審神者、夫婦に振り回される(いちみか)
この話から薄い本からの再録ではなく、pixivにアップした小説の再録になります。
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本日も本丸は平和である。
鶴丸の悪戯とか、和泉守と陸奥守のいざこざとか、加州と大和守の喧嘩とかそんなことは無かったわけではないが、先日の夫婦の喧嘩のような俺の心が抉られるような出来事は起きていない。平和だ。
こんな平和な日はバラエティ番組を見るに限ると現世から本丸へ持ち込んだテレビを点けた。このテレビは刀剣男士たちにも大人気で、制限を設けないと、テレビの前から動こうとしない奴までいるのである。半分はテレビの前に設置してあるテレビゲームの所為だろうが。
ともかくバラエティ番組だとチャンネルを回すもお昼を過ぎたこの時間は俺好みの番組は放送されていなかった。残念に思いながらも適当な番組をボーっと眺めていると粟田口派の短刀と脇差たちが走ってやって来た。後ろには俺の心を抉ることに定評のある件の夫婦の姿もある。
「あ、主様だー!」
「またサボってテレビ見てたんですか?」
「いち兄に怒られますよ」
またって何だよ、またって!確かにしょっちゅう書類作成から逃げ出して一期に怒られてはいるが、今日に限っては無実だ。俺がそう思っていても反論が出来ないでいると、一期がフォローをしてくれた。
「確かにいつもはサボってばかりの主殿だけど、今日は偶然にもお仕事のない日だから大丈夫」
…と思ったけどフォローじゃねーやこれ!さりげなくいつも仕事してないとまで言いやがった。失礼な、仕事はちゃんとしている。ただ期限を守れないだけで…。…これってもしかして俺が仕事出来ないって告白してる?
俺の傷心を見事なまでにスルーして粟田口と三日月はテレビを見るために部屋に入り、それぞれ好きな場所へと座る。チャンネル変えずにいるところ、俺が見ていた番組を一緒に見るつもりらしい。
「…お前ら揃ってどうしたんだ?」
「乱が見たい番組があるとかで…。10分後にチャンネルを切り替えてもよろしいですか?」
「まあ、構わないけど」
どうせ見たいと思って見ていたわけではないからなと許可を出した。そして、乱が見たい番組まで1分を切ったところで、骨喰がリモコンでチャンネルを回した。軽快なBGMと共に始まった番組は様々な新婚さんをお招きしてトークをする番組だった。
この番組のことは知ってはいたが、興味がなかったから見たことはなかった。見ていたら悔しいやら虚しいやらの気持ちが溢れるから見ないわけではない。絶対にだ。参考までに乱にこの番組の何が面白いのか聞いたところ、「色んな人の幸せの形を見られるのが楽しい」と返って来た。お前…他人の幸せを祝福出来るとか…マジか…。正直に言えばこの番組を見るのは彼女いない歴=年齢の俺には辛いものしかなかったのだが、立ちあがるタイミングを逃してしまったためにそのまま苦痛の時間を味わうこととなった。
話題は一組目の新婚の新婚旅行について差し掛かる。新婚旅行で初めて海外旅行に言ったという夫婦は幸せそうに笑い合っていてとても羨ましかった。俺がそう妬んでいる横で乱がボソッと呟いた。
「…今気付いたけんだけど、いち兄と三日月様って新婚旅行に行ってないよね」
乱の言葉に粟田口の兄弟たちは目から鱗が零れ落ちたような顔をした。確かに言われて見れば新婚旅行なんて夫婦は行ってはいないが、こいつらは刀だし、新婚ではなく寄りを戻した状態である。新婚旅行に行くことが正しいのかは分からなかった。…分からないのだが、夫婦を見やると無駄にキラキラした期待の眼差しが伺える。
「……お前らその新婚旅行に行きたいのか?」
確認のためにそう尋ねたら、夫婦は微笑んで手を取り合って肯定してくる。
「そうですね…行けるものなら」
「興味はあるな」
行きたいのか。興味あるのか。俺は夫婦の答えに刀も案外人間と感性は変わらないのかなと遠い目をした。
夫婦が行きたいと主張すると粟田口の弟たちはますます色めき立つ。兄夫婦を新婚旅行に行かせねばならない、そう考えたのだった。そこで口を開いたのは鯰尾だった。
「主、今度現世で報告会あるって言ってじゃないですか。それにいち兄と三日月さんを連れて行くことって出来ますか?」
「は?」
突然の申し出に理解が追いつかずに空返事で返してしまった。そんな鯰尾の言葉に援護を入れるのは骨喰だった。
「近侍のいち兄を護衛に連れて行く時、三日月も一緒に連れて行ったらどうだと兄弟は言いたいらしい」
つまり、夫婦の新婚旅行先を現世に出来ないかとという直談判だった。護衛を増やすことは全く持って構わないわけだが、夫婦の新婚旅行に付き添えってことか?おいおい勘弁してくれよ。そう思っていたというのに、短刀たちの嬉しそうな声に押されて口を挟めなかった。
「新婚旅行が現世だなんて素敵だね!」
「他の本丸ではない新婚旅行になりそう!」
「俺たちは付いていけないけど、観光にふさわしい場所を探しておこうぜ!」
「楽しみだなぁ、お前様」
「素敵な旅行になると良いですね」
待て、俺の意思は?とツッコミたくレベルでどんどん話が進んでいく。これはいけないとようやく口を挟む勇気を出した。
「予定より現世に留まることになるじゃねーか。その間本丸はどうするつもりだよ」
これなら諦めも付くだろうと思ったが、「歌仙の旦那がいるじゃねーか」という薬研の一言で俺の思惑は打ち崩される。
名前が歌仙は俺の初期刀だ。長年俺の近侍をしてくれた刀だから俺のサボり癖によく怒っていたから、一期が近侍を務めるようになってからは解放されたと言わんばかりに風流なことに勤しんでいる。確かに歌仙なら一期よりも俺のやり方に慣れているから留守の間の取り纏めとして任せるのは適任だろう。
「確かに歌仙殿は私よりも近侍を務めた期間が長い。主殿不在の取り纏めも出来るでしょうな」
「では歌仙にそのように頼んでみるか」
風流好きの歌仙は見た目だけなら文句なしに雅な三日月に甘いところがあり、その三日月が頼めば高確率で了承してしまうだろう。思わず止めようとしたが、機動力の高い短刀たちが善は急げと言わんばかりに歌仙の元へと飛び出していた事実に気が付いてもう遅いことを悟った。
夫婦から話を聞き、そういうことなら構わないよと二つ返事をした歌仙は一期から引き継ぎの仕事をした上で本丸に居る刀たちに事情説明までもその日の内に終わらせていた。
俺の初期刀有能スギィ…と思わず遠い目をしたのは言うまでもなかった。これで俺は夫婦の新婚旅行の付き添いをすることが必須になってしまったのだから。今からでも報告会中止にならねーかなと天に祈ったがそれは無駄に終わった。
*
本丸中の刀から新婚旅行の門出を祝福されながら現世へと向かう。因みに俺の見送りは夫婦のついでのようなものだった。主は俺だぞ解せぬ…。
一期は近侍として何回か現世に来たことがあったが三日月が来るのは初めてだ。しかし、博物館暮らしが長い所為か現世に来ても三日月は落ち着いていた。
「そういえば今三日月の本体が展示されてるらしいぜ。会って行くか?」
「んー…」
携帯を弄っているとインターネットのトップページに掲載されているニュースに国宝の展示に100人以上も来場したという見出しが出ていた。これを見て三日月に教えてやると、予想外なことに三日月は難しい顔をしている。三日月のことだからぽやぽや笑いながら「それなら会ってくるかぁ」と言うと思ったんだが。
「いや、止めておこう。一期と一緒に居るところを見たら本体が羨ましがって一期の本体に会いに行ってしまって帰らなくなりそうだ。お前様の本体もそれは困るだろう?」
「記憶が無くとも三日月を愛おしい気持ちは私に残っております。だから三日月の本体が来たら本体も喜んで放そうとしないですよ」
「お前様…」
まさか本体の話からこんな惚れ気話に発展するなんて思いもしなかった。ちくしょうリア充爆発しろ。こいつらを連れて歩くと思うと憂鬱過ぎて胃が痛い。
