【ツイステ】短編小説


 ここ数日謎の体調不良に苛まれたマレウスは満足な睡眠も取ることに出来ずにいると、遂に目の下に薄い隈の存在を許してしまった。半分くらい覚醒していない重い頭を抱えながら何とか身支度を整えて自室を出た。
 朝からマレウスの部屋の前で忠犬のように待機していたセベクは今日も朝から敬愛するマレウスの御姿を窺える日々に感謝しつつ、挨拶の言葉を音にしようと口を開いたところでマレウスの顔に隈があることに気が付いて思わず悲鳴を上げてしまう。普段物静かなディアソムニア寮に響き渡った悲鳴に寮生たちはその時何事かと驚いてベッドから飛び起きる程だったと後に語った。
 若様の目の下に隈が!! と大騒ぎするセベクの声を聞きつけて文字通り飛んできたリリアはまず騒ぐセベクを落ち着かせ、それからマレウスの頬を両手で包んで顔を覗き込む。
「マレウスよ。顔をよく見せよ」
 確かにセベクが嘆く通り目の下には薄く隈が出来ていた。余程近付かないと気付かないであろうくらいのものだが、普段とても健やかに日々を送っているマレウスが眠れていないという衝撃は大きい。一体何が原因で睡眠を妨げているのか、とにかくマレウスの話を聞くべきかとリリアは一人で納得したように頷いた。
「ただの寝不足じゃな。ちゃんと眠れば問題ないものだ。今日は体調不良で休むが良い」
「ただ眠れないだけで体調には問題ないが」
「眠そうにしていながら何を言っておる。休息日とでも思っておけ」
 セベクが後ろでそうですよ若様!このセベクが看病しますとまた騒ぐので、リリアはようやく顔を出したシルバーにセベクを連れて学校に行くように命じてマレウスの背中を押して部屋へと押し戻す。
「若様! 俺が看病を……! 離せシルバー!」
「親父殿が任せろって言っていたんだから任せるべきだ。行くぞ」
「うぐっ、その通りだ……!」
 扉の向こうで騒ぐ子供たちの声が静かになるのを聴きながらリリアはマレウスが寝巻に着替えるのを手伝った。特に体調が悪いわけではない、心配し過ぎだと不満を口にするマレウスをベッドに寝かしつけて、親が子にするように頭を撫でた。
「さて、マレウスよ。何か悩みでもあるのか?」
直前まで過保護なリリアに文句を垂れていたマレウスが途端に黙ってしまった。
「マレウス」
 思春期特有の反抗期というものだろうか。マレウスのことをそれこそ赤子の頃から見守っているリリアは次期王位継承者の彼のをことを何でも把握しているのだ、何を今更恥ずかしがることがあろうか。リリアはやれやれといった様子で肩を竦めてからマレウスの名前を呼んだ。すると観念したのかマレウスがポツリ、ポツリと話し始めた。
「……最近キングスカラーのことを一日中考えてしまっている。一目見られないと気持ちが落ち着かない。あの耳とか、尻尾を触ってみたいとか」
「ほうほう」
「顔を合わせたら心無い言葉を言ってしまう。感情のコントロールが出来ないなんて今まで無かったというのに」
「それで?」
「本当はもっと普通に話したい。……僕にも笑顔を向けてほしい。僕に向けられるのは敵意だけだ」
 話す度にマレウスは早口になっていく。自分の気持ちを吐露させられている羞恥心によって頬に赤みが差す姿が若さを感じて、リリアからするととても愛らしく感じる。まさかマレウスのそんな顔を見ることが出来る日が来るなんて。リリアは笑顔で頷きながら一生懸命なマレウスの話を聞いた。
「それはそれは…」
 リリアはそこで言葉を止めた。それ以上の言葉を紡いで自分の悩みの正体に気が付いていないマレウスに気付かせてしまって良いのか迷ったからだ。
(まごうことなく、恋、じゃな………)
 友愛ではなく、恋愛。よりによってあの獅子の耳を持つ夕焼けの草原の第二王子に。
(家柄は申し分ないんじゃがしかしなぁ……)
