三日月宗近を所持しているというのはある種のステータスだ。何がと言うと審神者としての、だ。当然俺も審神者の端くれであるわけで、当然三日月宗近を手に入れたいと常々考えていた。演練で見かける度に天下五剣羨ましい!俺も三日月宗近欲しい!その悔しさで枕を涙で濡らす日々だった。…少し大袈裟すぎたな。流石に泣いてはいない。悔しすぎて地団太を踏んだことはあるが。
 そして、その羨ましさは先輩の審神者の本丸に顕現したという三日月宗近を見かけたことで見事に爆発した。先輩以外の人間を初めて見たらしく三日月は俺を見て、「主の友人か?」とそう言って微笑んだ。それを目の当たりにした俺は三日月宗近の噂通りの美しさに、思わず口を開けて見惚れてしまった。先輩にそれを指摘されてそのことに気が付いた俺は男に見惚れていたことが悔しくて、悔しくて…でもやっぱりコロコロと綺麗に笑う天下五剣が羨ましくて仕方なくなった。
 この時、「三日月宗近?いらねーよ」と言うようなレア物に興味を示さない性格であったのなら、あのような地獄の日々など訪れなかったのだろうか。後々、俺は激しく後悔することになったわけだが、三日月宗近が欲しくて仕方が無かったこの当時の俺には知る由もないことがった。

 *

「ってことで一期。三日月を作ってくれ」
「…ハァ?」
 執務室に呼び出した頼りになる近侍に、まるで何言ってんだコイツと言わんばかりの顔をされて俺はものすごく傷付いた。確かに、三日月宗近は一期とは刀派も違うし、縁はないのだろう。だが、一期に頼んでるのは何もヤケになってしまったからではない。
「先輩の三日月宗近を呼び出したのは一期一振…後は…分かるな?」
 冷静を装って誰に鍛刀をさせたか、資源の数…所謂レシピを聞き出したところ、敬愛すべき先輩からニヤニヤしながら自慢気に教えて貰えた。優しい先輩ありがとう。でもお前には無理だろうけどなとニヤニヤされたことはムカついたから、先輩の顔超殴りたかった。しかし、まさか一期が呼び出しただなんて鶴丸じゃないが驚いたが、もしかしたら俺も一期に呼んで貰えれば良いんじゃね?と軽率に考えたため今に至る。
「縁が近い方が呼び出せると思って三条派その他に任せてみたが尽く外れ…もうお前に賭けてみることにしたからよろしく!」
 俺の言葉に対して何も言わずによろしくじゃねーよと顔をした一期に、俺の繊細な心はまた傷付いた。何が嫌なんだよと文句を言うと、一期は苦い顔で「私が呼び出せるとは思いませんが…」と重く溜息を吐いた。
「万策尽きてたし、物は試しってことで頼むよ!三日月宗近を手に入れて自慢したいんだよ!」
「そんな理由で求められる三日月殿が可哀想ですな…」
 うるせーよ。天下五剣手に入れたら自慢するなんて審神者の間では普通なんだよ。ただでさえレア太刀とか言われてるお前らですら呼び出すの遅かった俺は同期に散々自慢されてきてんだぞ。あいつらより先に三日月宗近呼び出したいだろ。…そんな劣等感に塗れた本音は自分の刀の前では言えなかった。しかし、俺の劣等感は一期にお見通しだったらしく何だか生温い微笑みをもらってしまったぞ畜生が…。
「…成功するとは思えませんが…。まあ、一度くらいは試してみるのも良いかもしれませんね」
「サンキューな。でも何でだろうな素直に喜べねーのは」
多分、若干一期が上から目線で物を言って来やがるからだろうな。近侍にも馬鹿にされる俺って一体…。そう思いながら一期を伴って俺は鍛刀部屋へと向かった。

