【いちみか/女体化注意】ままごと並みの恋【完結】
「お前様、朝だぞ」
「ん…」
「お前様、早く起きないとおはようのきすとやらをしてしまうぞ」
「ん…ん!?」
一期が目を見開くとまさに今、口吸いをしようとしている三日月と目が合った。一期は声にならない叫び声を上げながら三日月の肩を掴んで押し戻し、身を起こした。
朝から凶器になり得る美貌を至近距離で見てしまった上に、口吸いをされそうになっていたという事実に一期の心臓ははち切れそうな程忙しなく動いている。落ち着かせるように深呼吸を繰り返す一期を見て三日月は悪びれもせず微笑むばかりだ。
「おお、鶴丸の言った通りすぐに目が覚めた。おはよう、お前様。今日も絶好の出陣日和だ」
ああ、鶴丸殿の入れ知恵か。一期は静かに怒りに燃えながらもそれをおくびにも出さずに三日月に挨拶を返した。
三日月が鍛刀されてはや数日。これは三日月が一期の元へと押し掛けて夫婦ごっこをするようになった日数でもある。飽きるまではごっこ遊びをすると言っていた三日月だが、彼女が飽きる様子は全く無かった。むしろ日に日に積極的に一期の良き妻を振る舞おうとしている。
「今日は俺も朝食の手伝いをしたのだ。お前様のおかずは俺が作ったのだぞ」
これもその良き妻の振る舞いの一環だ。三日月は人の世話をしたことがないというのに一期の身の回りの世話をやりたがった。最初は上手く出来なかったことも、存外器用な彼女はすぐに慣れていった。今も一期のネクタイを結ぶ手は慣れたのか、無駄な動きが少ない。
「そうですか。ありがとうございます」
「心配せずとも何度も作れば慣れたものだ。もう焦がすことはない」
そう言って得意気に胸を張る三日月は彼女が常に形容されてきた美しいよりも可愛らしいと言った方が似合う様子だった。一期は高まる高揚感に内心身悶えつつも、顔には出さないように表情を作った。それも「朝から気合が入っているな。格好良いぞ」と三日月が褒めることによって一期の作られた表情はすぐに崩れかかってしまうわけなのだが。
一期の着替えが終わると今度は三日月の着替えを一期が手伝う番だった。三日月は単までは自分だけで着られるようになっているため、帯を結ぶ手伝いと装飾の装着の手伝いだが。さらしに関しては毎度手伝うことになれば一期の理性が擦り切れる一方であるため、早い内から一人で巻けるようになって欲しいと一期が頼み込んだ。
「全部自分で出来ればお前様の手を煩わせないで済むのだが…狩衣は一人で切るのは難しいくてなぁ」
「ごっこ遊びとはいえ夫婦なんです。これくらいは苦でもないですよ」
一期の言葉に三日月は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに「そうか。よきかな、よきかな」と返した。一期は一瞬だけ違和感を感じたものの、すぐに気の所為だと流してしまった。
三日月の頭の飾りを一期が着け終わるとふたりの着替えは終了である。飾りを揺らして振り返った三日月は悪戯な笑みを浮かべて「お前様、俺は今日も美しいか?」なんて戯れに聞いてくる。
「はい。今日もお美しいです」
三日月は自分から美しいかどうか聞く性分の刀ではないが、何故か一期にはその質問をよくする。一期はその質問をしてくる三日月の真意は分からないが、夫婦ごっこの戯れだろうと自分に言い聞かせている。美しいと返される度に嬉しそうに笑う三日月を見ても、頑なにそう言い聞かせていた。
「三日月殿、今日の予定は?私は演練に参加する予定ですが」
「そうだった。お前様に伝えるように言われたのだった。今日は俺も演練に向かうぞ。お前様と同じ部隊に配属とは嬉しいものだ」
