恋のクロスロード
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この前あの子がアンタに…――
「おーい、今泉くん?」
「うぉっ!?」
気がつくと俺のすぐ目の前に真波の顔があった。
大きな目をパチパチと動かし、それに合わせて長いまつ毛が微かに揺れる。近い。近すぎる。
「うっ‥‥ちょっと離れろ。
何なんだ…急に」
「あはは、だって今泉くん、心の旅に出ちゃってるみたいだったからさー。何か考えごと?」
「別に、大した事じゃない」
この頃気を抜くとすぐにあいつが何を言いかけたのか、そればかりを考えている。
気にしないようにとすればするほど意識してしまう自分自身が無性に腹立たしい。
俺は気を紛らわすために、部室を出た。
部室の中も大概だったが、外は一段と蒸し暑い。
えらく攻撃的な太陽の日差しに、無意識に体は校舎へと向いていた。あてもなくフラフラと校舎内をさ迷っていた俺はふと足を止めた。
「北校舎三階…。ここ、初めて来たな」
一年生の教室がある校舎の向かいに佇む北校舎には、滅多に足を踏み入れることはなかった。
普段過ごしている南校舎と違い昼間は太陽と真逆の方向に位置しているためか、心なしか廊下が薄暗く感じられる。
俺は、それとなく手前から教室のプレートを確認した。
「放送室…視聴覚室B‥‥その隣は……、
げっ、生徒会室」
生徒会…。良い印象は何一つ持っていない。
入学式に久しぶりに目にしたアイツの顔は、思い出しただけでも反吐が出る。
俺は反射的に踵を返した。
しかしその時、まるで図ったかのようにタイミング悪く生徒会室の扉が開いた。
「あれー?今泉クンだ!また会ったねー」
そのまま立ち去ろうとしていた俺は、名前を呼ばれて思わず振り向いた。
「お前…!あの、ぼっちの」
「ちょちょちょ!?今はぼっちじゃないから!
ってかその覚え方やめて!鶴見菜々子だよ!ちゃんと覚えてよねー?」
鶴見は頬を膨らませて腕を組み、わかりやすく拗ねた素振りを見せる。一々リアクションの大きいヤツだ。
「それよりお前、どうして生徒会室から…」
まさかと思い、俺は言葉の端を濁した。
すると鶴見は得意そうに鼻を鳴らして言った。
「ふふーんっこう見えても私、生徒会の一年生役員なんだよね〜。‥‥まぁ雑用係だけど?」
やはりか。
悪い予感が的中し、途端に胸がざわつき始めた。
今年入った一年生役員の女子と言えば、噂に疎い俺でも知っている程の有名人だ。
そいつはただでさえ奇人変人の集まりとされる団体に飛び込み、自ら平穏な学園生活を手放した。
そこまではまだいい。俺は他人の生活など毛程も興味はない。
問題なのはそいつの交際相手である。
「‥‥噂で耳にしたんだが、お前の付き合ってる奴って」
ふいに背後に気配を感じ、口をつぐんだ。
「‥‥なぁんやぁ、弱泉クンやないのぉ〜。
相変わらず情けない顔しとるなぁブククッ
‥‥‥‥‥ボクゥの使用人兼カノジョになんか用でもあるん?」
「‥‥っ」
俺は慌てて声の主の方へと体を向けた。
そこに立っていたのは、手足が異様に長くてタッパのある、この世のモノとは思えない不気味な雰囲気を醸し出した男。
「御堂筋‥‥っ!」
「あっ!あきらくん!
もうっどこ行ってたの〜?」
御堂筋はまるでロボットのように、ギギギ…と顔を鶴見の方へと向けた。
次の瞬間、目で追うのもやっとな速さで手を振りかざし、鶴見の顔を力一杯掴んだ。
鶴見は顔を歪ませて悲痛な声を漏らす。
「どこ行ってたか、やて?ボクに口答えするん?
キミこそ、ボクのおらん間に浮気しとったんやないん?」
「おいっ!」
止めに入ろうとするも、鶴見はそれを手で制した。
「い、今泉クン!大丈夫大丈夫…っ!
