1章
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*九話:意識*
信じられない。私が四限の授業を終えて教室を出ると、そこには本当に侑士くんがいた。思わず目を擦ってしまう。
「侑士くん…………?」
「会いたくて我慢できひんかった。すいません」
周りの視線が痛い。
高校生の制服なんて、全員私服の大学ではただでさえ目を引く。さらには侑士くんは高校生とは思えない大人っぽさと美貌を兼ね備えている。
女友達は面白そうな目線を寄越しているから、明日私は根掘り葉掘り聞かれるんだろう。それはいい。
問題は、つかつかと歩み寄ってきたクラスメイトの男子だった。
「…………跡部、誰とも付き合えねぇって言ってたじゃん。誰も好きじゃねぇって」
私は無意識に後退る。
「オレが一緒に帰ろうって言っても、断ったよな? オレだけじゃない。他のヤツにもそう言ってたよな」
「……うん。嘘じゃ、ない」
「じゃあそいつ、何?」
クラスメイトの敵意を孕んだ視線が、侑士くんに向けられる。
「……ああ、跡部は年下が好みだったってこと?」
私が反論しようと拳を握り締めた時、侑士くんの低い声が廊下に響いた。
「希々さんのこと好きなのが、そんなおかしいことですか?」
「は?」
さり気なく私と彼との間に入って、侑士くんは続ける。
「俺が勝手に好きになって、勝手にここまで来ただけです。先輩達には何の関係もありまへん。希々さんが責められる理由も、どこにもあらへん」
その背中が、頼もしくて。
「お前、高校生だろ? 子供が大人の恋愛に入ってくんなよ」
「先輩は子供の時、人を好きにならんかったんですか?」
その背中が、すごく大きく見えて。
「もういいよ、侑士くん……帰ろう?」
「嫌や。希々さんのこと好きな癖に、相手にされへんかったからって傷付けるような奴、……歳上だからって、俺は許せへん」
「……侑士くん……」
大学生相手に、怖いはずなのに。
私のことを思って本気で怒ってくれる優しさに、胸が締め付けられた。
「跡部、オレは……!」
もう何も言わないで。そう願いぎゅっと目を閉じた私の耳に、女友達の声が入った。
「井上。あんた、諦め悪すぎ。っていうか、高校生相手に大人気なさすぎ」
「そーそー。希々が帰りたい人と帰らせてあげればいーじゃん」
「違、オレは……!」
「はいはい、あたしらが愚痴でも何でも聞いてあげるから!」
私の友達は、みんな優しい。井上君の背中を押して立ち去りながら、ウインクを返してくれた。
私は震える手を握り締めていたことに気付き、そっと力を抜いた。
やっぱり、恋愛は怖い。よくわからない。男子はみんな、怖い。
でも侑士くんは、怖く、ない。
「あの…………侑士くん……」
振り返った侑士くんは、悲しそうに微笑む。
「侑士く、」
「やっぱり希々さん、大学でもモテてはるんやね」
「、」
モテる、って何だろう。沢山の人に告白されること?
だとしたら私は、頷かなければいけないの?
そんなこと、望んだわけじゃないのに。
「此処に来るまで……ほんまはちょっと、思っとったんです。大学生って言っても、俺等とほとんど変わらんのやないかって」
侑士くんは、目を伏せた。
「ほんま…………俺、あの人らに比べたら全然子供なんやね」
「違う……っ! 違う!」
私は侑士くんのブレザーの裾を掴んだ。
「……希々さんの友達が助けてくれへんかったら、俺、ちゃんと希々さんのこと守れたかわからん」
「侑士くんは守ってくれたよ!」
「……せやけど、」
「聞いて!」
私が必死に声を上げると、侑士くんは口を閉じてくれた。
「モテる、っていうのが沢山の人に告白されるってことなら、私は……っ恵まれてると思う。有難いことだと思う。……っでも、嬉しくなんてない!」
みんなの持つ“好き”という感情が、私にはわからないから。
「誰かを好きになったこともないのに、……っその感情もわからないのに、付き合うなんてできない。なのにみんな私を好きだって言う。……っ好きじゃない人に好きって言われても、苦しいだけだよ……!」
告白のたび、謝って。同時に必ず尋ねられる、理由。私自身もわからないそれを、説明しても理解してもらえない。
「いつも、怖かった……! でも、侑士くんは大学生相手に、私を庇ってくれた。守ってくれた……っ」
