審神者、夫婦に振り回される(いちみか)
奴らの傍迷惑な喧嘩に終止符が打たれて三日が経過した。食事の場で見せつけられたあのバカップル特有のイチャイチャの何割かは俺に責任があることは自覚しているものの、食事が喉を通らなくなってしまうんじゃないかと戦慄しながら食事をしていた俺としては居心地の悪い空間以外の何物でもなかった。いや、飯はちゃんと食べたけどさ。おかわりもしたけど。あれだよ、比喩ってやつだ。歌仙が好きそうな言葉だろ?
俺はそんな調子だったが、他の刀だちはそうでもないらしく奴らのバカップルぶりを何でもないように過ごしている。横で飯を食っていたにっかりに聞いてみたら、「ふたりの仲が良いようで安心したみたいだよ」と彼の名前に相応しくにっかり微笑まれた。確かに痴話喧嘩した日の朝は俺も吃驚したが、理由を知ればくだらねー!と呆れたてしまったんだが、刀たちはそそんなこともなく仲直りおめでとうと祝福していたわけだ。お前ら心広すぎるだろ・・・菩薩かよ・・・。
しかし、だ。この状況は心が狭い俺への神から与えられた罰なのかもしれない。覚えているだろうか。俺の近侍は主に一期が務めているということを。この一期が問題なのである。
以前は初期刀の歌仙が多かったのだが、いちいち雅じゃないとか煩くて一度大喧嘩になって以来近侍にしていない。怒りに身を任せた俺は二度と歌仙を近侍にしないと心に決め、歌仙も俺の面倒を見なくて済むと清々していた訳なんだが、今現在進行形で起こっているの現状を考えれば、歌仙の小言の方が何千倍もマシであることは否めなかった。 因みに心配しなくても歌仙とは仲直り済みだ。俺の仕事を手伝ってくれはするが、近侍交代によって空いた時間に俳句を読んでみたりなんか風流に勤しんでいる。
「人は美人は三日で飽きるなどと形容したようですが、三日月はこんなに美しいというのに全く私を飽きさせませんね」
「うう・・・お前様にそう言われるのは恥ずかしいと言っているではないか・・・」
「早く慣れていただかないと。貴方を口説くことも出来ないではないですか」
一期の言葉に三日月が裏返った声で「口説く!?」と声を上げた。もう見慣れたといっても過言ではないほど顔を朱色に染めている。それを見て一期はたいそう楽しそうに笑っていて・・・と俺の現状をお分かりいただけだであろうか。
(確かに一期をけしかけたのは俺だけどさ!誰がここまでやれって言ったよ!ついでに言えば近侍の仕事中にイチャイチャしてんじゃねーよ!嫌でも目に入るじゃねーか!!!)
悲しいかな。小心者な俺はこの文句を奴らに言えないのだった・・・。痴話喧嘩直後はまだ我慢したものだ。だけどさ、これまでお付き合いというもを経験したことがない俺の目の前でイチャイチャするとか、何だよこれ俺への罰ゲームかよ・・・。いや、男の恋人が欲しいわけじゃないから羨ましいわけではないからな。ただ恋人が居て、同棲してて、周りに祝福されるという環境が羨ましいだけなんだからな!勘違いするなよ!
俺は誰に向けてか分からない言い訳をしながら勢いよく立ち上がった。このままでは俺の精神的ストレスが半端ないからだ。胃がやられてしまうし、下手したらまだそんな年ではないのに髪の毛が抜けてしまうかもしれない!そうなる前に主らしくハッキリキッパリ言わなければならないと決意したのだ。
「お前ら!」
呼びかけた直後に振り向いた奴らの四つの目線に曝されて思わず俺は怯んだ。くそっ、これが、イケメンの力か・・・!?しかし、負けてはいけない!この本丸の主は俺なんだからな!
「こ、ここでイチャイチャすんのは、止めて欲しいなって・・・」
だが、口から飛び出したのはそんな弱気な言葉だった。
「・・・いちゃいちゃ・・・?」
キョトンとした顔で首を傾ける三日月にデジャヴを感じる。あっ、一期の恋バナを花の種類と勘違いした時のあれだ。現存してる刀なのに何故にそこまで現代語が苦手なんだ三日月!ついでに一期は恐らく意味を知っている癖に「たまに主殿はおかしなことをおっしゃいますなハハハ」とか笑ってんじゃねーぞ!俺だって傷付くだからな!!!
