審神者、夫婦に振り回される(いちみか)


突然だがこの本丸にはひとつだけルールがある。
遠征など仕方がなく本丸を留守にするような特別な理由を除き、どんなに忙しくとも朝食だけは全員で取るというルールだ。それを決めたのはこの本丸の主である俺だが、たまにこのルールの所為で、書類作成をしたくても大広間に顔を出さなければならず、明らかに自分の首を絞めていた。そもそも書類を溜め込まなければ良い話というのはよく理解してはいるんだけど、人間って嫌なものは後回しにしたくなるものだ。仕方ないだろ。
つまり、今俺の目の前で猛烈に落ち込んでいる一期はとても後回しにしたい対象ということだ。近侍が落ち込んでるのに冷たいって?何故俺がこの件を嫌なものと認識しているかというと、一期が落ち込んでるのは三日月と喧嘩したらしいからだ。俺が関わりたくない理由を理解してもらえただろうか。
ふたりが喧嘩したらしいと発覚したのは全員が集まる朝食の席でだった。何時もならイチャイチャしながらやって来る夫婦は当然のように隣の席に座るというのに、今朝に限っては無言でやって来て、隣ではなく向かい合う席に着いた。喧嘩していると思われる割には離れた席ではなく、向いの席に座る辺り、話したくないが顔が見えないのは嫌とういうことだろうか。これだからバカップルは…。
余談だが、夫婦の空いてる方の横の席は粟田口が一期の隣を、三条が三日月の隣を取り合いになるのだが、この日は様子のおかしい夫婦に双方の兄弟たちは思わず様子を窺うしかなかった。そんなわけで一期の隣には俺と本人曰く粟田口兄弟の叔父に当たるらしい鳴狐が座り、三日月の隣には三条の良心こと岩融と何故か鶴丸が座った。鶴丸曰く、「一期と三日月の大親友の俺が間に入らないでどうする?」とのことだったが、双方から「何時から親友になったのですか?」「鶴丸と俺は親友だったのか知らなかったなぁ」と即答されていたことから察して欲しい。鶴丸は野次馬代表といったところだろう。
「三日月どうしたのだ。兄弟たちも心配しているぞ」
「…兄上たちが心配することは何もないぞ」
まずは岩融が三日月に話し掛けるが、三日月は兄を心配させまいと微笑んで答えただけだった。岩融は長男の今剣によるもっと突っ込んだことを聞けという無言の圧力と、三日月が言いたくないなら聞き出せないという自身の優しさに板挟みになって顔を顰めていた。
「……」
「一期殿!鳴狐がどうしたのか心配しておりますぞ!」
「ハハハ…大丈夫ですよ。心配は要りません」
次に鳴狐…ではなく、オトモの方が一期に話し掛けられて笑顔でかわされていた。おい、そこは本体の方が話し掛けるべき場面だろ。
そして訪れる無言。三条と粟田口は勿論、その他の刀たちも俺が原因を聞いてくれると期待の眼差しを向けてきている。因みに鶴丸は無駄にキラキラした瞳を俺に向けて来る。それは俺がどんな地雷を踏み抜いてくれるか楽しみしている顔だ。絶対そうだ。
「……」
そろそろ俺もこの夫婦に関わると自分自身が重傷状態になるのには気付いているため、この夫婦喧嘩にも関わり合いになりたくなかった。しかし、この本丸の主として嫌でも関わり合いにならないこともあるのだ。現実は非情である。
「…お前ら、喧嘩でもしたのか?」
「違います」
「違う」
苦渋の決断の末に聞いたというのに、この即答のハモリにやっぱりリア充は爆発するべきだと思った。何で目線も合わせてないのに息ぴったりなんだよ。いやそれよりもだ。喧嘩じゃないのなら、何時もよりは距離置いているのは何故だよ…。俺が脱力している間にも、ふたりは代わる代わる己の意見を主張をしていく。
「それは三日月が素直ではないから…」
「その点に関してはお前様が悪い」
「だからその理由を教えて下さい」
「それは…言えぬ…」
頑なに何やら拒む三日月にとうとう一期が「教えてくれないと分からないです」と三日月の肩を掴んで言う。勿論向かい合わせの席だった一期が三日月の肩を掴むには机越しになってしまうため、危うく一期の肩から下げられている布が本日のおかずに付きそうになっていた。三日月はというと顔を赤くして目線を泳がせている。…うん、この三日月の感じは妻がどんなに愛おしいか一期に熱弁されて羞恥心に染まっていたあの時の三日月の顔だ。それを見た時に俺は気が付いたね。これ割とどうでも良いことが理由の痴話喧嘩だと。
