恋のクロスロード
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「はぁ…はぁ…」
照りつける太陽を鏡の如く反射するアスファルトに、全身から吹き出た汗がポタポタと落ちては消えてゆく。
七月に入ってからというもの、気温は急激に上昇し、毎日茹だるような暑さが続いていた。
家を出る前に見たニュースのお天気コーナーでは、今年の夏は二十年、いや三十年だったかに一度の暑さだと言っていたような気がする。
そんな猛暑日に俺は自転車で斜度のきつい激坂を登っていた。普通の人が聞けば同情の言葉をかけるかもしれない。
しかし、天候が不確定要素となり勝敗を分けてくるロードレースの世界に生きる俺には、この暑さでさえ良い練習に繋がると意気揚々とペダルを漕いでいた。
「この坂…あいつだったら笑顔で登るんだろうな…っ」
俺は同じクラスであり、同じ自転車競技部の仲間である男の顔を思い浮かべた。
自転車競技というものを始めて間もないくせに、ハイケイデンス…とんでもないペダルの回転数で、笑いながら激坂を登る男だ。
俺がそんな想像を膨らませていると、後ろから一台の自転車が鼻歌交じりに近づいてくる気配がした。
やけにペダルの音が耳に響くが、回転数は90、といったところだろうか。
そんなハイケイデンスで漕ぐやつは、そしてこのアニソンの鼻歌は、思い当たる人物はただ一人。
「今泉くん!」
振り返ると、想像していた通りの笑顔でママチャリを漕ぐクラスメイト兼部活仲間がいた。
「今泉くん、おはよう!」
「…おはよう、小野田。」
丸く分厚いレンズの眼鏡がトレードマークのいかにも鈍くさそうなこの男、小野田坂道は俺が朝の挨拶を返すと満足そうに、坂を楽しみ輝きに満ちたその顔をさらに綻ばせた。
「今日も暑いねー」
「あぁ、そうだな」
何の取り留めもない会話を交わす。
俺はロードレーサーとママチャリが並走するという奇妙な光景に、最近やっと慣れつつあった。
ふと気づけばまた歌い出していた小野田の鼻歌を聞きながら、俺たちは校門をくぐり、自転車を停めた。
校舎に入るとすぐに、複数人の女子が「今泉くんおはよう」と声をかけてきた。見知らぬ女子だったので、俺は「…おぅ」とだけ小さく返事をした。
すると女子たちはキャーと悲鳴をあげて走り去っていく。
毎日繰り返される不可解なやりとりに呆れつつ、俺は靴箱を開くと、上履きの上に置いてあった一枚の封筒が目に入った。
封筒には小さなくまのシールが貼られており、女らしい丸みを帯びた字で『今泉くんへ』と書かれていた。
小野田は遠慮がちに俺の手にある封筒を除き込むと、みるみる顔を赤らめた。
「い、い、今泉くん!そそそそそれって……!」
小野田の想像通り、これはラブレターだろう。
「どうして俺よりお前の方が慌ててるんだ…。」
俺はその時ひどく冷静だった。
と、いうのもこのような経験が初めてではなかったからだ。
こんな時正常な男子高校生であれば、はしゃぎ回って周りの友人に自慢したりするのだろうが、残念ながら自転車のことで頭がいっぱいの俺にとってはどうでもいいことに過ぎなかった。
「こういうのって、漫画の中だけの話だと思ってたけど、本当にあるんだぁ…。それにしても、こんな一大イベントでもクールでいられるなんて、かっこいいなぁ…!やっぱり今泉くんはアリマルくんに似てるよね!」
小野田は鼻息荒く、一人興奮していた。
とりあえず自分の大好きなアニメのキャラクターで俺を例えるのはいい加減やめてもらいたい。
「別に、俺には興味のないことだ」
俺が素っ気なく答えると、突然後ろから無駄に大きく憎たらしい声が耳に入ってきた。
「『俺には興味のないことだ』やて?
はんっ!このスカシが何言うとんねん!」
俺に対して闘争心剥き出しのこの関西弁男、鳴子章吉は小野田と同じく、認めたくないがクラスメイトであり部活仲間でもある。
真っ赤に染めたど派手な髪の毛が、こいつの目立ちたがり屋の性格をひと目で表している。
「朝っぱらから暑苦しい、絡んでくるな。
まぁ、お前には縁遠いことなんだろうがな」
「カッチーン!ワイかて『らぶれたぁ』ぐらい貰ったことあるっちゅうねん!」
「えっ!鳴子くんももらったことあるの!?さすがだね…!」
おそらく鳴子の出任せであろう言葉に反応し、小野田が尊敬に満ちた純粋な瞳を向ける。
「と、当然や…!ワイクラスになると毎朝靴箱に入り切らんくらいのらぶれたぁでビッシリやで!!