しかもこいつらなまじ顔が整いすぎている所為で老若男女関係なく視線を集めまくっている。ラブラブっぷりを見れば察してくれるから声は掛けられないもの、麗しいカップルに待ちゆく人々は別の意味で興味津々だ。何より夫婦の恰好が現代から見ても相当目立つものだから、もしかして撮影か何かかとカメラを探す者さえいる。
(あー…早く送迎来ないかなぁ…)
送迎場所として駅を指定した政府を恨んだ瞬間だった。人はこれを逆恨みという。
気が遠くなる程待たされた気がしたが、送迎は時間ぴったしにやって来た。「自動車に乗るのは初めてだなぁ」とのほほんと呟く三日月と「段差がありますからお気を付けて」と王子様顔負けな一期のエスコートする声が後部座席から聞こえてきたが、気にせず助手席に乗り込む。先に乗り込んでいた審神者や近侍たちはバカップルに驚いていたが、すまない俺の代わりに犠牲になってくれと内心謝りながら耳栓を装着した。会場まで寝て行こうと思ったからだ。決して夫婦のイチャイチャを聞いて童貞である自分を悲観したくないからではない。
会議を行う会場まで来れば審神者たちの安全は政府によって確保されているため、近侍たちは待機部屋へと通されることになる。俺は一期に「報告会では寝ないで下さいね」と釘を刺され、三日月には「主、写真に落書きをしてはいけないらしいから気を付けるのだぞ」と謎の忠告をされながら会議室へと送り出されたのだった。
会議室に入るとすでにたくさんの審神者が待機していた。まだ時間に余裕があるというのに真面目なものだと思いながら指定の席に着くと、斜め前に顔見知りふたりを発見した。彼らは審神者になる訓練を受けた同級生みたいなもので、実は密かにリア充をしている男女の幼馴染という奴だ。俺の周りにはリア充しかいないのか…。同級生たちは俺に気が付くと、俺に話掛けて来た。
「お前の所は三日月宗近も一緒に来たんだな。いやー流石天下五剣!美しいな」
「私も早く三日月宗近を呼び寄せたいわ」
「ハハハ…」
どうやら夫婦と一緒に居たところを見られたらしい。自分の刀を羨ましがられると何だか主として鼻が高いものだ。
まあ、その呼び寄せた結果が夫婦爆誕でしたがね。主に俺の精神を削って行く恐ろしいバカップルですけどねとも思ったが。
「でも…一期一振りと三日月宗近が仲良さそうにしているなんて…彼らは同じ刀派でもないし、共通点といえば豊臣の頃に一緒の場所に居たくらいでしょう?一期一振りにはその頃の記憶がないと聞くけど」
「あー…記憶がなくとも何となく覚えてたみたいで、よく一緒に居ますよ。うちでは」
更に言えば夫婦で、部屋ふたりきりですとまでは言わないでおいた。目の前のふたりはあくまでも友愛的な仲の良さだろうと思っているらしいし。
「まるで人間のようで面白いものだな」
男の方の言葉に俺の思考は一瞬止まる。
「…そう、だな」
夫婦をしていて仲睦まじい彼らを見ていると、彼らが刀だと忘れてしまいそうになっていた自分に気が付いた。
本日の報告会も終わり夫婦を引き取ってから、政府に宛がわれたホテルの部屋へと向かう。道中も飽きないのかと思うレベルでイチャイチャする彼らを見ているとやはりこれらが刀だと忘れてしまうのは仕方ないなと思った。
「…ふぅ。現世での審神者たちの報告会は数日間行うのだな」
「三日月、疲れているのなら明日は私一人で主の警護をしますから休んでください」
「お前様ばかりに負担かけるつもりはないからな。それにお前様と一緒ならば疲れなんぞ気にならないからな」
「三日月…」
うん。やっぱりこれは最早意思を持っているんだなと再確認する。ウザいくらいにイチャイチャしてやがるこの様子でそれを確認するのは何だか悲しい話だが。
そして俺はツッコミを入れなければならないなと深く深呼吸をしてから口を開いた。
「おい、その主様が横にいるのに何をイチャついていやがるんですか。勘弁して下さい」
こう言ってもこいつらにはイチャイチャしてる自覚が全くないのはこれまでの経験上とっくに知っていた。現に今も俺の言葉に揃って首を傾げている。最悪3人しかいない部屋でおっぱじめなければいいんじゃないかなんて諦めの境地に辿りつつある俺を誰か慰めてくれ。
取り敢えずこれ以上イチャイチャされないために「他の本丸の刀剣男士たちを見てどうだった」なんて適当な話題を振ってみた。
「同じ顔が何十人も居て圧巻だった。主たちはあれをどうやって見分けているのだ?」
「ああ、それは私も気になりますね」
「ん?俺の力の波長みたいなのを辿って見分けてるな」
鍛刀だろうが、ドロップだろうが顕在させるためには審神者の力みたいなのが必要だ。そしてその力は審神者毎によって波長が異なる。いわばマーキングのようなものだろうか。
まあ、お前らみたいに無駄にくっついて離れない奴らは見分けるまでもなくうちの本丸の刀って分かるんだけどな。俺は思わず遠い目をしながらそう思った。
そんなこんなで数日間に及ぶ会議と報告会は無事に終了した。粟田口派の短刀が新しい刀剣男士として顕在可能になったらしいということ以外は特に目新しい情報もなく、あまり身にならない報告会だった。
これが終わったら適当に実家に顔を出してからお土産買って本丸へと戻るわけだが、今回はここからが俺にとっての苦痛の時間の始まりだった。
視界の端でウキウキと観光案内の雑誌を取り出している夫婦の姿を捉えてしまった。
「主殿、弟たちがまとめてくれた観光スポットへ行きたいので、案内をよろしくおねがいします」
「俺たちの給料分では足りぬから口添えは頼むぞ主」
「お前ら本当に俺に容赦ないな!」
夫婦の新婚旅行の財布係りとして連れまわされる地獄の5日間の始まりだった。
*
会議の期間は3日間に対してふたりの新婚旅行の付き人日数は5日間だ。その5日間で首都圏の観光名所を夫婦に連れまわされた。その理由は財布としてだが。
夫婦の目立つ服装を安い店で見繕ってから粟田口の弟たちが調べた観光スポットへと移動する。移動手段は何と電車だ。平日昼間の電車はどの車両も空いていてとても快適だった。
「車があればもっと楽だったんだけどな」
「主殿は車を運転出来るのですか?」
「ペーパードライバーだから無理」
ぺーぱーどらいばー?と揃って首を傾げる夫婦に息揃ってるなと感心しながら「免許を持っているのに長年車を運転していない奴の事だ」と教える。すると夫婦が残念なものを見るような目で見て来たような気がして、使えない主で悪かったなと逆切れをしておいた。
ようやく目的の駅に着いて降りたところで三日月に裾を引かれて振り返った。
「こうして自分の足で歩くのも楽しいものだ。電車とやらも面白い」
だからくるまとやらは必要ないから気に病まなくて良い、そう言って微笑む三日月はまるで天女のように思えた。顔は本当に美しいからノンケの俺でさえ見とれてしまうことがあることが本当に悔しい。しかも主を気遣える良い子だ。…単体だったら夫婦は本当に害はないんだよな。
一期がさり気無く俺の裾を掴んでいる三日月の手を取って、優しく微笑んだ。三日月も一期に微笑み返して言葉を続ける。
「俺たちが守っているものでもあるからなここは。じっくり見ておきたいのだ」
「でもここが輝いて見えるのはきっと貴方が居るからだ。三日月…」
「お前様…随分と嬉しいことを言ってくれるな」
「事実を言ったまでです」
さっきも言ったが、単体だと害はないけどこの夫婦は揃うと途端に厄介だ。一緒に行動している俺の存在を消し去るわけだからな。
「疎外感半端なさすぎ辛い…」
誰か俺をここから連れ出してくれ。切実にそう思った正午だった。こいつらと5日間一緒だなんてやっていけるのか不安になった。
しかし、人間は無心になれるものだ。無心になれば夫婦の付き人など容易いものだった。俺は空気…そう己に言い聞かせることで、多少の苦痛など空気ゆえ感じないと錯覚させることが可能だと今回の付き添いで学んだことだ。しかし、後日になって気付いたことがあった。その日の資金だけ渡してホテルに籠っていれば良かったんじゃないかということだ。分からないことや困ったことがあれば連絡しろと携帯電話だけ渡せば付いていく必要性は全くなかったのではないかと。それに気付いてしまった後日の俺は思わず頭を抱えていたわけだが、今は関係ない話だ。
