審神者、夫婦に振り回される(いちみか)


美しい、会う者皆に言われてきた三日月には、その言葉は最早自分にとって当たり前の形容句として受け取るようになり、いつしか「よきかな」という口癖で返すようになっていった。適当な相槌でしかないのに、そう返された者が無碍な扱いをされたと感じさせないのは三日月の柔和な微笑みと雰囲気に呑まれているからである。だから夫である一期がその言葉を口にした時も同じように返した。
「三日月は美しいですね」
「そうか。よきかな、よきかな」
「…私の言葉を他と同じというのは如何なものか」
普段は丁寧な口調を崩さない一期の少々荒々しい言葉に三日月は笑ったまま固まった。夫として情を交わした一期に言われた言葉にも何時ものように応えたのが悪かったと理解したのだが、三日月にはそれのどこが悪かったのかは具体的に説明出来なかった。しかし、穏やかな性格の一期が怒ったのだからやはり自分が悪かったのだろうと三日月は結論付けた。
「お前様?」
「私の言う美しいは他の者とは異なるということを教えましょう。…今宵、三日月の元へ参ります。寝ないで待っていて下さい」
「んん?今ではダメなのか?」
「ええ。日も明るい内というのは些か無粋というものです」
日の高いうちは何故駄目なのか、過保護な兄たちに護られ、兄たちの元から離れて以降も大事に大事に飾られてきた三日月には、一期が意図するそれが何なのか理解出来ていなかった。ただ、いつもなら昼にしか会えない夫が夜にやって来てくるという言葉を聞いて、寝る前に一期の顔を見ることが出来るのは嬉しい気持ちが三日月の心を占めた。
一期の言う通り寝ないで彼の姿を待っていた。慣れない夜更かしの所為か三日月はうつらうつらと微睡んでいる。やがて律儀に戸を叩いて三日月が飾られている部屋へと入って来た一期は、正座して待っていた三日月の姿を捉えてから「寝具を用意しましょう」と言った。
「寝具?一緒に寝るのか?」
「まあ、そうですね」
三日月としては添い寝をしてくれるのかとお目出度いことを考えたわけだが、一期に寝具の上へ引き倒されてからようやくただ事ではないと感じたのだった。目を見開いて驚いている三日月の瞳を覗き込んで、一期は目を細めて笑った。
「ああ…やはり、闇夜の中では打ちのけが輝いてなお美しい」
美しいと語る一期の瞳を見て三日月の全身に緊張が走る。思わず一期の肩を押し戻そうと両手に力を込めたところで唇に噛みつかれた。驚きから思わず口を開けたところですかさず侵入してきた一期の舌に翻弄され、手から力が抜けて行くのを三日月は感じる。息が上手に出来ない苦しさと、よく分からない切なさに喘ぐ三日月に気付いた一期は彼の口を解放して、もう一度「美しい」と夢見心地に呟いた。
美しいと言われるのは慣れているはずなのに、何故か今は恥ずかしい言葉にしか聞こえなくなった三日月は思わず目を瞑って両手で耳を塞ぐ。三日月が耳を塞いだことで無防備になった身体に、一期はゆっくりと撫でるように手を這わせ、そして、

そして…。

  *

「三日月殿は今日もお美しい…」
「はっはっは、よきかなよきかな」
いつものように豪胆に笑い飛ばす三日月だったが、どこか落ち着かない様子に誰もが首を傾げた。何かあったのかと尋ねられると若干頬を紅潮させて「何でもない」と頑な態度を取る。そこへ夫の一期がやって来た。一期の姿を捉えると三日月は顔に緊張の色を張り付けるが、周囲はそれに気付かずに一期に三日月の様子がおかしいと彼に話し始めた。話を聞いた一期は三日月の方へと視線を向けて、何か含んだような笑いをそのな端正顔に載せた。
「いや、何もおかしいことはないでしょう。三日月は今日も美しい」
美しい、三日月にとって言われ慣れているその言葉を一期は口にしただけだった。しかし、よきかな、といつもなら開く口がパクパクと開閉するだけで三日月はそれ以降は黙り込んでしまう。目元を紅潮させて、まるで少女めいた可憐さに周囲は珍しいものを見たと高揚した。
「三日月?」
どうして三日月がこのような態度を取るのか分かっているあろう一期は、敢えて分からない振りをして三日月の名前を呼ぶ。とうとう三日月は裾で顔を隠しながら「お前様、堪忍…」と昨夜の出来事を思い出して、持て余す熱を吐息とともに吐き出したのだった。
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