話を変えるために三日月の予定を聞くと、近侍の一期にはまだ聞かされていない編成変更があったらしい。何故それを三日月が知っているかというと、早朝の散歩の際に偶然審神者と会い、一期に伝えておいて欲しいと伝言を頼まれたからだという。
審神者は女性となっている三日月を演練の場に連れて行くのは渋っていたはずなのに、どういう風の吹き回しだろうか。大方三日月に強請られて許可を出したのだろう。審神者は三日月に骨抜きにされて以降、彼女の我儘をホイホイ聞いてしまうことがあった。
(気持ちはよく分かりますが、主殿には皆に公平でいていただかないと)
後で審神者にそう進言しようと一期は固く誓った。
*
改めて審神者に演練の編成を伺いに行くと、一期と三日月の他は鶴丸国永、石切丸、岩融、蛍丸と攻撃範囲が広い刀固めの布陣だった。演練とはいえ三日月が傷付いたらいけないと過保護な編成にした結果がこれらしい。太郎太刀と次郎太刀は数週間前に本丸に来たばかりで錬度に不安があったため、近侍の一期と当本丸に初めに来たレア太刀の鶴丸を加えたらしい。
鶴丸といえば三日月におはようのキスの入れ知恵をした刀である。鶴丸は集合場所にやって来て一期と三日月が仲良く寄り添っているのをにやついた顔で見てきたため、一期は思わず半眼で睨みつけた。この場にはまだ石切丸と岩融は姿を見せておらず、三日月を巻き込んだ鶴丸の悪戯に怒る者は一期しか居なかった。
「おはようのキスはどうだったんだ?驚いたかい?」
「…鶴丸殿…」
「おお、鶴丸。今日も真白いな」
三日月の気の抜けた挨拶に一期も思わず毒気を抜かれる。聞けばこの刀たちは刀工が師弟関係にあり、平安の頃に会ったことがあるそうだ。その所為か鶴丸は天下五剣の称号に物おじせずに接して一期をからかうネタを三日月に吹き込むのだ。
三日月と遊んでいた蛍丸は「きす?」と首を傾けている。そんな蛍丸の頭を三日月が微笑みながら撫でる。
「今朝のおはようのきすは失敗だった。もう少しのところで一期が目を覚ましてしまってなぁ」
「そりゃあ残念だ!一期の慌てふためく姿を拝んでみたかったんだが」
鶴丸が一期を煽るような言葉を言うと、一期は遮るように彼の名前を呼んだ。語気の強い珍しい一期の姿に、蛍丸が驚いたように三日月の後に隠れた。
「三日月殿は素直な方です。言われたことをすぐに信じてしまいますので、驚きのために彼女を利用しないでいただきたい」
「手厳しいな。やはり妻をからかわれるのは温厚な君でも腹が立つか。しかし、キスくらいは今さらな話だろうに」
「……」
「え?まさか、君たちキスすらしてないのか・・・」
鶴丸が目を見開いて一期と三日月の顔を交互に見つめる。一期はその視線から逃れるように顔を背け、三日月は困ったように笑うだけだ。
埒が明かないなと判断した鶴丸は一期の肩に手を回して、彼を三日月から離す。性別が男女となっている夫婦のどちらと下の話をしやすいかというと、やはり男の一期だろうと考えたのだ。後は単純に付き合いの長さは一期との方が長いというのもある。
「よし、三日月そこで待っててくれ。すぐに君の夫は返そう」
「あい分かった」
普段なら笑顔で躱しにかかる一期だが、この時ばかりは数百年御物として共に過ごした鶴丸になら多少の愚痴は許されるだろうかという気になっていた。その証拠に、「もしかして色事もまだか」と直球で聞いてくる鶴丸の言葉に一期は無言で頷く。
「初めの日の夜…私がその気になってからで良いとおっしゃられたきり、何というか間を逃しまして…」
ごっこ遊びだからとは言えなかった。三日月は共寝をしても良いと言うが、ごっこ遊びで共寝してしまったらは三日月に対して誠意がないだろうと建前では考えている。しかし、毎夜横に無防備な姿で眠られるのもいい加減一期の神経がすりつぶされるだけなので、それならば本人は良いと言っているのだ手を出してしまえと囁く自分がいるのも事実だった。そんな自分が許せない一期は藁をも掴む思いで鶴丸に相談したわけだ。