 相手は一国の第二王子。時期茨の谷国王のマレウスの婚約相手としては問題は無い。これを機に夕焼けの草原と同盟関係に持ち込むのも悪くは無い。
それに獣人属は子宝に恵まれやすい種族だと聞く。反対に長寿故に子供が授かりにくい妖精としては同族同士よりは子供が生まれる可能性が僅かにでも上がる可能性がある。そこは確かに魅力的だが、如何せんマレウスが想いを寄せていると思われる相手が明らかにマレウスに対する態度が悪すぎる。端的にはっきりと申し上げると、どう見てもレオナはマレウスをめちゃくちゃ嫌っている。
 人よりも長生きなリリアは人間関係のアレコレを察することが得意だった。普段マイペースに振舞っているから自由人と思われがちだが、女王からの信頼の厚い彼はそういったことも人並みに出来る。
 リリアは中々難易度が高いマレウスの初恋に頭を抱えたくなった。恋が成就すれば問題ないけれど、レオナに拒否されてしまったらマレウスが傷付いてしまう。それはとても可哀そうだ。リリアとしてはマレウスには幸せになって欲しい。
「リリアどうしたんだ……?」
「ん!? あ~……そうじゃなぁ……」
 難しい顔をして何も喋らなくなってしまったリリアにマレウスが不安そうな顔をしている。
(マレウスは頑固だから止めても聞かないからのぅ)
 それは恋だと気付かせてしまったら何が何でもレオナと恋人になろうとするだろう。それどころか初手で婚姻まで漕ぎ着けようとするかもしれない。流石に他国の第二王子と婚姻は国を通さずに結ぶことは出来ないし、下手なことをすれば夕焼けの草原との関係を悪くするだろう。
 マレウスはまだ自分の気持ちに気が付いていない。取り敢えずリリアは問題を先送りにしてあわよくばマレウスの恋心の自然消滅を狙うことにした。
「つまりマレウスはレオナと親友になりたいんじゃな」
「親友……」
 リリアの言葉にマレウスは納得いっていないといった渋い顔をした。それに負けるリリアではない。達者な話術でマレウスを丸めこもうと笑顔で言葉を続ける。
「そうじゃ親友じゃ。レオナと普通に話せるくらい仲良くなりたい。笑顔を向けてくれるくらい……他人に対して警戒心の強いレオナが心からの笑顔を向ける相手ならそれはつまり親友じゃ!!」
 力強い断言の言葉にピンときていなかった様子のマレウスは無事に丸め込まれてしまったようで「成程……!!」と目を輝かせて言った。勝った……!リリアは心の中でガッツポーズを取った。
「さすがリリア様!!」
 登校したはずのセベクが目を輝かせながら扉を開いた。どうやらシルバーと共に盗み聞きをしていたようだった。マレウスのコイバナに気を取られていたリリアは二人が扉の前で息を潜めていたことに気付くことが出来なかった。
 ただひとりシルバーだけは首を傾げて「マレウス様とレオナ様は既に親友では……?」と根本から覆すようなことを口走っている。ふたりが親友だと勘違いしているのはシルバーだけである。リリアは口を閉じるようにシルバーに視線を投げた。マレウスに聞こえたらどうするつもりなんだ。
幸い最近の悩みの原因を知れたと思い込んでいるマレウスには聞こえなったようだ。得意気な顔でレオナと親友になるためのプランを口にしている。
「それなら早速キングスカラーに親友になりたいと宣言をしよう。この僕が言うんだ。キングスカラーも喜ぶだろう」
 ……いきなり犬猿の仲だと思っている人から親友宣言されたら拗らせるだけでは? これは明日荒れるなと思ったリリアは様子を見に行こうと誓った。何とかフォローを出来れば良いのだけど。


**********


 時は太陽が真上から照らしてくるお昼頃、場所は食堂へ続く廊下に繋がる生徒が行き交う場所。ラギーが昼休み中用事があるとかで用意出来ないから、面倒臭がらずちゃんと食堂に行って昼食を取れと念を押されたレオナは渋々食堂へ向かっていた。
