恋のクロスロード
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図書室に入るのは今日で二回目、入学してすぐに学校案内で来て以来だ。
毎日自転車漬けの俺には馴染みのない場所だった。
中はクーラーがひんやりと効いていて、静かで、勉強をするには打って付けの環境であった。
俺は周りに人が少ない席を確保し、ノートを広げた。
初めの十分くらいは集中して数式を解いた。
しかし、机の前に座る習慣がない俺はすぐに気が散り始めた。
なんとなく辺りを見渡すと、カウンターが目に入った。
ぼーっと眺めていると、俺はあることに気がついた。
あそこに座っているのは、鈴谷ではないか。
俺はその時初めて、彼女が図書委員であることを知った。
うちの学校は司書が常駐していないため、放課後であっても図書委員が本の貸し借りを行っている。
彼女は本を読みながら、たまに借りに来る人がいれば中断して応対し、誰も来なければ読書を再開する、というのを繰り返していた。
しばらく観察していると、本のページをめくろうとした彼女と視線がぶつかった。
彼女は慌てて目線を本に戻した。
…なぜだろう。
人当たりの良い彼女の性格であれば、クラスメイトと目が合ったならにっこりと笑ってくれそうなものだ。
もしかして嫌われているのか?
あの日、無視して帰ったのを見られていたのか…?
彼女に目をそらされたことで、あの時の後悔が一気に押し寄せてきた。
今まで他人にどう思われようと構わないと考えていたさすがの俺も良い気はしなかった。
翌日の放課後も俺は図書室にいた。
一瞬ここに来るのを躊躇われたが、鈴谷に嫌われたと言う理由で場所を変えるのは明らかにおかしい。
そもそも同じクラスというだけで他に何の関わりもない彼女に、なぜそこまで気を取られているのか自分でもわからない。
彼女もまた、昨日と同じようにカウンターに座って本を読んでいた。
今日もまた図書委員は彼女一人のようだ。
この学校の規模からして、図書委員の数がそれほど少ないとも思えないが…。
おっと、また彼女のことを考えている。
…やめよう。今は勉強に集中しろ。
俺は自分の頬を軽く叩くと、一心にペンを走らせた。
あぁ、うざい。今日の鳴子はいつにも増してうざかった。
一応福富部長と金城先輩たちには口止めをしておいたのだが、二日も部活を休んだことでさすがの鳴子も俺が追試だということに勘づいたらしい。
関西人特有の笑いというやつなのかは知らないが、朝から俺を「追試クン」などという変なあだ名で弄りまくってくる。
いつも俺が言い負かしているから、ここぞとばかりに反撃をしてくるのか。
鳴子と顔を合わせるのが嫌になった俺は、教室を出て意味もなく校舎内をぶらついた。
すると、廊下で話していた女子生徒たちの会話が耳に入ってきた。
「おねがいっ!今日も図書委員変わってもらっていい?」
「あっ、私も明日用事あるんだ~。代わってくれる?」
「…うん。いいよ、わかった。」
声のする方へ顔を向けてみると、鈴谷が二人の女子生徒に頼み事をされているようだった。
図書委員を代わる…?なるほど、それで彼女が毎日のように一人で図書委員の仕事をしていたわけか。
相手の口ぶりからしても今日に限ったことではなさそうだ。
人のいい彼女はそれを断れずに素直に受け入れているのか。
…胸糞の悪い話だ。
俺はもやもやしつつも、予鈴の音を聞くと仕方なく教室へと戻った。
一度決めたことは最後までやり遂げたいタイプの俺は、いつものように図書室の扉を開いた。
だが、今日はなんだかうるさい。
周囲を確認すると、上級生と見られる数人の男女のグループが中央にある丸テーブルに座り大きな声で騒いでいた。
俺はなるべく離れた席に座ったが、そいつらの下品な笑い声や叫び声にひどく集中力を削がれて苛立っていた。
カウンターの方に目を遣ると、鈴谷が困った顔で、注意をしに行こうか行くまいか迷っている様子だった。
そして何かを決心したように立ち上がり、中央のテーブルの前へと踏み出した。
「あのっ……!図書室ではお静かにしてもらえませんか…っ?本を読んだり、勉強をしている方もいらっしゃいますし…、その、」
「はぁ?うちらだって勉強してるし~」
リーダー格に見える女子が、開いてもいなかった教科書を鈴谷の目の前にちらつかせた。
「喋ってたのだって、わかんねーとこ教えあってただけだっつーの。そんなことも禁止すんのかよ?」
…嘘をつけ。俺が聞いていた限りでは、お前ら昨日のテレビの内容で盛り上がってただろ。
「図書委員かなんだかしらねぇけど、なんか必死過ぎて笑えんだけどー!」
「「「ギャハハハハハハ」」」
「…ご、ごめんなさい」
ぶち切れた俺は立ち上がってそいつらの胸ぐらを掴む。