 だが、聞いてくれお前ら。俺は賭けに勝ったのだ。

 三日月宗近が鍛刀されやすいと言われる数だけ資材を投入する。資材がおよそ千個近くずつ消費されるのは正直痛いから、そろそろ三日月宗近来てくれよー頼むよーと念じながら一期が材料を投げ入れるのを見守っていたらなんと、小狐丸以来の四時間の数字が俺の目に飛び込んで来た。小鍛冶の妖精たちがこれくらいで出来るよという目安時間を紙に書いて知らせてくれる訳だが、それが間違っていることなどない。つまり、今回鍛刀されるのは三条太刀のどちらか!頼む、三日月来てくれと内心ざわざわする俺を他所に、一期は「また小狐丸殿ですかねー」と前触れも、躊躇いも無く手伝い札を投げ入れた。
「って待てよ!心の準備をさせてくれよ!!」
 俺の静止にも関わらず投げ入れられる札によって、小鍛冶たちの妖精が張り切って鍛刀していく。あっと言う間に出来上がる刀…どう見ても小狐丸のそれではないことに期待が高まって仕方ない。一期の方も見た事のない刀に驚いた顔を隠せないようだった。
「…これ、は…」
 一期は言葉に出さなかったものの、確かにその唇が美しいと動いたのを俺は見た。俺にはただの鞘に納められた刀にしか見えないのだが、刀剣男士たちには何か別のものが見えているのだろうか。
 しばらく呆けていた一期は突然我に返ると、慌てて俺に新しく鍛刀された刀を手渡して来た。素直に受け取るとその刀のなんと重たいことか。こいつらこんなのを振り回して敵を倒してるのか…俺にはちょっと無理だなと思った。別に貧弱なわけじゃねーから。
「どうやら小狐丸殿ではないようですね」
「お前に任せて良かった…。多分これが、三日月宗近だ」
 先輩の言う通りにしたら三日月が来たというのも何だか悔しいわけだが、しかし、こうして三日月宗近だと思われる刀を手にすると喜びが勝る。喜びに浸っていたら珍しく一期が早く顕現させないのかと催促をして来た。
「主殿。三日月殿も早く顕現したいでしょう。早く人の形を与えてあげて下さい」
「お、おう…?」
 先ほどまでと比べやけに積極的になった一期に俺は困惑するしかなかった。何だかんだ言って一期も天下五剣の姿を拝みたいのだろうか。俺はそんなことを考えながら、三日月宗近を顕現させるために力を込める。
 直後、刀から桜が舞い散った。これはどの刀を顕現させるときも起こる現象だが、かつて見たことがないほどの花弁の量に驚きの声を上げるしかなかった。流石天下五剣…こんなところまでそれを発揮させるとは。それから、しゃらん、しゃらん、と軽い金属のような物がぶつかる音が響く。舞い散る桜の向こう側から蒼の狩衣を来た美しい青年の姿が見えた。首を傾けただけで恐ろしく絵になる青年は美しく微笑んだ。
「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ」
 三日月の名乗りを聞いて、美しい者は声すらも美しいのか!と感嘆の溜息を吐いてしまう。相手は完全に男だと分かる外見をしているというのに、どうしてこうも目を離せなくなってしまうのか。美しさで天下五剣に選ばれたという逸話に相応しい姿だと改めて思った。
「よく来てくれたな三日月」
「お前が俺の主…というやつだな」
 話し掛けると三日月と目が合う。俺と主だと認めると目を細めて微笑む三日月はただ真っ直ぐに俺を見続ける。ちょ、ちょっとそんなに見つめられると穴が開いてしまいます止めて下さい…。唐突な人見知りを発揮した俺はか細い声で何とか「よろしく」と言うと、三日月も「よろしく頼む」と笑った。それから、俺の後ろで無言で三日月を見つめていた一期を視界に入れて三日月は目を見開いた。
「お前さ…」
「あっ!一期!お前も見たかったんだろ三日月を。もっとこっちに来いよ!」
 三日月何かを言おうとしていたようだったが、それに気が付かずに一期に声を掛けてしまった。三日月に悪いことをしてしまったな…。一期は一期で罰が悪そうな顔をしながら三日月に「挨拶が遅れました」と謝罪をした。小さく頬をかく仕草をする一期に、俺は今彼が照れていることが手に取るように分かった。何を照れているんだろうか俺には分からなかった。
「お初にお目にかかります三日月殿。私は粟田口が太刀、一期一振と申します」
 一期がそう名乗ると、三日月は信じられないと言いたげな顔をした。「お初…?」と戸惑う姿はまるで親と逸れてしまった子供のようで、もしかして三日月は一期と面識があったのかと察した俺は慌てて口を開く。
「み、三日月もしかして一期と会ったことあるのか!ごめんな、こいつ昔の記憶ほとんどないみたいなんだ」
 本当なら一期の口から説明するべき内容だったと思うが、この時の俺は完全にテンパっていて、一期を庇うようにそう説明した。三日月が戸惑っている間にチラッと一期の顔を盗み見たら、珍しい事に一期が三日月を見つめたまま固まってしまっていたからだ。自分に記憶がないことで相手に悲しい思いをさせてしまったことがショックだったようだ。金色の瞳をゆらゆら揺らしていたことが、それを物語っていた。
「記憶喪失…そうなのか…」
「他には骨喰とか、鯰尾とかもそうだな。知っているか?」
「…骨喰と鯰尾もか…彼らとも長い付き合いだったんだがなぁ…」
 三日月何かを堪えるように小さく息を吐いた。伏せる睫毛がふるふると震えていて、俺までも何か罪悪感にかられてしまう。俺でそうなのだから、一期などはもっとそれを感じているんじゃないのだろうか。
「だが仕方のないことだな。…一期、改めてよろしく頼む」
 顔を上げた三日月の顔は少し無理をした笑顔に見えた。一期の顔も何だか青ざめていて、すごく居心地が悪いと感じた俺は三日月を皆に紹介するぞと鍛刀部屋からふたりを引き連れて出るしか無かった。小鍛冶の妖精たちが小さい体で手を振る姿が今は異様に癒された。
 本丸に残っていた刀たちに新しい奴が来たぞと三日月を紹介すれば、天下五剣の名前に一同は騒めいた。中でも同じ刀派らしい三条たちは兄弟が来たと喜び、すぐに三日月を取り囲む。鶴丸や獅子王なども知り合いらしく、三日月と挨拶を交わしている。やっと無理をしていない笑顔を見せる三日月に俺は安心した。来て早々顔馴染に忘れられていたとなっては悲しいもんな…。さて、その一期であるが三日月が様々な刀に囲まれて笑っているのをどこか羨ましいそうにぼんやりと見つめていただけだった。この時に俺は記憶が無い状態でも仲良くしたいんだな程度に考えていただけだった。