ともかく俺自身も言ったことのない観光スポットも多々あったはずなのだが、残念ながら全く記憶にない。夫婦に充てられて意識が朦朧としていた所為だろうか。何だか惜しいことをした気がする。
俺の疲労感も今日で終わりだとスケジュールを確認しようとしたら、夫婦から予定変更を告げられた。
「上野?」
自分から行先変更を告げたというのに、三日月の顔は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。美しい美貌でそんな顔しないで欲しいと思った。
「うむ。本体に会いに行こうと思ってな」
「どういう風の吹き回しだ?」
数日前は行かないと言っていたというのに。そう思って聞いてみると、益々絶世の美貌を歪ませて珍しく吐き捨てるように口を開いた。
「どうやら一期の分体が近くに居ると感じ取ったらしくてな。会わせろとうるさいのだ。俺の本体ながら我儘な奴で困るな」
「俺は突っ込まないからな」
「主殿、冗談でも三日月に突っ込むなどとおっしゃらないでいただきたい。それを許されるのは私だけなので」
「下ネタのつもりで言ったわけじゃねーからな!?」
「知ってます」
もうやだこの近侍…。妻が絡むとどんどん話が通じなくなっていっている気がする…。もしかして三日月の顔に見とれてしまうことがあることに気付かれているのか?なら、大丈夫だ。顔は美しいから見とれるけどノンケな俺が三日月に惚れることはないから!だから睨むのは止めて頂きたい!!
そんなコントをしつつも上野にある博物館へと向かうことが決定した。国宝展示とはいえど、平日はかなり空いていた。チケットを購入して、敷地内へと入って行くと強い力を感じた。国宝を多く抱えているそこは恐らく力の強い付喪神がたくさん居るのだろう、力の意識がざわつくのを感じた。中には見知った気配も感じる。
「…三日月の本体だけでなく、厚と鳴狐殿の本体もここ居ましたな」
「あとは獅子王の本体もここだな」
日本刀の展示は本館ではなく別館の方で展示されていると案内を見てそちらへ向かう。館内へと入ると付喪神たちがざわざわしだした。
『三日月宗近?』
『三日月様だ』
『三日月様がふたり?』
彼らの声は困惑に満ちたものだった。それもそうだろう、奥から本体の気配があるというのにここにもう一振りの三日月が居るのだから。
奥に進めば見知っているけれど初めて会う顔に出くわした。
『あれ?もしかして三日月か?』
金色の長い睫を瞬かせてその太刀は姿を現した。
「おお、獅子王。お前も展示されているのか」
『そうだぜー。何か違和感あるって思ったら例の刀剣男士って奴か。へー初めて見た』
霊体のように透けている手で三日月に触ろうとして擦り抜けている「獅子王」は笑い声を上げた。その姿は本丸に居る獅子王と全く変わらない。三日月もそう思ったのだろう、目の前の本体に「獅子王の分霊も今日も元気で過ごしているぞ」と答えていた。
「獅子王」の声で集まって来た付喪神たちの中から見知った顔が姿を見せる。彼は自分の兄の分霊に目を輝かせた。
『あー!いちにい!!』
「厚か。元気にしているかな?」
『おう!分体とはいえいちにいに会えて嬉しいぜ。勿論三日月もな』
一期にじゃれ付いていた「厚」は三日月に気が付くと付け足すように名前を呼んだ。
「俺はついでなのか。悲しいなぁ」
『本体の方とは毎日会ってるから新鮮さがないんだよな』
『そうそう』
同じ博物館で過ごしてきた所為か三日月は厚や獅子王と仲が良い。それは本体が相手でも変わらないらしく、軽口を叩き合ってじゃれている。それを一期が微笑ましい目で見つめていた。
因みにここまで俺は完璧に空気である。べ、別に寂しいだなんて思ってねーし。そう思っていたら「獅子王」と「厚」の目がこちらを向いた。
『これが審神者かぁ』
『へぇ…』
俺らのこと見えてるんだなーと目の前で手を翳してくる二振りは好奇心に満ちていた。あれ?今これって言ったか?人間扱いされていない!
『…三日月に会いに来たのか…?』
「うわああ!?鳴狐か…!」
『失礼な人間でございますな!鳴狐は最初からこの場にいましたぞ!』
突然背後からあまり聞きなれないけれど知っている声が聞こえて、俺は思わず声を上げた。振り返ると、「鳴狐」がぼんやりと立っている。「オトモ」の狐が甲高い声で抗議してくるが、正直これは驚くだろう。でも一応謝っておく。
そんな俺に対して一期も三日月も冷静だった。どうやら「鳴狐」が居ることには気が付いて居たらしい。「鳴狐」の言葉に三日月は「会わせろってうるさくてな」と視線を一期に滑らせた。
『あ、いちにいを本体の三日月に会わせてやるのか。ここ最近三日月の奴そわそわしてると思ったらそういうことか』
『一期一振って三日月と何か関係あったっけ?』
首を傾げる「獅子王」に「厚」は言葉を濁した。そうか、厚は豊臣に居たことがあったんだったなと今さらながら思い出す。「厚」は『首を長くして待ってるみたいだからさ、早く行ってやれよ』と先を急ぐように促してくる。
三振りの本体たちとの話もそこそこに俺たちは三日月の本体の元へと向かう。案内によると一番奥の部屋に本体は居るらしい。奥へと近づく度に強い力を感じて息苦しさを感じる。付喪神は神の中でも末端のハズなのに、この重圧は何なんだろうか。天下五剣はこれだから…と思っていたら、三日月が一期の腕を掴んで奥の部屋を見やる。その顔からは緊張が伺えて、珍しいこともあるものだと思った。
奥の部屋に入ると、先ほどまでの重圧からは一転して清らかな空気に包まれた。ガラスケースの向こう側に蒼い狩衣を纏った美しい付喪神が目を瞑って己の本体に腰掛けているのが見える。俺たちが部屋に入るのを待ってから、ゆっくりと瞼を押し上げると金色に輝く三日月模様の打ち除けが輝いた。
『待っていたぞ』
「あれ程呼び掛けてくればそうであろうな」
『怒るな。俺も分霊とはいえ一期を一目見たかったのだ。…お前から取り上げるつもりはないから安心しろ』
「三日月」己の横に鎮座する太刀を見て、『隣人が長い昼寝をしていてな。どうも暇で仕方なかったのだ』と頬んで言った。「三日月」と同じケース内に居る太刀は天下五剣の内一振り、「童子切安綱」だった。そう言えば俺は三日月の本体ばかりに注目していたが、天下五剣も他の国宝も一気に展示することはこの先永遠に訪れないであろうと言われていたんだっけ。
『童子切は展示初日に来訪者の数に煩わしく思ったらしくてな。人の子たちがこの部屋にあまり長居しないように霊力を巡らせていてなぁ。流石の俺も童子切の力に対抗するのはちと面倒だ。お蔭で分霊を通してお前たちの様子を見ているしかすることがなかった』
部屋の前で感じた重圧は「童子切」のものだったのか。審神者をしている俺であの圧迫感を受けたわけだから、一般人にすれば相当体が重くなるようを圧迫感を受けたことだろう。それに対してこの部屋内部が清らかな空気にあるのは「三日月」の力のお蔭か。天下五剣怖い…。
そしてもうひとつ、俺たちの様子を見ていたって、どういうことですか…。もしかして夫婦のイチャイチャっぷりに俺が空気になっていた様も見られていたんですか?何それ恥ずかしい。
俺がそんな羞恥心を抱いている中、一歩前へと踏み出して「三日月」に声を掛けたのは一期だった。
「三日月…の本体ですね」
『そうだ。…お前様』
「この一期は俺の夫だぞ」
『久方ぶりにこの呼び方をしたかっただけだ。許せ俺』
「三日月」のお前様という言葉に反応したのは三日月だった。三日月はジト目で本体を見ながら一期の腕に抱き付く。三日月の威嚇を本体は軽く躱して視線を再び一期へと戻した。
『…やはり、記憶は…』
それまで飄々としていた「三日月」の顔が曇る。数多く存在する本丸に居る自分の分霊を通して一期の記憶喪失を知ったのだろうか。…っく、それにしても憂いある顔も美人だな畜生性別変えろっていつも思おう。
