恋のクロスロード
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
長い授業を耐え抜いた俺は、すぐに部室に向かおうとした。が、教師に呼び止められた。
授業中にぼーっとしていたのがまずかったらしく、ノートを職員室まで運ぶという雑用を押し付けられた。
「ほなスカシ!先行っとるでー。
せいぜい雑用がっんばっれやっ!」
「えっと…先に行ってるね、今泉くん」
鳴子と小野田の背中を恨めしく見送ると、一秒でも早く練習にありつくために早足で仕事を終わらせた。
出遅れてしまった俺は急いで部室を目指した。
その道中、一人の女子生徒が花壇の前で何やら神妙な面持ちで立ち尽くしているのが見えた。
自転車競技部の部室は校舎とは離れたプレハブ小屋にあり、その周辺には部員以外あまり立ち入ることはない。
そこに珍しく人がいたので、俺は彼女の存在に目を惹かれた。
遠目から確認してみると、どこか見覚えのある顔だった。
確か同じクラスの鈴谷優香、だっただろうか。
小柄でショートカットの、人前ではいつも明るい笑顔を絶やさない印象の女子だ。
そんな彼女が、今は落ち着かない様子でその場を行ったり来たりしていた。
「あんなところで何してるんだ…?」
俺は少し気になったが、鈴谷とは話したこともない間柄であったし、何より今はそんなことをしている場合ではない。
俺は何となく彼女に見つからないように横を素早く通り抜けた。
部室の扉を開けると既に着替えを済ませた鳴子と小野田がストレッチを始めていた。
「おー遅かったやんけスカシ」
「お疲れさま~」
俺は辺りを見回してみる。
「…今日はやけに人が少ないな」
「来てないヤツらは用事があるらしいショ」
「あ、巻島さん」
この人は俺より二つ上の先輩『巻島裕介』、三年生だ。
玉虫色の長い髪に細くスラリと伸びた手足が特徴的で、誰にも真似のできない左右に大きく振れるダンシングでの登りを得意としている。
「金城と福富は次のレースの合同ミーティング、田所っちは腹痛、泉田は走り込み、新開は…」
「どーせまたウサギ小屋だろォ!
東堂は結季…クラスの女子と試験勉強だとヨ!」
やけに怒り口調で目つきの鋭いこの人は『荒北靖友』、巻島さんと同じ三年生だ。
東堂さんから元ヤンで昔は今以上に荒れていたいう話を聞いたことがあるが、自分の身のためにも本人には直接聞かないようにしている。
「試験勉強……」
小野田が不安げに呟いた。
「もう期末試験まで一週間切ってるショ。くれぐれも赤点だけは採るなよ?追試が終わるまで部活禁止になるからな」
「うおおおおお!!忘れとったあああ!!
どないしょおおおおおおお!!!」
「うるせーぞ!!鳴子ォ!!」
荒北さんがそう叫んだ直後、部室の扉が開いた。
「なんだか賑やかですねー」
爽やかな笑みを浮かべながら一人の男子生徒が飄々と入ってきた。
「真波ィ!また遅刻かよ!!!」
「えー?まだ福富部長たちも来てないみたいですしいいじゃないですかー」
「福チャンは次のレースの合同ミーティング…ってこの話はテメェが来る前にもう終わってんだヨ!」
マイペースに荒北さんを苛立たせているのが、俺たちと同学年の真波山岳だ。
小野田のように山を登ると笑顔になっちゃう系の天性のクライマーである。
「今日の練習メニューは60キロの山岳コースを各自走ってもらうショ。一番遅かったヤツは部室の掃除だかんな」
「アァ!?んなのテメェらクライマーに有利じゃねェか!」
「あれー?荒北サン、自信ないんデスカー?」
「…おい、鳴子。
あんまり先輩からかうなよ…」
「なんだとアァ!?ヤってやろーじゃねェか!!!」
「おぉ!そのいきでっせ!先輩!!」
「山だよ!坂道くん!」
「うん!山だね、真波くん!」
「……はぁ」
人が少ないはずの部室のいつもどおりの騒がしさに、俺は深い溜め息をついた。
一時間後。俺は山を登っていた。
隣には目障りな赤い頭が、先程からくっついて離れない。
「スカシ!はぁ…っはぁ…っそろそろ限界やろ!?スピード落としてもええんやで!」
「お前こそ息が上がってるぞ…っ!」
「テメーら待ちやがれェェェェ!!」
そして後ろからは荒北さんが獣のようなオーラで俺たちを追ってきている。
巻島さんと真波は得意の山岳コースで、先にグングンと登っていった。
小野田も二人を追いかけて、楽しそうにとんでもケイデンスで駆け上がって行った。
巻島さんと真波がいると、アイツはさらによく登るクライマーになるようだ。
そうして、俺たちは激しい攻防を繰り広げて最終的に
巻島さん、真波、小野田、俺、荒北さん、鳴子の順でゴールした。
「くっそおおおおおお!なんでワイがビリやねん!」
「オレに勝とうなんざ百年早ぇーんだョ!」
「いやいやいや!ほとんど最後僅差でしたやん!」
「ロードレースの世界じゃその僅差が大きく勝敗を左右するっつんだ!」
「くぅぅ…スカシにまで負けるなんて…。
ワイもう一回走ってくるわ!!」
「鳴子、外雨降ってきてるショ」
「なにっ!…っそんなんかまへん!
