1章
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*十五話:慈愛*
景ちゃんから、好きだと言われた。キスをされた。シャワーを浴びながら冷静になった私は、ようやく現実に向き合った。
景ちゃんのキスが心地良くて、流されてしまった。でもそれはいけないこと、だったのではないか。そもそも景ちゃんは本気だったのか。
靄のような不安を抱えたままシャワールームから出ると、優しい微笑みを浮かべる景ちゃんがいた。
『……身体、温まったか?』
『――――……』
嘘、じゃない。戯れでも、冗談でも、ない。
私は景吾のこんな大人びた表情を見たことがない。
『……冷静になって、俺のことが邪魔になったか?』
『っ違う! 邪魔だなんて、そんなわけない!!』
『俺は何度でも言う。あんたが好きだ。姉とは思えない』
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
『……たった一人の、姉弟なのに…………?』
『別に、希々がそう呼んで欲しいならそう呼んでやるよ。俺はずっと内心希々って呼んできただけだ』
『…………っ!』
内心。心の中と、実際に口にする呼び方が違う。
それは、どれだけ辛かったのだろう。
私は気付きもしなかった。景吾の悩みの元凶がまさか自分だったなんて。
景吾はどこか諦めたような穏やかな笑みを唇に乗せ、私を呼ぶ。
『姉貴。好きだ。……姉貴…………好きだ、愛してる』
『…………っな、なんかいけないことしてるみたいだから、名前で、いいよ……っ』
散々重なった形のいい唇に目が行ってしまって、顔が熱くなる。
景吾は私の頬を大きな両手で包んで、子供みたいに嬉しそうに笑った。
『……希々、好きだ。ずっとずっと、好きだった。言えねぇまま死ぬのかと思ってた。……誰よりも何よりも、好きだ。愛してる、希々』
『…………っ!』
ドラマでも聞いたことのないような情熱的な台詞に、今度こそ私は真っ赤になった。心臓がすごい速さで鼓動を刻む。
『俺はもう、中学の頃から覚悟を決めてる。世界中に非難されても希々が許してくれるなら、他に欲しいものなんてない』
落ち着いて、私。だって目の前のこの人は、弟なんだよ?
ずっと一緒に育ってきた。ずっと一緒に暮らしてきた。
可愛い弟、でしょう?
『……っ』
なのに。
『……希々の代わりを他の女に求めるのは、もうやめる。代わりじゃない本物の、希々に…………ようやく言えたから』
切なく笑う景吾が、知らない男の人みたいに見えた。
***
それから景吾は、事ある毎に私に触れるようになった。出掛ける前にキスをする。帰って来たら抱きしめる。恋人にするような優しい手つきで髪を撫でる。
意識せずにいる方が難しかった。
相手は弟だ。そうわかってはいても、景吾に触れられるたび、心臓が高鳴ってしまう。
いけないこと、だと思って、ふと考えた。いけないのはどうしてなのだろう。
ごろん、とベッドでくつろいでいた私は、端に腰掛けて本をめくる景吾に問いかけた。
「景ちゃんは、……私と…………その、え、えっちなこと、したいの……?」
景吾が瞬きして、私を見る。
最近景吾は、私の部屋に来たがる。別に何をするでもなく、そこで本を読んだりただ私を眺めたりしている。
恥ずかしくて、私は寝転んだままクッションをぎゅうっと抱きかかえた。
「……なんで、そんなこと考えた?」
なんと、質問に質問で返されてしまった。私はクッションを抱えたまま、そろそろと目だけを景吾に向ける。
「なんで、姉弟だといけないのかなって思って。近い血縁関係者同士の子供は障害が出やすいから、って書いてあって……」
景吾はふっと笑って、本を閉じた。
「…………調べたのか?」
「! た、たまたまだよ? たまたまネットで、ちょっと気になったから、……それだけ、だよ」
ギッ――、
景吾が僅かに身を乗り出して、真上から私を見下ろす。
「……本音と建前、どっちが聞きたい?」
景ちゃんは意地悪だ。私が不満も露に目を眇めると、景吾は喉の奥で笑った。
「希々に告白する前は、正直抱きたかった。一度でいいから、俺のものにしたかった」
でも、と景吾は続けた。
「拒絶……されなかった今は、違う。キスはしてぇし、希々の身体に触れたいし、気持ち良くはしてやりてぇけど、……そうだな……言語化が難しい」
景吾の手のひらが、髪を優しく撫でる。
「……希々が嫌がること、怖がること、希々の身体の負担になるかもしれねぇことは、したくない。避妊して万全を期したつもりでも万一子供なんて出来たら、希々の身体が心配だ。だったら俺はしなくていい」
綺麗なアイスブルーが、私を真剣に映す。