「何と勿体ない。一期は胸より尻派だったな。三日月は内番姿を見る限り良い安産型をしているというのにまだ手を出してないのか」
「いや、胸の方も結構…って、違いますよ!?尻派だなんてはしたない!!」
「待て、今何と言い掛けた!?三日月は隠れ巨乳なのか!?寝てはないくせに裸は見たのか!?」
しかし、このふたり付き合いが長い所為かシリアスな話は全く長続きしない。今も少し離れた場所に三日月が居て、更に言えば同じく演練に参加する石切丸と岩融、更に初めて演練に参加する三日月を見送りに来た今剣の存在に気付かずに下の話で騒いでしまっている。
「おはようふたりとも。朝から加持祈祷が必要かな?」
「ひとのいもうとでへんなもうそうするのやめてください」
「「ご、ごめんなさい…」」
案の定怒った兄たちに一期も鶴丸も注意されてしまった。威圧感のある笑顔とは恐ろしいものだ。言い訳もせず謝ったことでその場は収まった。
件の三日月はというと、岩融にこんぺいとうを与えられて蛍丸と共に幸せそうにそれを舐めていて全く聞いていなかったようだった。聞いたところで時に信じられない程の懐の深さを見せてくれる刀である。恐らく気にはしないだろうが、一期としてはごっこ遊びでも妻に呆られないで済んだことに胸を撫で下ろした。
*
審神者を見送られて演練の場に辿り着いた。初めて演練に来た三日月は同じ刀が何振りもあることに興味を示してはしゃいでいる。「あっちにもお前様が居るぞ」と一期の腕を引いて指を指す姿は何とも無邪気だ。
「あれ…三日月宗近か?」「初めて見た…」「何か細いな」「三日月ってあんなに小さかったか?」
周りの刀たちに口々に噂される三日月は恐らく一期の横に居るこの三日月だろう。彼女は周りの視線に晒されても全く気にせずに、今度は兄弟刀の数を数えている。
刀剣女士となっている三日月はさらしを巻いて、さらに布の多い狩衣を着ているお蔭で細身ではあるが女の身だとは気付かれることはないだろう。流石に声は女のものと分かる高さであるため、喋れば気付かれてしまうだろうが。
だからこそ一期は他の本丸の刀たちに三日月の声が聞こえないように彼女を隠すように立っているわけだが、本人は一期の気遣いに対しては大袈裟だなぁと笑うばかり。
「お前様。疲れた顔をしてどうしたのだ?」
思わず吐いてしまった溜息には流石に心配になった三日月は一期の顔を覗き込む。美人は3日で飽きると言うが、こうして顔を近付けられると一期の心臓は跳ねるためその言葉は嘘なんだろうと一期は混乱する頭で考える。
「三日月よ。そういう時は膝枕をしてやるのだ。それで男は癒されるという」
「おお!岩融兄上の言うことなら間違いはないだろう。ほら、お前様」
岩融の言葉に三日月はいそいそと正座をして、己の膝をぽんっと叩いてここに頭を乗せろと催促をする。
「ほら、じゃないですよ…。地面に座っては汚れてしまいます」
苦笑いをしながら、一期はそう言って彼女を立たせる。白い袴が土に汚れているのを見かねて、汚れた膝の辺りから後側の方までを叩いて土を払っていく。大分土も落とせたかというところで一期は気が付いてしまった。
(待て…この部分は…臀部ではないか)
軽く叩いていたため、気付くの遅れたが袴の下には柔らかい感触がある。先の鶴丸との下の話で尻派と言われたことをここで強く意識してしまったのだ。一期は慌てて手を離して三日月に謝る。
「も、申し訳ない!わざとではないのです!」
「ん?世話をされるのは好きだぞ?」
しかし、三日月には尻を触られたという自覚は全くなく、意図的では無かったとはいえ尻を触ってしまった一期が逆に心配をする警戒心のなさだった。
