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カルティア王国ができてから、何百年もの月日が流れた。
初代国王・ジャック・カルロイ。そしてその妃、聖女であったティア。2人の子供はまた聖女であった。
だが長い月日を隔て、代々歴史を刻んでいく中、いつしか聖女という存在は生まれなくなっていった。
だから、ここカルティア王国に聖女という存在はもういないーー……。
寒い寒い冬の日。
カルティア王国に2人の新しい王が生まれた。
1人は男の子。名前はカイトと名付けられた。
カイトは初代国王・ジャックと同じ、金色の髪に燃えるようなオレンジ色の瞳を持った赤ん坊だった。
そのすぐ後に生まれたのは女の子。
名前はリリア。リリアはピンク色の髪に、ローズクウォーツのような優しいピンク色の瞳を持つ赤ん坊だ。
どちらもまるで神の恵みかの如く、あまりにも美しい赤ん坊だった。カルティア王国の民は、2人の新しい王の誕生を心から祝った。
そして物語は進んでいくーー…。
これは双子の兄妹達が7歳になる頃の話だ。
勇ましく、それでいて心の優しい少年に成長したカイトは、妹リリアの良き理解者であった。
リリアは兄のカイトが大好きで、いつもカイトと男の子の遊びをしては母親に怒られる、少しお転婆な少女。
ある日そんなリリアが言った。
『カイト!私、野生のうさぎが見てみたいわ』
大抵のことならば快く承諾するカイトも、これには少し反対の色を見せた。
「野生のうさぎは森の奥に行かないと会えない。さすがに僕らだけでは危なすぎるな」
『大丈夫よ!ちょっと見てすぐに帰るから。ね、お願い、カイト!』
そう言われてしまえば行かないとは言いづらい。それにカイトは、リリアが言い出したら聞かないことを、これでもかと知っていた。
カイトは小さくため息を吐いた。
「わかった。でもここから1番近くの森。あまり奥には行かないからな?」
『わかった!ありがとう、カイト』
そうにこやかに笑うリリアは、まるでおとぎの国からやって来たお人形のように可愛らしい。
(はぁ……。外見はこんなにお人形みたいなのに、性格は俺よりもずっとやんちゃなんだよな……)
心の中でボヤきながら、今日もお転婆な妹のお世話をする兄・カイト。それは側から見れば、とても可愛らしい兄妹愛である。
森に着けば、一目散に走り出していくリリア。
ここは、お城からすぐ近くにある緑豊かな森の中。
森の麓には綺麗な湖があり、そこは様々な動物たちが水を飲みに現れる。
「リリア、走るなよ!転んだら危ないだろ?」
カイトの気苦労は絶えない。
『ねぇねぇ、カイト!早くこっち来て!』
「はぁ……。1人で勝手に行動するのは禁止だ」
『だって見てよ、これ。すっごい綺麗な花。なんだろう、この花?』
「確かに、すごく綺麗な花だな。名前はよく知らないが」
『あ!あれ、見て!うさぎ!』
「本当だ。鹿や鳥たちもいるな」
『可愛い〜!もっと近づいてもいいかな?』
「ダメだ!いくら可愛いからって安易に近づくのは良くない」
そう言い、リリアを茂みに隠す。
『ええ〜、わざわざ隠れなくてもいいんじゃない?』
「動物たちはとても臆病なんだ。父上だっていつも言ってるだろ?動物にはむやみに近づいてはいけないって」
『まぁ、確かに、いつも口うるさく言われているけど……』
そんなリリアを放っておいて、1人動物たちを眺め微笑んでいるカイト。
『あ、カイトばっかりずるい!また動物達の声聞いてるんでしょ!』
「え?あ、すまない。みんな幸せに暮らしているようだったから、つい……」
そう……。カイトは初代国王・ジャックと同じく、動物の声を聞く事が出来たのだ。
初めて聞いたのはまだカイトが3歳の時。
空を飛ぶ鳥たちが、今日食べた朝ご飯を歌にして口ずさんでいた時だった。カイトは、その頃から動物も同じように話をしているのだと気付いた。