そんなことを考えている間に三日月が何時かのように逃げ出してしまい、それを一期が追う前に小狐丸が追って行ってしまった。遠くからは「三日月待て」と叫ぶ小狐丸の声が聞こえて来る。出遅れた一期はというと呆けた顔をした後に脱力して席に戻ってしまった。
前回は落ち込んだ様子の一期に悩みを聞いて結果大火傷をした。だから、今回は何も言わずにただ見守る主でいようとしたわけなんだが、周りの刀たちは俺に解決してくれと無言で催促してくる。普段はあまり俺のこと尊敬していない癖に、こういう時ばっか頼りやがる。全く可愛い奴らだぜ。
「というわけで一期、何があったか話せ。主命だ」
「何がというわけなんですか?意味が分かりませんな」
場所は大広間、時間は朝食後。他の刀たちがそれぞれ今日の任務だったり、仕事だったりに出掛けてこの広い部屋には俺と一期と何故か鶴丸が残っていた。一期には俺が残れと言ったから居るのは当然なんだが、鶴丸はどうせ驚きの匂いがするとかそんなところだろう。一期は珍しく顔を歪めて主命を拒否するが、夫婦仲が悪いと皆に影響が出るかもしれないなと言うと躊躇いがちに口を割った。
「…三日月は私が綺麗と言っても難しい顔をするだけなのです」
「あ?」
思わずガラの悪い声が出てしまった。鶴丸に「驚いたぞ。何て反応をするんだ」と笑われるが、そんなことは気にしていられない。くだらない理由なんだろうなと勝手に思っていたけれど、まさか本当にくだらない理由だったと呆れて思わずそんな声が出てしまったんだ。決してまた夫婦の惚気かよだなんて思っていない。
「今、くだらないとか思いませんでしたか?」
えっ、何この近侍心が読めるのか?怖い…そうビビった俺は無言でただ首を横に振った。一期は無言で笑顔を見せてから改めて口を開く。
「他の者が綺麗だと言うと、当然だと言わんばかりに受け取るんです。勿論、三日月は私には勿体ない程美しい妻ですから綺麗なのは当然なんですが」
「ちょくちょく惚気入れるの止めろ…」
「…私からの綺麗という言葉は頑なに受け取ろうとしないのです。それを何故かと聞いたらあのような口論になってしまいまして…」
俺のツッコミは見事にスルーされていた。少し寂しい。それよりも予想通り見事なバカップルの痴話喧嘩な理由で何で俺ここにいるんだろう、おうちに帰りたいという気持ちになった。リア充に耐性が無いんだ…止めてくれ…。因みに鶴丸は「見事に惚気られたなぁ。驚いた」とこれまた何故か嬉しそうに笑っている。こいつの最近の生きがいは夫婦を驚かせてからかうことらしいからかもしれない。
俺たちとは違って愛しい妻と絶賛喧嘩中の一期は地の底まで沈む勢いで落ち込んでいる。時折「私が夫として至らないのか」とか「妻のことが分からないなんて夫失格だ」などなど何やらネガティブな発言も聞こえてくる。
「私に記憶が戻れば三日月の苦しさが分かるのでしょうか…」
一期が漏らした言葉には記憶がないことへの不安が滲み出ていた。あんなにイチャついて夫婦をしていても一期は記憶が全く戻っていない。三日月と夫婦としてよりを戻す前に一期が俺に語ったように「三日月宗近と夫婦だった」という事実認識はあってもそれに至る思い出も、夫婦となってからの思い出も大阪城と共に全て焼け消えたまま戻っていない。三日月は仕方ないと微笑んでいたらしいが、その微笑みはどこか寂しそうで思い出せないことへの罪悪感を一期は抱えていた。そんな不安に押しつぶされそうになっている一期は本当に哀れだ。しかし、俺はひとつ言いたいことがあった。
「三日月は苦しいというよりさ、恥ずかしいだけなんじゃないかと俺は思うんだけどさ。鶴丸的にはどう思うよ」
「俺的にもそれがファイナルアンサーというやつだぜ」
やっぱそうだよなーだなんて笑い合う俺と鶴丸と、落ち込む一期との温度差が激しい。どうやら落ち込み過ぎて俺達の話は一切聞いていなかったようだ。そんな一期を見て鶴丸が俺の肩を軽く叩いて言った。