「ずっとこのままで、いい。俺は今が……すげぇ幸せだから」
景吾の口から、幸せ、という単語を聞くのは初めてだと思う。
温かい手のひらが、頬を撫でて耳を擽る。
「…………希々といられるなら、…………希々が俺を選んでくれるなら、俺が希々を守りたい。流石に法律までは変えられねぇけど…………俺の全部で、笑顔にしてやりたい。幸せにしてやりたい」
深い愛情を感じて、瞼の裏が熱くなった。
「だから答えは、したくねぇわけじゃないけどしない、だな」
胸が痛い。甘い痛みに、私は手を伸ばす。
「希々……?」
景吾の髪を梳いて、頬にそっと触れる。
「そんなの…………優しすぎだよ…………」
景吾は苦笑した。
「仕方ねぇだろ。俺にとって希々は、…………俺の命より大事なんだから」
「……っ」
なんだかよくわからないけれど涙が込み上げた。私が知らない間に、こんなに思ってもらえていたなんて。恋、と呼ぶにはあまりに慈愛に溢れている。
どうしたら、この愛しさを返せるだろう。どうしたら、彼に惹かれていく心を止められるだろう。
「……キス、していいか?」
駄目だと言わなければいけないのに。
「…………う、ん」
望んでいる自分に、逆らえなかった。
啄むようなキスが降り注ぐ。応え方がわからなくて景吾の背中に腕を回すと、口づけが熱を帯びた。
悪戯に唇に歯が立てられて、びっくりして「はわっ」と声が漏れた。
その隙に、景吾の舌が咥内に入り込む。
「……っ」
噛んでしまいそうになり、慌てて口を開くと景吾はすぐに私から離れた。
「……怖い、か?」
「し、したことないから、わからない……けど…………」
おずおずと上目遣いで、伝える。
「景ちゃんなら……怖くない、から。景ちゃんがしたいなら、…………私、経験ないけど――――」
言葉が飲み込まれる。
舌先がゆっくり上顎を往復する動きに、背筋がぞわぞわした。
「ん…………っ」
頬の内側から歯列をなぞっていく景吾の舌に、見えない分神経が集中してしまう。置き場に困って縮こまった私の舌を、優しい舌が何度も撫でる。
「ん、ぁ……っ」
舌先が触れ合って、無意識にぴくっと肩が跳ねた。景吾はまた、私を解放する。唇を優しく拭う指先に、意図せず身体が震えた。
「、……っ」
景吾が至近距離で、何かを堪えるように眉を寄せる。
「……怖いか? 嫌なら、言ってくれ。じゃねぇと、…………そんな顔見てたら、もっとしたくなる」
そんな顔、と言われても自分の顔なんて見えない。景吾は僅かに上気した頬で、アイスブルーの瞳に熱い光を宿して私を見下ろしている。余裕のなさそうな、不思議な表情。
「……私のファーストキスは、景ちゃんだもん。嫌なんて……今更だよ」
いけない、としても。
この優しさを、この愛情を、手放せない私は罪深いのでしょうか。
「景ちゃんなら…………嫌じゃ、ない」
許されないとしても。
この口づけを欲してしまう私は罪深いのでしょうか。
「…………怖かったら、噛んでいい」
唇が塞がれて、キスが深くなる。
ギシ、とベッドが軋む。
貪るようなキスに、頭の芯が痺れた。絡められた舌から快感が背筋を走る。多分景ちゃんは、キスが上手いんだろう。気付けば私の身体には力が入らなくなって、彼の背を抱き返すこともできなくなっていた。
「ん、ぁ……っ」
ちゅ、と唇ごと舌を吸われて、目を開けていられない。気持ちが良くて、頭に霞がかっていく。
「景、ちゃ…………」
「希々…………好きだ」
呼吸が、熱い。頬が、熱い。
欲の滲む眼差しで私に触れる景吾の髪を撫でたくて、でも手が持ち上がらない。疼く身体の熱をどうにかしたいのに、動けない。
キスをねだるように遠慮がちに舌を伸ばすと、景ちゃんは私の指に指を絡めながら、溶けてしまいそうになる口づけをくれた。
「ん、ぁ…………っん、」
キスが怖いものという認識から、気持ち良いものという認識へと塗り替えられていく。
くたり、と四肢から力が抜けた私の上で、景ちゃんは喉を鳴らした。
「けい、ちゃん…………おとこのひと、みらい…………」
舌が回らない。なのに、嫌じゃない。
僅かに乱れた呼吸を整える景吾が、男の人、に見えた。
「……一応俺は、男だからな」
景ちゃんは小さく笑って、いつもの触れるだけのキスに切り替えた。
「ふ、…………」
もうそれさえも心地良くて、何も考えられなくなった。景ちゃんからのキスは、禁断の果実のように私を甘く誘う。
今していることがいけないことなのかどうかなんて、頭から消えていた。気持ちが良くて、ふわふわとした眠気が襲ってくる。
「けい、ちゃ…………」
「…………好きだ、希々…………」
「ぁ…………」
心地良さに包まれた私は、いつとも知れず眠りに落ちていた。