恋のクロスロード
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日もすっかり傾き、提灯が優しく辺りを彩り始める。
いつもは閑散としている神社の境内も、軽快な祭りばやしに誘われた人々で賑わいを見せていた。
「む‥‥いかんな。
女子たちの視線がすべて浴衣姿のオレに注がれている」
「やっぱり祭りはカップルが目立つなぁ」
一人バッチリとお祭りファッションを決め込んだ東堂さんの言葉などまるで耳に入っていない新開さんは、キョロキョロと周りを見渡している。
レースでは直線に出る鬼のスプリンターとして恐れられている彼も、今は両手一杯にチョコバナナを抱え、そんな威厳を少しも感じさせない。
「とってもカッコイイです‥‥!」
新開さんとは対照的に、小野田は下心もなく純粋に東堂さんを賞賛した。
それに気を良くした東堂さんは、得意気な顔でウンウンと頷く。
「おーおーわかるかメガネくん!ハッハ、真波もどうした?照れていないで存分にこの類稀な美しさを褒め称えてもよいのだぞ!」
相変わらずこの先輩は、山を登っている時以外はこんな調子である。
当の真波はと言うと「わぁー東堂さん素っ敵ぃ〜」と適当に受け流している。
このいつもと変わらぬやり取りに珍しく鳴子はいない。
やつは大阪に帰省中なのだ。
祭りに行けないとわかった鳴子の嘆きっぷりとくれば、言わずもがなお察しのとおりである。
「荒北も来ればよかったものを、馬鹿な男だなー」
「寿一が行かないなら自分も行かない、って言ってたな」
「まったく、荒北もそろそろフク離れせねばならんな」
「卒業も近いしね。‥‥あ、りんご飴。
お土産に買って帰ったら寿一、喜びそうだな」
「ならんぞ新開!りんご飴など糖分の塊だ!フクの身体に悪いだろうが!」
‥‥今日も福富部長は愛されているなぁ。
そんな事を考えながらも、俺はこっそりと腕時計に目をやった。
――六時五六分。約束の時間は七時。
そろそろ来てもおかしくない。
と、そのとき真波が声を上げた。
「あっ!あそこにいるの、泉田さんじゃないですか?」
みんな一斉に真波が指さした方を向いた。
あのしっかりとした体つきに顔、間違いなく泉田先輩である。
よく見ると浴衣を着た同年代の女子にガッチリと腕を掴まれ、困惑の表情を浮かべている。
もしかして泉田先輩の彼女、なのだろうか。
「なんだ、あいつも祭りに来ていたのか。
‥‥なっ!?
しかも女子を二人も引き連れているではないか!」
二人?
東堂さんに言われて改めてそちらを見直した。
「‥‥鈴谷?」
「ん?今泉、知り合いかい?」
「あっ、いえっ!その‥‥」
うっかり声に出してしまい新開さんに突っ込まれる。
俺が答えに詰まっていると、向こうもこちらに気づいたのか近づいてきた。
間近で見ると、鈴谷は白地に淡く向日葵をあしらった夏らしい涼しげな浴衣に身を包んでいた。
見慣れた制服姿から一変して、今日はどこか華やかで少し色っぽさも感じられる。
俺は思わず目をそらした。
『好き』を自覚してからというもの、まともに彼女の顔を見ることが出来なくなっている。
どうやら恋というものはなかなか厄介なものらしい。
「おい泉田ぁ!お前、オレたちが誘った時は行かないと言っていたではないか!」
「す、すみません!」
泉田先輩は慌てて頭を下げた。
そして離れてくれとでも言うように、チラッと横目で隣の女子を見た。
「あかねはいつ見ても泉田にベッタリだな」