 大きな欠伸をしながらのしのしと歩くレオナの前に立ちふさがったのは立派な角を頭に携えたマレウスその人だった。魔法で移転して突然姿を現したマレウスに道を行く生徒たちが驚きの声を上げた。
「話がある」
「ああ? 何だよいきなり。人の都合も聞かねーとはいい御身分だなァ」
 ここでレオナが舌打ちをした。突如不穏な空気になる廊下に周りの生徒はいつふたりの喧嘩が始まってしまうかと冷や汗をかく。早くこの場から離れたいのに、よりによってマレウスが食堂の扉の前を陣取ってしまったものだから、食堂に逃げ込むことも、食堂の中にいる生徒が外に逃げ出すことも叶わなくなってしまった。
 マレウスとレオナといえば同学年の三年生だけではなく、後輩たちから教師の間でも目と目が合った瞬間喧嘩が始まる中として大変有名である。コイツらが半径五メートル以内にいる場合は喧嘩が始まるから逃げろ、殴り合いならまだマシだが魔法が飛び出したら即逃げろが生徒たちの共通認識だ。それだというのに、この場に居合わせた生徒たちは不運なことに逃げ出すことが出来なくなってしまった。
「……挑発をしても今日は乗ってやれないぞ」
 レオナの挑発に僅かに眉を顰めたマレウスだが今日は挑発に乗らずに硬い声で応えた。アレ?もしかして今日は喧嘩にならないと期待した生徒たち。よし、そのままマレウスの話を聞くためにレオナが素直に聞く姿勢を取って平和に終わって欲しい。更に言えば場所を変えて被害者が出ないような人のいない場所でふたりきりで話して欲しい。
 しかし、NRCの生徒にそんな協力的態度と空気を読む能力を求めてはいけない。レオナはつまらなそうに「フーン。俺は話すことはない。以上だ。解散」と言ってマレウスに背を向けてその場から去ろうとする。
「待てキングスカラー!」
 レオナに伝えたいことがあるマレウスは慌てた。親友になりたいという熱い告白をして、お互いに親友と認め合う友情エンドを迎えるはずだったのに、このままレオナが去ってしまったら第一段階の「僕たちは親友だ」の確認すら取ることが出来ない。
 そんな焦りからかレオナを足止めするためにマレウスは思わず魔法を発動させた。床を突き抜けて伸びて来た茨の蔓がレオナの手足に絡み付いて歩行の邪魔をする。
「ハァ!? 呼び止めるためだけに魔法使うとか頭おかしいだろ!!」
 青筋を浮かべたレオナは茨を燃やすべく炎の魔法を展開した。しかし、レオナの魔法の火力ではマレウスの魔法の茨を焦がすことは出来ても焼き切ることが出来ない。無駄だと判断したレオナは今度は風の塊をマレウスに向かって放った。手加減のない威力の魔法は身体が真っ二つに裂ける程のものだが、マレウスは涼しい顔でそれを防衛魔法で防いだ。防衛魔法にぶつかり威力が落ちた風の塊はマレウスの後ろに向かい、食堂のドアを粉砕した。
「キングスカラーとドラコニアの喧嘩が始まったぞ!!」
「またかよ! 今日はどこ破壊するんだ!?」
「いいぞ、いいぞ争えー!!!」
 途端に上がる野次。今ここに残っているのはNRC生徒に相応しい野次馬根性精神溢れる生徒たちだけだ。そうでない者はなるべくふたりから距離を取っている。だから食堂のドアが粉砕がされても上がるのは待ってましたと言わんばかりの歓声の雄叫びだ。そして、今度は煽る言葉が渦中のふたりに浴びせられる。
「キングスカラーこそ攻撃魔法を使っているではないか」
「俺のは正当防衛だろ」
 周りに煽られている所為かレオナの攻撃魔法の威力が上がる。また上がる歓声、冷静に防衛魔法で威力を殺すマレウス、そして壊れていく校舎。まさに地獄絵図になりつつある食堂前にようやく姿を現したリリアは頭を抱えた。
「あちゃー……。まさかこんな早くレオナと接触するとは……」
 リリアはマレウスがレオナに突撃告白する現場に付いて行き、拗らせようものなら何とか仲裁に入るつもりだったのだ。昨日の不安な様子から突撃する時はリリアに声を掛けるものだとばかり思っていたから完全に油断していた。
