【いちみか】壁ドンから再開する恋模様【完結】

厚目線より三人称文/モブ女注意

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「厚、俺は一期のことを疑いたいわけではないのだ」
 やけに深刻そうにそう語る三日月の顔色はひどく悪い。どうやらその原因が自分の兄にあることが容易に察せられるその言葉に、厚もまた真剣なまなざしで三日月を見つめる。
「前の主・・・」
「ああ」
「一期はよく前の主に似たのでしょうなと言うだろう?口癖のように」
「・・・うん?」
「一期の言う前の主とはつまり秀吉のことだろう!?」
「お、おう・・・」
 そうだな、そう続けようとした厚の相づちは興奮した三日月によって遮られた。
「つまり一期も好色の気があるということだろう!?」
 厚の肩を両手で掴んで迫る三日月の形相は必死なものだ。しかし、たぐいまれなる美貌の持ち主の顔を青くさせている原因の言葉に厚は思わず遠い目をした。
 あ、これ夫婦喧嘩に巻き込まれたんじゃねーか?
 三日月によって揺さぶられる視界の中、厚は心の中で毒吐いた。

 *

 厚にとって不幸だったのは本日の彼の内番が三日月と共に畑仕事を任されてしまったことから始まる。
 畑に着いた厚はまだ三日月の姿が見えないことにその時は何の疑問も抱かなかった。三日月はおっとりしているところもあり、更に言えば時間をあまり気にしないルーズなところもある。内番だろうが出陣だろうが関係なく遅れて来ることは多々あることだった。だから厚は三日月がいないこともその内来るだろうと先に農具を用意し始めた。
 三日月が姿を表したのは厚が畑に水をやるために水道にホースを繋ぎ、蛇口を捻った時だった。
「遅れてすまんな」
 何時も通りあまり悪びれているように聞こえない謝罪を聞いた厚はようやく来たのかと振り返る。
「三日月遅い・・・ぞ、って何やってんだ!?」
 振り返った厚の目にはホースの水を全身に浴びる三日月の姿があった。三日月は畑の横に置いておいたホースの端を持って自分の顔に向けている。奇行としか言えない三日月の行動に驚いた厚の声は裏返った。
「うむ、冷たくて気持ちが良いな」
「そうじゃないだろ!!」
 蛇口を締めて三日月の元へ走る。全身ずぶ濡れになってしまう事態など想定しているはずがないため手ぬぐいしか持ち合わせていなかったが、濡れたままよりはマシだろうと厚は三日月の頭にそれを被せる。
「あーもうずぶ濡れじぇねーか。何やってんだよ」
「水浴びをすれば目が冴えて頭もよく回ると思ったんだがなぁ・・・」
 手ぬぐいの隙間から見える三日月の目元には濃い隈が見える。恐らくここ数日まともに寝れていないのだろうと推測出来る隈に厚は目を見開いた。
「三日月寝れてねーのか・・・?」
「・・・・・・」
 無言を肯定と受け取った厚は自分の兄は何をしているんだと心の中で責めたが、すぐに兄が今どうしているか思い出した。
(・・・あっ、いちにい今長期の遠征中だった)
 まだ錬度が低い彼は錬度を高めるために演練にも出陣に参加することに積極的だ。前ふたつに比べれば強くなるための経験が劣る遠征も例外ではない。
 嫁より弱いのは夫である自分の自尊心にかけて許せない。笑顔でそう言い切る自分の兄の底のない自尊心の高さと、そしてそれにトキメク兄嫁の三日月に厚を含めて兄弟たちは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
 兎に角、そういった理由で一期が三日月の状態に気が付くことは無理な話だった。
 更に言えば三日月がこのような事態になるまで放っておく者も本丸にはいないだろう。つまり、三日月の状態に初めて気が付いたのは厚ということになる。一期が遠征に言ってから三日であるが、その間に本丸に居たはずの三日月の姿を見かけた記憶が無い。
(もしかしてずっと部屋に閉じこもっていたのか・・・?)
 思えば錬度も最高まで上がり、能力地も全て最高値まで上げているらしい三日月には出陣も内番もする必要はない。時折政府から期間限定で出陣要請される時、高錬度の者が赴かなければ厳しい戦場の時のみ出陣するのみ。
 それでも今回厚と畑仕事に組まれているのは単に人手不足だったというだけだ。多くの刀は資材集めに出払い、残りの刀の大半は演練に参加している。
 戦闘に支障が来す程体調が悪ければ審神者が気付くことが出来るが、寝不足程度ではそうだと判断されなかったのだろう。もしくは三日月がハイスペックのために多少の不調は戦闘に問題がないのかもしれない。
 様々な要因が重なった結果三日月の状態に気付くことが遅れたと判断した厚は、三日月に気付かれない程度に弱く唇を噛む。三日月は身内にも等しい存在だというのに気付くことが出来なかった己を恥じる。
 だからこそ彼は言ってしまったのだ。何があったんだ、と。