ワイは速くなるんやあああああああ」
「やめとけ。風邪ひいたら明日も走れなくなるショ。
というかお前は部室の掃除、だろ?」
「ぐぅぅ……」
ようやく大人しくなった鳴子に、小野田が励ましの言葉をかけた。
「元気出して、鳴子くん!掃除なら僕が手伝うから!」
「小野田クン……!」
「先に帰るぞ」
「は!?なんやてスカシ!!」
俺は人でなしだの極悪人だのという鳴子の怒号を背に、部室を後にした。
雨はすぐに激しくなり、俺は迎えの車が来ている校門前を目指して走った。
しかし、その足は自ずと緩められた。
彼女が、鈴谷がさっき見た場所と全く同じ、花壇の前に立っていたからだ。
しかもその手に傘はなく、全身ずぶ濡れの状態だ。
「あいつ、まだいたのか…」
俺はさすがに声をかけようと思った。
しかし、一歩は踏み出なかった。
今自分は傘も持っていない。入れ、と渡すこともできない。
声をかけたところでどうするんだ…?
そんな考えが頭を巡った。
俺は少し罪悪感を感じつつも、自分には関係ないと言い聞かせながらその場を去った。
次の日。鈴谷は学校に来なかった。
そりゃああんなにずぶ濡れになっていたのだから、風邪くらい引いてもおかしくない。
クラスの女子は「今日は優香ちゃん休みかー」「つまんないねー」と話している。
風邪を引いた原因を知っている俺は、なぜかそれが自分への嫌味のように聞こえて居心地が悪かった。
その次の日も彼女は来なかった。
そこまで風邪をこじらせてしまったのかと思うと、心配せずにはいられなかった。
最初に見た時に声をかけていれば、彼女は風邪を引くことはなかったのだろうか。
そのまた次の日。鈴谷が学校に来た。
俺は何だかホッとした。
罪悪感から解き放たれた、そんな気分だろうか。
彼女はクラスの女子に囲まれて熱い歓迎を受けていた。
中心で笑う彼女を見ていると、あの時見た険しい顔が嘘のように思えた。
「最近少し元気がなかったみたいだけど、大丈夫?」
休み時間になると小野田が俺の席まで来てそう言った。
周りに気づかれるほど自分が落ち込んだ雰囲気を醸し出していたという事実に、正直驚いた。
「あぁ、もう大丈夫だ」
彼女が学校に来たから、とは言わなかったが俺はそう答えると、動揺を隠すように机の中の教科書に手を伸ばした。
「あれ?なんか落ちたよ」
小野田が指した場所には一枚のメモ用紙が落ちていた。教科書を出す拍子に机の中から出てきたようだ。
拾い上げて目を通してみると、そこには「ごめんね」という一言だけ書かれていた。
誰かのいたずらか?もしくは、席を間違えたか?
どちらにせよ、謝られる覚えのなかった俺はそのメモ用紙を大して気にもかけなかった。
それから二日後に期末試験は始まった。
一週間自転車に乗ることができないというのは、俺にとって地獄の日々でしかなかった。
『追試になると部活禁止』という巻島さんの言っていた恐怖に怯えながら、真面目に試験に臨んだ。
しかし、テストの女神は俺に微笑まなかった。
苦手であった数学でまさかの赤点を採ってしまったのだ。
部活禁止という文字が浮かび、全身からサアっと血の気が引いた。
「うおおおおお!赤点回避やああああ!