「よし、落ち込む一期のためにも俺たちが真相を確かめに行こうじゃあないか!」
その顔に面白そうと書かれてなければ友人想いの良い奴だなと俺の中で鶴丸の株が急上昇なんだがなぁ。でもここまで来たら夫婦仲をもう一度取り持ってやろうではないか。刀たちのために自ら爆心地へ行く…俺は何て良い審神者なんだろうなと若干自暴自棄な気持ちになったことは否定しない。

  *

落ち込む一期を置いて、俺と鶴丸はまず夫婦のもう片方の方を探し始めた。小狐丸からも逃げていたところを見ると、ひとりになりたいと思っているのではと結論付けた俺たちは本丸の中でも人気のない場所を探してみると、裏庭の桜の木の下に目的の人物が佇んでいるのを発見した。静かに桜を見上げる横顔がまるで一枚の絵画のように出来上がっていて、俺が思わず見惚れて間に鶴丸が三日月に声を掛けていた。
「鶴丸…それに主もか。珍しい組み合わせだな」
どうしたのだ、などと聞いてくる三日月は今朝の出来事が無かったかのように落ち着いていた。「一期と何かあったんだろうって心配して探しに来たんだ」と正直に言ってみても、罰が悪そうに笑うだけで恥ずかしがる素振りは見せなかった。
「それは…まあ、理由を言えない俺も悪いとは思っておるのだ。もう少し頭を冷やしたら一期に謝ろう。何、主が心配することは何もない」
当然ながら三日月は口を割ろうとはしなかった。三日月に真相を確かめようと笑っていた鶴丸はニヤニヤ笑いながら黙ったままである。多分俺に全部押し付けるつもりだ。どうしたものかと考えた時に、ふたりが喧嘩したらしい理由を思い出した。
「三日月、お前は美しいな。女だったら多分喋れなかった」
三日月が一期の美しいという言葉だけ受け取らないということが本当かどうか確かめるために言ってみた。ただ後半の内容は童貞丸出しだから言わない方が良かったと後悔した。
「うむ、そうか。…して、何故俺が女人だったら喋れないと?」
お前が女だったら絶世の美女確定で、そんな美女に彼女いない歴=年齢という経歴を持つ、女に全く免疫のない俺が緊張しないわけがないだろ…という説明は俺の心を抉るだけなので止めた。その代り適当な言葉で言いくるめよう、そうしよう。
「高嶺の花には触れない。つまりそういうわけだ」
「君、それは意味が分からんぞ」
意味が分からな過ぎてついに鶴丸がツッコミに回った貴重な瞬間だった。しかし、そんな俺と鶴丸のコントに三日月は気にした様子もなく「うむ、そうか。よきかなよきかな」と笑った。そんな三日月を見て俺と鶴丸は顔を見合わせる。これ美しいの言葉を受け取るというより流しているように感じるんだが。適当な対応されている感じしかしない。俺の考えを読んだのか、今度は鶴丸が三日月の容姿を褒めだした。
「まあ、でも三日月は本当に美しい。出会った頃の三日月は今のような立派な青年の姿ではなく可憐な美少女みたいな中性的な容姿でな」
遠い思い出を回想する鶴丸は段々と語り口が重くなっていく。一端言葉を切ってから暗い顔をして鶴丸は口を開いた。
「…俺の初恋を奪っていきやがったんだ…」
あ、何か聞いてはいけないことを聞いた気がした。
俺の目線を感じて鶴丸は言い訳をするように早口で捲し立てる。
「三日月は初恋キラーという通り名を欲しいままにしていたのさ…。この美貌の前で一体どれだけの幼い子供たちを虜にしてきてたか君は知らないからそんな楽観視出来るんだ。三日月が微笑むだけで自分の世界の常識が一八〇度変わるんだからな。勿論そうなるのは子供たちだけではなかったが」
その常識が一八〇度変わる云々って鶴丸本人の体験だろうか…。でも平安の頃なら初恋キラーなんて言葉が通り名になるはずがないから、この辺りは適当に盛って喋っていそうだ。
「あの時の俺は三日月を女の子だと思ってな、将来結婚してくれだなんて言ったりしたさ。まるで人間の子供みたいだろう。三日月が男だと知った時はそれはもう驚きを通り越して呆然としたものだ。三日間は寝込んだ」
「鶴丸は男は駄目なんだな」
「男は駄目というか女人の胸が好きなんだ」
こいつ…。いや、言っていることには同意するがこいつ…と何とも言えない気持ちになった。