だがあまりにも当たり前のように動物たちが喋っているので、リリアや使用人たちも当然、動物達の声が聞こえているのだと思っていた。だからリリアに初めてその事を指摘された時は、本当にびっくりしたものだ。
『ねえねえ、動物たち何話してたの?』
「え?あー…、ウサギが、この葉っぱ美味しく無いと言ったんだが、そのあと他のウサギがしれっと衝撃的なことを……」
『え、なんで言ってたの?』
「え?それはだな……」
(こっちにおいで……、坊やたち……)
「……え?」
『なに?』
(聞こえているね……?……さぁ、こっちにおいで……)
それはカイトにしか聞こえない声だった。
低いような、しゃがれ声……。それでいてどこか優しく話しかけるような……。
「誰かが俺たちを呼んでいる……」
『え、私には何も聞こえないけど……』
「……行ってみよう」
『うん!』
そしてどんどんと森の奥へ進んでいく2人。
明るく陽が照らしていた、先ほどの森の麓とは違い、奥に行けば行くほど、暗くどんよりとした空気があたりを包む。
『カイト……、本当に大丈夫かな?迷子になっちゃわない?』
「大丈夫だ。道なら覚えてる」
(そう…。こっちだよ。その道をまっすぐ進むんだ)
声の通りに進んでいくカイトと、それにくっついて進むリリア。
気づけば2人は森の奥深くまでやってきていた。
『カイト、もう帰ろう……!』
「いや、誰かが俺たちを呼んでいるんだ」
『でも……』
(もうすぐだよ。坊やたち。)
「ほら、もうすぐだと言ってるし」
『……カイト。』
そして更に森の奥深くまで進んでいくと、開けた場所にたどり着いた。だがあたりは背の高い木が覆っていてどんよりと薄暗い。
(よく来たね……。待っていたよ)
「……君はだれだ?」
カイトがそう尋ねれば、兄妹をここまで呼び寄せたものが、ゆっくりと姿を現したーー……。
兄妹達の前に現れたのは幅がカイトと同じくらい、いやそれよりももっと太い巨大なキングコブラだ。
キングコブラの中でも随分と大きく育った体は、全長10メートルほどあるだろう。
ニョロニョロと動くその姿を見れば、大人でも泣いて逃げ出したくなるほどに恐ろしい。巨大なキングコブラは、長い舌ベロをひょろひょろと出したり入れたりをしながら、その鋭い瞳で兄妹達をじっと見つめた。
(俺はブラッドリー。この森に住む蛇さ。お前たちはこの国の王子と王女だな?)
「あぁ。どうして俺たちのことを呼んだんだ?」
(お前、動物の言葉がわかるんだろ?俺と取引きをしないか?)
「……取引?」
(そうだ。俺は人間が嫌いだ。はるか昔、俺はお前ら人間に森を焼かれ、すみかを追い出された。
そして奴らは、何よりも大切だった俺の妹をお前達は奪ったのだ。)
「はるか昔?森を焼いた?……君ってそんなに長生きなのか?」
(あぁ。俺はその時に悪魔に助けられ、不死身の身体を貰ったんだ。お前ら人間に復讐をするためにな。)
「悪魔……?」
(あぁ。お前、名前は何という?)
「俺の名前はカイトだ」
(そっちの娘は?)
「こっちは俺の妹のリリア」
(そうか。お前にも妹がいるのか。俺は先ほども言ったがお前達人間が嫌いだ。だが、もし俺に協力するのならお前と妹の命は助けてやる。だがーー)
「だが……?」
(協力しないと言うのなら、今この場でお前達を丸呑みにしてやる)
そう言うとブラッドリーは、先ほどまでの雰囲気とは一転し、兄妹を睨みつけ威圧した。
「……協力とは具体的に何をすればいいんだ?」
(国王に嘘をつき、民を騙せ。そして、あの時と同じように、お前達人間の住む街を一つ残らず燃やしてやる)
「そうか……。じゃあ俺は協力できない」
(なんだと!……それではお前の妹を先に食い殺してやる!!)
ブラッドリーはそう言うと、素早くリリアの元に走り出す。カイトは大きな声で
「助けて!!!」
と叫び、リリアの上に被さった。
(助けなど来ぬ!!)
