【いちみか/女体化注意】ままごと並みの恋【完結】


三日月を置いて部屋を後にした一期は激しい後悔に陥っていた。鶯丸に出されたお茶を酒を煽るかのように一気飲みをして、直後に熱さに咽せたりしている。鶴丸と鶯丸はそんな珍しい一期を見て茶の肴にして煽ったりしていた。酒ではないのはこの場に酒がないからだ。
事の起こりは何の前触れの無く一期が突然襖を開け放ち、鶴丸に怒りだしたことからだった。そんな一期を見て、鶴丸と彼と相部屋している鶯丸は顔を見合わせて取りあえず落ち着けと一期に座布団を勧めた。一期が断片的に呟く内容から推察するに、どうやら三日月が誰かに吹き込まれたことを一期に仕掛けた結果、無理矢理襲ってしまいそうになって彼女を怖がらせてしまったことを嘆いているようだ。

「…よく考えたら今回の件は誰に教えられたとも言っておりませんでしたから鶴丸殿の所為にするのは早合点でしたな。申し訳ない」

謝っていはいるが、一期の目は「どうせ鶴丸殿が犯人なんでしょう?」と疑ってかかっていた。これには流石の鶴丸も黙っていられない。確かに鶴丸が吹き込んだ可能性は高いが、演練の後から三条に追い回されて最終的に加持祈祷された鶴丸に三日月と接触する時間なぞ無かったからだ。つまり、今朝のおはようのキス事件以降のことに関しては鶴丸にはアリバイがあった。因みに加持祈祷では鶴丸の巨乳への執着心は取り除けなかったことはここに記しておく。
そのことを事細かに説明すると、一期は疑いながらも渋々納得したようだった。それでは誰が三日月殿に吹き込んだのか…項垂れながら一期がそう思案しているその時だった。鶯丸が「そういえば」と口を開いたのは。

「三つ指を付いて出迎える妻、というのは中々良かっただろう?」

そそられたか?ニコリと笑う鶯丸の顔に罪悪感という文字は見られなかった。一期は引き攣った笑みで鶯丸に向き直る。

「…鶯丸殿が教えたんですか?」
「そうだが?」

鶯丸はマイペースにお茶を一口飲み、それから一息吐いてから話を続けた。

「鶴丸から君たちがまだ共寝をしていないと聞いて、俺も協力してやろうと思ったんだ。一期はそういう古典的なの好きだろうと思ってな。何、礼はいらない」
「…多分、その所為で拗れてしまったみたいだぜ鶯丸」
「そうなのか。すまなかったな」

固まる一期の様子を伺って鶴丸が苦笑いをすると、鶯丸はやはりマイペースに一期に謝るだけだった。三日月に三つ指を付いて出迎えることを教えた犯人が発覚したところで鶴丸の容疑は完全に晴れた。一期はゆらりと立ち上がってからスライディングする勢いで鶴丸に土下座して謝る。

「鶴丸殿!疑って申し訳ない!!」
「うおおお!?驚いた!!」

人の身を得てから数ヶ月の鶴丸が一番驚いた出来事がこれだった。まさか、こんなに勢いの良い土下座が見られるとは、テレビでも中々お目にかかれない見事な土下座であった。

「絶対鶴丸殿だと決めつけておりました!まさか違うだなんて…失礼いたしました…」
「アリバイがあったというのにまだ疑われていたのか…」
「普段の行いなら仕方ないだろう」

ここ数日の鶴丸といえば、一期をからかうために三日月に吹き込んだあれこれ…そんなことを思い出して鶴丸は内心それなら疑われても仕方ないなと思いつつ、今回夫婦の拗れの原因となった鶯丸に指摘されたくないと心底思ったのだった。
しかし、こうして酒のように緑茶を飲んでも鶴丸と鶯丸のコント紛いのやり取りを見ても、一期は三日月を怖がらせたという事実に気落ちするばかり。何時もの口調は柔らかいながらも意外に鋭く辛辣な切り口の一期のツッコミが恋しくなってしまう。これは何とかしなくてはいけない。