…掴みたかったが、その場でじっと耐えた。
ここで問題を起こせば、彼女も巻き込んでしまう。
彼女が泣きそうな顔でカウンターへと戻るのを、情けなくも、俺は見ていることしかできなかった。
これで二度目の後悔だ。
しばらく時間が経って、話すのにも飽きたのか男女グループは出ていき、やっと図書室に静寂が訪れた。
するとすぐに一人の男子生徒がカウンターにいる鈴谷のもとへと歩いて行った。眼鏡をかけ、毛先が耳にかからない程度のきっちり校則通りの髪型をした、いかにも真面目くんといった風貌の男だ。
そして、そいつはこう言い放った。
「どうしてあの騒がしい連中に注意をしなかったんだ!君は図書委員なんだろ?いくら面倒だからといっても、きちんと仕事はしてくれ!」
は?何を言っているんだこいつは。鈴谷はきちんと注意をしただろう。
…もしかして、彼女が注意をしたあとに図書室に来たのか。
「僕みたいに真面目な生徒が勉強をしているというのに、少しは君も気を遣ってくれないか?だいたい…」
「黙れ」
気づけば俺は、立ち上がって口を挟んでいた。
あぁ、先程までの我慢はどこに行ったんだ。
「こいつはお前が来る前にきちんと注意をしていた。それでもあいつらが聞かなかっただけのことだ。それに、注意をするのは別に図書委員だけの仕事じゃない。気になったんならお前がすればよかっただろう。」
「な…見たところ君は下級生だろう!上級生の僕に対して口の利き方というものを…!」
「自分がヘタレゆえに何もできなかった責任を、全て下級生の女子に押し付けているやつが何を言っているんだ」
「ぐっ…」
やってしまった。
もしここでこいつが殴りかかってでもしてきたら、大ごとになってしまう。
俺は言い逃げるように、ノートや筆記用具を鞄に突っ込むと素早く外に出た。
場を荒らすだけ荒らして逃げてくるなんて、俺はいったい何をしているんだ…。ますます彼女に嫌われることは避けられないだろう。
とぼとぼと廊下を歩いていると、背後から何者かが小走りで駆け寄ってきて、俺のシャツの裾を引っ張った。
「今泉くん…!」
足を止めて振り返ると、そこには軽く息を切らせた鈴谷が立っていた。
「鈴谷…?」
突然現れた彼女に動揺していると、彼女はまっすぐに俺を見つめて言った。
「今泉くん、ありがとう…!」
「え?いや、お礼を言われるようなことは…」
彼女と交わす、初めての会話。
「ううん。庇ってくれて、嬉しかった。
すっかり嫌われてるものだと思っていたから…」
俺が、鈴谷を?逆ならわかるが、なぜ…。
理由はわからないが、誤解をされているのならはっきり言っておこう。
「別に俺はお前を嫌っていない」
俺がそう言うと彼女は、まるで蕾が開くようにぱぁっと笑顔の花を咲かせた。
これまで遠目でしか見ることがなかったが、初めて間近で見る彼女の笑顔に思わず胸が高鳴った。
これなら彼女が人気者なわけも伺える。
俺がぎこちなく「じゃあ、また明日」と切り出すと、鈴谷も「うん、じゃあまたね」と小さく手を振った。
彼女と別れた後の帰り道は、いつもより足取りが軽かった。
少しずつ鈴谷に興味があることを自覚し始めた俺は、今日もせっせとカウンターで読書に励む彼女を、勉強がてら時折眺めていた。
昨日の彼女の笑顔を思い出すと、不思議と気分が高揚するのがわかった。
目を盗みながらこっそり眺めていたつもりだったが、本のページをめくろうとした彼女と、ばっちりと目が合った。
慌てて俺が目を逸らそうとすると、彼女は俺の顔を見ながらにっこりと微笑んだ。
不意打ちはやめてくれ…。
俺は緩みそうになった頬に必死で力を入れた。
毎日自転車漬けの俺には馴染みのない場所だった。
中はクーラーがひんやりと効いていて、静かで、勉強をするには打って付けの環境であった。
俺は周りに人が少ない席を確保し、ノートを広げた。
初めの十分くらいは集中して数式を解いた。
しかし、机の前に座る習慣がない俺はすぐに気が散り始めた。
なんとなく辺りを見渡すと、カウンターが目に入った。
ぼーっと眺めていると、俺はあることに気がついた。
あそこに座っているのは、鈴谷ではないか。
俺はその時初めて、彼女が図書委員であることを知った。
うちの学校は司書が常駐していないため、放課後であっても図書委員が本の貸し借りを行っている。
彼女は本を読みながら、たまに借りに来る人がいれば中断して応対し、誰も来なければ読書を再開する、というのを繰り返していた。
しばらく観察していると、本のページをめくろうとした彼女と視線がぶつかった。
彼女は慌てて目線を本に戻した。
…なぜだろう。
人当たりの良い彼女の性格であれば、クラスメイトと目が合ったならにっこりと笑ってくれそうなものだ。
もしかして嫌われているのか?
