はぁ…と物憂げな溜息すら絵になる末の弟を見て、三条派たちは心配せざる得えなかった。満月だから月見をすると廊下に出て行った割には、月見を楽しむ様子が見られない三日月のその溜息に、上の兄弟たちは輪になって顔を見合すしかなかった。三日月が顕現してから丁度一週間が経過するが、日に日に三日月の溜息は重たくなる一方で、心配するなという方が無理な話であった。
「三日月は鍛刀されてからああやって溜息を吐いてばかりだな。どうしたもんか」
「そうですね。すこししんぱいです。小狐と石切はげんいんをしっていますか?」
何時もなら何でも笑い飛ばす岩融が神妙な顔をしていることから、三日月がいかに落ち込んでいるかを窺うことが出来るだろう。彼も元気のない弟が心配なのだ。今剣も岩融に同意し、それから下の弟ふたりに何か知っているか問い掛けた。
「私は何も…小狐丸は?」
すぐに答えたのは石切丸の方である。彼は首を横に振って知らないと態度で示すと、横に居た弟に問い掛ける。石切丸としては自分よりも三日月を溺愛している小狐丸の方が詳しいことを知っているだろうと話を振っただけだった。その小狐丸の端正な顔が酷く歪んでいるのを見て兄たちは驚き、やはり何か事情を知っているのだと悟る。
「…夫婦の契りを交わした夫が、自分のことを忘れてしまっていたのを嘆いておったな…」
 恐らく誰よりもいち早く三日月が落ち込んでいるということに気が付いた小狐丸は、三日月と内番を任された際にさりげなく聞き出していたのだ。馬たちが三日月の頬を舐めたり、髪の毛を甘噛みしたりと彼への愛情表現を示す最中での会話だった。とてもシュールは絵面だったろう。三日月の髪の毛を引きちぎられないように馬と攻防する小狐丸の気遣いを気にも留めずに、三日月は「忘れてしまったのなら仕方ない」とまるで自分に言い聞かすように笑っていた。
小狐丸の口から放たれた夫婦という単語に、三条の兄弟たちはざわつく。何それ知らないと顔に出ている兄たちに小狐丸は更に苦々しい反応をする。
「そのかたなはだれですか?」
長男の今剣が小狐丸に詰め寄ると、小狐丸は素直に「一期一振じゃ」と答えた。三条の刀たちはその刀の姿を思い出して一同難しい顔をした。一期一振を初め、彼の兄弟の内何人かは記憶がないということは彼らも知っている。事情があるのなら仕方ない。そうは思うものの、よりにもよって記憶が戻る見込みが少ない者が夫だとはと、弟の境遇を兄たちは憐れに思ってしまう。
「でも」
今剣が廊下からただ夜空を眺める三日月の後姿に目をやる。
「そんなの三日月がかわいそうです…」
 部屋の中からで縁側に座り込んで月を見上げる三日月の後姿しか見えないが、事情を知れば尚の事その後ろ姿が寂しそうに見えて仕方ない。
「やはり、無理やりでも記憶を思い出させる方法を」
「小狐丸、三日月のことになると見境がなくなるのは君の悪い癖だよ」 
石切丸に窘められて表面上は反省した顔になる小狐丸に兄たちは思わず苦笑してしまう。三日月のためとはいえ、無理をして一期に何かある方が三日月は悲しんでしまうだろう。小狐丸もそれが分かっているから口を閉じた。
「そうだ!三日月のきぶんてんかんもかねて三条だけでえんせいにいきましょう!」
ぼくたちだけのかんきょうなら三日月もきっとはねをのばせます!そう強く主張した今剣に反対する者はいなかった。それで三日月の気分転換になるのかは置いておいて、自分を忘れてしまった一期がいない環境に一時だけでも身を置くことは三日月にとって決してマイナスになるまいと考えたのだ。
「ならさっそく明日ぬし様に願い出てみよう」
「あ、待て、明日は出陣する日だぞ」
顕現したばかりの三日月は勿論、今剣以外の三条派の刀の錬度はまだ低い。そのため、彼らの錬度を上げるための出陣する日が明日なのだ。奇しくも錬度差がありすぎる三日月だけは出陣しないわけなのだが、それに気が付いた四人は高揚した気持ちが萎えていくのを感じた。
「そうだったね。時間があれば明日に、無理だったら明後日以降に願い出てみようか」
石切丸がそうまとめたところで月見を楽しんでいた三日月が部屋の中へ戻って来た。顔を見合わせて話す兄たちに不思議そうに小首を傾げる。ぱちくりと瞬きさせる仕草がどことなく彼に幼い印象を与える。
「どうしたのだ兄上たち」
三日月はごく自然に一番甘やかしてくれる小狐丸の横に座り込んだ。小狐丸が真っ先に横に来た弟の頭を撫でると、三日月は気持ちよさそうに目を細める。末弟の機嫌が良いことが分かった今剣は身を乗り出して遠征のことを切り出した。
「三日月、ぼくたちだけでえんせいにいきましょう!」
「んー?話が見えないなぁ」
「たまには三条だけ水入らずというやつもよかろう、三日月」
頭を撫でられながら小狐丸にそう言われた三日月は、撫でられる心地良さからすぐに了承した。たまには兄たちの我儘に自分が応えてやらなければとぼんやり思う気持ちもあったからだ。明日は主に頼めないかもしれないからいつになるのか…という話を聞いて三日月が微笑む。
「では俺が主に頼んでみようか」
唯一出陣の予定も内番の当番でもない三日月は明日何も予定がない。それならば、兄たちのために主にお願いをするのも良い時間潰しになるかと考えたのだった。
「必ずや遠征の願い勝ち取って来よう」
その美貌で数々の我儘を聞いてもらった経験がある三日月は自信満々に胸を張った。そんな末弟の傲慢にも似た可愛らしい主張に兄たちは頬を緩め、彼にその大任を任せたのだった。
三日月にその大役を任せたことで事態が大きく動くことになるとは、この場にいる誰にも予測出来るはずがなかった。ただ兄弟水入らずの遠征を楽しみにし、三日月の気分転換になれば良いとそう思っていたのだった。
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