 どうやって止めに入ろうかと思案しているその間にもリリアの後ろの壁に水の魔法がぶち当たってミシリとヒビが入った。どんどんボルテージが上がっていく野次の中に悲痛な声が混ざった。
「ああ…っ、壁にヒビが……! ちょっと喧嘩は止めて下さい!! 」
 ほとんど暴動騒ぎとなった喧嘩に駆け付けたクロウリーがボロボロになった校舎を目の当たりにして悲鳴を上げた。クロウリーがふたりの間に割って入るとようやくレオナは攻撃魔法の手を止めた。
「今日は何が原因ですか!? 仲が悪いのは重々承知ですが、校舎内では止めて下さい! 困ります!!」
 魔法を使った私闘は禁止となっているとクロウリーが憤慨して見せてもマレウスとレオナは焦った様子は見せない。むしろのクロウリーの憤慨にふたりとも顔にハッキリと面倒だなぁ…と出ている態度を取っている。寮長としてあるまじきことだが校長先生からの叱責慣れしていて、教師を舐めているとしか思えない。
「俺は悪くねーぜ先生。隣のトカゲ野郎がいきなり魔法で拘束して来たのが悪い」
「後で元に戻しておけば問題ないだろう。何故そんなに怒っている」
 方や喧嘩相手に全責任を押し付けようとして、方や何故怒られているか理解していない。何時もながら自分の叱責が響かないことに肩を落とすクロウリーはマレウスに校舎を元に戻すようにお願いした。お願いすれば壊した物を元の状態に戻すからマレウスが関わる喧嘩はクロウリーも見逃しているのだ。決してそれぞれの国王にクレームを付け辛いからそれっぽい理由を付けているわけではない。
「あーではドラコニア君はどうしてキングスカラー君を拘束したのですか?」
 それでもクロウリーは一応教師である。高速違反を犯した生徒に対して形ばかりの指導を一応しておかないといけない。取り敢えずマレウスの方がレオナに魔法を使った結果今回の惨劇となったようなので、事の発端から確認することにした。
 この段階でやや離れたところで事を見守っていてリリアがマレウスの後ろに控えた。マレウスのフォローをしようと思っているようだ。レオナは非協力だろうし、マレウスだけだと話が進まない可能性がある。リリアも飄々としているが妖精族らしさ全開のマレウスよりは人間寄りの考え方に理解ある。
「話があると言ったのにキングスカラーが逃げるからだ」
「俺は話すことねーって言ってんだろ」
「ああ、もうまた険悪にならないで下さい!」
 野放しにするとすぐ喧嘩を始める。また魔法の打ち合いに発展する前にクロウリーが間に入る。この間リリアはケタケタ笑うだけで止めに入る様子は無かった。クロウリーが来たから仲裁役は全て任せることにしたようだ。クロウリーはリリアはマレウスの補足に入るだけでそれ以外は役に立たないと判断した。クロウリーはまた大きな溜息を吐いた。
「ドラコニア君。キングスカラー君に話したいことは何だったんですか? 私も聞いても構わない内容でしたらここで言ってしまった方が話は早そうですよ」
「別に聞かれても構わない内容だ。キングスカラーと親友になりたいと伝えたかっただけなのだから」
 クロウリーが軽い気持ちでマレウスに動機を聞いたら意図も簡単に動機が開示された。しかし、理由を聞いてもマレウスの行動に理解が出来なかった。レオナなんかは「ハ?」と低い声を出していた。全身で不快感を露わにしているレオナの様子を気に掛けることなくマレウスは言葉を続ける。
「最近キングスカラーのことばかり考えてしまう。キングスカラーともっと普通に会話したいし、僕にも笑顔を向けて欲しいとリリアに相談した。どうやら僕はキングスカラーと親友になりたいらしい」