「三日月に胸が付いていたら俺の理想の君なんだがなー。何故三日月は男なのか、解せぬ」
解せぬのはお前の頭だよ、とツッコミたかったが正直鶴丸が言っている言葉に若干共感してしまった手前俺は何も言えなかった。綺麗な天然系おっとり年上お姉さんしかも妹属性だなんてそれだけで好きになっちゃいそうな盛りまくった属性だからだ。こんな属性過多現実にいるはずないだろと思うレベルだというのに存在するわけだ。惜しいのはその属性過多な美人が男と言うところだろうか。
「話は終わったか?鶴丸はいつも楽しそうで良いなぁ」
にこやかに笑う三日月はどうやら目の前で繰り広げられていた下世話な話を全く聞いていなかったらしい。何故なら、何時の間にか三日月の耳を塞ぐ鬼のような顔をした小狐丸がそこに居たからだ。三日月に何て事を聞かせようとしていると特に鶴丸の方を睨んでいる。
「おお、全然聞こえないと思ったら兄上の仕業だったのか」
「…三日月はもう少し警戒心を持った方が良いな。兄はお主が心配だ」
朝食の時からずっと三日月を探していたんだろうか。小狐丸は自慢の髪の毛を乱して深い深い溜息を吐いた。そんな小狐丸を見て三日月は髪の毛を整えてやろうとどこからか櫛を取り出していた。鶴丸は三日月が他人の世話をしようとしていることに興味を示して彼らの横へと移動する。
「もう何時もの調子に戻っておるな。今朝はどうしたのじゃ」
「んー、こればかりは兄上にも言えぬなぁ…。ちと恥ずかしい話でな」
小狐丸の髪の毛を手に取りながら三日月が質問をひらりとかわす。小狐丸でも聞き出せそうにないか。それならどうするべきか…と考え、取りあえず小狐丸にも三日月の美しさについて尋ねてみた。
「小狐丸から見ても三日月は美しいよな」
「うん?三日月が美しいのは当たり前のこと。ぬし様がそのようなことをおっしゃるとは…少し疲れておいでなのでは?」
至極当然、世界の常識という反応をされた。まさか三日月の美しさを確認しただけでこの返しをされるとは思ってもみなかった。審神者ショック。後で鶴丸が小声で「三条は三日月を溺愛してるから三日月がこの世で一番美しい認識してるぞ」と教えてくれたのだが、残念ながらこの時の俺には知らない情報だった。
「兄上は嬉しいことを言ってくれる」
フフフ、と上品に微笑む三日月は小狐丸の言葉には嬉しそうに反応した。鶴丸のは聞こえてなかったから除外するとして、俺の言葉はスルー気味だったというのに差別だ。
しかし、三条はブラコン。そう考えれば大好きな兄が自分を褒めてくれて嬉しくない筈はなかった。それなら最愛の夫の一期の言葉を頑なに受け取ろうとしないのはどうしてなのか。羞恥心だとは思ってはいるが、落ち込んでた一期のためにも一応真実を聞き出したかった。

「何で一期の美しいには素直になれないんだ?」
小狐丸の乱れた髪の毛を意外にも器用に直していた三日月の手が止まる。手が止まった三日月を伺う小狐丸は後ろを振り返って三日月と目を合わせた。
「三日月、夫と喧嘩したというのなら実家に帰って来ても良いのだぞ。私たちはいつでも三日月が帰って来られるよう準備はいつでも出来ておる」
この時鶴丸が「成程、実家に帰りますって奴だな」と得意気に呟いた。実家ってこの間俺が言って散々言われた言葉じゃねーか。知らない内に流行ってたんだな…。
「兄上、心配してくれるのは嬉しいが本当に喧嘩ではないのだ」
三日月が口元を裾で隠しながら小狐丸から視線を逸らした。しかし、小狐丸は喧嘩ではないと証明されなければ三条の部屋へ三日月を戻す気だし、鶴丸は完全に野次馬だし、俺はというと早く痴話喧嘩解決しろよという荒んだ気持ちが強すぎて三日月は完全にアウェー状態だった。それを察したらしい三日月はもう話すしかないのかと引き結んだ形の良い唇をゆっくり開いた。
「その…」
羞恥心から目元を赤く染める三日月は扇情的で、鶴丸が息を飲んだ音が静かになった空間に響いた。そんな鶴丸を小狐丸が一睨みする。俺も思わず息を飲みそうになったが、何とか踏みとどまった。ノンケを惑わすのは止めていただきたい。
兄と弟分のやり取りを一切気付にかけずに三日月は視線を彷徨せながらも言葉をゆっくりと続ける。