これはごっこ遊びの夫とはいえ注意しておいた方が良いだろうかと一期は悩んだが、石切丸に演練の時間が来たと声を掛けられたことで一期はその機会を見失った。
演練の相手も太刀と大太刀の編成だが、こちらと異なるのは打刀の姿もあるということだった。彼らの付けている投石兵が放つ遠戦攻撃に一期の刀装が削られ、誰よりも早く動き出した相手側の打刀によって一期の身に着けていた刀装は全て剥がされてしまった。大太刀の攻撃を食らって耐えられるだろうか、一期は思わず眉間に皺を寄せる。演練に初めて参加する三日月を守らなければならない手前、一期が先に倒れるわけにはいかなかった。しかし、そこへ太刀の刃が一期へ迫って来る。
「お前様危ない!」
一期を庇ったのは一期が守らなければと思っていた三日月だった。三日月は自身の刀で太刀の刀を受け流そうとしたが、錬度の差で押し負けてしまう。胸の辺りから腹まで刀身が滑り、過保護な審神者が付けた盾兵の特上3つが全て剥ぎ取られて中傷の状態となる。
「ぐ、ぅ…っ!」
「三日月殿!!」
一期は目の前の太刀を戦線崩壊状態へ追い込んでから三日月へと振り返る。
「…あ、」
ぱさっ、と音を立てて三日月の足元に落ちる細長い布きれ。…三日月が身に着けている帯だった。一期を庇った際に帯の紐が切れてしまったらしい。次いで袴がずり落ちそうになったところで一期がそれを反射的に抑えた。
「うわあああ!ちょ、ちょっと…!」
「…あなや」
驚くが自分では抑えない三日月と、三日月の代わりに袴を抑えるため膝立ちになる一期という何とも言えない光景がそこに広がり、それは演練に参加している刀たちが思わず手を止めて遠巻きに眺めてしまうものだった。演練の場の時が止まる。
「一期。実はもうひとつ問題がある」
袴を抑えてくれる一期を見つめながら、三日月は真剣な顔を作った。嫌な予感しかない一期は引き攣った笑みで三日月に聞き返す。
「…何ですか?」
「さらしも外れたらしい」
言われて見れば、狩衣の隙間から白い布きれが見えているではないか。先ほど胸の辺りを切られていた三日月だが、重傷に至る傷は負わなかった代わりにさらしが犠牲になってしまったのだろう。袴の方は代わりの紐などで縛れば問題なさそうではあるが、外れたさらしの方はどうにもならずに分かり辛いながらも狩衣の下から三日月の胸の大きさを主張していた。
中傷状態の三日月はまだ戦うことは出来るが、今にも服が脱げてしましそうな三日月に戦わせるわけにはいかない。そもそも三日月は一期を庇ってこの状態になっている。本来は錬度が高い一期が三日月を守らなければならなかったというのに、守られたのは一期の方だった。一期は自分の不甲斐無さに嘆きながらも三日月をその場に座らせた。
「三日月殿は動かないで下さい!動いたら袴も脱げますから!!」
「別に俺は脱げても構わんのだがなぁ」
「構って下さい!!」
一期は自分の外装を三日月に羽織らしてから、しゃがみこんで真っ直ぐ彼女を見る。
「先の時もそうですが、私以外の前でそんな無防備な姿を見せないで下さい」
良いですね、と一期は幼子に言い聞かすような声音で話しながら三日月の頭を撫でて立ち上がった。その瞳はまだ残っている演練相手を見据えている。一期が刀を構えなおしたことで演練は再会され、彼は一気に駆け出して行く。
「すぐに終わらせますからそこから応援してて下さい!!!」
「…あい分かった。お前様の勇士、この目でしかと見届けよう」
三日月に背を向けていた一期は気が付いていなかったが、三日月の方は一期の言葉を受けた途端に頬を紅潮させていた。一期が行ってしまった後も頬の熱は冷めずに「ははは…今日は暑いな」などと自分の手で扇いで熱を冷まそうとしていた。