 親友ならその耳も触れてみても構わないだろう?ここまで言ってマレウスはようやくレオナの顔を見た。正確にはレオナの顔の上、頭の上で動く耳を凝視した。その視線に気が付いたレオナはマレウスを睨みつけながら手で耳を覆った。レオナの耳が隠されてしまった所為か、マレウスがしょんぼりした顔をするがレオナは無視をする。
 レオナは信じられない気持ちでいっぱいだった。獣人にとって耳や尻尾を触らせても良い相手というのは家族や恋人という身近な相手に限る。耳や尻尾はとても敏感な場所である。触り方によっては性的興奮を呼び起こす器官だ。獣人ではない者たちには馴染みがない為仕方ないのかもしれないが、マレウスの好奇心による無邪気な要望は獣人からしたら性的な嫌がらせと感じてしまう場合がある。レオナは嫌いな奴に性的な嫌がらせを受けたというショックで顔を引き攣らせる。明らかに不快感が顔に出ていた。
 マレウスも保護者のリリアもレオナの反応の理由が分からず首を傾げているが、立ち会っているクロウリーの方は獣人の生態を分かっているのだろう。何とも言えない微妙な顔でレオナの方をチラチラと窺っている。自覚はないとはいえセクハラをした生徒を注意しなければならないが、マレウスに注意なんて出来ないので申し訳ないけどレオナに水に流してもらいたい、そんな顔だった。
 いや、何被害を受けた生徒に我慢を強いろうとしているんだ教育者!本当そういうところだぞ!何処までも長い物には巻かれろ主義な校長に期待するもんじゃない。やはり自分の身は自分で守るしかないのだ。レオナは強い気持ちでマレウスからのセクハラを払いのけようと顔を上げた瞬間、ザワつく外野からひとつの問題発言というなの起爆剤が投げ入れられた。
「それって親友じゃなくて恋人になりたいやつじゃない……?」
 発言したのはウサギの獣人だった。垂れた耳がキュートな彼はポムフィオーレ寮生だ。愛らしい耳に似合う、愛らしい顔は目の前の出来事に頬を赤く染めていた。長いお耳をお持ちのウサギの獣人である彼は、ウサギの獣人の最大の特徴である耳に触れたいという言葉はつまり「貴方の特別な人になりたい。」というロマンチックに愛の告白だと感じた。同じ獣人でも種族によって感想はそれぞれだった。
 年頃の思春期の少年の前で突如起こったラブロマンスにウサギの獣人は目をキラキラさせてレオナを見る。告白を受け入れるのかな、そうしたらロイヤルカップルの誕生だ。そんな素敵な場面に立ち会えるなんて……ウットリとしている彼に感化されたのか、ケンカが始まるのかと野次馬していたり、なるべく巻き込まれないように遠目に見守っていた生徒たちも公開告白の現場に居合わせたモブの如くそわそわし出した。
「だよな。どう聞いても盛大な告白」
「公開告白じゃん。ヤバい」
「ドラコニア大胆じゃん」
 外野の空気がラブロマンスの成立を求めるピンク一色になったことレオナは開いた口が塞がらなくなった。寮生活で娯楽が一部制限される所為か校内で発生した恋愛フラグは成立しても、破局しても見ていて楽しい娯楽扱いだ。特に見知った学生という点がどっちに転がっても煽るネタとなって良い。実にNRCらしい娯楽消費の仕方だった。
 一ミリも関係ない立場ならばレオナも気が向けば囃し立ててやる恋愛フラグだが、期待を向けられる対象となってしまった今、しかも相手はマレウスという最悪の相手という状況に絶望する。この絶望ならもしかしてもう一度オーバーブロットしてしまうかも。そんな現実逃避をしてレオナの口から乾いた笑いが漏れた。
 いっそのこと魔法で囃し立てる外野を吹き飛ばして逃走をはかった方が良いかもしれない。クロウリーの目の前で魔法を使うと後でお咎めが来るだろうが、今は見の保身の方が優先すべきだとレオナが杖を取り出そうとしたところ、レオナの考えを悟ったのか何と場を治める努力をしなければならない教職者が積極的場を乱しに掛かる。
「……そうですね。ドラコニア君それは恋です」
「こい」