これが私たちなりのスキンシップなの…!」
どんなスキンシップだよ。
元々御堂筋がおかしな奴であることは知っていた。
こいつは理事長の息子で、それを盾にあらゆる暴挙を振るってきた。
実際入学式早々新入生や教師、保護者がいる前で堂々と舞台へ上がり、無理やり生徒会長の座を手にするという伝説まで残した。
俺個人としても御堂筋には過去、痛い目を見させられた。
もう二度と関わりたくないと思っていたのだが、知らずに同じ高校に入ってしまったのが運の尽きである。
入学以来なるべく避けてきたつもりだったのだが…。
「特に用はない。俺は行くぞ」
ここは早く退散するに越したことは無い。二人がスキンシップとやらをとっている隙にその場を去ろうとした。
が、その時。
「あ、優香だ」
鶴見が呟いた言葉に心臓が跳ね上がる。
咄嗟に顔を上げるとそこには、異様な光景に戸惑い、居心地悪そうに立っている鈴谷がいた。
...…久し振りに顔を見た。
と言っても一、二週間振りくらいだろうか。
まぁなんだ、その、正直に言おう。少し嬉しい。
「なんや、また邪魔モンが増えたわ」
御堂筋の視線は鈴谷へと向けられた。
ふと我に返る。‥‥喜んでいる場合ではなかった。
未だに顔をガッチリと掴まれている鶴見が視界に入る。
俺は衝動的に鈴谷の腕を掴んでいた。
廊下を突っ切り、全力で階段を駆け下りる。
そして北校舎を出て、少し離れた花壇の前で足を止めた。
鈴谷を見ると、膝に手をつき肩で大きく息をしていた。
「すっすまない…!」
掴んでいた手を離し、いきなりの俺の奇行に驚いたであろう彼女に急いで頭を下げた。
「ううん‥‥大丈夫。ちょっとびっくりしただけ。ふふっ、今泉くん足速いね」
いつも通りの愛嬌ある眩しい笑顔で彼女は笑った。
「本当に悪かった…。そ、その、御堂筋とはあまり関わらない方がいいと思って‥‥」
必死だった。彼女を御堂筋から守らなければならないと。
「今泉くんは、御堂筋くんと仲が良いの?」
「そんな訳ない!」
うっかり声を荒らげてしまう。
「‥っ御堂筋とは、ロードレースの試合で何度か顔を合わせていた。それ以上でも以下でもない」
「そう、なんだ‥‥」
様子を悟ってか、賢い彼女はそれ以上追求しようとはしなかった。
俺は中学のあるレースで、『母親が事故に遭った』という御堂筋の嘘に乗せられて先頭から失速し、五分七秒の大差をつけられてヤツに敗北した。
月日を経る毎に段々と自分の弱さを自覚してきたつもりだ。
それでも御堂筋を憎む気持ちは変わらなかった。
「もう一度言う。御堂筋には関わらないで欲しい。あと‥‥‥鶴見にも」
「え…?」
「あいつと一緒にいれば、お前にも被害が及ぶかもしれない。だから‥‥」
すると彼女は真っ直ぐな目でこう言った。
「菜々子は私の友だちなんだ。
ちょっとヘンなところもあるけど、本当は明るくてとってもいい子なの」
太陽のようだった笑顔が、ぎこちなく曇った。
俺は鈴谷のことを嬉しそうに話す鶴見の顔を思い出した。
‥‥出過ぎた真似をしてしまったようだ。
「そうだな…。変な事を言ってすまない」
少し気まずい空気が流れる。
この状況を何とかするべく、俺は頭の引き出しを全て開けて話題を探した。
「夏祭り‥‥!