小野田クンが見たら腰抜かすで!かっかっかっ!」
「す、すご~い…!」
「小野田、少しは疑うことを知れ」
「え?疑う?」
「スカシは黙っとけ!!」
俺は鳴子の言葉を軽く聞き流すと、手に持っていた封筒を鞄の中に閉まった。
だからと言って、あとでじっくり読むようなことはしない。そこにあるゴミ箱に捨ててもいいのだが、さすがにそれは相手が気の毒、いや、誰かに見つかるとさらに面倒なことになるだろうから、いつも持ち帰って家で処分している。封も開けない状態で。
非道な人間だと思うかもしれないが、悪いが今はロードにだけ集中したいのだ。
別のことに気をとられている暇はない。
俺はどうしてもアイツに勝たなければならない。
より一層の決意を固めるとその日も一日中、放課後の部活動の時間だけを今か今かと待ち侘びた。
照りつける太陽を鏡の如く反射するアスファルトに、全身から吹き出た汗がポタポタと落ちては消えてゆく。
七月に入ってからというもの、気温は急激に上昇し、毎日茹だるような暑さが続いていた。
家を出る前に見たニュースのお天気コーナーでは、今年の夏は二十年、いや三十年だったかに一度の暑さだと言っていたような気がする。
そんな猛暑日に俺は自転車で斜度のきつい激坂を登っていた。普通の人が聞けば同情の言葉をかけるかもしれない。
しかし、天候が不確定要素となり勝敗を分けてくるロードレースの世界に生きる俺には、この暑さでさえ良い練習に繋がると意気揚々とペダルを漕いでいた。
「この坂…あいつだったら笑顔で登るんだろうな…っ」
俺は同じクラスであり、同じ自転車競技部の仲間である男の顔を思い浮かべた。
自転車競技というものを始めて間もないくせに、ハイケイデンス…とんでもないペダルの回転数で、笑いながら激坂を登る男だ。
俺がそんな想像を膨らませていると、後ろから一台の自転車が鼻歌交じりに近づいてくる気配がした。
やけにペダルの音が耳に響くが、回転数は90、といったところだろうか。
そんなハイケイデンスで漕ぐやつは、そしてこのアニソンの鼻歌は、思い当たる人物はただ一人。
「今泉くん!」
振り返ると、想像していた通りの笑顔でママチャリを漕ぐクラスメイト兼部活仲間がいた。
「今泉くん、おはよう!」
「…おはよう、小野田。」
丸く分厚いレンズの眼鏡がトレードマークのいかにも鈍くさそうなこの男、小野田坂道は俺が朝の挨拶を返すと満足そうに、坂を楽しみ輝きに満ちたその顔をさらに綻ばせた。
「今日も暑いねー」
「あぁ、そうだな」
何の取り留めもない会話を交わす。
俺はロードレーサーとママチャリが並走するという奇妙な光景に、最近やっと慣れつつあった。
ふと気づけばまた歌い出していた小野田の鼻歌を聞きながら、俺たちは校門をくぐり、自転車を停めた。
校舎に入るとすぐに、複数人の女子が「今泉くんおはよう」と声をかけてきた。見知らぬ女子だったので、俺は「…おぅ」とだけ小さく返事をした。
すると女子たちはキャーと悲鳴をあげて走り去っていく。
毎日繰り返される不可解なやりとりに呆れつつ、俺は靴箱を開くと、上履きの上に置いてあった一枚の封筒が目に入った。
封筒には小さなくまのシールが貼られており、女らしい丸みを帯びた字で『今泉くんへ』と書かれていた。
小野田は遠慮がちに俺の手にある封筒を除き込むと、みるみる顔を赤らめた。
「い、い、今泉くん!そそそそそれって……!」
小野田の想像通り、これはラブレターだろう。
「どうして俺よりお前の方が慌ててるんだ…。」
俺はその時ひどく冷静だった。
と、いうのもこのような経験が初めてではなかったからだ。
こんな時正常な男子高校生であれば、はしゃぎ回って周りの友人に自慢したりするのだろうが、残念ながら自転車のことで頭がいっぱいの俺にとってはどうでもいいことに過ぎなかった。
「こういうのって、漫画の中だけの話だと思ってたけど、本当にあるんだぁ…。それにしても、こんな一大イベントでもクールでいられるなんて、かっこいいなぁ…!やっぱり今泉くんはアリマルくんに似てるよね!」
小野田は鼻息荒く、一人興奮していた。
とりあえず自分の大好きなアニメのキャラクターで俺を例えるのはいい加減やめてもらいたい。
「別に、俺には興味のないことだ」
俺が素っ気なく答えると、突然後ろから無駄に大きく憎たらしい声が耳に入ってきた。
「『俺には興味のないことだ』やて?
はんっ!このスカシが何言うとんねん!」
俺に対して闘争心剥き出しのこの関西弁男、鳴子章吉は小野田と同じく、認めたくないがクラスメイトであり部活仲間でもある。
真っ赤に染めたど派手な髪の毛が、こいつの目立ちたがり屋の性格をひと目で表している。
「朝っぱらから暑苦しい、絡んでくるな。
まぁ、お前には縁遠いことなんだろうがな」
「カッチーン!ワイかて『らぶれたぁ』ぐらい貰ったことあるっちゅうねん!」
「えっ!鳴子くんももらったことあるの!?さすがだね…!」
おそらく鳴子の出任せであろう言葉に反応し、小野田が尊敬に満ちた純粋な瞳を向ける。
「と、当然や…!ワイクラスになると毎朝靴箱に入り切らんくらいのらぶれたぁでビッシリやで!!
小野田クンが見たら腰抜かすで!かっかっかっ!」
「す、すご~い…!」
「小野田、少しは疑うことを知れ」
「え?疑う?」
「スカシは黙っとけ!!」
俺は鳴子の言葉を軽く聞き流すと、手に持っていた封筒を鞄の中に閉まった。
だからと言って、あとでじっくり読むようなことはしない。そこにあるゴミ箱に捨ててもいいのだが、さすがにそれは相手が気の毒、いや、誰かに見つかるとさらに面倒なことになるだろうから、いつも持ち帰って家で処分している。封も開けない状態で。
非道な人間だと思うかもしれないが、悪いが今はロードにだけ集中したいのだ。
別のことに気をとられている暇はない。
俺はどうしてもアイツに勝たなければならない。
より一層の決意を固めるとその日も一日中、放課後の部活動の時間だけを今か今かと待ち侘びた。
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