【いちみか】壁ドンから再開する恋模様【完結】
目の前の妻の眩しいまでの笑顔に、一期は珍しく眉を顰めた。
ニコニコと笑う三日月は愛嬌もあり、大変可愛らしいのだが、その笑顔の意味を考えるとそれは一期にとって歓迎出来る笑みではない。
「……三日月」
「何だお前様」
「…私の食事を見ているだけなんて何の面白味も無いでしょう?」
少し力を入れてしまった所為か、折角掴むことが出来た卵焼きを潰してしまった。ぐちゃ、と皿の上に落ちるそれに一期は嘆息する。
「いつもは余裕があるお前様のそういう姿は珍しいからな…。目に焼き付けておきたいだけだ。気にするな」
亭主関白の気がある一期は三日月に情けない姿を見られることに対して気分を害していた。三日月はそれに気付いているのかいないのか、恐らく前者であろうが愛おしそうに一期の不器用な食事風景を見守っている。
身体を得た刀剣男士が躓くのはまず食事だ。出陣などは刀としての本懐であるためか、顕現したてでもすぐに順応出来る。
着替えなども難易度が高いがすぐに慣れることが出来る。紐を結ぶことにすぐに慣れない刀は多いが、そこは他の者に手伝って貰うことも出来るし、それを見ることで徐々に慣れていくのだ。
しかし、食事はそうはいかなかった。特に箸の使い方は繊細なもので、力加減を誤った刀たちが一体何本の箸を破壊したことか。この本丸だけでもそれは数えられないほどである。
そして、新顔の一期もまた箸の扱いに悪戦苦闘をしているわけだ。何でも器用にこなしそうな顔をしている一期だが、その実細かい作業はあまり得意ではない彼が箸の使い方に悪戦苦闘することは目に見えていた話だった。
三日月はその様子を微笑ましく見守ろうとするのだ。こうなった三日月に何を言っても仕方ないと一期は気にしないようにして、もう一度崩れた卵焼きを震える手で持ち上げる。
しかし、三日月の「それでも随分扱いが上手になってきたなぁ」という声て気を反らされる。再び皿へと落下した卵焼きは、落下の衝撃で砕けて無残な姿を晒している。
「三日月」
「何だお前様」
何度目かの牽制し合うこのやり取りに、一期はとうとう眉を吊り上げた。
「お前にこんな情けない姿を見られるのは夫としての吟味に反する。向こうに行っていなさい」
妻に情けない姿を見られるなど、一期の自尊心が許せなかった。怒りの矛先も自分自身だということは三日月も分かっているからこそ、硬い声で告げられた要求を笑顔で跳ね除ける。
「俺だって箸を扱えるようになるまで長かった。あまりに不器用だと主殿が笑ってスプーンとフォークというものを用意してくれたぞ。それに比べればお前様の上達は早い」
懐かしむように三日月は笑うが、一期よりも早く顕現していた妻が箸に苦戦苦闘する姿など見ているはずもない。やはり自分だけこのような姿を晒すのは些か不公平ではないかと考えてしまう。
「どれ俺が手本を見せてやろうか?」
嬉々として一期から箸を奪い取った三日月は、一期が崩した哀れな卵焼きを器用に集めて持ち上げた。
「ほら、こうすれば良いのだ」
どうだ凄いだろうと自慢げな顔をする妻に、一期は思い至ったことがひとつあった。
恐らく三日月は本人の申告通り箸に慣れるまで随分時間がかかり、その時彼の兄たちが付きっ切りで世話をしたのだろう。
そして、その時されたお世話を今度は自分が夫にしてやりたがっているのだ。それなら変に楽しそうなのも、この所謂ドヤ顔をしているのも何となく分からなくもない。
三日月のドヤ顔を見て、妻の思惑に乗ってあげようと一期は口を開いて、三日月の次の動きを待った。
「お前様…?」
「手本を見せてくれるのでしょう?なら食べるところまでが見本ですな」
「…?うむ、そうだな…?」
もう一度口を突き出すように身を乗り出した一期は目を細めた。
「だから食べさせて下さい」
「なっ…!」
一期の言葉に三日月は顔を真っ赤にして首を振った。か細い声で「ここは、食堂で…」と拒否を示す。
確かにここは普段皆が食事をする場所ではあるが、今現在はこの夫婦以外には誰もいない。人目を理由に断ることは不自然であった。
「早く。顎が疲れますので」
「うう…」
三日月は羞恥心に唸りつつ、一期の口に卵焼きを運んだ。咀嚼する一期を尻目に周囲に誰もいないか確認をしている。
「ほら、三日月。他のものも手本を見せてください」
「ほ、他のものもか!?」
「はい。あ、次は米を食べたいです」
図々しく食べたい物を指定する一期の要求通り三日月は白い米が盛ってある茶碗を手に持った。茶碗を持つ腕が微かに震えている。
食べさせてもらいながら一期は意外に思っていた。先の様子だと嬉々として食べさせようとすると考えたが…。流石にこれは三日月を溺愛している兄たちもしかったのだろうなと結論付けた。
そして一期は顔を赤くに染める目の前三日月を見て、しばらくは手本と称して食べさせてもらうことも良いかもしれないなと、三日月が聞いたならば羞恥心で憤死してしまいそうなことを考えていた。
「三日月、次は豆腐が良いです」
「豆腐は慣れた今でも扱いが難しい高い食べ物だぞ?」
「ハハハ。なら私では食べられませんな。手本を頼むぞ」
「ううう…!」
食堂から聞こえてきた声に、偶然通りかかった刀剣男士たちがまたあの夫婦がイチャイチャしているのかと苦笑していたのを件の夫婦は知らない。