 マレウスの発音が片言だった。恋という単語の意味合いを理解していないようだ。まるでその単語を始めて聞いたかのような反応のマレウスに、リリアは横から恋心のことじゃよ。恋愛」と助け船を出した。リリアはマレウスに実る確率が低そうなレオナへの淡い恋心を悟らせたくない派ではあるが、ここまで騒ぎになってしまったらこのビックウェーブに乗るしかないと少し自棄になっている。レオナは押しに弱いから勢いでなぁなぁな感じで何とかなってしまうかもしれない。そんな打算も無いこともない。
「そう立派な恋心です」
「クロウリー止めろ。トカゲ野郎が何か勘違いしてるだけだ。そういうアレじゃないって」
 強気の口調だがレオナは止めてくれるなら頭を下げてやっても良いくらいの気持ちはある。そんなことをしたってクロウリーは「私、優しいので」なんて言いつつ、生徒の頼みを聞いてくれるタイプではない。レオナは意味がないなら無駄に頭を下げることはしない。つまり、この静止も意味がないことだと知ってはいるが、それでも言わずにいられなかった。
「そもそも獣人は家族や恋人にしか耳や尻尾を触らせないらしいですよ。ドラコニア君がキングスカラー君の耳を触るなら猶更恋人ポジションを目指すしかないですよ」
「おいクスカラス!! 止めねーと蒸し焼きにして食うぞ!!」
 この脅しも意味ないと分かっていても主張しなればならない時がある。レオナが吼えても怯んでくれるのは外野の生徒たちだけで、マレウスもリリアもクロウリーもレオナの怒りの叫びを浴びなれているのに全く効かなかった。
「……リリアからキングスカラーと親友となりたいんだろうと言われた時少し違和感があったが」
マレウスはやけにんスッキリとした顔をしている。長年悩んでいた問題が突然解消したようなそんな雰囲気を漂わせている。心なしか話し方も圧が薄れて穏やかになっているような気もする。そして、レオナの方を見て爽やかな笑顔を浮かべた。
「成程。恋心だったのか」
「……キラキラした目でこっち見んな。違うだろ……俺たちは互いにいけ好かない奴認定だろ……好意なんて微塵もないだろ……なぁ、ちょっと聞けってマジで」
もしかして学園に入学以降初めて浮かべた爽やかな微笑みではないだろうか。少なくともレオナはマレウスのそんな爽やかな笑顔を見たことはない。レオナの知っているマレウスは何時もじめじめとした暗い顔をしていて、笑顔といえば上から見下ろして来ているようにしか見えない嘲笑しか浮かんで来ない。
マレウスは身内に対しては穏やかな笑顔を浮かべるのだが、レオナが知らないだけだ。つまりマレウスの中では既にレオナのことを身内認定しているのも同然だった。そんなことを知らないレオナはこの後マレウスがそれ以上言葉を重ねないようにマレウスを宥めに掛かるけれど、恋心を自覚したマレウスは止まってはくれなかった。
「僕はキングスカラーが好きなようだ。今までこのような感情を持ったことがないから分からなかったが、恋心だというのは腑に落ちた」
マレウス、まさかの初恋を公開告白。当然オーディエンスは沸いた。一般人からしたら茨の谷の王族であるマレウスを茶化す機会なんて一生にあるかないなわけで、NRCの生徒なら二度と訪れないかもしれない好機を逃すはずがなかった。
「やだ……ドラコニア初恋なの……ピュアじゃん……」
「甘酸っぱい青春模様がこのNRCで見られるなんてビックリだぜ……」
「応えてやれよキングスカラー! ドラコニアの恋叶えてやれよー!」
「テメェら他人事だからって好き勝手言ってんじゃねーよ! ソテーにして食うぞ!!」
レオナが吼えても周りの生徒たちは「キャー」と甲高い悲鳴を上げてゲラゲラ笑っている。何時もならレオナが怒れば生徒たちは散っていくのに、マレウスの告白劇で会場のボルテージは上がっている。レオナの怒声も感情が昂っている彼らからしたらエンターテインメントのひとつ扱いだった。