侑士くんのくれる“好き”は、唯一の苦しくない告白だった。私の経験の無さを知っていて、私の疑問を聞いてくれて、その上で私に何も求めないでいてくれる。
好きになれ、とも。
付き合ってくれ、とも。
言わずにいてくれるその優しさに、私がどれだけ救われているか。言葉にしたいのに、上手く言葉にならない。
侑士くんが子供だと思っていた時は本当にあった。ずっと弟のように思っていた。
今は、違う。どう違うのかわからないけれど、それだけは伝えたかった。
「景ちゃんはまだ子供だよ……っ、でも、侑士くんは……っ! 高校生、だけど、景ちゃんと同い年、だけど、でも……っ!」
ブレザーの裾がしわになるほど引っ張っていたことに、はっとして手を離す。
「ご、ごめん。ブレザーが……」
「そんなんええから。希々さん、“でも”の続き、聞かせて?」
侑士くんが私の手を握った。眼鏡の奥の真剣な眼差しに、私も勇気を振り絞る。
「……でも、侑士くんは私にとって…………もう、子供じゃないよ」
侑士くんが、僅か目を見張る。
「いや、あの! ちゃんと、高校生だってわかってるよ? 学割が利くとか、未成年だとか、それはわかってるの」
「…………」
「そういう意味じゃなくて、えっと…………何て言えばいいのかな……。…………ごめん、私もわからなくなってきちゃった」
目を落とすと、不意に抱きしめられた。
あまりに自然な流れに、私は何が起きているのか把握するまで数秒を要した。
「ゆ、うし……くん…………?」
「そんなこと言われたら…………俺、自惚れてまう。希々さんの中で、俺がちょっとは特別なんやないか、って……」
侑士くんの腕の中は温かかった。低体温の私をほっとさせてくれる。頬を押し付けることになった胸から感じられるのは、私でもわかる速い鼓動。仄かな香水の香りに、安らぎを感じた。
「…………ねぇ、侑士くん」
「何ですか?」
「日曜日…………プラネタリウム、一緒に行きたい」
息を飲む気配の後、強くなる抱擁に笑みがこぼれた。
「……希々さん、星好きなんですか?」
「……うん。それに…………デートって言ったら、映画と水族館とプラネタリウム、なんでしょ? あ、あと、遊園地もだったかな? ……ちゃんと、友達に聞いたの」
私の好きなもの。ぬいぐるみとか、そういうものを買いに行くだけでも私は楽しい。でも初デートで失敗したくないと侑士くんは言った。二人が楽しくなければ意味がない。
私は友達に、初デートの定番を聞いて一生懸命考えた。
「侑士くんが苦手なら、別の所にしよう? 最近の映画、何が流行ってるかわからないから、一緒に調べるのも楽しそう!」
一緒に歩いてくれるこの人と、一緒に考えたい。
「侑士くんと二人で出掛けるの、初めてだけど……私、侑士くんとだったらどこに行っても楽しいと思う。だから」
「……っそんなこと、友達に聞いてくれはったんですか…………?」
「? うん。私、デートってしたことないから、どんなところがいいのか教えてもらったの」
侑士くんの背中に私も手を回して、控えめに抱き返す。
「私も…………歳上なのに、エスコートできなくてごめんね。…………侑士くんとは初めてのことばっかりで、どうしたらいいのかわからない」
初めて、という単語に、侑士くんの肩が微かに震えた。
「だから……二人で探していきたい。侑士くんは、プラネタリウムとか暗い所苦手だったりする?」
ゆっくり身体が離される。
と、侑士くんの右手が私の頬に添えられた。
「……苦手なとこなんて、ありまへん」
「よかった!」
微笑む私に、侑士くんの呼吸が近付く。
「希々、さん…………」
「なぁに?」
「俺…………」
侑士くんが何か言いかけた、瞬間。
「……っ!」
私は反射的に、彼から顔を背けてしまった。
「す、すんません!」
侑士くんは真っ赤になって距離を取ってくれる。
「怖い思いさせてもうた!? あぁもう……っ、ほんまにすんません!」
「う、うぅん、……ごめん、ね」
「ほんまにすんません!!」
謝ってばかりの彼に、謝りたいのは私の方だった。
だって、私が逃げた理由は怖かったからじゃない。
『わ……っ悪い! 悪かった、…………っごめん、』
昨夜の景ちゃんとの事故みたいなキスが、頭をよぎったからだった。