あの日、無視して帰ったのを見られていたのか…?
彼女に目をそらされたことで、あの時の後悔が一気に押し寄せてきた。
今まで他人にどう思われようと構わないと考えていたさすがの俺も良い気はしなかった。
翌日の放課後も俺は図書室にいた。
一瞬ここに来るのを躊躇われたが、鈴谷に嫌われたと言う理由で場所を変えるのは明らかにおかしい。
そもそも同じクラスというだけで他に何の関わりもない彼女に、なぜそこまで気を取られているのか自分でもわからない。
彼女もまた、昨日と同じようにカウンターに座って本を読んでいた。
今日もまた図書委員は彼女一人のようだ。
この学校の規模からして、図書委員の数がそれほど少ないとも思えないが…。
おっと、また彼女のことを考えている。
…やめよう。今は勉強に集中しろ。
俺は自分の頬を軽く叩くと、一心にペンを走らせた。
あぁ、うざい。今日の鳴子はいつにも増してうざかった。
一応福富部長と金城先輩たちには口止めをしておいたのだが、二日も部活を休んだことでさすがの鳴子も俺が追試だということに勘づいたらしい。
関西人特有の笑いというやつなのかは知らないが、朝から俺を「追試クン」などという変なあだ名で弄りまくってくる。
いつも俺が言い負かしているから、ここぞとばかりに反撃をしてくるのか。
鳴子と顔を合わせるのが嫌になった俺は、教室を出て意味もなく校舎内をぶらついた。
すると、廊下で話していた女子生徒たちの会話が耳に入ってきた。
「おねがいっ!今日も図書委員変わってもらっていい?」
「あっ、私も明日用事あるんだ~。代わってくれる?」
「…うん。いいよ、わかった。」
声のする方へ顔を向けてみると、鈴谷が二人の女子生徒に頼み事をされているようだった。
図書委員を代わる…?なるほど、それで彼女が毎日のように一人で図書委員の仕事をしていたわけか。
相手の口ぶりからしても今日に限ったことではなさそうだ。
人のいい彼女はそれを断れずに素直に受け入れているのか。
…胸糞の悪い話だ。
俺はもやもやしつつも、予鈴の音を聞くと仕方なく教室へと戻った。
一度決めたことは最後までやり遂げたいタイプの俺は、いつものように図書室の扉を開いた。
だが、今日はなんだかうるさい。
周囲を確認すると、上級生と見られる数人の男女のグループが中央にある丸テーブルに座り大きな声で騒いでいた。
俺はなるべく離れた席に座ったが、そいつらの下品な笑い声や叫び声にひどく集中力を削がれて苛立っていた。
カウンターの方に目を遣ると、鈴谷が困った顔で、注意をしに行こうか行くまいか迷っている様子だった。
そして何かを決心したように立ち上がり、中央のテーブルの前へと踏み出した。
「あのっ……!図書室ではお静かにしてもらえませんか…っ?本を読んだり、勉強をしている方もいらっしゃいますし…、その、」
「はぁ?うちらだって勉強してるし~」
リーダー格に見える女子が、開いてもいなかった教科書を鈴谷の目の前にちらつかせた。
「喋ってたのだって、わかんねーとこ教えあってただけだっつーの。そんなことも禁止すんのかよ?」
…嘘をつけ。俺が聞いていた限りでは、お前ら昨日のテレビの内容で盛り上がってただろ。
「図書委員かなんだかしらねぇけど、なんか必死過ぎて笑えんだけどー!」
「「「ギャハハハハハハ」」」
「…ご、ごめんなさい」
ぶち切れた俺は立ち上がってそいつらの胸ぐらを掴む。
…掴みたかったが、その場でじっと耐えた。
ここで問題を起こせば、彼女も巻き込んでしまう。