「今朝は有耶無耶になってしまったが、何で三日月を抱いてないんだ?君も満更ではなさそうに見えたんだが…。何か理由があるんだろう?」
「それは…」

ここまで巻き込んでおいて言わない訳にはいかないだろうと一期も腹を括った。一期は三日月が鍛刀された時からのごっこ遊びのことを話し、それが引っかかって踏み込めないこと。それから、先の三日月とのやり取りで気持ちが中途半端なまま行為に及ぼうとした所為で怖がらせたのではないかと気付いたら、思わず逃げ出してしまった経緯を掻い摘んで話した。

「それで弟たちの部屋には行くわけにもいかずここに…私は三日月殿に対する自分の気持ちすら良く分かっていません。どうすれば良いでしょうか」

答えを懇願する一期に鶴丸と鶯丸は顔を見合わせる。先に口を開いたのは鶯丸だった。

「俺たちにそれを聞いてどうする?大包平のことなら答えらることは出来るが」
「いえ…今は大包平殿は関係ありませんので結構です」
「そうか。つまらん」

そう切り捨てて鶯丸はお茶を口に含んだ。

(正直な刀だ…)

その正直さが羨ましくもあるが。そう思いながら今度は鶴丸の言葉に耳を傾ける。

「しかし、君は優しすぎるな。三日月のことだ女の身になったのはいいが、やり方が分からなくて怖気付いただけだろう。俺なら容赦なく押し倒すぜ。共寝をしたいと言ったのはあっちなんだろう?」

立てていた右足を胡坐に組み替えながら鶴丸は言った。

(こっちはこっちで正直な刀だ)

しかしこちらはあまり真似をしたくない正直さだ。これくらい正直に生きたら弟たちの教育に悪そうだなと一期は考えた。口に出さないだけで実は柔らかいながらも辛辣なツッコミは顕在だった。

「そもそもそれです」
「ん?どれだ?」

一期が指摘したいのは女の身になったという部分だ。彼女は一番初め、一期のためと確かにそう言っていた。

「三日月殿は私のために刀剣女士になったと言っておりました。私は彼女と接点があったのでしょうか…」

疑問に思いながらも考えてこなかったことだった。そういう意味では一期はずっと三日月から逃げていたことを自覚する。ごっこ遊び、と言われたから期待しないようにとずっと逃げて来たのだ。
一期の疑問に鶴丸も一緒に唸りながら感がえ、やがてひとつの可能性を示唆した。

「…それは君の記憶が曖昧な部分み答えがあるんじゃないかい?」
「…豊臣秀吉が主だったころ、でしょうか」
「それだ。確か三日月も豊臣のところにあったと聞く。大阪城が燃えるまでの間に三日月と何かあったんじゃないか?」

確かにその頃の記憶はほとんど残っていない。それより以前も曖昧ではあるが。何があったのかを思い出そうとしても炎の記憶しか思い出せずに胸が締め付けられる。これは恐怖心からなのか、思い出せない罪悪感からなのかは一期には判断出来なかった。

「いっそ本人に聞いた方が早いんじゃないか?」
「それは…」
「そのせいで気になって抱けないとでも言ってやればいいんじゃないか?」

今まで我関せずだった鶯丸が突然口を挟んできたため、一期は思わず彼を振り返った。湯呑にはお茶が入っておらず、鶯丸は2杯目のお茶を急須から注いでいた。

「驚いた。ちゃんと聞いていたのか」
「同じ室内に居るのだから嫌でも聞こえるだろうが」

だから思ったことを言ったまでだ。鶯丸は注がれたばかりの熱いお茶を一口飲んでからそう言った。鶴丸は同室者のマイペースぶりに呆れるだけだったが、一期はというと鶯丸の言葉に狼狽するばかりだ。