「確かに記憶は戻っていません。…ですが、妻である三日月を見て愛おしいと思いました。その気持ちだけは忘れていなかった」
一期は自分の腕に抱き付いている三日月の頭を撫でると、三日月は気持ちよさそうにその手を享受した。その光景を見て俺は爆発しろよとしか思わないわけだが、「三日月」は羨ましそうに目を細めていた。
「それは多分、私の本体も同じ」
一期の言葉に「三日月」は狩衣の裾で口元を隠しながら、ガラスケースの中から出てきて一期に顔を近付けた。
ガラスケースを擦り抜けるだなんて幽霊染みていて大分恐ろしい光景だった。
『…やはり、お前様は優しいなぁ。俺のことも気にかけてくれるとは。お前様のそういうところが愛おしい』
「え、えっと…」
「もう、良いだろう!行くぞお前様!」
からかうような「三日月」の物言いに、珍しく一期が狼狽する。それを横で見ていた三日月が夫の腕を無理やり引っ張って部屋から退出するように促した。
嫉妬心を隠そうとしない三日月に、本体は「おや」と含んだ笑みを向ける。
『もう行ってしまうのか。随分と余裕がないな』
「取り上げないと言っていたであろう?」
『取り上げてはないだろう?』
「三日月」の笑顔に対して、三日月はふくれっ面をしていて同じ顔をしていてもこんなにも差が出るのだなと感心した。うちの三日月の方が幼い言動が目立つ気がする。三日月は本体の言葉に言い返せないまま、一期を引っ張って部屋を後にした。遠くから三日月を宥める一期の声が聞こえて来る。
置いて行かれた俺は「三日月」とふたりきりにされてしまい途端に色んな意味で緊張してしまう。性格には「童子切」もこの場には存在しているが、彼は寝ているため俺の中では居ないものとして扱う。三日月と同じ顔なのに、たった数回のやり取りだけで本体は大分食えない性格をしていることが分かった。目を合わせると美しい笑顔と対面して、取って食われないか心配になる。
「…うちの三日月はちょっと幼いところがあるんで、本体といえどもあまり苛めないで欲しいんですが」
『はっはっはっ。確かにその通りだな。刀剣男士には個体差が出るとは聞いていたが、あれが俺を元に作られたとは思えん』
はっはっはっと笑う姿は三日月とそっくりだが、直後に浮かべられた人をからかうような微笑みはうちの三日月が浮かべないものだ。
『それに苛めるとは人聞きの悪い』
この場合刀しかいないのだから刀聞きが悪いか?「三日月」は口元を隠しながら今度は上品に笑った。よくコロコロと変わる表情だ、これは愛でられることに慣れている顔だなと感想を抱いた。
『……一期と夫婦している俺が羨ましくてつい意地悪をしただけだ』
ふと目線を下げた「三日月」の顔に翳りが出来た。…どうやら一期一振と一緒に居る分霊に嫉妬していたらしい。三日月の方も本体を酷く警戒していたなと思い出して、刺々しい物言いは同族嫌悪の現れだったのだろうかだなんて考えた。
「もしかして、本体の貴方が一期一振を好きなら分霊として顕在した刀剣男士は全てそうなるんですか?」
『あの分霊を見る限りそのようだな。まぁ、分霊といえど一期を慕っていない俺など考えられないが』
「ゾッコンだな…」
それなら一期の方も同じなのだろうな。うちの一期は三日月を一目見て愛おしい気持ちが溢れたという。それならば本体である「一期一振」も同じなのだろうか。
『…本体の一期も俺に会えば愛おしいと思ってくれるだろうか』
「あー…そうなんじゃないですかね」
全く同じタイミングで「三日月」と同じことを考えていたらしい。反射的に何とも適当な返しをしてしまったけれど、それを受けた「三日月」はふむと思案顔になる。嫌な予感がして恐る恐る目の前の美しい太刀にに質問した。
「…もしかして、会いに行くつもりで?」
『……政府には内密に頼むぞ審神者よ』
「…ハイ…」
何とも美しい笑顔で凄まれたら答えはイエスしかないだろ?突然「三日月」が博物館から消えたら政府は驚くだろうけど俺は悪くないと強く主張していおきたい。
『待つのは苦ではないが、妻から夫を迎えに行くというのもまた一興であろう』
大体こんなことを言って幸せそうに笑う天下五剣を俺如きに止められるはずもないのだった。これは本体の方も夫婦爆誕するんだろうなと思わず虚ろな視線を「三日月」に向けるが、当の本人からは『分霊の俺に連れまわされて疲れたのか審神者よ。早く本丸に戻った方が良い』などと見当違いな心配をされた。
*
「お前様は俺の本体の方が良いのか」
「拗ねないで下さい三日月。私の妻は貴方だけです」
「嘘だ。照れていたではないか」
「…それを言うなら貴方も他の本丸の私に色目を使って私に嫉妬させていたではないか」
「そんなことしていない」
「いいえ、していた」
博物館を出て夫婦に合流したらすでにこのような雰囲気で喧嘩していた。前回の喧嘩に介入して大火傷を負った俺は特に口も挟まずに帰る準備を進めて行く。途中で寄ったお土産屋さんではふたりとも言い合いながらお土産を一緒に選んでいるのだから始末に負えない。
「お前ら本丸へのお土産これだけでいいのか?」
「大丈夫です」
「大丈夫だ」
「ア、ハイ」
一応確認のため声を掛けておくと揃って返された。これだから夫婦は…。
俺は慣れているが、お土産やのおっちゃんはそうではないため夫婦喧嘩を心配して俺に声を掛けて来た。
「兄ちゃんあのふたり放っておいて大丈夫か?喧嘩してるみたいだけど」
「ご心配なく…」
とっても良い人だ。すごく強面だけど。
だけどおっちゃん心配は無用ですとおっちゃんと共に夫婦喧嘩を少し見守ることにした。
「私にとって愛おしいと強く思わせた三日月は貴方だ。…それとも、今晩言い聞かせないと納得出来ないと?」
「お、お前様、それは狡いだろう。それは横暴というもの」
「三日月の頑固なところは可愛くもありますが、こういう時厄介だ」
「それはこちらの科白だ。お前様は優しそうに見えるのに意地悪なところがある」
「そんな私は嫌いですか…?」
「そ、そんなわけ無いだろう!お前様のこと嫌うだなんて…!」
喧嘩しているのに惚れぎ合っているとは一体どういうことなのか。俺にはサッパリ理解出来なかった。
「…ただの痴話喧嘩なので」
「…兄ちゃんも苦労するな。頑張れよ」
おっちゃんが俺に同情してペットボトルのジュースを1本奢ってくれた。本当に良い人だ。強面だけど。
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本日も本丸は平和である。
鶴丸の悪戯とか、和泉守と陸奥守のいざこざとか、加州と大和守の喧嘩とかそんなことは無かったわけではないが、先日の夫婦の喧嘩のような俺の心が抉られるような出来事は起きていない。平和だ。
こんな平和な日はバラエティ番組を見るに限ると現世から本丸へ持ち込んだテレビを点けた。このテレビは刀剣男士たちにも大人気で、制限を設けないと、テレビの前から動こうとしない奴までいるのである。半分はテレビの前に設置してあるテレビゲームの所為だろうが。
ともかくバラエティ番組だとチャンネルを回すもお昼を過ぎたこの時間は俺好みの番組は放送されていなかった。残念に思いながらも適当な番組をボーっと眺めていると粟田口派の短刀と脇差たちが走ってやって来た。後ろには俺の心を抉ることに定評のある件の夫婦の姿もある。
「あ、主様だー!」
「またサボってテレビ見てたんですか?」
「いち兄に怒られますよ」
またって何だよ、またって!確かにしょっちゅう書類作成から逃げ出して一期に怒られてはいるが、今日に限っては無実だ。俺がそう思っていても反論が出来ないでいると、一期がフォローをしてくれた。
「確かにいつもはサボってばかりの主殿だけど、今日は偶然にもお仕事のない日だから大丈夫」
…と思ったけどフォローじゃねーやこれ!さりげなくいつも仕事してないとまで言いやがった。失礼な、仕事はちゃんとしている。ただ期限を守れないだけで…。…これってもしかして俺が仕事出来ないって告白してる?