新開さんが呟いた。どうやら知り合いのようだ。
一瞬鬼の顔になったのを俺は見逃さなかった。
よくわからないが、何か確執があるのかもしれない。
泉田先輩は新開さんの様子に気づいていないのか、構わず俺たちに彼女を紹介した。
未だしっかりと腕に手を回しているこの人は泉田先輩のクラスメイト、そして鈴谷のテニス部の先輩で『大和あかね』というらしい。
泉田先輩とは付き合っているわけではないそうだ。
明らかに肉食系な女子であることは見て取れるが、同性に好かれるタイプの鈴谷とは違って、彼女は男にモテそうな垢抜けた風貌である。
「‥‥筋トレ勉強の休憩がてらジョギングをしていたところ、思わぬ襲撃を受け捕まってしまいました」
泉田先輩が溜息混じりに言った。
筋トレ勉強とはおそらくこの間の試験前に本人が言っていた、その名の通り「筋トレをしながら勉強する」先輩独自の学習法のことだろう。
科目によって鍛える筋肉を変えるらしい。
それにしてもジョギングは果たして休憩と言えるのだろうか。甚だ疑問である。
「ちょうどいいしみんなで一緒に回ろうよ。
ね、優香?」
「え?あ、はい!そう‥‥ですね!」
急に話を振られた鈴谷は驚いて目を泳がせた。
大和さんは意味あり気な表情で俺に目配せした。
‥‥そうか。
向こうには俺が誘ったことがバレているのか。
実は俺は、鈴谷との待ち合わせのことを誰にも伝えていなかった。
泉田先輩のおかげで、いや大和さんのおかげと言うべきか、結果的には上手く合流することができたのだが。
とは言え、東堂さんや新開さんならともかく、俺のような人間が女子を祭りに誘ったとなれば妙な勘繰りをされてもおかしくない。
ともすると俺は、初対面の大和さんに弱みを握られてしまったのかもしれない。
かくして俺たちは人数を増やし、大名行列のごとくゾロゾロと屋台が立ち並ぶ参道をそぞろ歩いた。
地元でも有名な祭りというだけあって規模は大きく、訪れる人の数も桁外れだ。
はぐれないようにと傍目で見守っていたが、鈴谷はあれこれと店に置かれた物たちを見て、その都度目を輝かせている。
彼女には水に浮かぶヨーヨーも、手際よく焼かれるたこ焼きも、綺麗に整列したお面たちも、全てが魅力的なものに見えているのだろう。
羨ましい反面、そんな彼女の世界に触れてみたいという思いもある。
そのためにはもっと距離を縮める必要があるだろう。
頭ではわかっているつもりでも、先程から彼女に話しかけるチャンスをなかなか掴めずにいた。
すると、またしても大和さんと目が合った。
大和さんは無駄のない動きで隣に立つと、ゆっくりと俺の耳元に顔を近づけ、「お姉さんに任せなさい」と艶っぽく吐息混じりに囁いた。
そして少々わざとらしく東堂さんに話し掛ける。
「あれぇー?東堂先輩、あの人結季先輩に似てません?」
「なにっ!?」
東堂さんは直ぐ様反応した。
俺も釣られてそちらに顔を向けると、彼らの視線の先には確かに結季先輩がいた。
『結季先輩』とは、俺も知り合いというわけではないのだが、東堂さんと同じクラスの人で普段から一緒にいるところを頻繁に目撃する。
彼女自身のことも、東堂さんにこれでもかというほど聞かされている。
なので、話したこともないのに妙に親近感を抱いてしまっていたりする。
その彼女と一緒にいる男性、あれは巻島さんだろう。
後ろには山盛りの焼きそばを一心に頬張る田所さんの姿もある。
「な、な‥‥っ巻ちゃんも一緒、だと‥‥?
クソッッ!巻ちゃあああああん!