「そ、そんなこと…それに、私は三日月殿を怖がらせてしまって、」
「いや聞くべきだな。律儀な君のことだ、わだかまりがあったままではちゃんとした夫婦出来ないだろう。それにさっきも言ったがどうせ怖気づいただけだから気にしなくて良いと思うぜ」

鶴丸が追い打ちをかけるように一期を説得にかかる。一期はちゃんとした夫婦を想像して顔を赤くさせる一方でいっぱいいっぱいにしか見えないが、そんなことは鶴丸にはお構いなしだった。鶯丸もニコニコとその様子を見守るだけである。

「好きなんだろ。誤魔化さなくて良いぜ」

一期は一瞬目を見開いて驚き、それから目線をあちこちに泳がせてから真っ赤な顔をして自分の膝に顔を埋めながら小さく肯定した。

「一目、見た時から…」
「へぇ、一目惚れか」

よく考えれば一番最初、彼女が鍛刀された時から一期は三日月に一目惚れをしていたのだ。それからごっこ遊びのために一緒に生活する内に美しい姿だけではなく、意外と子供らしいところもある純粋な内面にも惹かれていたのは事実だった。
だが、ごっこ遊びで良いと線を引かれた瞬間から本当に好きになってしまったとは言い出せなくなってしまい、気付かない内に自身で好意に蓋をしたいたのだ。それを他者に指摘されれば認めざる負えなかった。
一期の気持ちを読んだのか、鶴丸は優しい笑顔で彼の背中を叩いた。まるで慰めるように。

「なら今から話し合って来てちゃんと夫婦の契りを交わしてくると良い」
「そう…ですね。ありがとうございます」

一期もようやく難しい顔を崩して笑顔になった。これでようやく一期は三日月と向き合えるだろう。しかし、この美しい友情の一場面も次の鶴丸の言葉で台無しになってしまう。

「おっとお礼はいらないぜ…どうしてもと言うなら嫁さんの胸揉ませてくれ」
「鶴丸殿、明日本丸の裏庭に来てください」

ようやく穏やかな笑みを浮かべた一期の表情が笑顔のまま凍った。これは一期が怒った時の顔だと気が付いた鶴丸はすぐに「冗談だ」と謝るが、一期は「言って良い冗談と悪い冗談があります」と笑顔のままだったが、常より低い声音で淡々と鶴丸に警告をした。
因みに三日月は胸や尻より足首が一番美しいと思うんだがなとぼそりと呟かれた鶯丸の言葉は、幸いなことに誰の耳にも入っていなかった。


*


鶴丸と鶯丸に促されて三日月が居る自室部屋まで戻って来た一期は、障子越しにまだ部屋の灯りがともっているのを見て驚いた。まさか、まだ起きているのだろうかと「三日月殿…」と小声で声を掛けながら開けると、正座をして項垂れていた三日月がパッと顔を上げるのが見えた。

「お前様!」

一期の姿を捉えた三日月は一期の元まで飛んで来ると、彼の肩から下げられている装飾の端をそっと掴んだ。三日月の目元はうっすらと赤く腫れており、一期が出て行ってから涙を流したことが伺われる。一期は普段微笑みを絶やさない彼女を泣かせてしまったという罪悪感を募らせた。

「良かった。呆れられてしまったのかと思ったぞ」
「三日月殿に呆れることなど…私自身の未熟さには呆れはしましたが」
「押し掛けておいていざという時に旦那様を満足させられないのでは妻として失格であろう?すまんなぁ、そういった行為は実は経験が無くてな…恐ろしくなってしまって…」

鶴丸の予想が大方当たっていたこともそうだったが、この美貌で共寝をしたことが無いと告白をする三日月にも一期は驚く。
経験がないというのに共寝をしたいと言っていたということは、一期に初めての経験を捧げようと言う気持ちだと知って一期は嬉しさに思わず悶える。しかし、それは顔に出さないように一期は緩んだ口元を手で押さえた。