彼女が泣きそうな顔でカウンターへと戻るのを、情けなくも、俺は見ていることしかできなかった。
これで二度目の後悔だ。
しばらく時間が経って、話すのにも飽きたのか男女グループは出ていき、やっと図書室に静寂が訪れた。
するとすぐに一人の男子生徒がカウンターにいる鈴谷のもとへと歩いて行った。眼鏡をかけ、毛先が耳にかからない程度のきっちり校則通りの髪型をした、いかにも真面目くんといった風貌の男だ。
そして、そいつはこう言い放った。
「どうしてあの騒がしい連中に注意をしなかったんだ!君は図書委員なんだろ?いくら面倒だからといっても、きちんと仕事はしてくれ!」
は?何を言っているんだこいつは。鈴谷はきちんと注意をしただろう。
…もしかして、彼女が注意をしたあとに図書室に来たのか。
「僕みたいに真面目な生徒が勉強をしているというのに、少しは君も気を遣ってくれないか?だいたい…」
「黙れ」
気づけば俺は、立ち上がって口を挟んでいた。
あぁ、先程までの我慢はどこに行ったんだ。
「こいつはお前が来る前にきちんと注意をしていた。それでもあいつらが聞かなかっただけのことだ。それに、注意をするのは別に図書委員だけの仕事じゃない。気になったんならお前がすればよかっただろう。」
「な…見たところ君は下級生だろう!上級生の僕に対して口の利き方というものを…!」
「自分がヘタレゆえに何もできなかった責任を、全て下級生の女子に押し付けているやつが何を言っているんだ」
「ぐっ…」
やってしまった。
もしここでこいつが殴りかかってでもしてきたら、大ごとになってしまう。
俺は言い逃げるように、ノートや筆記用具を鞄に突っ込むと素早く外に出た。
場を荒らすだけ荒らして逃げてくるなんて、俺はいったい何をしているんだ…。ますます彼女に嫌われることは避けられないだろう。
とぼとぼと廊下を歩いていると、背後から何者かが小走りで駆け寄ってきて、俺のシャツの裾を引っ張った。
「今泉くん…!」
足を止めて振り返ると、そこには軽く息を切らせた鈴谷が立っていた。
「鈴谷…?」
突然現れた彼女に動揺していると、彼女はまっすぐに俺を見つめて言った。
「今泉くん、ありがとう…!」
「え?いや、お礼を言われるようなことは…」
彼女と交わす、初めての会話。
「ううん。庇ってくれて、嬉しかった。
すっかり嫌われてるものだと思っていたから…」
俺が、鈴谷を?逆ならわかるが、なぜ…。
理由はわからないが、誤解をされているのならはっきり言っておこう。
「別に俺はお前を嫌っていない」
俺がそう言うと彼女は、まるで蕾が開くようにぱぁっと笑顔の花を咲かせた。
これまで遠目でしか見ることがなかったが、初めて間近で見る彼女の笑顔に思わず胸が高鳴った。
これなら彼女が人気者なわけも伺える。
俺がぎこちなく「じゃあ、また明日」と切り出すと、鈴谷も「うん、じゃあまたね」と小さく手を振った。
彼女と別れた後の帰り道は、いつもより足取りが軽かった。
少しずつ鈴谷に興味があることを自覚し始めた俺は、今日もせっせとカウンターで読書に励む彼女を、勉強がてら時折眺めていた。
昨日の彼女の笑顔を思い出すと、不思議と気分が高揚するのがわかった。
目を盗みながらこっそり眺めていたつもりだったが、本のページをめくろうとした彼女と、ばっちりと目が合った。
慌てて俺が目を逸らそうとすると、彼女は俺の顔を見ながらにっこりと微笑んだ。
不意打ちはやめてくれ…。
俺は緩みそうになった頬に必死で力を入れた。