1章
夢小説設定
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*十四話:決意*
俺から希々さんに連絡を取れるわけがない。もちろん、連絡が来ることもない。
跡部の罠にまんまと嵌ったことが心底悔しい。跡部に何か訊くなんて絶対に嫌や。
けど、どうしたらいい。
どうしたら、許してもらえる?
俺がメビウスの輪の如き迷路に迷っている間にも、跡部はしょっちゅう希々さんと電話するようになっていた。
部活終わりに、必ず電話をする。
気がかりなのは、跡部が希々さんのことを“姉貴”ではなく“希々”と呼びだしたこと。そんなことを気にかけるのは俺くらいだろうが、嫌な想定が容易に成り立つ。
跡部は恐らくあの日、希々さんに想いを告げた。そして希々さんは、それを拒絶しなかった。
付き合ってるのか、は知らん。そもそも姉弟で付き合う言うんは表現上おかしい。希々さんは跡部のことをずっと弟だと言っていたから、恋愛関係にあるというよりは跡部のことを男として意識するようになった、といったところか。
「…………はぁ…………」
改めて己の仕出かした過ちの大きさに、打ちのめされる。
「……どうした忍足、ため息なんかついて」
「…………っ!」
余裕たっぷりにネクタイを結ぶ跡部が、憎くて仕方なかった。
……でも、あの日は雨が降っていた。希々さんは傘もささず、学園を出て行った。風邪を引いていないだろうか。もう戻らない関係だとしても、そう簡単に3年分の想いは消えない。俺は愛しさに負けて、跡部に尋ねた。
「…………希々さん、風邪引いとらん? 元気しとる?」
跡部はその秀麗な顔を意地悪く笑みの形に歪めた。
「……元気だぜ? 俺様がついてて、風邪なんか引かせるわけねぇだろ」
「…………っなら、……ええ」
こんな敗北感を味わうくらいなら、あんなことをしなければよかった。もう何度悔やんだかわからない。
そうすれば今までみたいに、優しい笑顔も温かい声も俺がもらえていたのに。休みの日には会えたのに。
後悔しても、もう遅い。
部室を出る直前、跡部が振り向いた。
「……あぁ、そういやそろそろ希々の大学で文化祭がある。お前と行く約束をしてたから、どうするべきか俺に相談してきたぜ」
「……っ」
「お前が短絡的な行動に出なければ、そこでその顔をしてたのは俺だったのかもな」
その嫌味に思わず言い返そうとして、俺は拳を握る。反駁できない。
「……跡部は希々さんに何て返したん」
「わかってんだろ? 希々を襲うような奴との約束なんか気にする必要ねぇって言った」
「…………そう、やろな。………………そう、やな」
この状況で、俺はまだ思っている。それでも希々さんに会いたいと。
謝りたい。心から。もう二度と触れられなくて構わない。ただ顔を見たい。名前を呼びたい。
どうしたら信じてもらえるだろう。
後輩としてでいいから、また笑いかけてほしい。気まずいままさよならなんて、したくない。
「やる前から優勝の決まってるミスコンとやらに出るらしい。希々以外有り得ねぇのにな」
「……!」
ミスコンに、出る。その時間は、彼女がステージにいる。
俺はかすかな希望に顔を上げた。
「会いてぇなら止めねぇよ。止めるまでもねぇ。俺も行くしな」
「…………確かに、俺は一回お前に負けた。でも、跡部に血の繋がりっちゅうハンデがあるのは変わってへん」
「……大人しく諦めろ」
跡部が鋭い視線を向けてくる。俺は自問自答する。
相手が、跡部じゃなかったら諦められたのか。相手が、血の繋がりのない人間だったら諦められたのか。
「……悪いけど、諦められへん」
答えなんてわかりきっている。
俺は決意を胸に、跡部を抜かすようにして部室を出た。
俺のせいで、男を怖いと思わせた。
なら俺は、金輪際触れない。
俺のせいで、恋を怖いと思わせた。
なら俺は、この想いを二度と口にしない。
それでいいからもう一度。
貴女の笑顔を向けてほしい。