「そうでしたか…。そうだというのに私も早まってしまって申し訳ない」
「いいのだ。お前様にまだその気があるのなら頑張るぞ?」
「…それは、また今度にいたしましょう。それよりも三日月殿ひとつよろしいでしょうか?」

質問をしながら彼女の手を取って、布団の上に座らせる。長い話になりそうだから、立ったままでは疲れてしまうだろう。一期自身は畳の上に腰を降ろした。

「…何だ?」
「以前、私のために刀剣女士になったと言っておりましたな。…どういう意味か尋ねても?」
「……」

一期がその疑問を口にすると、三日月は真顔になって口を引き結んだ。言いたくなさそうにしている三日月に一期は畳み掛けるように言葉を続ける。

「私は三日月殿のことを…愛しいと思っているのです。しかし私たちの関係はごっこ遊び。今のままでは愛しいが本当の気持ちか測れません…」

一期は一度言葉を切って呼吸を整えた。

「豊臣の時に私たちは面識があるのは事実ですね?」

一期の顔を真っ直ぐ見つめ返す三日月の顔にはどこか期待の色が見えた。期待させては酷かと思い、先に「記憶は戻っておりません」と告白すると三日月は目に見えて肩を落とした。申し訳ない気持ちはあるが、記憶ばかりは一期にはどうしようもなかった。
しかし、これでハッキリしたことはある。一期は豊臣の頃に三日月と会っているということだ。

「この時、私たちはどんな関係だったのでしょうか」

優しく一期が問い掛けると三日月は「主が、夫婦だった…それだけだ」と素気なく答えただけだった。一期は彼女の肩をに手を乗せ、今度は至近距離で三日月の目を見ながら本当かどうか問い掛けると、三日月はようやく観念したのか素直に口を開いた。

「う、ぐ…俺たちも主を真似て夫婦ごっこをしたのだ…本当に夫婦だったわけではない。あくまでごっこ遊びで、俺はそれが楽しかった」
「…今みたいになごっこ遊びですか?」
「そうだな。今俺たちがしているごっこ遊びだ」

それから三日月は夫婦ごっこは元は一期から言い出したということ、主が夫婦だったら刀も夫婦になれるのかという一期の思い付きから始まった遊びだった回想した。刀が人間みたいに恋をするはずがないと軽い気持ちで三日月はその遊びに応じることにした。単に戦場に出してもらえない身で暇だったからだ。
しかし、その関係は秀吉の死と共に唐突に終わる。一期に会えなくなって以来三日月は心に穴が開いたような虚しい気持ちを抱えていた。それからしばらくして大阪城が燃えたと聞き、今度は心が凍るような激しい悲しみに襲われたと三日月は言った。

「お前様が徳川で再刃された時には記憶がないことは知っていた。会いに行ったことがあるからな」

とは言っても会えたのはたった一度だけ。しかも2、3の言葉を交わしただけだった。

「お前様が俺のことを誰だと聞いた時、その時初めて俺は一期一振のことを好いていたと気付いたのだ。…お前様の気持ちは知らないが、少なくとも俺は本当に恋をしてしまっていた」

気付くのが遅すぎたが、三日月は自嘲気味に笑う。三日月が肩を揺らすと、頼りない灯りによって生まれた三日月の影自身も揺ら揺らと笑った。

「失ってから気付くなんて愚かだろう?その時から考えたものだ。もし俺が女の神だったなら、ごっこ遊びから本物になれたのだろうかと」

三日月はここで一端言葉を止めて一期の様子を伺った。一期は真剣な表情で三日月の顔を見つめるばかりで、何を考えているのか三日月には図り切れなかった。

「此度の騒動で政府からお前様が参加していると聞いてな。今度は女の身で夫婦ごっこをしたら本物にしてくれるのではないかと思ったわけだ。おかしな話だろう?」
「おかしくありません」