「意味はよく分からないがどうやら主の仕事の邪魔をしてしまっているようだな。お前様、俺はそろそろ部屋に戻ろうと思う」
意味は分かってくれなかったが、俺のために退散してくれようとする三日月天使かよ・・・。その感想が頭を過ぎった瞬間、三日月の真横から鋭い視線が飛んできた。いや、今のは言葉の綾なんで俺の考えを察して睨むのは止めて下さい一期さん・・・。だから、いくら綺麗でも男相手に惚れるとかないから!心配しないで良いから!
「あ、三日月ついでだからこれを加洲に渡してくれないか?今日の出陣の概要って言ってくれれば伝わるから」
音もなく立ち上がった三日月に俺はお使いを頼んだ。一期と三日月のふたりの部屋への途中には新撰組の刀たちの部屋がある。ついでに寄ってもらい、今日の第一部隊の部隊長の加洲に作戦概要を渡してもらおうと思ったのだ。三日月は微笑んで「あい分かった」と俺から書類を受け取ろうと手を伸ばしたが、その書類が三日月の手に渡ることはなかった。
「三日月はここに居て下さい。私が行って参りましょう」
一期は立ち上がった三日月を座らせてから、書類を奪い取るように持つとスタスタと部屋から出て行ってしまった。気のせいだろうか、一期の目が三日月にお使いを頼むなと言っていたように見えたのは。
「・・・俺がここに残っても仕事の邪魔になってしまうんだがなぁ・・・」
三日月の呟きはまさにその通りで、三日月に部屋に戻って貰うことで一期の仕事スピードも上がるはずだと考えていたというのに、近侍の一期がお使いに行ってどうするんだよ。結局仕事が進まないじゃないか!俺の気持ちを察したのだろうか、三日月が罰が悪そうに俺に謝罪の言葉をかける。
「いや、三日月が悪い訳じゃないだろ」
何故三日月が謝るんだろうと思いながらそう口にすると、今度は照れくさそうにはにかんだ三日月に「一期は俺の旦那様だからなぁ。俺が謝罪をするのは不思議なことではないだろう?」とノロケられた。俺の精神的安静のために早く爆発しろよと考えながら「ふーんそっかー」と流した俺は本当に大人になったなと思う。口元がひきつっていたって?見逃してくれ。
それから訪れる静寂。俺の机に置いてある小さな置き時計の秒針の音だけが部屋に響いている。俺はその静寂の居心地の悪さに思わず深い溜め息を吐いた。
(何だこれ・・・気まずい)
何か話した方が良いのだろうか。しかし、特に話すこともないし・・・と三日月を盗み見ると、三日月の方は一期が使っていた筆記用具を興味津々といった様子で手に取って眺めている。マイペースさんはこの静寂でも気にしないでいられて羨ましいな!
