとうに、心も体も希々のものだ。全部をやる覚悟はできている。
俺と同じように思ってほしいとまでは望まないから。
俺と同じように求めてほしいとまでは望まないから。
いつかはあんたを、俺のものだと言わせてほしい。