俺の傷心を見事なまでにスルーして粟田口と三日月はテレビを見るために部屋に入り、それぞれ好きな場所へと座る。チャンネル変えずにいるところ、俺が見ていた番組を一緒に見るつもりらしい。
「…お前ら揃ってどうしたんだ?」
「乱が見たい番組があるとかで…。10分後にチャンネルを切り替えてもよろしいですか?」
「まあ、構わないけど」
どうせ見たいと思って見ていたわけではないからなと許可を出した。そして、乱が見たい番組まで1分を切ったところで、骨喰がリモコンでチャンネルを回した。軽快なBGMと共に始まった番組は様々な新婚さんをお招きしてトークをする番組だった。
この番組のことは知ってはいたが、興味がなかったから見たことはなかった。見ていたら悔しいやら虚しいやらの気持ちが溢れるから見ないわけではない。絶対にだ。参考までに乱にこの番組の何が面白いのか聞いたところ、「色んな人の幸せの形を見られるのが楽しい」と返って来た。お前…他人の幸せを祝福出来るとか…マジか…。正直に言えばこの番組を見るのは彼女いない歴=年齢の俺には辛いものしかなかったのだが、立ちあがるタイミングを逃してしまったためにそのまま苦痛の時間を味わうこととなった。
話題は一組目の新婚の新婚旅行について差し掛かる。新婚旅行で初めて海外旅行に言ったという夫婦は幸せそうに笑い合っていてとても羨ましかった。俺がそう妬んでいる横で乱がボソッと呟いた。
「…今気付いたけんだけど、いち兄と三日月様って新婚旅行に行ってないよね」
乱の言葉に粟田口の兄弟たちは目から鱗が零れ落ちたような顔をした。確かに言われて見れば新婚旅行なんて夫婦は行ってはいないが、こいつらは刀だし、新婚ではなく寄りを戻した状態である。新婚旅行に行くことが正しいのかは分からなかった。…分からないのだが、夫婦を見やると無駄にキラキラした期待の眼差しが伺える。
「……お前らその新婚旅行に行きたいのか?」
確認のためにそう尋ねたら、夫婦は微笑んで手を取り合って肯定してくる。
「そうですね…行けるものなら」
「興味はあるな」
行きたいのか。興味あるのか。俺は夫婦の答えに刀も案外人間と感性は変わらないのかなと遠い目をした。
夫婦が行きたいと主張すると粟田口の弟たちはますます色めき立つ。兄夫婦を新婚旅行に行かせねばならない、そう考えたのだった。そこで口を開いたのは鯰尾だった。
「主、今度現世で報告会あるって言ってじゃないですか。それにいち兄と三日月さんを連れて行くことって出来ますか?」
「は?」
突然の申し出に理解が追いつかずに空返事で返してしまった。そんな鯰尾の言葉に援護を入れるのは骨喰だった。
「近侍のいち兄を護衛に連れて行く時、三日月も一緒に連れて行ったらどうだと兄弟は言いたいらしい」
つまり、夫婦の新婚旅行先を現世に出来ないかとという直談判だった。護衛を増やすことは全く持って構わないわけだが、夫婦の新婚旅行に付き添えってことか?おいおい勘弁してくれよ。そう思っていたというのに、短刀たちの嬉しそうな声に押されて口を挟めなかった。
「新婚旅行が現世だなんて素敵だね!」
「他の本丸ではない新婚旅行になりそう!」
「俺たちは付いていけないけど、観光にふさわしい場所を探しておこうぜ!」
「楽しみだなぁ、お前様」
「素敵な旅行になると良いですね」
待て、俺の意思は?とツッコミたくレベルでどんどん話が進んでいく。これはいけないとようやく口を挟む勇気を出した。
「予定より現世に留まることになるじゃねーか。その間本丸はどうするつもりだよ」
これなら諦めも付くだろうと思ったが、「歌仙の旦那がいるじゃねーか」という薬研の一言で俺の思惑は打ち崩される。
名前が歌仙は俺の初期刀だ。長年俺の近侍をしてくれた刀だから俺のサボり癖によく怒っていたから、一期が近侍を務めるようになってからは解放されたと言わんばかりに風流なことに勤しんでいる。確かに歌仙なら一期よりも俺のやり方に慣れているから留守の間の取り纏めとして任せるのは適任だろう。
「確かに歌仙殿は私よりも近侍を務めた期間が長い。主殿不在の取り纏めも出来るでしょうな」
「では歌仙にそのように頼んでみるか」
風流好きの歌仙は見た目だけなら文句なしに雅な三日月に甘いところがあり、その三日月が頼めば高確率で了承してしまうだろう。思わず止めようとしたが、機動力の高い短刀たちが善は急げと言わんばかりに歌仙の元へと飛び出していた事実に気が付いてもう遅いことを悟った。
夫婦から話を聞き、そういうことなら構わないよと二つ返事をした歌仙は一期から引き継ぎの仕事をした上で本丸に居る刀たちに事情説明までもその日の内に終わらせていた。
俺の初期刀有能スギィ…と思わず遠い目をしたのは言うまでもなかった。これで俺は夫婦の新婚旅行の付き添いをすることが必須になってしまったのだから。今からでも報告会中止にならねーかなと天に祈ったがそれは無駄に終わった。
*
本丸中の刀から新婚旅行の門出を祝福されながら現世へと向かう。因みに俺の見送りは夫婦のついでのようなものだった。主は俺だぞ解せぬ…。
一期は近侍として何回か現世に来たことがあったが三日月が来るのは初めてだ。しかし、博物館暮らしが長い所為か現世に来ても三日月は落ち着いていた。
「そういえば今三日月の本体が展示されてるらしいぜ。会って行くか?」
「んー…」
携帯を弄っているとインターネットのトップページに掲載されているニュースに国宝の展示に100人以上も来場したという見出しが出ていた。これを見て三日月に教えてやると、予想外なことに三日月は難しい顔をしている。三日月のことだからぽやぽや笑いながら「それなら会ってくるかぁ」と言うと思ったんだが。
「いや、止めておこう。一期と一緒に居るところを見たら本体が羨ましがって一期の本体に会いに行ってしまって帰らなくなりそうだ。お前様の本体もそれは困るだろう?」
「記憶が無くとも三日月を愛おしい気持ちは私に残っております。だから三日月の本体が来たら本体も喜んで放そうとしないですよ」
「お前様…」
まさか本体の話からこんな惚れ気話に発展するなんて思いもしなかった。ちくしょうリア充爆発しろ。こいつらを連れて歩くと思うと憂鬱過ぎて胃が痛い。
しかもこいつらなまじ顔が整いすぎている所為で老若男女関係なく視線を集めまくっている。ラブラブっぷりを見れば察してくれるから声は掛けられないもの、麗しいカップルに待ちゆく人々は別の意味で興味津々だ。何より夫婦の恰好が現代から見ても相当目立つものだから、もしかして撮影か何かかとカメラを探す者さえいる。
(あー…早く送迎来ないかなぁ…)
送迎場所として駅を指定した政府を恨んだ瞬間だった。人はこれを逆恨みという。
気が遠くなる程待たされた気がしたが、送迎は時間ぴったしにやって来た。「自動車に乗るのは初めてだなぁ」とのほほんと呟く三日月と「段差がありますからお気を付けて」と王子様顔負けな一期のエスコートする声が後部座席から聞こえてきたが、気にせず助手席に乗り込む。先に乗り込んでいた審神者や近侍たちはバカップルに驚いていたが、すまない俺の代わりに犠牲になってくれと内心謝りながら耳栓を装着した。会場まで寝て行こうと思ったからだ。決して夫婦のイチャイチャを聞いて童貞である自分を悲観したくないからではない。
会議を行う会場まで来れば審神者たちの安全は政府によって確保されているため、近侍たちは待機部屋へと通されることになる。俺は一期に「報告会では寝ないで下さいね」と釘を刺され、三日月には「主、写真に落書きをしてはいけないらしいから気を付けるのだぞ」と謎の忠告をされながら会議室へと送り出されたのだった。
会議室に入るとすでにたくさんの審神者が待機していた。まだ時間に余裕があるというのに真面目なものだと思いながら指定の席に着くと、斜め前に顔見知りふたりを発見した。彼らは審神者になる訓練を受けた同級生みたいなもので、実は密かにリア充をしている男女の幼馴染という奴だ。俺の周りにはリア充しかいないのか…。同級生たちは俺に気が付くと、俺に話掛けて来た。