よく考えれば俺が三日月とふたりきりになることはそうそうない。三日月が顕現してから日が浅いということもあるが、主な理由としては三日月が一人きりにされることの方が少ないからだ。兄弟である三条派たちや三日月と縁が深かった刀たちは顕現されてから人の身に慣れない三日月に過保護だだったし、元々夫婦だったと発覚して以降の一期なんか片時もはなれるもんかと言わんばかりに三日月とべったりだったからだ。それでも公私は分ける奴だったんだが、まぁ、俺が煽ったせいで仕事中も妻同伴しちゃう困ったさんになりやがりましたが。
そんな理由で俺が三日月とじっくり話す機会は今までなかったのだ。これは良い機会かもしれないなと、以前から聞いてみたかったことを思い切って三日月に尋ねることにした。
「三日月」
「ん?何だ主」
一期のボールペンをカチカチとならしながら芯を出し入れしながら、三日月は返事だけ返してきた。目線は手元のボールペンに注がれている。そのカチカチさせるの気に入ったんだろうか。
「三日月ってさ、一期の何処が好きなんだ?」
これが俺が気になっていたことだった。一期の方はこいつらが夫婦だったと発覚した時に妻の好きなところを散々聞かされたし、その後も近侍の仕事にもたくさん惚気られたのだが、三日月からはそういった話を聞いた記憶が無かった。夫婦喧嘩の時のは惚気ではあったが、一期の何処が好きって話でもなかったし。
そして聞いてしまってから気が付いた。これって聞いたら火傷してしまう内容じゃないかと。しかし、時すでに遅し。三日月は瞳をキラキラさせて「聞いてくれるのか主!」と夢中だったボールペンを投げ出して身を乗り出した。かつてない程の興奮具合の三日月に不味い地雷を踏んでしまったと悟る。
「兄上たちは一期の良いところを話しても流してしまうのだ!俺は誰かに一期の話を聞いて欲しいと思っているのに!」
あ、末弟大好きなブラコンあいつらも匙を投げる惚気なのか。これは不味いところに足を踏み入れてしまった・・・と後悔をしても遅かった。
「実はな、昔の一期は当時の主に似て軟派なところがあってな。俺はそんな一期があまり好きではなかったのだが、俺を伴侶に迎えることになった時にそれを告げたら、俺のために軟派癖を直し、俺だけだと真剣な瞳で言ってくれてなぁ。その時初めて至近距離から一期の瞳を見たのだが、日の光のように輝いていて俺はその瞳に惹かれたのが始まりなんだが、一期の良いところはそこだけではなくてだな」
やばいよこれ!すごい長々と語り始めてる!しかもこれ三日月が一期を好きになった切っ掛けから話が始まってるからこの先長いだろうし、下手したらふたりが離れ離れになってしまった辺りまでエピソードが続きそうだし、もしかしたら再開してから惚れ直した所とかも長々と語られちゃうのか…!?そう覚悟した俺だったが、三日月は先ほどまでのマシンガントークを忘れたかのように口を閉ざして目を伏せた。
「…一期は、記憶がないことをいつも憂いているようだ。主と同じことを聞いてきたのだが、俺の話しを聞いて苦しそうに笑う…」
三日月は胸を両手で押さえて、「あの笑顔を見るのはここが苦しくなるなぁ」と呟いた。三日月の言葉を聞いて、一期が過去の自分に嫉妬してしまうとぼやいていたことを思い出した。
(…一期は三日月のことを全て思い出せなくて、記憶を共有出来ないのが辛いんだな…)
そして、三日月の方もそんな一期に何て言えば良いか分からなくて苦しんでいるのだ。壮大な惚気が来ると思い込んでいたために、予想外のシリアスな内容に困惑してしまう…ってこの感覚前にもあったな。取り敢えず一期が帰ってくる前に三日月を元気づけておかないと一期に何を言われるか分かったもんじゃないと口を開こうとしたその時、襖が勢いよく開かれた。
「貴方を悩ませていたなんて私は夫失格ですな!」
正に迷言と言って良いのではないかと思われる言葉を叫んで現れたのは件の一期だった。ズカズカと部屋に入って来た一期は三日月の両手を握りしめて彼の顔を覗き込む。三日月は一期に真剣な眼差しで見つめられて少し顔を赤らめた。
「それならお前様の苦しさを分かってやれない俺も妻失格だな…」
「失格同士でお似合いではないですか。それに、私は私の忘れてしまっている過去の三日月を思い出せないことが悔しいというだけです。三日月の全てを知っていないと私の気が済まないのです…」
「お前様…」
一期は大分おかしいことを言っていると俺は思うわけなんだが、何故かそれを言われた三日月本人は大変嬉しそうに笑顔を見せると一期に抱き付いて胸に頬を摺り寄せた。一期も左手を三日月の背中に腕を回し、右手は擦り寄ってくる三日月の頭を撫でる。イチャイチャしだすこいつらは忘れている。ここが俺の部屋で、目の前に俺がいるということを。こいつら完全に俺のことを忘れてやがる…。
(リア充早く爆発しろよ・・・)
俺は心の中で壁殴り代行を募集した。給料は払う、俺の代わりに壁を破壊してくれ。切実にそう思ったのだった。火傷必須な話題を振ったおいてということは棚に上げてしまうのは仕方ないことだ。だって気になってしまったんだからと俺は痛む胃を押さえた。