い、一緒に行かないか?」
即座に出てきたのは、今朝鳴子たちが盛り上がっていた話だった。
言ってしまった。そして誘ってしまった。
鈴谷は突然のことに目を丸くしている。
「あ、いや、別に二人きりとか言うわけじゃない。俺も小野田たちと約束しているからな。お前も友だちを誘って一緒にどうかと思ってだな…女子がいた方があいつらも喜ぶだろう」
随分言い訳がましくなってしまった。
警戒されていないだろうか。
鈴谷は迷ったような素振りを見せている。
ヤバい。緊張する。
数秒間の沈黙ののち、彼女は決心したように頷いた。
「え、ほんとに…?」
「‥‥うん」
頭の整理が追いつかない。
勢いとはいえ、この俺が女子との約束を漕ぎ着けるとは。
その後、詳細はまた後日という事で連絡先を交換した。
俺は上の空のまま、鈴谷の背中を見送った。
もう一度、携帯の連絡先を確認する。
そこには紛れもない、彼女の名前があった。
改めてこれが現実であることを自覚する。
その瞬間、ずっと心の奥に押し込められていた何かが一気に溢れ出した。
「好き、なのか。俺‥‥」
肩の力が抜けるのと同時に、体温があがって息が少し荒くなるのを感じた。
高校一年生十六歳、夏真っ盛り。
俺は初めて恋を知る。
「おーい、今泉くん?」
「うぉっ!?」
気がつくと俺のすぐ目の前に真波の顔があった。
大きな目をパチパチと動かし、それに合わせて長いまつ毛が微かに揺れる。近い。近すぎる。
「うっ‥‥ちょっと離れろ。
何なんだ…急に」
「あはは、だって今泉くん、心の旅に出ちゃってるみたいだったからさー。何か考えごと?」
「別に、大した事じゃない」
この頃気を抜くとすぐにあいつが何を言いかけたのか、そればかりを考えている。
気にしないようにとすればするほど意識してしまう自分自身が無性に腹立たしい。
俺は気を紛らわすために、部室を出た。
部室の中も大概だったが、外は一段と蒸し暑い。
えらく攻撃的な太陽の日差しに、無意識に体は校舎へと向いていた。あてもなくフラフラと校舎内をさ迷っていた俺はふと足を止めた。
「北校舎三階…。ここ、初めて来たな」
一年生の教室がある校舎の向かいに佇む北校舎には、滅多に足を踏み入れることはなかった。
普段過ごしている南校舎と違い昼間は太陽と真逆の方向に位置しているためか、心なしか廊下が薄暗く感じられる。
俺は、それとなく手前から教室のプレートを確認した。
「放送室…視聴覚室B‥‥その隣は……、
げっ、生徒会室」
生徒会…。良い印象は何一つ持っていない。
入学式に久しぶりに目にしたアイツの顔は、思い出しただけでも反吐が出る。
俺は反射的に踵を返した。
しかしその時、まるで図ったかのようにタイミング悪く生徒会室の扉が開いた。
「あれー?今泉クンだ!また会ったねー」
そのまま立ち去ろうとしていた俺は、名前を呼ばれて思わず振り向いた。
「お前…!あの、ぼっちの」
「ちょちょちょ!?今はぼっちじゃないから!
ってかその覚え方やめて!鶴見菜々子だよ!ちゃんと覚えてよねー?」
鶴見は頬を膨らませて腕を組み、わかりやすく拗ねた素振りを見せる。一々リアクションの大きいヤツだ。
「それよりお前、どうして生徒会室から…」
まさかと思い、俺は言葉の端を濁した。
すると鶴見は得意そうに鼻を鳴らして言った。
「ふふーんっこう見えても私、生徒会の一年生役員なんだよね〜。‥‥まぁ雑用係だけど?」
やはりか。
悪い予感が的中し、途端に胸がざわつき始めた。
今年入った一年生役員の女子と言えば、噂に疎い俺でも知っている程の有名人だ。
そいつはただでさえ奇人変人の集まりとされる団体に飛び込み、自ら平穏な学園生活を手放した。
そこまではまだいい。俺は他人の生活など毛程も興味はない。
問題なのはそいつの交際相手である。
「‥‥噂で耳にしたんだが、お前の付き合ってる奴って」
ふいに背後に気配を感じ、口をつぐんだ。
「‥‥なぁんやぁ、弱泉クンやないのぉ〜。
相変わらず情けない顔しとるなぁブククッ
‥‥‥‥‥ボクゥの使用人兼カノジョになんか用でもあるん?」
「‥‥っ」
俺は慌てて声の主の方へと体を向けた。
そこに立っていたのは、手足が異様に長くてタッパのある、この世のモノとは思えない不気味な雰囲気を醸し出した男。
「御堂筋‥‥っ!」
「あっ!あきらくん!
もうっどこ行ってたの〜?」
御堂筋はまるでロボットのように、ギギギ…と顔を鶴見の方へと向けた。
次の瞬間、目で追うのもやっとな速さで手を振りかざし、鶴見の顔を力一杯掴んだ。
鶴見は顔を歪ませて悲痛な声を漏らす。
「どこ行ってたか、やて?ボクに口答えするん?
キミこそ、ボクのおらん間に浮気しとったんやないん?」
「おいっ!」
止めに入ろうとするも、鶴見はそれを手で制した。
「い、今泉クン!大丈夫大丈夫…っ!
