【一人で、泣くなよ】



え…？



ふと頭に流れた記憶．



それに私はバッと彼の腕から逃れた。



何？今の…


いつだったか


彼と同じ事を言った人がいた気がする。


いつだった？



分からない。


遠い遠い



記憶のような気がする。



「す、すみません！あの、私、」


慌てて頬に流れていた涙を自分の手で乱暴に拭う。


「…海、見に行くか」


「え？」


そう言うと彼は背中を向けて歩き出す。


いつも急だな、とは思うが、今度は海？


まだ混乱した頭をフルフルと横に振って、私はボスの後を追いかけた。






ザザーと波の心地よい音と風。


わたしと彼の髪を揺らす。



周りを見れば家族ずれやカップル。


そんな中、スーツを着た私達は少し浮いているように感じた。


まぁ、スーツで海に来る人なんてなかなかいないよね。


不向きにも程がある。


現に私のヒールの中は砂だらけだ。


でも


ここにいる誰一人


きっと彼があの今世間を騒がせる東京卍會のトップだなんて思わないよね。





【一人で泣くのは…辛い】




そう言った彼の言葉と、身体にかすかに残る温もり。
私は自分の腕をぎゅっと握りしめた。


何故彼は私を抱きしめたのだろう…



ボーと海を見つめる横顔を見つめる。


この数日の彼の行動が理解できない。

元々何を考えているのか分からない人だったけど、余計に分からなくなった。

戸惑い。

でも同時に


何故か彼を


知りたいと感じた。



餡子をスーツにつけた私を笑った顔。


亡くなった友人を思った時に見せた顔。


私の傷の話をした時の顔。


そして、私を抱きしめながら見せた顔。



どれも


私の想像の中の彼とはかけ離れていた。



彼はどんな人生を歩み


どんな思いで


今を生きているのか



彼の中を



知りたくなってしまった。



この感情は



なんと言ったらいいのだろう。



他人に聞けば


きっとそれは




恋




なのだろう。




でも



その言葉を言われても



ピンとこないのは



私の経験の浅さ故だろうか。