「お前の所は三日月宗近も一緒に来たんだな。いやー流石天下五剣!美しいな」
「私も早く三日月宗近を呼び寄せたいわ」
「ハハハ…」
どうやら夫婦と一緒に居たところを見られたらしい。自分の刀を羨ましがられると何だか主として鼻が高いものだ。
まあ、その呼び寄せた結果が夫婦爆誕でしたがね。主に俺の精神を削って行く恐ろしいバカップルですけどねとも思ったが。
「でも…一期一振りと三日月宗近が仲良さそうにしているなんて…彼らは同じ刀派でもないし、共通点といえば豊臣の頃に一緒の場所に居たくらいでしょう?一期一振りにはその頃の記憶がないと聞くけど」
「あー…記憶がなくとも何となく覚えてたみたいで、よく一緒に居ますよ。うちでは」
更に言えば夫婦で、部屋ふたりきりですとまでは言わないでおいた。目の前のふたりはあくまでも友愛的な仲の良さだろうと思っているらしいし。
「まるで人間のようで面白いものだな」
男の方の言葉に俺の思考は一瞬止まる。
「…そう、だな」
夫婦をしていて仲睦まじい彼らを見ていると、彼らが刀だと忘れてしまいそうになっていた自分に気が付いた。
本日の報告会も終わり夫婦を引き取ってから、政府に宛がわれたホテルの部屋へと向かう。道中も飽きないのかと思うレベルでイチャイチャする彼らを見ているとやはりこれらが刀だと忘れてしまうのは仕方ないなと思った。
「…ふぅ。現世での審神者たちの報告会は数日間行うのだな」
「三日月、疲れているのなら明日は私一人で主の警護をしますから休んでください」
「お前様ばかりに負担かけるつもりはないからな。それにお前様と一緒ならば疲れなんぞ気にならないからな」
「三日月…」
うん。やっぱりこれは最早意思を持っているんだなと再確認する。ウザいくらいにイチャイチャしてやがるこの様子でそれを確認するのは何だか悲しい話だが。
そして俺はツッコミを入れなければならないなと深く深呼吸をしてから口を開いた。
「おい、その主様が横にいるのに何をイチャついていやがるんですか。勘弁して下さい」
こう言ってもこいつらにはイチャイチャしてる自覚が全くないのはこれまでの経験上とっくに知っていた。現に今も俺の言葉に揃って首を傾げている。最悪3人しかいない部屋でおっぱじめなければいいんじゃないかなんて諦めの境地に辿りつつある俺を誰か慰めてくれ。
取り敢えずこれ以上イチャイチャされないために「他の本丸の刀剣男士たちを見てどうだった」なんて適当な話題を振ってみた。
「同じ顔が何十人も居て圧巻だった。主たちはあれをどうやって見分けているのだ?」
「ああ、それは私も気になりますね」
「ん?俺の力の波長みたいなのを辿って見分けてるな」
鍛刀だろうが、ドロップだろうが顕在させるためには審神者の力みたいなのが必要だ。そしてその力は審神者毎によって波長が異なる。いわばマーキングのようなものだろうか。
まあ、お前らみたいに無駄にくっついて離れない奴らは見分けるまでもなくうちの本丸の刀って分かるんだけどな。俺は思わず遠い目をしながらそう思った。
そんなこんなで数日間に及ぶ会議と報告会は無事に終了した。粟田口派の短刀が新しい刀剣男士として顕在可能になったらしいということ以外は特に目新しい情報もなく、あまり身にならない報告会だった。
これが終わったら適当に実家に顔を出してからお土産買って本丸へと戻るわけだが、今回はここからが俺にとっての苦痛の時間の始まりだった。
視界の端でウキウキと観光案内の雑誌を取り出している夫婦の姿を捉えてしまった。
「主殿、弟たちがまとめてくれた観光スポットへ行きたいので、案内をよろしくおねがいします」
「俺たちの給料分では足りぬから口添えは頼むぞ主」
「お前ら本当に俺に容赦ないな!」
夫婦の新婚旅行の財布係りとして連れまわされる地獄の5日間の始まりだった。
*
会議の期間は3日間に対してふたりの新婚旅行の付き人日数は5日間だ。その5日間で首都圏の観光名所を夫婦に連れまわされた。その理由は財布としてだが。
夫婦の目立つ服装を安い店で見繕ってから粟田口の弟たちが調べた観光スポットへと移動する。移動手段は何と電車だ。平日昼間の電車はどの車両も空いていてとても快適だった。
「車があればもっと楽だったんだけどな」
「主殿は車を運転出来るのですか?」
「ペーパードライバーだから無理」
ぺーぱーどらいばー?と揃って首を傾げる夫婦に息揃ってるなと感心しながら「免許を持っているのに長年車を運転していない奴の事だ」と教える。すると夫婦が残念なものを見るような目で見て来たような気がして、使えない主で悪かったなと逆切れをしておいた。
ようやく目的の駅に着いて降りたところで三日月に裾を引かれて振り返った。
「こうして自分の足で歩くのも楽しいものだ。電車とやらも面白い」
だからくるまとやらは必要ないから気に病まなくて良い、そう言って微笑む三日月はまるで天女のように思えた。顔は本当に美しいからノンケの俺でさえ見とれてしまうことがあることが本当に悔しい。しかも主を気遣える良い子だ。…単体だったら夫婦は本当に害はないんだよな。
一期がさり気無く俺の裾を掴んでいる三日月の手を取って、優しく微笑んだ。三日月も一期に微笑み返して言葉を続ける。
「俺たちが守っているものでもあるからなここは。じっくり見ておきたいのだ」
「でもここが輝いて見えるのはきっと貴方が居るからだ。三日月…」
「お前様…随分と嬉しいことを言ってくれるな」
「事実を言ったまでです」
さっきも言ったが、単体だと害はないけどこの夫婦は揃うと途端に厄介だ。一緒に行動している俺の存在を消し去るわけだからな。
「疎外感半端なさすぎ辛い…」
誰か俺をここから連れ出してくれ。切実にそう思った正午だった。こいつらと5日間一緒だなんてやっていけるのか不安になった。
しかし、人間は無心になれるものだ。無心になれば夫婦の付き人など容易いものだった。俺は空気…そう己に言い聞かせることで、多少の苦痛など空気ゆえ感じないと錯覚させることが可能だと今回の付き添いで学んだことだ。しかし、後日になって気付いたことがあった。その日の資金だけ渡してホテルに籠っていれば良かったんじゃないかということだ。分からないことや困ったことがあれば連絡しろと携帯電話だけ渡せば付いていく必要性は全くなかったのではないかと。それに気付いてしまった後日の俺は思わず頭を抱えていたわけだが、今は関係ない話だ。
ともかく俺自身も言ったことのない観光スポットも多々あったはずなのだが、残念ながら全く記憶にない。夫婦に充てられて意識が朦朧としていた所為だろうか。何だか惜しいことをした気がする。
俺の疲労感も今日で終わりだとスケジュールを確認しようとしたら、夫婦から予定変更を告げられた。
「上野?」
自分から行先変更を告げたというのに、三日月の顔は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。美しい美貌でそんな顔しないで欲しいと思った。
「うむ。本体に会いに行こうと思ってな」
「どういう風の吹き回しだ?」
数日前は行かないと言っていたというのに。そう思って聞いてみると、益々絶世の美貌を歪ませて珍しく吐き捨てるように口を開いた。
「どうやら一期の分体が近くに居ると感じ取ったらしくてな。会わせろとうるさいのだ。俺の本体ながら我儘な奴で困るな」
「俺は突っ込まないからな」
「主殿、冗談でも三日月に突っ込むなどとおっしゃらないでいただきたい。それを許されるのは私だけなので」
「下ネタのつもりで言ったわけじゃねーからな!?」
「知ってます」
もうやだこの近侍…。妻が絡むとどんどん話が通じなくなっていっている気がする…。もしかして三日月の顔に見とれてしまうことがあることに気付かれているのか?なら、大丈夫だ。顔は美しいから見とれるけどノンケな俺が三日月に惚れることはないから!だから睨むのは止めて頂きたい!!