  *

 骨喰や鯰尾とも話をして、彼らも記憶を失っていると実感した三日月は忘れてしまったものは仕方ないと考えたが、それでも悲しみが胸を締め付けて来ることを止めることが出来なかった。その悲しみを一番占領しているのは一期に忘れられたという事実だが。せめて、骨喰か鯰尾かどちらかと先に再会出来ていたら覚悟することが出来たのにと思わず肩を落としてしまう。
「三日月、大丈夫か?」
 突然声を掛けらて三日月は落としていた肩を跳ね上げて驚いた。振り返れば思ったよりも近くに厚の顔がある。気落ちし過ぎていて彼が近付いて来ていたことに全く気が付いていなかったらしい。「厚か…」と気の抜けた声を三日月が出すと、厚は肩をすくめて困ったように笑った。
「主役が歓迎会を抜け出しちゃ不味いだろ。三条の刀たちが厠からの帰りが遅いって心配してたぜ」
「そうだったのか。少し熱くてな。風に当たっていた」
 これは一応本当だった。人間の体を得て、初めて飲んだ酒は三日月から思考を奪いかけた。理性を失えば今の自分は恐らく一期に記憶がないことを責めてしまうだろうと、熱を冷ますために厠に行くと言って抜け出して来たのだった。
「そっか。もう大丈夫そうか?」
「大事ない。さあ、戻ろうか」
 三日月が笑顔を見せると、厚も「それ俺の台詞だぜ」と笑顔を見せた。審神者の気紛れで闇に覆われた本丸の庭には蛍たちが踊っている。三日月が綺麗だなとぼんやり考えながら歩いていると、先行していた厚が「いちにいのことだけど、大阪城で燃えてしまったことと、多分再刃の影響で記憶ないみたいなんだ」と口を開いた。三日月からは前を歩く厚の顔は見えないが、気遣ってくれていることは分かった。
「それは分かっているよ。仕方あるまい」
 静かに笑う三日月に対し、厚はどこか怒ったように「仕方なくねえよ」と声を低くして言う。
「このままじゃ三日月が可哀想だし、それに俺三日月と一緒に居るいちにいが好きなんだよ…」
「厚、」
「三日月が良いならもうこれ以上何も言わねーけどさ。でもさ、いちにいと三日月は」

夫婦だったのに。

厚の小さな呟きを拾った三日月は薄く微笑むだけだった。泣きそうに顔を歪ませる厚の頭を撫で、それから宴会の場へ戻ろうと自分より小さい影に三日月はそう促した。少し先の部屋で開かれる宴会の明るさに比べて、ここはとても静かだで暗かった。
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