ブラッドリーは、リリアの上に被さるカイトを丸呑みにしようと、大きな口を開いた。だがリリアが震えながらも投げた石がブラッドリーの顔に当たり、コントロールを失ったブラッドリーは、カイトの足に勢いよく噛みついた。
「……っ!!」
鋭い痛みがカイトを襲った。ゆっくりと痛みの元を見てみれば、カイトの細い足にはブラッドリーの牙が貫通していた。
『カ……、カイト!!!』
リリアは必死にブラッドリーの頭を何度も石で殴りつける。
それに腹の立ったブラッドリーは、次にリリアに噛みつこうと口を大きくあけた。
噛みつかれる!そう思い、リリアは目を瞑った。
だがその直後不思議なことに、2人は宙を舞うような感覚に包まれた。
「リリア! 大丈夫か!? ……え?」
カイトが目を開ければそこには青い空が広がっていた。
『カイトこそ……!!』
と泣き崩れているリリア。
「リリア!目を開けてみろ」
カイトに言われ、リリアもようやく目を開ける。
森の木々よりも、遥か高く飛ぶリリアとカイト。そして兄妹を掴む巨大な脚。上を覗けば、真紅に輝く大きな鳥が、2人を掴み空を舞っていた。
(王子殿。王女をよくお守りになった。その勇気、賞賛に値する。)
「……君は、誰なんだ?……俺たちを、助けてくれたのか?」
カイトは痛みに顔を歪めながらも、声の主と会話を交わした。
(私の名前はアイオーン。君たち人間からは不死鳥と呼ばれる存在だ。)
「不死鳥……?」
(あぁ。王子、よく聞くと良い。このままだとお前はあと数分で死ぬだろう。奴の毒はすぐに全身に回る。)
そう言うとアイオーンは、高い丘の上にカイトとリリアを下ろした。
(だが……。私の涙には、癒しの効果がある。よく傷口に塗り込むと良い。すぐに効果は現れるだろう)
不死鳥・アイオーンは涙を流した。
「ありがとう……」
不死鳥の涙を傷口に塗り込めば、牙の貫通した足はすぐに塞がり、身体中を回っていた気怠さはすぐに解消された。
「……君、すごいな!でも……、どうして助けてくれたんだ?」
(そうだな……。先代国王に感謝をしているから、とでも言っておこうか。)
「先代国王?いったい誰のことだ……?」
(君は、そのお方によく似ている……。会えて嬉しいよ。さぁ、背中にお乗り。家まで案内しよう。)
「ありがとう」
そう言うとアイオーンは2人をしっかりと掴み、空高く飛び立った。
「アイオーンは森に住んでいるのか?」
(あぁ。)
「へぇ。さっきの……ブラッドリーは知り合い?」
(まぁ、知らないやつではないな。あいつもかつては仲間だったのだ。遥か昔、人間に妹を奪われるまではな)
「……そうか。人間は昔、動物たちに酷いことをしてしまったんだな」
(そうだな……。だが先代の国王陛下が動物と人間の橋渡しをしてくれたのだ。そして、森を追われた動物たちに新しい居場所を用意してくれた。私の仲間達も何匹も助けられたものだよ)
「そうなのか。昔の国王は、すごい人だったんだな」
(あぁ。そうだ。だが王子殿も必死に王女をお守りになったではないか。自分を犠牲にしてでも何かを守るということはなかなかできるものではない。)
「そうかな。リリアは俺の命よりも大切な存在だから……」
そう言って先ほどから気絶をしているリリアを見つめた。
(そうか。王子殿に一つ忠告をしておこう。自分の命よりも大切な存在と言えるものは、これから先もなかなか現れるものではない。
命をかけて守りたいそう思うのならば、どんな時でも相手を信じる事を忘れるでないぞ。)
「あぁ。覚えておくよ」
(さぁ、そろそろ城に着く)
「本当だ。アイオーン、助けてくれてありがとう。またいつか会えるか?」
(そうだな。またいつか逢えると良いな)
「ああ!」
アイオーンはそう言うと、カイトとリリアを優しく城の中に降ろした。
(では王子殿、またいつか)
「ああ。元気でな」