抜け駆けだけはならんよおおおおお」
東堂さんは仲の良い二人に蔑ろにされた悲しみからか、この世の終わりのような表情を見せたかと思うと、次の瞬間には少し嬉しそうに叫びながら真っ直ぐ巻島さんたちの所へと駆けて行った。
「ま、巻島さん‥‥!」
「結季せんぱーい」
小野田と真波もあとを追う。
確実に三人とも、もうこちらに戻ってくることはないだろう。
大和さんはしたり顔で彼らの背中を見送った。
「じゃあ私たちも行くよー」
そうして彼女は泉田先輩と新開さんの腕を両脇に抱えた。
先ほどの新開さんの顔を思い出し、何となくその光景に一抹の不安を感じたが、そんな俺の心配も他所に揃って人混みに消えていった。
ふと気付けば、その場に取り残されていたのは、俺と鈴谷の二人だけ。
一部始終を見ていた焼き鳥屋の親父は、「兄ちゃん頑張れよ」と言わんばかりに、俺に向かって片目をつぶってみせた。
いつもは閑散としている神社の境内も、軽快な祭りばやしに誘われた人々で賑わいを見せていた。
「む‥‥いかんな。
女子たちの視線がすべて浴衣姿のオレに注がれている」
「やっぱり祭りはカップルが目立つなぁ」
一人バッチリとお祭りファッションを決め込んだ東堂さんの言葉などまるで耳に入っていない新開さんは、キョロキョロと周りを見渡している。
レースでは直線に出る鬼のスプリンターとして恐れられている彼も、今は両手一杯にチョコバナナを抱え、そんな威厳を少しも感じさせない。
「とってもカッコイイです‥‥!」
新開さんとは対照的に、小野田は下心もなく純粋に東堂さんを賞賛した。
それに気を良くした東堂さんは、得意気な顔でウンウンと頷く。
「おーおーわかるかメガネくん!ハッハ、真波もどうした?照れていないで存分にこの類稀な美しさを褒め称えてもよいのだぞ!」
相変わらずこの先輩は、山を登っている時以外はこんな調子である。
当の真波はと言うと「わぁー東堂さん素っ敵ぃ〜」と適当に受け流している。
このいつもと変わらぬやり取りに珍しく鳴子はいない。
やつは大阪に帰省中なのだ。
祭りに行けないとわかった鳴子の嘆きっぷりとくれば、言わずもがなお察しのとおりである。
「荒北も来ればよかったものを、馬鹿な男だなー」
「寿一が行かないなら自分も行かない、って言ってたな」
「まったく、荒北もそろそろフク離れせねばならんな」
「卒業も近いしね。‥‥あ、りんご飴。
お土産に買って帰ったら寿一、喜びそうだな」
「ならんぞ新開!りんご飴など糖分の塊だ!フクの身体に悪いだろうが!」
‥‥今日も福富部長は愛されているなぁ。
そんな事を考えながらも、俺はこっそりと腕時計に目をやった。
――六時五六分。約束の時間は七時。
そろそろ来てもおかしくない。
と、そのとき真波が声を上げた。
「あっ!あそこにいるの、泉田さんじゃないですか?」
みんな一斉に真波が指さした方を向いた。
あのしっかりとした体つきに顔、間違いなく泉田先輩である。
よく見ると浴衣を着た同年代の女子にガッチリと腕を掴まれ、困惑の表情を浮かべている。
もしかして泉田先輩の彼女、なのだろうか。
「なんだ、あいつも祭りに来ていたのか。
‥‥なっ!?
しかも女子を二人も引き連れているではないか!」
二人?
東堂さんに言われて改めてそちらを見直した。
「‥‥鈴谷?」
「ん?今泉、知り合いかい?」
「あっ、いえっ!その‥‥」
うっかり声に出してしまい新開さんに突っ込まれる。
俺が答えに詰まっていると、向こうもこちらに気づいたのか近づいてきた。
間近で見ると、鈴谷は白地に淡く向日葵をあしらった夏らしい涼しげな浴衣に身を包んでいた。
見慣れた制服姿から一変して、今日はどこか華やかで少し色っぽさも感じられる。
俺は思わず目をそらした。
『好き』を自覚してからというもの、まともに彼女の顔を見ることが出来なくなっている。
どうやら恋というものはなかなか厄介なものらしい。
「おい泉田ぁ!お前、オレたちが誘った時は行かないと言っていたではないか!」
「す、すみません!」
泉田先輩は慌てて頭を下げた。
そして離れてくれとでも言うように、チラッと横目で隣の女子を見た。
「あかねはいつ見ても泉田にベッタリだな」
新開さんが呟いた。どうやら知り合いのようだ。
一瞬鬼の顔になったのを俺は見逃さなかった。