ワイ天才とちゃうか!!」
この上なく耳障りな声が神経を逆なでる。
あの馬鹿ですら免れたという赤点を、採ってしまったのか。
俺は自分を落ち着かせるために、必死で頭を整理した。
追試は二週間後。それまでは追試に向けて放課後に勉強しよう。家に帰れば間違いなく自転車に乗ってしまうだろう。 そうだな…図書室あたりが無難だろうか。例え部活で練習できなかったとしても、帰宅後と早朝に走り込めば問題ないだろう。
「よし…」
俺は一通り計画を立て終わると、鳴子に絡まれないうちにさっさと図書室へと向かった。
授業中にぼーっとしていたのがまずかったらしく、ノートを職員室まで運ぶという雑用を押し付けられた。
「ほなスカシ!先行っとるでー。
せいぜい雑用がっんばっれやっ!」
「えっと…先に行ってるね、今泉くん」
鳴子と小野田の背中を恨めしく見送ると、一秒でも早く練習にありつくために早足で仕事を終わらせた。
出遅れてしまった俺は急いで部室を目指した。
その道中、一人の女子生徒が花壇の前で何やら神妙な面持ちで立ち尽くしているのが見えた。
自転車競技部の部室は校舎とは離れたプレハブ小屋にあり、その周辺には部員以外あまり立ち入ることはない。
そこに珍しく人がいたので、俺は彼女の存在に目を惹かれた。
遠目から確認してみると、どこか見覚えのある顔だった。
確か同じクラスの鈴谷優香、だっただろうか。
小柄でショートカットの、人前ではいつも明るい笑顔を絶やさない印象の女子だ。
そんな彼女が、今は落ち着かない様子でその場を行ったり来たりしていた。
「あんなところで何してるんだ…?」
俺は少し気になったが、鈴谷とは話したこともない間柄であったし、何より今はそんなことをしている場合ではない。
俺は何となく彼女に見つからないように横を素早く通り抜けた。
部室の扉を開けると既に着替えを済ませた鳴子と小野田がストレッチを始めていた。
「おー遅かったやんけスカシ」
「お疲れさま~」
俺は辺りを見回してみる。
「…今日はやけに人が少ないな」
「来てないヤツらは用事があるらしいショ」
「あ、巻島さん」
この人は俺より二つ上の先輩『巻島裕介』、三年生だ。
玉虫色の長い髪に細くスラリと伸びた手足が特徴的で、誰にも真似のできない左右に大きく振れるダンシングでの登りを得意としている。
「金城と福富は次のレースの合同ミーティング、田所っちは腹痛、泉田は走り込み、新開は…」
「どーせまたウサギ小屋だろォ!
東堂は結季…クラスの女子と試験勉強だとヨ!」
やけに怒り口調で目つきの鋭いこの人は『荒北靖友』、巻島さんと同じ三年生だ。
東堂さんから元ヤンで昔は今以上に荒れていたいう話を聞いたことがあるが、自分の身のためにも本人には直接聞かないようにしている。
「試験勉強……」
小野田が不安げに呟いた。
「もう期末試験まで一週間切ってるショ。くれぐれも赤点だけは採るなよ?追試が終わるまで部活禁止になるからな」
「うおおおおお!!忘れとったあああ!!
どないしょおおおおおおお!!!」
「うるせーぞ!!鳴子ォ!!」
荒北さんがそう叫んだ直後、部室の扉が開いた。
「なんだか賑やかですねー」
爽やかな笑みを浮かべながら一人の男子生徒が飄々と入ってきた。
「真波ィ!また遅刻かよ!!!」
「えー?まだ福富部長たちも来てないみたいですしいいじゃないですかー」
「福チャンは次のレースの合同ミーティング…ってこの話はテメェが来る前にもう終わってんだヨ!」
マイペースに荒北さんを苛立たせているのが、俺たちと同学年の真波山岳だ。
小野田のように山を登ると笑顔になっちゃう系の天性のクライマーである。
「今日の練習メニューは60キロの山岳コースを各自走ってもらうショ。一番遅かったヤツは部室の掃除だかんな」
「アァ!?んなのテメェらクライマーに有利じゃねェか!」
「あれー?荒北サン、自信ないんデスカー?」
「…おい、鳴子。
あんまり先輩からかうなよ…」
「なんだとアァ!?ヤってやろーじゃねェか!!!」
「おぉ!そのいきでっせ!先輩!!」
「山だよ!坂道くん!」
「うん!山だね、真波くん!」
「……はぁ」
人が少ないはずの部室のいつもどおりの騒がしさに、俺は深い溜め息をついた。
一時間後。俺は山を登っていた。
隣には目障りな赤い頭が、先程からくっついて離れない。
「スカシ!はぁ…っはぁ…っそろそろ限界やろ!?スピード落としてもええんやで!」
「お前こそ息が上がってるぞ…っ!」
「テメーら待ちやがれェェェェ!!」
そして後ろからは荒北さんが獣のようなオーラで俺たちを追ってきている。
巻島さんと真波は得意の山岳コースで、先にグングンと登っていった。
小野田も二人を追いかけて、楽しそうにとんでもケイデンスで駆け上がって行った。
巻島さんと真波がいると、アイツはさらによく登るクライマーになるようだ。
そうして、俺たちは激しい攻防を繰り広げて最終的に
巻島さん、真波、小野田、俺、荒北さん、鳴子の順でゴールした。
「くっそおおおおおお!なんでワイがビリやねん!」
「オレに勝とうなんざ百年早ぇーんだョ!」
「いやいやいや!ほとんど最後僅差でしたやん!」
「ロードレースの世界じゃその僅差が大きく勝敗を左右するっつんだ!」
「くぅぅ…スカシにまで負けるなんて…。
ワイもう一回走ってくるわ!!」
「鳴子、外雨降ってきてるショ」
「なにっ!…っそんなんかまへん!