そしてアイオーンは空へ飛び立っていった。
カルティア王国ができてから、何百年もの月日が流れた。
初代国王・ジャック・カルロイ。そしてその妃、聖女であったティア。2人の子供はまた聖女であった。
だが長い月日を隔て、代々歴史を刻んでいく中、いつしか聖女という存在は生まれなくなっていった。
だから、ここカルティア王国に聖女という存在はもういないーー……。
寒い寒い冬の日。
カルティア王国に2人の新しい王が生まれた。
1人は男の子。名前はカイトと名付けられた。
カイトは初代国王・ジャックと同じ、金色の髪に燃えるようなオレンジ色の瞳を持った赤ん坊だった。
そのすぐ後に生まれたのは女の子。
名前はリリア。リリアはピンク色の髪に、ローズクウォーツのような優しいピンク色の瞳を持つ赤ん坊だ。
どちらもまるで神の恵みかの如く、あまりにも美しい赤ん坊だった。カルティア王国の民は、2人の新しい王の誕生を心から祝った。
そして物語は進んでいくーー…。
これは双子の兄妹達が7歳になる頃の話だ。
勇ましく、それでいて心の優しい少年に成長したカイトは、妹リリアの良き理解者であった。
リリアは兄のカイトが大好きで、いつもカイトと男の子の遊びをしては母親に怒られる、少しお転婆な少女。
ある日そんなリリアが言った。
『カイト!私、野生のうさぎが見てみたいわ』
大抵のことならば快く承諾するカイトも、これには少し反対の色を見せた。
「野生のうさぎは森の奥に行かないと会えない。さすがに僕らだけでは危なすぎるな」
『大丈夫よ!ちょっと見てすぐに帰るから。ね、お願い、カイト!』
そう言われてしまえば行かないとは言いづらい。それにカイトは、リリアが言い出したら聞かないことを、これでもかと知っていた。
カイトは小さくため息を吐いた。
「わかった。でもここから1番近くの森。あまり奥には行かないからな?」
『わかった!ありがとう、カイト』
そうにこやかに笑うリリアは、まるでおとぎの国からやって来たお人形のように可愛らしい。
(はぁ……。外見はこんなにお人形みたいなのに、性格は俺よりもずっとやんちゃなんだよな……)
心の中でボヤきながら、今日もお転婆な妹のお世話をする兄・カイト。それは側から見れば、とても可愛らしい兄妹愛である。
森に着けば、一目散に走り出していくリリア。
ここは、お城からすぐ近くにある緑豊かな森の中。
森の麓には綺麗な湖があり、そこは様々な動物たちが水を飲みに現れる。
「リリア、走るなよ!転んだら危ないだろ?」
カイトの気苦労は絶えない。
『ねぇねぇ、カイト!早くこっち来て!』
「はぁ……。1人で勝手に行動するのは禁止だ」
『だって見てよ、これ。すっごい綺麗な花。なんだろう、この花?』
「確かに、すごく綺麗な花だな。名前はよく知らないが」
『あ!あれ、見て!うさぎ!』
「本当だ。鹿や鳥たちもいるな」
『可愛い〜!もっと近づいてもいいかな?』
「ダメだ!いくら可愛いからって安易に近づくのは良くない」
そう言い、リリアを茂みに隠す。
『ええ〜、わざわざ隠れなくてもいいんじゃない?』
「動物たちはとても臆病なんだ。父上だっていつも言ってるだろ?動物にはむやみに近づいてはいけないって」
『まぁ、確かに、いつも口うるさく言われているけど……』
そんなリリアを放っておいて、1人動物たちを眺め微笑んでいるカイト。
『あ、カイトばっかりずるい!また動物達の声聞いてるんでしょ!』
「え?あ、すまない。みんな幸せに暮らしているようだったから、つい……」
そう……。カイトは初代国王・ジャックと同じく、動物の声を聞く事が出来たのだ。
初めて聞いたのはまだカイトが3歳の時。
空を飛ぶ鳥たちが、今日食べた朝ご飯を歌にして口ずさんでいた時だった。カイトは、その頃から動物も同じように話をしているのだと気付いた。