それよりもマレウスが距離を詰めて来ていることが問題だった。恋心を認識してマレウスも感情が昂っているようだ。一刻も早くレオナに気持ちを伝えたい。自覚はしていなかったけど周りの囃し立てて来る声に勢いが付いていた。キラキラとした微笑みでレオナの手を取って、レオナの顔を覗き込むようにして囁いて来た。
「キングスカラー、いや、レオナ。改めて好きだ。婚姻を前提に恋人になってくれ」
「テメェも雰囲気に流されるなっていきなり段階飛ばすな!!」
「嫌なのか?」
「嫌というか……いきなりそんなこと言われても困るというか……」
コテン、とマレウスが首を傾げた。何故レオナが顔を真っ赤にして怒っているのか分からないといった顔だ。嫌なのか、と聞かれたら告白される前までのレオナなら即答で嫌だと返していたはずだった。それが告白をされただけなのに、世界一気にくわない男が自分に好意を寄せているというだけで、レオナの中でマレウスに対する好感度も上がる。自国で嫌われ者をしているレオナは好意を寄せられることが慣れていない為とてもチョロかった。
「リリア! 見てねーで止めろ!! 茨の谷の時期王の恋人が俺なんて嫌だろ」
言葉が上手く出なくなったレオナはリリアに丸投げをした。自国の王子の暴走を家臣に止めてもらおうと思ったのだ。妖精の常識は知らないけれど、婚約者と婚姻を上げるまでの一時的な火遊びだとしても仲の悪い同級生なんて全力で止めるだろうとレオナは考えたが、妖精族の常識とレオナの常識は擦り合わなかった。
「レオナが嫌がるだろうからマレウスに気付かせたくなっかったのじゃが……。ほら、片思いじゃ苦しいじゃろ。マレウスが傷付くのは可哀そうじゃし、新しい春の時が来るのを気長に待った方が良いかと思っていたが……」
深刻そうに目を伏せるリリア。しかし、直後に満点の笑顔でレオナを突き放した。
「しかし、気付いてしまっては仕方ないな。妖精族は一途じゃ。レオナ、諦めよ」
「おい!!!」
「それにおぬしも満更ではなさそうじゃ」
「なっ……」
マレウスの告白まではマレウスに正気がないとリリアは踏んでいた。いつも喧嘩ばかりしているし、好意の裏返しと取るにはレオナからマレウスへの感情は悪意が強過ぎる。マレウスが傷付くだけだと思っていたが、告白した途端にあの赤面である。レオナがチョロいことをリリアは見抜いていた。
リリアが揶揄い混じりにいレオナに囁くとレオナは絶句して、それから目を吊り上げながらクロウリーに対して文句を投げ付けた。クロウリーが投げやりになってマレウスに余計な知識を与えた所為で事態がややこしくなったとお怒りの様子。それはそう。しかし、クロウリーがそんなクレーム如きで凹むはずもなくのらりくらりとしている。
レオナから返事を貰えていないマレウスはしょぼんとした顔でレオナに話し掛けようとするが、怒りで我を忘れているレオナはマレウスを無視してクロウリーに対して文句をぶつけている。周りの生徒も普段クロウリーに不満があるのかレオナを応援し始めており、先程までのマレウスの告白劇の甘酸っぱい空気は四散していた。
「リリア。キングスカラーは僕のこと好きではなさそうだな」
「うーむ。そうじゃなぁ……」
リリアは顔から熱が引く様子のないレオナを見る。時折こちらの会話に耳が反応しているので、どうやらレオナはマレウスのことを無視はしていても意識をして様子を探っているようだ。
「取り敢えず婚姻の話進めて問題ないというのがワシの見解じゃ。あの様子なら外堀を埋めた方が事が上手く運びそうだぞ」
リリアがウィンクを決めながら茶目っ気たっぷりに言うと、聞き耳を立ててたレオナの耳と尻尾がピーンッと立った。

おしまい
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