ワイは速くなるんやあああああああ」
「やめとけ。風邪ひいたら明日も走れなくなるショ。
というかお前は部室の掃除、だろ?」
「ぐぅぅ……」
ようやく大人しくなった鳴子に、小野田が励ましの言葉をかけた。
「元気出して、鳴子くん!掃除なら僕が手伝うから!」
「小野田クン……!」
「先に帰るぞ」
「は!?なんやてスカシ!!」
俺は人でなしだの極悪人だのという鳴子の怒号を背に、部室を後にした。
雨はすぐに激しくなり、俺は迎えの車が来ている校門前を目指して走った。
しかし、その足は自ずと緩められた。
彼女が、鈴谷がさっき見た場所と全く同じ、花壇の前に立っていたからだ。
しかもその手に傘はなく、全身ずぶ濡れの状態だ。
「あいつ、まだいたのか…」
俺はさすがに声をかけようと思った。
しかし、一歩は踏み出なかった。
今自分は傘も持っていない。入れ、と渡すこともできない。
声をかけたところでどうするんだ…?
そんな考えが頭を巡った。
俺は少し罪悪感を感じつつも、自分には関係ないと言い聞かせながらその場を去った。
次の日。鈴谷は学校に来なかった。
そりゃああんなにずぶ濡れになっていたのだから、風邪くらい引いてもおかしくない。
クラスの女子は「今日は優香ちゃん休みかー」「つまんないねー」と話している。
風邪を引いた原因を知っている俺は、なぜかそれが自分への嫌味のように聞こえて居心地が悪かった。
その次の日も彼女は来なかった。
そこまで風邪をこじらせてしまったのかと思うと、心配せずにはいられなかった。
最初に見た時に声をかけていれば、彼女は風邪を引くことはなかったのだろうか。
そのまた次の日。鈴谷が学校に来た。
俺は何だかホッとした。
罪悪感から解き放たれた、そんな気分だろうか。
彼女はクラスの女子に囲まれて熱い歓迎を受けていた。
中心で笑う彼女を見ていると、あの時見た険しい顔が嘘のように思えた。
「最近少し元気がなかったみたいだけど、大丈夫?」
休み時間になると小野田が俺の席まで来てそう言った。
周りに気づかれるほど自分が落ち込んだ雰囲気を醸し出していたという事実に、正直驚いた。
「あぁ、もう大丈夫だ」
彼女が学校に来たから、とは言わなかったが俺はそう答えると、動揺を隠すように机の中の教科書に手を伸ばした。
「あれ?なんか落ちたよ」
小野田が指した場所には一枚のメモ用紙が落ちていた。教科書を出す拍子に机の中から出てきたようだ。
拾い上げて目を通してみると、そこには「ごめんね」という一言だけ書かれていた。
誰かのいたずらか?もしくは、席を間違えたか?
どちらにせよ、謝られる覚えのなかった俺はそのメモ用紙を大して気にもかけなかった。
それから二日後に期末試験は始まった。
一週間自転車に乗ることができないというのは、俺にとって地獄の日々でしかなかった。
『追試になると部活禁止』という巻島さんの言っていた恐怖に怯えながら、真面目に試験に臨んだ。
しかし、テストの女神は俺に微笑まなかった。
苦手であった数学でまさかの赤点を採ってしまったのだ。
部活禁止という文字が浮かび、全身からサアっと血の気が引いた。
「うおおおおお!赤点回避やああああ!
ワイ天才とちゃうか!!」
この上なく耳障りな声が神経を逆なでる。
あの馬鹿ですら免れたという赤点を、採ってしまったのか。
俺は自分を落ち着かせるために、必死で頭を整理した。
追試は二週間後。それまでは追試に向けて放課後に勉強しよう。家に帰れば間違いなく自転車に乗ってしまうだろう。 そうだな…図書室あたりが無難だろうか。例え部活で練習できなかったとしても、帰宅後と早朝に走り込めば問題ないだろう。
「よし…」
俺は一通り計画を立て終わると、鳴子に絡まれないうちにさっさと図書室へと向かった。