だがあまりにも当たり前のように動物たちが喋っているので、リリアや使用人たちも当然、動物達の声が聞こえているのだと思っていた。だからリリアに初めてその事を指摘された時は、本当にびっくりしたものだ。
『ねえねえ、動物たち何話してたの?』
「え?あー…、ウサギが、この葉っぱ美味しく無いと言ったんだが、そのあと他のウサギがしれっと衝撃的なことを……」
『え、なんで言ってたの?』
「え?それはだな……」
(こっちにおいで……、坊やたち……)
「……え?」
『なに?』
(聞こえているね……?……さぁ、こっちにおいで……)
それはカイトにしか聞こえない声だった。
低いような、しゃがれ声……。それでいてどこか優しく話しかけるような……。
「誰かが俺たちを呼んでいる……」
『え、私には何も聞こえないけど……』
「……行ってみよう」
『うん!』
そしてどんどんと森の奥へ進んでいく2人。
明るく陽が照らしていた、先ほどの森の麓とは違い、奥に行けば行くほど、暗くどんよりとした空気があたりを包む。
『カイト……、本当に大丈夫かな?迷子になっちゃわない?』
「大丈夫だ。道なら覚えてる」
(そう…。こっちだよ。その道をまっすぐ進むんだ)
声の通りに進んでいくカイトと、それにくっついて進むリリア。
気づけば2人は森の奥深くまでやってきていた。
『カイト、もう帰ろう……!』
「いや、誰かが俺たちを呼んでいるんだ」
『でも……』
(もうすぐだよ。坊やたち。)
「ほら、もうすぐだと言ってるし」
『……カイト。』
そして更に森の奥深くまで進んでいくと、開けた場所にたどり着いた。だがあたりは背の高い木が覆っていてどんよりと薄暗い。
(よく来たね……。待っていたよ)
「……君はだれだ?」
カイトがそう尋ねれば、兄妹をここまで呼び寄せたものが、ゆっくりと姿を現したーー……。
兄妹達の前に現れたのは幅がカイトと同じくらい、いやそれよりももっと太い巨大なキングコブラだ。
キングコブラの中でも随分と大きく育った体は、全長10メートルほどあるだろう。
ニョロニョロと動くその姿を見れば、大人でも泣いて逃げ出したくなるほどに恐ろしい。巨大なキングコブラは、長い舌ベロをひょろひょろと出したり入れたりをしながら、その鋭い瞳で兄妹達をじっと見つめた。
(俺はブラッドリー。この森に住む蛇さ。お前たちはこの国の王子と王女だな?)
「あぁ。どうして俺たちのことを呼んだんだ?」
(お前、動物の言葉がわかるんだろ?俺と取引きをしないか?)
「……取引?」
(そうだ。俺は人間が嫌いだ。はるか昔、俺はお前ら人間に森を焼かれ、すみかを追い出された。
そして奴らは、何よりも大切だった俺の妹をお前達は奪ったのだ。)
「はるか昔?森を焼いた?……君ってそんなに長生きなのか?」
(あぁ。俺はその時に悪魔に助けられ、不死身の身体を貰ったんだ。お前ら人間に復讐をするためにな。)
「悪魔……?」
(あぁ。お前、名前は何という?)
「俺の名前はカイトだ」
(そっちの娘は?)
「こっちは俺の妹のリリア」
(そうか。お前にも妹がいるのか。俺は先ほども言ったがお前達人間が嫌いだ。だが、もし俺に協力するのならお前と妹の命は助けてやる。だがーー)
「だが……?」
(協力しないと言うのなら、今この場でお前達を丸呑みにしてやる)
そう言うとブラッドリーは、先ほどまでの雰囲気とは一転し、兄妹を睨みつけ威圧した。
「……協力とは具体的に何をすればいいんだ?」
(国王に嘘をつき、民を騙せ。そして、あの時と同じように、お前達人間の住む街を一つ残らず燃やしてやる)
「そうか……。じゃあ俺は協力できない」
(なんだと!……それではお前の妹を先に食い殺してやる!!)
ブラッドリーはそう言うと、素早くリリアの元に走り出す。カイトは大きな声で
「助けて!!!」
と叫び、リリアの上に被さった。
(助けなど来ぬ!!)