演練は三日月が中傷、一期が軽傷となった以外はこちらが圧勝した。一期は真っ先に座っている三日月の所へと戻ってくる。外装の留め具を止めて狩衣の下から主張する胸を隠してやり、更に自身が身に着けていたベルトを外して三日月の袴を落ちないように固定する。
「申し訳ない、三日月殿。庇っていただいて…」
「お前様の刀装は全て剥がされていたからな。あれでは戦線崩壊していただろう?…まぁ、錬度の差を考えないで庇った俺はこの様だが」
「むしろ貴女が傷付いてこのような姿になってしまうのなら私があの太刀筋を受け止めるべきでした」
「何を言う。お前様が傷付く姿など見たくない」
負けた演練相手の刀たちは何だあれと一期と三日月のやり取りを見ていた。あんな奴らに負けたのか、そんな虚しささえある。
一方で遠目から一期と三日月のやり取りを見ていた鶴丸と石切丸は今見た光景に安堵の笑みを浮かべていた。因みに誉を取った蛍丸は岩融に褒められて嬉しそうにしている。
「…まだ抱いてないっていうから一期の方は乗り気じゃないのかと思ったら満更でもなさそうじゃないか」
「まあ…三日月の一方的な片想いってわけではなさそうなのは良かったよ。でも節度ある付き合いは大事じゃないかな」
「そして三日月…もしかしてあれは脱いだらすごいってやつじゃないか。頼んだら揉ませてくれるだろうか」
「鶴丸、本丸に戻ったら加持祈祷をしよう。煩悩は除かなければ」
流石に妹に対するセクハラには石切丸も見逃せなかった。鶴丸は笑顔で加持祈祷をお断りしたが。機動力の差では石切丸は圧倒的に不利ではあるが、本丸へ戻ったら今剣に協力してもらって鶴丸を捕らえようと石切丸は心に誓うのだった。
*
1日も無事に終了し、寝るだけとなった。一期は近侍としての仕事を終えて自室に戻ると布団の上で三つ指を付いて一期を出迎える三日月の姿があった。まるで初夜を迎える新妻の如しの姿だ。思わず一期は喉を鳴らす。
「お前様、先に布団を敷いておいたぞ」
見ると布団は一枚しか敷かれていない。初日以降は三日月用の布団も届き、横に並べて寝ていたというのに。一期は思わず朝の鶴丸との下会話を思い出して一人で赤面してしまう。
三日月はというとコロコロ笑いながら「夫の帰りはこれで待つものだと教えられたのだ」と言う。また鶴丸殿の入れ知恵だろうかと一期は頭を抱えるが、無邪気に笑う三日月を見てまた演練の時の無防備さを思い出すとここは三日月に思い知らせるべきではないかと一期の中の何かが囁いた。
一期は三日月の腕を取るとそっとその体を押し倒してぽかんと口を開けて驚く彼女の上へと覆いかぶさり、彼女を布団と己の腕の中に閉じ込める。
「お前様、」
「三日月殿。そんな無防備ではいくら私でも我慢の限界というものがあります」
囁くように言う一期の瞳の中に欲を読み取った三日月は嬉しそうに破顔すると、一期の首へと腕を絡めた。
「ようやくその気になってくれたのか。良いぞ良いぞ、触って良し、だ」
三日月は回した腕で一期の頭を自分の方へと引き寄せる。後数センチで唇が触れ合うという距離で静止したのは一期だった。一期は難しい顔をして、三日月の唇を自分の手で塞いでいた。
一期が顔を逸らして三日月の上から退くと、彼女は不満そうな顔で起き上がる。
「……やはり、止めておきましょう」
「何故!?」
「気付いていないのですか?…体が少し震えております。怖いのでしょう?」
一期の首に回された女の細い腕は確かに震えていて、三日月がその行為に対して少なからず恐怖心を持っていることを悟らざる負えなかった。
それを指摘された三日月は目を見開いて自分の腕を見る。まだ微かに震えている手を抑え込んで首を振った。
「…!そんな、はず…」
「私は頭を冷やして参ります。…また明日」
自分の体を抱きしめるように項垂れる三日月の姿は痛々しいもので、一期は三日月が落ち着かせるために今夜は誰かの部屋へ転がり込もうと襖を開けて出て行った。