そんなコントをしつつも上野にある博物館へと向かうことが決定した。国宝展示とはいえど、平日はかなり空いていた。チケットを購入して、敷地内へと入って行くと強い力を感じた。国宝を多く抱えているそこは恐らく力の強い付喪神がたくさん居るのだろう、力の意識がざわつくのを感じた。中には見知った気配も感じる。
「…三日月の本体だけでなく、厚と鳴狐殿の本体もここ居ましたな」
「あとは獅子王の本体もここだな」
日本刀の展示は本館ではなく別館の方で展示されていると案内を見てそちらへ向かう。館内へと入ると付喪神たちがざわざわしだした。
『三日月宗近?』
『三日月様だ』
『三日月様がふたり?』
彼らの声は困惑に満ちたものだった。それもそうだろう、奥から本体の気配があるというのにここにもう一振りの三日月が居るのだから。
奥に進めば見知っているけれど初めて会う顔に出くわした。
『あれ?もしかして三日月か?』
金色の長い睫を瞬かせてその太刀は姿を現した。
「おお、獅子王。お前も展示されているのか」
『そうだぜー。何か違和感あるって思ったら例の刀剣男士って奴か。へー初めて見た』
霊体のように透けている手で三日月に触ろうとして擦り抜けている「獅子王」は笑い声を上げた。その姿は本丸に居る獅子王と全く変わらない。三日月もそう思ったのだろう、目の前の本体に「獅子王の分霊も今日も元気で過ごしているぞ」と答えていた。
「獅子王」の声で集まって来た付喪神たちの中から見知った顔が姿を見せる。彼は自分の兄の分霊に目を輝かせた。
『あー!いちにい!!』
「厚か。元気にしているかな?」
『おう!分体とはいえいちにいに会えて嬉しいぜ。勿論三日月もな』
一期にじゃれ付いていた「厚」は三日月に気が付くと付け足すように名前を呼んだ。
「俺はついでなのか。悲しいなぁ」
『本体の方とは毎日会ってるから新鮮さがないんだよな』
『そうそう』
同じ博物館で過ごしてきた所為か三日月は厚や獅子王と仲が良い。それは本体が相手でも変わらないらしく、軽口を叩き合ってじゃれている。それを一期が微笑ましい目で見つめていた。
因みにここまで俺は完璧に空気である。べ、別に寂しいだなんて思ってねーし。そう思っていたら「獅子王」と「厚」の目がこちらを向いた。
『これが審神者かぁ』
『へぇ…』
俺らのこと見えてるんだなーと目の前で手を翳してくる二振りは好奇心に満ちていた。あれ?今これって言ったか?人間扱いされていない!
『…三日月に会いに来たのか…?』
「うわああ!?鳴狐か…!」
『失礼な人間でございますな!鳴狐は最初からこの場にいましたぞ!』
突然背後からあまり聞きなれないけれど知っている声が聞こえて、俺は思わず声を上げた。振り返ると、「鳴狐」がぼんやりと立っている。「オトモ」の狐が甲高い声で抗議してくるが、正直これは驚くだろう。でも一応謝っておく。
そんな俺に対して一期も三日月も冷静だった。どうやら「鳴狐」が居ることには気が付いて居たらしい。「鳴狐」の言葉に三日月は「会わせろってうるさくてな」と視線を一期に滑らせた。
『あ、いちにいを本体の三日月に会わせてやるのか。ここ最近三日月の奴そわそわしてると思ったらそういうことか』
『一期一振って三日月と何か関係あったっけ?』
首を傾げる「獅子王」に「厚」は言葉を濁した。そうか、厚は豊臣に居たことがあったんだったなと今さらながら思い出す。「厚」は『首を長くして待ってるみたいだからさ、早く行ってやれよ』と先を急ぐように促してくる。
三振りの本体たちとの話もそこそこに俺たちは三日月の本体の元へと向かう。案内によると一番奥の部屋に本体は居るらしい。奥へと近づく度に強い力を感じて息苦しさを感じる。付喪神は神の中でも末端のハズなのに、この重圧は何なんだろうか。天下五剣はこれだから…と思っていたら、三日月が一期の腕を掴んで奥の部屋を見やる。その顔からは緊張が伺えて、珍しいこともあるものだと思った。
奥の部屋に入ると、先ほどまでの重圧からは一転して清らかな空気に包まれた。ガラスケースの向こう側に蒼い狩衣を纏った美しい付喪神が目を瞑って己の本体に腰掛けているのが見える。俺たちが部屋に入るのを待ってから、ゆっくりと瞼を押し上げると金色に輝く三日月模様の打ち除けが輝いた。
『待っていたぞ』
「あれ程呼び掛けてくればそうであろうな」
『怒るな。俺も分霊とはいえ一期を一目見たかったのだ。…お前から取り上げるつもりはないから安心しろ』
「三日月」己の横に鎮座する太刀を見て、『隣人が長い昼寝をしていてな。どうも暇で仕方なかったのだ』と頬んで言った。「三日月」と同じケース内に居る太刀は天下五剣の内一振り、「童子切安綱」だった。そう言えば俺は三日月の本体ばかりに注目していたが、天下五剣も他の国宝も一気に展示することはこの先永遠に訪れないであろうと言われていたんだっけ。
『童子切は展示初日に来訪者の数に煩わしく思ったらしくてな。人の子たちがこの部屋にあまり長居しないように霊力を巡らせていてなぁ。流石の俺も童子切の力に対抗するのはちと面倒だ。お蔭で分霊を通してお前たちの様子を見ているしかすることがなかった』
部屋の前で感じた重圧は「童子切」のものだったのか。審神者をしている俺であの圧迫感を受けたわけだから、一般人にすれば相当体が重くなるようを圧迫感を受けたことだろう。それに対してこの部屋内部が清らかな空気にあるのは「三日月」の力のお蔭か。天下五剣怖い…。
そしてもうひとつ、俺たちの様子を見ていたって、どういうことですか…。もしかして夫婦のイチャイチャっぷりに俺が空気になっていた様も見られていたんですか?何それ恥ずかしい。
俺がそんな羞恥心を抱いている中、一歩前へと踏み出して「三日月」に声を掛けたのは一期だった。
「三日月…の本体ですね」
『そうだ。…お前様』
「この一期は俺の夫だぞ」
『久方ぶりにこの呼び方をしたかっただけだ。許せ俺』
「三日月」のお前様という言葉に反応したのは三日月だった。三日月はジト目で本体を見ながら一期の腕に抱き付く。三日月の威嚇を本体は軽く躱して視線を再び一期へと戻した。
『…やはり、記憶は…』
それまで飄々としていた「三日月」の顔が曇る。数多く存在する本丸に居る自分の分霊を通して一期の記憶喪失を知ったのだろうか。…っく、それにしても憂いある顔も美人だな畜生性別変えろっていつも思おう。