これが私たちなりのスキンシップなの…!」
どんなスキンシップだよ。
元々御堂筋がおかしな奴であることは知っていた。
こいつは理事長の息子で、それを盾にあらゆる暴挙を振るってきた。
実際入学式早々新入生や教師、保護者がいる前で堂々と舞台へ上がり、無理やり生徒会長の座を手にするという伝説まで残した。
俺個人としても御堂筋には過去、痛い目を見させられた。
もう二度と関わりたくないと思っていたのだが、知らずに同じ高校に入ってしまったのが運の尽きである。
入学以来なるべく避けてきたつもりだったのだが…。
「特に用はない。俺は行くぞ」
ここは早く退散するに越したことは無い。二人がスキンシップとやらをとっている隙にその場を去ろうとした。
が、その時。
「あ、優香だ」
鶴見が呟いた言葉に心臓が跳ね上がる。
咄嗟に顔を上げるとそこには、異様な光景に戸惑い、居心地悪そうに立っている鈴谷がいた。
...…久し振りに顔を見た。
と言っても一、二週間振りくらいだろうか。
まぁなんだ、その、正直に言おう。少し嬉しい。
「なんや、また邪魔モンが増えたわ」
御堂筋の視線は鈴谷へと向けられた。
ふと我に返る。‥‥喜んでいる場合ではなかった。
未だに顔をガッチリと掴まれている鶴見が視界に入る。
俺は衝動的に鈴谷の腕を掴んでいた。
廊下を突っ切り、全力で階段を駆け下りる。
そして北校舎を出て、少し離れた花壇の前で足を止めた。
鈴谷を見ると、膝に手をつき肩で大きく息をしていた。
「すっすまない…!」
掴んでいた手を離し、いきなりの俺の奇行に驚いたであろう彼女に急いで頭を下げた。
「ううん‥‥大丈夫。ちょっとびっくりしただけ。ふふっ、今泉くん足速いね」
いつも通りの愛嬌ある眩しい笑顔で彼女は笑った。
「本当に悪かった…。そ、その、御堂筋とはあまり関わらない方がいいと思って‥‥」
必死だった。彼女を御堂筋から守らなければならないと。
「今泉くんは、御堂筋くんと仲が良いの?」
「そんな訳ない!」
うっかり声を荒らげてしまう。
「‥っ御堂筋とは、ロードレースの試合で何度か顔を合わせていた。それ以上でも以下でもない」
「そう、なんだ‥‥」
様子を悟ってか、賢い彼女はそれ以上追求しようとはしなかった。
俺は中学のあるレースで、『母親が事故に遭った』という御堂筋の嘘に乗せられて先頭から失速し、五分七秒の大差をつけられてヤツに敗北した。
月日を経る毎に段々と自分の弱さを自覚してきたつもりだ。
それでも御堂筋を憎む気持ちは変わらなかった。
「もう一度言う。御堂筋には関わらないで欲しい。あと‥‥‥鶴見にも」
「え…?」
「あいつと一緒にいれば、お前にも被害が及ぶかもしれない。だから‥‥」
すると彼女は真っ直ぐな目でこう言った。
「菜々子は私の友だちなんだ。
ちょっとヘンなところもあるけど、本当は明るくてとってもいい子なの」
太陽のようだった笑顔が、ぎこちなく曇った。
俺は鈴谷のことを嬉しそうに話す鶴見の顔を思い出した。
‥‥出過ぎた真似をしてしまったようだ。
「そうだな…。変な事を言ってすまない」
少し気まずい空気が流れる。
この状況を何とかするべく、俺は頭の引き出しを全て開けて話題を探した。
「夏祭り‥‥!
い、一緒に行かないか?」
即座に出てきたのは、今朝鳴子たちが盛り上がっていた話だった。
言ってしまった。そして誘ってしまった。
鈴谷は突然のことに目を丸くしている。
「あ、いや、別に二人きりとか言うわけじゃない。俺も小野田たちと約束しているからな。お前も友だちを誘って一緒にどうかと思ってだな…女子がいた方があいつらも喜ぶだろう」
随分言い訳がましくなってしまった。
警戒されていないだろうか。
鈴谷は迷ったような素振りを見せている。
ヤバい。緊張する。
数秒間の沈黙ののち、彼女は決心したように頷いた。
「え、ほんとに…?」
「‥‥うん」
頭の整理が追いつかない。
勢いとはいえ、この俺が女子との約束を漕ぎ着けるとは。
その後、詳細はまた後日という事で連絡先を交換した。
俺は上の空のまま、鈴谷の背中を見送った。
もう一度、携帯の連絡先を確認する。
そこには紛れもない、彼女の名前があった。
改めてこれが現実であることを自覚する。
その瞬間、ずっと心の奥に押し込められていた何かが一気に溢れ出した。
「好き、なのか。俺‥‥」
肩の力が抜けるのと同時に、体温があがって息が少し荒くなるのを感じた。
高校一年生十六歳、夏真っ盛り。
俺は初めて恋を知る。