 *

 そして話は冒頭に戻る。厚は今後悔していた。
 聞けば三日月は一期がその内浮気してしまうのではないかと心配になり、本人が遠征が不在なことも手伝って眠れなくなってしまったらしい。つまり、一期が帰れば解決する問題なのだ。
 もう放っておいても大丈夫だろ。厚はそう思ったが、お人好しな彼はそんなことは出来なかった。
(あ、いや・・・このまま三日月の思いこみを解いておかないと帰ってきたいちにいと痴話喧嘩になるだけじゃねーか・・・?)
 痴話喧嘩になり、三条の部屋に戻ると三日月が言い張り、怒った一期が寝室に三日月引き込んで翌日には仲直りすることが目に見えているのだが、厚はふたりに喧嘩して欲しくないと思った。
 この場に薬研辺りがいたのならば「止めておけ、馬に蹴られるだけだぞ」と止めてくれたのだろうが、生憎と彼は今一期と共に遠征に参加しているために不在だ。
「そもそも三日月はどうしてそう思ったんだよ」
「ん?」
「あんなに熱烈・・・いや、仲睦まじかったじゃねーか。それなのにいちにいの浮気を疑うなんてなんかあったとしか思えないだろ」
 厚の言葉に三日月は仲睦まじいだなんてと口元を手で隠して恥じらってみせる。まるで恋する可憐な少女のような仕草であるが、直前まで一期の浮気を疑って発狂していたため厚には情緒不安定なんだなとしか思えなかった。
「主殿が豊臣秀吉の大河ドラマとやらが放送しているというので見ていたのだが・・・秀吉が寧々以外の女を囲っているのを見てしまってな。俺は基本的に寧々の元に居たために知らなかった・・・」
 三日月は憂いを帯びた瞳を伏せた。
「書物で調べてみれば秀吉は好色だと書かれている。・・・一期は秀吉の影響を受けているとよく言っている。だから・・・」
「だからいちにいも好色だと・・・?」
 三日月の言葉を引き継いで厚が言うと、三日月は暗い顔をして肯いた。
「や、前の主の影響を受けていると言ってもいちにいが三日月一筋なのは見てて分かるぞ・・・?」
「それは分かっている!」
 あ、分かってるんだ。三日月を慰めようとしていた厚はまたもや遠い目をした。
「それでも、出来心、ということもあるだろう?」
「えー・・・、」
 あんなに三日月に執心していて、独占欲が強いいちにいが出来心で一時でも三日月から目を離したりするだろうか。
「いや、あり得なねーよ」
「何でそう言い切れるんだ!?」
「だっていちにい三日月以外を見るとは思えないしな」
 三日月は眉を顰めてムッとした顔をする。不満がありますと主張する顔に厚はまだなんか心当たりがあるのか?と首を傾げた。
「最近一期は万屋に通っているのだが、そこの看板娘とよく話しているんだ・・・」
 万屋の看板娘といえば、男所帯のこの本丸においてオアシスだと言っても過言ではない城下町の万屋の娘である。秀でて美しい娘ではないのだが、気の利く良い娘であり、歴史を変えてはいけない刀剣男士たちが無条件で接触出きる人間でもあって彼女はこの本丸の癒しの存在になっている。
 余談であるが、この本丸の審神者は年頃の男であり、彼が看板娘に好意を抱いているために刀剣男士たちも看板娘に対して好感度が高いのだ。
 しかし、鶴丸が聞き出した話では彼女は確か好いている相手がいるという話だった。三日月は看板娘が好いている相手が一期だと思っているようだ。
「たまたま見かけたという鶴丸からの情報なのだが、一期は看板娘の髪に簪を当てて真剣な顔をしていたという・・・。恐らく簪を贈ったのだろうと・・・」
「・・・看板娘の髪は結い上げられるほど長くないだろ」
「髪が短い者でも刺すことが出きる簪だったらしい」
 鶴丸の目撃情報が本当ならば一期を擁護することは難しい。英雄色を好むというが、三日月もまた男神であり、天下五剣であるという自尊心を確かに持っている。夫と定めた人物の浮気に寛容ではいられない。
 大河ドラマを視聴して不安になっていたところで一期の浮気疑惑情報、しかも本人不在というトリプルコンボである。一期に直接問いただすこともできず、だからといって看板娘に当たるのも自尊心が許せず・・・その不安によって三日月はここ三日三晩飲まず食わず眠らずの日々を過ごしたらしい。
 そこまで憔悴している三日月を放っておけるほど厚は非道ではなかった。
「じゃあ俺が代わりに看板娘に聞いてきてやるよ」
 俺に任せとけと胸を叩く厚に三日月はようやく笑顔を見せたのだった。