「確かに記憶は戻っていません。…ですが、妻である三日月を見て愛おしいと思いました。その気持ちだけは忘れていなかった」
一期は自分の腕に抱き付いている三日月の頭を撫でると、三日月は気持ちよさそうにその手を享受した。その光景を見て俺は爆発しろよとしか思わないわけだが、「三日月」は羨ましそうに目を細めていた。
「それは多分、私の本体も同じ」
一期の言葉に「三日月」は狩衣の裾で口元を隠しながら、ガラスケースの中から出てきて一期に顔を近付けた。
ガラスケースを擦り抜けるだなんて幽霊染みていて大分恐ろしい光景だった。
『…やはり、お前様は優しいなぁ。俺のことも気にかけてくれるとは。お前様のそういうところが愛おしい』
「え、えっと…」
「もう、良いだろう!行くぞお前様!」
からかうような「三日月」の物言いに、珍しく一期が狼狽する。それを横で見ていた三日月が夫の腕を無理やり引っ張って部屋から退出するように促した。
嫉妬心を隠そうとしない三日月に、本体は「おや」と含んだ笑みを向ける。
『もう行ってしまうのか。随分と余裕がないな』
「取り上げないと言っていたであろう?」
『取り上げてはないだろう?』
「三日月」の笑顔に対して、三日月はふくれっ面をしていて同じ顔をしていてもこんなにも差が出るのだなと感心した。うちの三日月の方が幼い言動が目立つ気がする。三日月は本体の言葉に言い返せないまま、一期を引っ張って部屋を後にした。遠くから三日月を宥める一期の声が聞こえて来る。
置いて行かれた俺は「三日月」とふたりきりにされてしまい途端に色んな意味で緊張してしまう。性格には「童子切」もこの場には存在しているが、彼は寝ているため俺の中では居ないものとして扱う。三日月と同じ顔なのに、たった数回のやり取りだけで本体は大分食えない性格をしていることが分かった。目を合わせると美しい笑顔と対面して、取って食われないか心配になる。
「…うちの三日月はちょっと幼いところがあるんで、本体といえどもあまり苛めないで欲しいんですが」
『はっはっはっ。確かにその通りだな。刀剣男士には個体差が出るとは聞いていたが、あれが俺を元に作られたとは思えん』
はっはっはっと笑う姿は三日月とそっくりだが、直後に浮かべられた人をからかうような微笑みはうちの三日月が浮かべないものだ。
『それに苛めるとは人聞きの悪い』
この場合刀しかいないのだから刀聞きが悪いか?「三日月」は口元を隠しながら今度は上品に笑った。よくコロコロと変わる表情だ、これは愛でられることに慣れている顔だなと感想を抱いた。
『……一期と夫婦している俺が羨ましくてつい意地悪をしただけだ』
ふと目線を下げた「三日月」の顔に翳りが出来た。…どうやら一期一振と一緒に居る分霊に嫉妬していたらしい。三日月の方も本体を酷く警戒していたなと思い出して、刺々しい物言いは同族嫌悪の現れだったのだろうかだなんて考えた。
「もしかして、本体の貴方が一期一振を好きなら分霊として顕在した刀剣男士は全てそうなるんですか?」
『あの分霊を見る限りそのようだな。まぁ、分霊といえど一期を慕っていない俺など考えられないが』
「ゾッコンだな…」
それなら一期の方も同じなのだろうな。うちの一期は三日月を一目見て愛おしい気持ちが溢れたという。それならば本体である「一期一振」も同じなのだろうか。
『…本体の一期も俺に会えば愛おしいと思ってくれるだろうか』
「あー…そうなんじゃないですかね」
全く同じタイミングで「三日月」と同じことを考えていたらしい。反射的に何とも適当な返しをしてしまったけれど、それを受けた「三日月」はふむと思案顔になる。嫌な予感がして恐る恐る目の前の美しい太刀にに質問した。
「…もしかして、会いに行くつもりで?」
『……政府には内密に頼むぞ審神者よ』
「…ハイ…」
何とも美しい笑顔で凄まれたら答えはイエスしかないだろ?突然「三日月」が博物館から消えたら政府は驚くだろうけど俺は悪くないと強く主張していおきたい。
『待つのは苦ではないが、妻から夫を迎えに行くというのもまた一興であろう』
大体こんなことを言って幸せそうに笑う天下五剣を俺如きに止められるはずもないのだった。これは本体の方も夫婦爆誕するんだろうなと思わず虚ろな視線を「三日月」に向けるが、当の本人からは『分霊の俺に連れまわされて疲れたのか審神者よ。早く本丸に戻った方が良い』などと見当違いな心配をされた。
*
「お前様は俺の本体の方が良いのか」
「拗ねないで下さい三日月。私の妻は貴方だけです」
「嘘だ。照れていたではないか」
「…それを言うなら貴方も他の本丸の私に色目を使って私に嫉妬させていたではないか」
「そんなことしていない」
「いいえ、していた」
博物館を出て夫婦に合流したらすでにこのような雰囲気で喧嘩していた。前回の喧嘩に介入して大火傷を負った俺は特に口も挟まずに帰る準備を進めて行く。途中で寄ったお土産屋さんではふたりとも言い合いながらお土産を一緒に選んでいるのだから始末に負えない。
「お前ら本丸へのお土産これだけでいいのか?」
「大丈夫です」
「大丈夫だ」
「ア、ハイ」
一応確認のため声を掛けておくと揃って返された。これだから夫婦は…。
俺は慣れているが、お土産やのおっちゃんはそうではないため夫婦喧嘩を心配して俺に声を掛けて来た。
「兄ちゃんあのふたり放っておいて大丈夫か?喧嘩してるみたいだけど」
「ご心配なく…」
とっても良い人だ。すごく強面だけど。
だけどおっちゃん心配は無用ですとおっちゃんと共に夫婦喧嘩を少し見守ることにした。
「私にとって愛おしいと強く思わせた三日月は貴方だ。…それとも、今晩言い聞かせないと納得出来ないと?」
「お、お前様、それは狡いだろう。それは横暴というもの」
「三日月の頑固なところは可愛くもありますが、こういう時厄介だ」
「それはこちらの科白だ。お前様は優しそうに見えるのに意地悪なところがある」
「そんな私は嫌いですか…?」
「そ、そんなわけ無いだろう!お前様のこと嫌うだなんて…!」
喧嘩しているのに惚れぎ合っているとは一体どういうことなのか。俺にはサッパリ理解出来なかった。
「…ただの痴話喧嘩なので」
「…兄ちゃんも苦労するな。頑張れよ」
おっちゃんが俺に同情してペットボトルのジュースを1本奢ってくれた。本当に良い人だ。強面だけど。
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