さあ、笑えといわんばかりに愉快な話へ仕立てようとした三日月に、一期は横に振った。
三日月から自分との思い出を聞かされた一期が感じたのはまず自身に対する怒りだった。思い出せない今の自分もそうだが、ごっこ遊びを提案した過去の自分にも怒っていた。
思い出が消えようが一期の趣味趣向が変わるものとは到底思えない。今の一期は三日月を一目見て好意を抱いたのだ。過去の自分だってそうに違いない。過去の自分は主が夫婦なのにかこつけて三日月と形だけ夫婦となるように遊びと称して提案したに違いないと一期は確信していた。つまり、過去の自分も三日月と本気で向き合うことから逃げていたのだ。そうだとしたらこうやって女の身になってまで好意を示してくれる三日月に申し訳立たなかった。
一期は深呼吸をして怒りを鎮める。今度は、いや、今度こそ三日月に想いを告げなくてはいけない。

「三日月殿が私のことをそんなに好いてくれていたとは…私も怖がっていられませんね」
「ん?」
「三日月殿、貴女のことが愛おしい。一目惚れでした。その後夫婦の真似事をして、慣れないながらも一生懸命な貴女が愛おしくなりました」

三日月の両手をそっと掴んで、一期も想いを告げた。

「だから…ごっこではなく、本物にしましょう」

三日月は一瞬何を言われたのか分からなかったのか、口を開けて呆けた顔をした。それから、目を瞬かせながら一期の言葉を噛み砕いてゆっくりと理解していく。数分もない短い時間ではあったが、一期にはとても長い時間のように感じた。

「…本当か?」
「ええ」
「本当に、本当か?」
「はい」
「本当に本当に、だな!?」
「そうです」

大輪の花が咲く様な笑顔を一期に向けて、三日月は嬉しさを全身で表すように一期に飛びついて来る。

「お前様嬉しい!」

不意を突かれた一期は三日月に押し倒される形となり、畳に頭をぶつけた。三日月は一期が痛がっていることに気が付くと、一期の後頭部に手を当てて心配をする。その気持ちは大変有難いものだが、一期としてはそれよりも気になることがひとつだけあった。身を乗り出した三日月の胸が丁度一期の胸板に乗り上げる形となり、そこに非情に柔らかい感触を伝えて来ていることに気が付いたのだ。

「~っ!三日月殿、さらしはどうしされましたか!」
「あれの締め付けは好きではない。胸が苦しくて眠れない」
「三日月殿…」

行為に対しては恐怖を抱くというのに、どうして裸を見られたり、胸や尻を触られることに対しては無頓着なのか。一期は思わず遠い目をした。

「それよりお前様、正式に夫婦になったのだ。三日月と呼んでくれ」

本当の夫婦になったのに敬称が付いていることが三日月は気に入らなかったのだろう、一期にそんな可愛らしい要求をして来た。

「…三日月」
「ふふふ。何だお前様」

呼び捨てにされて嬉しそうに三日月が笑う。三日月の背後に桜吹雪が見えるような気がした。

「幸せとはこういう事を言うのだろうなぁ」

一期に抱き付いたままふにゃふにゃ笑う三日月は今まで一期が見て来た中で最高潮に隙だらけだった。これを受けて手を出せない現状が拷問だと言える。

(ああ、もう…だから何でこんなに無防備なんだこの方は!)

だが、先ほど今度と言った手前やはり事に及ぼうとするのは燭台切ではないが格好が付かない。一期は必至に己の煩悩と戦った。

「先程、また今度と言いましたが口付けくらいは許されるでしょうか」

戦ったのだが、これくらいならば良いだろうかという欲が一期の口から滑り落ちた。三日月は一期の顔を見て、それから彼の上からいそいそと退いた。これは拒否だろうかと一期が落ち込みそうになっていると、座りなおした三日月が「寝転がったままでは不格好だろう」と言って目を閉じた。
一期も起き上がり三日月の頬に手を滑らせて、触れるだけの口付けを落とす。お互いに同時に目を開けると、存外近くに相手の顔があることに照れてしまう。