「一期の、美しいは他の者が言うそれとは意味が違うからと…一期が美しいと言うと、つい、あの夜のことを思い出してしまってだな」
話す三日月は困ったように眉を下げて、自分の足元を見ていた。持て余しているのであろう手が狩衣を所在なさげに弄っている。何時も落ち着いている三日月が幼子のようなしぐさをしていると自然と守ってあげたい気にさせるから不思議だ。三日月の方が俺なんかより全然強いのに。
「う、うむ、つまりは、その」
三日月が緊張を解すようにほぅ…と一息吐いた。伏せられた目元に長い睫の影が出来ている。何でこいつやることなすこと全て麗しいんだよ。男に見惚れたくないのに、悔しい気持ちになる。
「は、恥ずかしいのだ…」
三日月はそう言いながら、とうとう目の前の小狐丸の髪の毛に隠れるように顔を埋めた。
「えーと?」
「鈍いな君は。つまり三日月は一期によって自分の美しいの意味合いは他と異なると体に直接教え込まれて」
「皆まで言うな!私はその言葉を理解したくないぞ!三日月がすでに穢されておるなんて!」
「あ、兄上!」
鶴丸の言葉を遮るように叫んだ小狐丸の言葉を三日月が慌てて塞ごうとする。しかし、小狐丸の髪の毛に顔を埋めていた所為か上手く手を口元まで持って行けずに、ただ兄に抱き付いて甘える弟の図にしかなっていない。
「み、三日月、その話は豊臣の時のお話かな?」
「思い出させるな…!あの後しばらく一期にからかわれて余計に恥ずかしかったのだ…!」
豊臣の時の話なら記憶がない一期に身に覚えがなくて当然だった。というか何というプレイをしてやがる一期のくせに!それと近侍とその妻の夜事情とか知りたくなかった。そして最後にこう思ったのだった。やっぱりくだらない理由じゃねーか、と。

  *

「一期、爆発してくれ」
「いきなり何ですか」
一期の顔を見た途端息をするように吐いた俺の言葉に一期はさして気にしてないように流した。羞恥心で小狐丸の背中に引っ付いて離れなくなった三日月のことは兄に任せて、俺と鶴丸は大広間で待っている一期の元へと戻って来た。押し付けられた形になった小狐丸はというと、ショックなことがあったとはいえ甘える弟を存分に構えて楽しそうだったので別に罪悪感は感じてなかった。
「興味深い真相だったぞ。ただなぁ…これを君に教えたら三日月に怒られてしまいそうだ。だから言えないな。すまないな一期」
新しい玩具を見つけたようにニヤニヤ笑う鶴丸は完全に一期をからかうモードに入っている。一期は一瞬眉をしかめたものの、すぐにいつものロイヤリティ溢れる笑顔を張り付けた。
「それで主殿。妻は何と?」
あ、やっぱり俺に聞くんですね。しかし今の俺はリア充に優しく出来そうにない。特に何回も振り回してきやがったこの夫婦にはだ。
「三日月は夫に美しいと褒められてすごく嬉しいから恥ずかしがっちゃうらしいぜ。慣れるまで言ってやれ」
しかし、目の前の一期に嫌がらせをすることの出来ない小心者な俺は、完全にターゲットを三日月に絞っていたのだった。その日の夕方、人目も憚らない一期による三日月褒め倒しの刑が執行された。
「三日月、今日も美しいですね」
「ぁ、う…やめ、お前様、堪忍してくれ…」
「三日月が慣れるまでは言うことにしました。理由を教えてくれない三日月が悪いのですから、仕方ないこと」
「うう…お前様はたまに意地悪だ…」
羞恥心に震える三日月はたまに膝を擦り合わせて唇を噛み締める。それに気付いているのかいないのか一期はすごく楽しそうに妻の様子を観察していた。正直公害でしかないこのやり取りを夕飯の席からさっそく始めやがった夫婦に堪忍袋の緒が切れそうになるが、周りの刀たちは夫婦の仲が戻って良かったと笑顔溢れている。これに怒らないとはお前らは菩薩か何かか。
結局のところ三日月に八つ当たりをした所で同じ本丸に居る限り夫婦のイチャイチャを見せつけられることに気が付かなかった俺が悪いかった。つまりだ。俺は結果的に自分から馬に蹴られに行ってしまったという訳だった。もう絶対にこの夫婦の痴話喧嘩に関わらないと俺は誓った。
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