ブラッドリーは、リリアの上に被さるカイトを丸呑みにしようと、大きな口を開いた。だがリリアが震えながらも投げた石がブラッドリーの顔に当たり、コントロールを失ったブラッドリーは、カイトの足に勢いよく噛みついた。
「……っ!!」
鋭い痛みがカイトを襲った。ゆっくりと痛みの元を見てみれば、カイトの細い足にはブラッドリーの牙が貫通していた。
『カ……、カイト!!!』
リリアは必死にブラッドリーの頭を何度も石で殴りつける。
それに腹の立ったブラッドリーは、次にリリアに噛みつこうと口を大きくあけた。
噛みつかれる!そう思い、リリアは目を瞑った。
だがその直後不思議なことに、2人は宙を舞うような感覚に包まれた。
「リリア! 大丈夫か!? ……え?」
カイトが目を開ければそこには青い空が広がっていた。
『カイトこそ……!!』
と泣き崩れているリリア。
「リリア!目を開けてみろ」
カイトに言われ、リリアもようやく目を開ける。
森の木々よりも、遥か高く飛ぶリリアとカイト。そして兄妹を掴む巨大な脚。上を覗けば、真紅に輝く大きな鳥が、2人を掴み空を舞っていた。
(王子殿。王女をよくお守りになった。その勇気、賞賛に値する。)
「……君は、誰なんだ?……俺たちを、助けてくれたのか?」
カイトは痛みに顔を歪めながらも、声の主と会話を交わした。
(私の名前はアイオーン。君たち人間からは不死鳥と呼ばれる存在だ。)
「不死鳥……?」
(あぁ。王子、よく聞くと良い。このままだとお前はあと数分で死ぬだろう。奴の毒はすぐに全身に回る。)
そう言うとアイオーンは、高い丘の上にカイトとリリアを下ろした。
(だが……。私の涙には、癒しの効果がある。よく傷口に塗り込むと良い。すぐに効果は現れるだろう)
不死鳥・アイオーンは涙を流した。
「ありがとう……」
不死鳥の涙を傷口に塗り込めば、牙の貫通した足はすぐに塞がり、身体中を回っていた気怠さはすぐに解消された。
「……君、すごいな!でも……、どうして助けてくれたんだ?」
(そうだな……。先代国王に感謝をしているから、とでも言っておこうか。)
「先代国王?いったい誰のことだ……?」
(君は、そのお方によく似ている……。会えて嬉しいよ。さぁ、背中にお乗り。家まで案内しよう。)
「ありがとう」
そう言うとアイオーンは2人をしっかりと掴み、空高く飛び立った。
「アイオーンは森に住んでいるのか?」
(あぁ。)
「へぇ。さっきの……ブラッドリーは知り合い?」
(まぁ、知らないやつではないな。あいつもかつては仲間だったのだ。遥か昔、人間に妹を奪われるまではな)
「……そうか。人間は昔、動物たちに酷いことをしてしまったんだな」
(そうだな……。だが先代の国王陛下が動物と人間の橋渡しをしてくれたのだ。そして、森を追われた動物たちに新しい居場所を用意してくれた。私の仲間達も何匹も助けられたものだよ)
「そうなのか。昔の国王は、すごい人だったんだな」
(あぁ。そうだ。だが王子殿も必死に王女をお守りになったではないか。自分を犠牲にしてでも何かを守るということはなかなかできるものではない。)
「そうかな。リリアは俺の命よりも大切な存在だから……」
そう言って先ほどから気絶をしているリリアを見つめた。
(そうか。王子殿に一つ忠告をしておこう。自分の命よりも大切な存在と言えるものは、これから先もなかなか現れるものではない。
命をかけて守りたいそう思うのならば、どんな時でも相手を信じる事を忘れるでないぞ。)
「あぁ。覚えておくよ」
(さぁ、そろそろ城に着く)
「本当だ。アイオーン、助けてくれてありがとう。またいつか会えるか?」
(そうだな。またいつか逢えると良いな)
「ああ!」
アイオーンはそう言うと、カイトとリリアを優しく城の中に降ろした。
(では王子殿、またいつか)
「ああ。元気でな」
そしてアイオーンは空へ飛び立っていった。