「…想いが通じたのは良いものだが、些か恥ずかしいものだな」
「裸を見られても動じないというのに口付けで何を…」
「う、うむ…口付けが、というよりは」

三日月は切なそうに目線を落とした。

「お前様に見つめられるこの状況が、慣れなくて居たたまれない」

お前様はいつでも俺と目を合わせてくれなかったからな。三日月の顔は過去の一期を思い出しているのか少し寂しそうだったが、一期からすれば過去の自分は愛おしい相手を恥ずかしさから直視出来なかっただけだろうとは思うが、それを彼女に告げることはしなかった。自分とはいえ、過去の自分に花を持たせてやる気には到底なれなかった。

(ああ…私は存外心が狭い男だったのだな)

離さないようにと三日月をただ抱きしめながら一期は自嘲した。


*


「はぁ?あんなに背中を押したというのにまだ体は繋げてないのか?見た目の誠実ささを裏切る肉食系男子の名を欲しいままにしていたかつての君は何処に行ってしまったんだ」
「そんな過去はありません」

鶴丸の言葉に一期は引き攣った笑みで一刀両断した。そんなことを三日月が聞いて、万が一勘違いをしたらどうしてくれる。一期は思わず鶴丸を睨んだ。

「にくしょくけいだんしとは何だ?」
「主食が肉類なんだろうね」
「いわとーしといっしょですね!」

幸いにも三日月はその言葉の意味を知らなかったらしい。一期はそっと胸を撫で下ろした。ただでさえ昨夜の件で三日月の目元が若干腫れてしまっていたのを彼女の兄たちに詰め寄られたばかりだというのに、これ以上ややこしい事態にはしたくなかった。
三条の兄妹たちがバランスの良い食事について議論し始めたのを見てから、一期は鶴丸と鶯丸に向き直った。

「まあ、鶴丸殿と鶯丸殿の助言のお蔭でもあります。ありがとうございました」
「構わんさ」
「そうだぜ」

一応相談に乗ってくれて、背中を押してくれたふたりへ一期が感謝の気持ちを伝えた。

「だから、昨日の鶴丸殿の妻への性的嫌がらせは水に流すとしましょう」
「セクハラと言ってくれセクハラと。その言い方は誤解しか招かない」
「どこが誤解なんだ」

昨日は深く落ち込んでいた一期が今日は幸せオーラを振る舞いているのを見て、鶴丸も鶯丸も安心した。何だかんだで彼らのことが心配だったのだ。
しかし、鶴丸に関しては今は己の心配をした方が良かったかもしれない。「三日月への性的嫌がらせ」という発言を聞きつけた三日月の兄たちがもう一度加持祈祷するべきだと鶴丸に迫って来ているからだ。当然鶴丸は逃げ出したが、今剣がいる限り昨日と同じく掴まってしまうだろう。三条と追いかけっこをする鶴丸に鶯丸は合掌した。

「そういえば君たちはどこかへ行んじゃなかったのか?」
「そうだった。一期を返してもらうぞ。これからでえとなのだ」
「ほう…デートか」

含み笑いを浮かべる鶯丸に一期は咳払いをする。

「ごほんっ、主殿のお使いです」
「帰りに甘味処へ寄ってくるのだ」

声には出さなかったが、それはデートだなと鶯丸は思った。お土産はあるのだろうかとも。

「では行って参ります」
「行って来るぞ」

鶯丸に挨拶したふたりは歩き出すと同時に手を繋ぎだした。そして微笑み合いながら、幸せそうに本丸の門の外へと姿を消していく。
それを見守っていた鶯丸は腕を組んで、彼には珍しく苦笑の表情を浮かべた。

「夫婦、というより付き合い立ての恋人だな」

しばらくあの幸せオーラに本丸中の刀があてられるんだろうなと鶯丸は思った。
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