1章
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*十話:秘密のキス*
あの日から、俺の中の箍が外れたのがわかった。
初めて仮病で学校を休んだ。
死ぬほど悩んだ。
死ぬほど考えた。
これからどうすべきか。
何度考えても、どんなに言い訳しても、俺は同じ結論にしか辿り着けなかった。
もう、止まれない。
俺は希々が好きだ。
忍足には渡さない。
0と1の差は果てしなく大きい。一度してしまったのだから何回しても同じだ。
俺は夜毎、希々の部屋に入った。希々は鍵をかけないからいつでも自由に入れる。
「…………姉貴……」
起こしてしまわないよう、細心の注意を払ってベッドに歩み寄る。安心しきった間抜け面が、愛しすぎて泣きたくなった。
ギシ、
僅か軋むベッドの音と共に、そっと唇を重ねる。
「…………希々…………」
本当に欲しい人の唇は、今まで付き合ってきた女とは比べ物にならなかった。触れ合うだけで満たされる。
希々は昔から眠りが深いから、一度寝たらそう簡単には起きない。頬にかかる髪を指先で梳いて、もう一度口づけた。
……なぁ、あんたは知らないんだろう。俺のこの、焦げ付かんばかりの想いを。
忍足と二人出掛けた日の、のたうち回りたくなる程の嫉妬を。あいつと笑い合うあんたを見て、切り付けられたように痛む俺の胸を。
好きで好きでどうしようもない。
あんたが誰とも付き合わなかったから、俺は他の奴と慰め合ってでも耐えられたんだ。誰にも晒したことのない心を忍足に見せるって言うなら、もう我慢なんてしない。
弟とのキスはカウントしない、とか言い出すんだろ?
なら、カウントできねぇくらいキスしてやる。起きてるあんたにしないのは、俺の最後の理性だ。
頼むからその唇で、俺以外の男の名前を呼ばないでくれ。
頼むからその目で、俺以外の男を見ないでくれ。
頼むからその心で、俺以外の男を好きにならないでくれ。
願いは言葉に出来ず、伝えることさえ許されない。俺が俺の想いに触れられる、唯一の時間。
「……希々…………」
眠っている間にしかキスできないなら、もうずっと眠っていてほしい。
右手で細い首に触れる。この、呼吸が止まったら――――
「……っ!!」
一瞬浮かんだとんでもない考えに、手を引っ込めた。心臓がどっ、と音を立てる。
俺は、何を望んだ?
「……っ馬鹿希々…………っ!」
希々の匂いに包まれた部屋に、ずる、と崩れ落ちる。
「違う…………俺は、ただ…………」
ただ、希々と幸せになりたかった。
希々が何も知らなければいい。誰かを好きにならなければいい。誰かを選ばなければいい。これまでと同じように。
……そんなわけにはいかないと、わかっている。希々だってもう20歳だ。相手が忍足じゃなくても、大学で誰かに恋をするんだろう。そうやって、進んで行くんだろう。俺を置き去りに。
俺の想いは砕かれることすら出来ず、燻り続ける。時折狂気を孕んで、この胸に在り続ける。いっそ、俺の心臓がなくなればこんな苦しみを味わわずに済むんだろうか。
「……気付けよ…………」
気付くな。
「…………諦めさせてくれよ……」
諦められない。
「………………許して、くれよ…………」
誰か。
『けいちゃん、みてみて! ほしのぱれーど!』
『ぱれーど?』
『ほしがいっぱいあつまって、そらをあるいてるんだよ!』
『すげー……!』
二人見上げた夜空を忘れられないように、俺はこの想いを忘れられない。棄てられない。
なら、腹をくくるしかない。
「…………好きだ」
滲む視界を堪えて、触れるだけのキスを繰り返した。
神にも親にも世界中の人間にも、許されなくていい。
俺は希々に許されたい。
たとえ命を失うことになっても、構わないから。