 *

「とは言ってもどうやって聞くかなー」
 直球で聞いて良いような話題でないことを厚は理解していた。万屋の髪飾りを置いている一角を物色しながら厚はぼやいた。 
 色とりどりの飾りを見て自分の兄が何を思ってそれを看板娘の髪にあてていたのか思いを馳せる。しかし、厚は一期ではないためそれを理解出きるはずが無かった。小さく溜め息を吐いたところで声を掛けられる。
「贈り物をお探しですか?・・・あら?あなたは一期さんの・・・弟さんよね?」
 誰かが近づいて来ていたことには気が付いていたが、声を掛けられて初めてその人物が看板娘であると厚は気が付いた。
「こんにちは。ひとりで来るのは初めてよね?」
「…どうも」
 見た目からして子供扱いをされていることが気恥ずかしいからか、厚は後頭部を乱暴に掻きながら挨拶に答える。確かに厚は彼女の目線より下の背丈ではあるが、存在する年数でいえば成人前後の女性と比べるまでもなく年上だと断言出来た。
「それで何か探し物かな?」
「あー…えっと、」
 目的は兄が本当に目の前の人物と浮気しているのか、その真相の調査だが、それを直球で言うことが出来るものか。
 厚はどう切り出すべきか悩む。笑顔を絶やさない看板娘の顔を見ていると彼女に片想いをしている審神者のことを思い出してしまう。もし一期と彼女が本当に浮気していたら、審神者は知らない内に失恋をしてしまうのだから可哀想な話だ。
 悩んだ結果厚が導き出した答えは直球で聞くことだった。
「いちにいが簪を選んでたって聞いて…誰に贈るのか気になって」
 しかし、正直にアンタいちにいと浮気してんのか、とは流石に聞けないと簪の行方について尋ねることにした。
「お兄さんの贈り物作戦が上手く行ったのか気になっているのね」
 簪と聞いた看板娘は動揺することもなく厚に事情を説明した。
「奥さんと出会った記念日だからと選んでたの。奥さん私と同じくらいの髪の長さだから合わさせて欲しいと言っていたわ」
「奥さん…」
「弟さんが知らないのなら結婚の記念日はまだなのね。あ、奥さんには内緒にしてあげてね。驚かせたいって言っていたから」
 一期は三日月の髪の長さに会う簪を選んでいたらしい。そのために看板娘の髪に合わせていたというのだ。
(紛らわしいな…!)
 真実を知った厚は心の中で叫んでいた。それと同時に自分の兄が浮気していない確証を得たため、安心もしていた。
 厚は笑顔で看板娘にお礼を言うと、店を出るために歩き出す。それを「待って」止めたのは看板娘だった。
 彼女は顔を赤く染めて俯いていた。
「…それから、一期さんの上司さんもたまにはお店に来て欲しいなぁって…良かったら伝えてくれる?」
 一期の上司とは審神者しかいないわけで、その上司に来て欲しいと顔を赤くする看板娘に流石の厚も気付かないわけにはいかなかった。
 頷きながら思うことはただひとつ。
(良かったな大将。どうやら両想いらしいぞ)

 *

 本丸に戻った厚は浮気じゃなかったとだけ三日月に報告して、後は帰って来た一期に三日月の機嫌を直してもらうことにした。
 数日後三日月の髪の毛には一期が選んであろう簪が飾られており、厚はそれを見て満足そうに笑うのだった。
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