よくわからないが、何か確執があるのかもしれない。
泉田先輩は新開さんの様子に気づいていないのか、構わず俺たちに彼女を紹介した。
未だしっかりと腕に手を回しているこの人は泉田先輩のクラスメイト、そして鈴谷のテニス部の先輩で『大和あかね』というらしい。
泉田先輩とは付き合っているわけではないそうだ。
明らかに肉食系な女子であることは見て取れるが、同性に好かれるタイプの鈴谷とは違って、彼女は男にモテそうな垢抜けた風貌である。
「‥‥筋トレ勉強の休憩がてらジョギングをしていたところ、思わぬ襲撃を受け捕まってしまいました」
泉田先輩が溜息混じりに言った。
筋トレ勉強とはおそらくこの間の試験前に本人が言っていた、その名の通り「筋トレをしながら勉強する」先輩独自の学習法のことだろう。
科目によって鍛える筋肉を変えるらしい。
それにしてもジョギングは果たして休憩と言えるのだろうか。甚だ疑問である。
「ちょうどいいしみんなで一緒に回ろうよ。
ね、優香?」
「え?あ、はい!そう‥‥ですね!」
急に話を振られた鈴谷は驚いて目を泳がせた。
大和さんは意味あり気な表情で俺に目配せした。
‥‥そうか。
向こうには俺が誘ったことがバレているのか。
実は俺は、鈴谷との待ち合わせのことを誰にも伝えていなかった。
泉田先輩のおかげで、いや大和さんのおかげと言うべきか、結果的には上手く合流することができたのだが。
とは言え、東堂さんや新開さんならともかく、俺のような人間が女子を祭りに誘ったとなれば妙な勘繰りをされてもおかしくない。
ともすると俺は、初対面の大和さんに弱みを握られてしまったのかもしれない。
かくして俺たちは人数を増やし、大名行列のごとくゾロゾロと屋台が立ち並ぶ参道をそぞろ歩いた。
地元でも有名な祭りというだけあって規模は大きく、訪れる人の数も桁外れだ。
はぐれないようにと傍目で見守っていたが、鈴谷はあれこれと店に置かれた物たちを見て、その都度目を輝かせている。
彼女には水に浮かぶヨーヨーも、手際よく焼かれるたこ焼きも、綺麗に整列したお面たちも、全てが魅力的なものに見えているのだろう。
羨ましい反面、そんな彼女の世界に触れてみたいという思いもある。
そのためにはもっと距離を縮める必要があるだろう。
頭ではわかっているつもりでも、先程から彼女に話しかけるチャンスをなかなか掴めずにいた。
すると、またしても大和さんと目が合った。
大和さんは無駄のない動きで隣に立つと、ゆっくりと俺の耳元に顔を近づけ、「お姉さんに任せなさい」と艶っぽく吐息混じりに囁いた。
そして少々わざとらしく東堂さんに話し掛ける。
「あれぇー?東堂先輩、あの人結季先輩に似てません?」
「なにっ!?」
東堂さんは直ぐ様反応した。
俺も釣られてそちらに顔を向けると、彼らの視線の先には確かに結季先輩がいた。
『結季先輩』とは、俺も知り合いというわけではないのだが、東堂さんと同じクラスの人で普段から一緒にいるところを頻繁に目撃する。
彼女自身のことも、東堂さんにこれでもかというほど聞かされている。
なので、話したこともないのに妙に親近感を抱いてしまっていたりする。
その彼女と一緒にいる男性、あれは巻島さんだろう。
後ろには山盛りの焼きそばを一心に頬張る田所さんの姿もある。
「な、な‥‥っ巻ちゃんも一緒、だと‥‥?
クソッッ!巻ちゃあああああん!
抜け駆けだけはならんよおおおおお」
東堂さんは仲の良い二人に蔑ろにされた悲しみからか、この世の終わりのような表情を見せたかと思うと、次の瞬間には少し嬉しそうに叫びながら真っ直ぐ巻島さんたちの所へと駆けて行った。
「ま、巻島さん‥‥!」
「結季せんぱーい」
小野田と真波もあとを追う。
確実に三人とも、もうこちらに戻ってくることはないだろう。
大和さんはしたり顔で彼らの背中を見送った。
「じゃあ私たちも行くよー」
そうして彼女は泉田先輩と新開さんの腕を両脇に抱えた。
先ほどの新開さんの顔を思い出し、何となくその光景に一抹の不安を感じたが、そんな俺の心配も他所に揃って人混みに消えていった。
ふと気付けば、その場に取り残されていたのは、俺と鈴谷の二人だけ。
一部始終を見ていた焼き鳥屋の親父は、「兄ちゃん頑張れよ」と言わんばかりに、俺に向かって片目をつぶってみせた。