バトル・オブ・バトラー!
name change
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「……オレの勝ちか」
「蔵馬、お嬢様を頼んだぜ!」
ジャンケンバトルを制した蔵馬は、勝利した自分のチョキの形をした右手を、少し驚いたように見つめる。
バン!と強く桑原が蔵馬の背中を叩いた。
「蔵馬がエスコート役なら安心だな!」
「蔵馬が勝ったの?」
幽助や飛影に頼むハメにならなくてよかったと安堵する桑原の横で、パチリと瞬きをして名前が訊ねる。
「ああ。名前、よろしく」
「……うん。よろしくね」
穏やかに微笑んだ蔵馬に、胸の内にじわじわと喜びが広がるのを感じながら、名前は頷いた。
「お嬢様の大事な晴れ舞台、頼むぞ蔵馬!」
名前が雪菜とともにパーティー用のドレスに着替えるため支度部屋へと向かうと、真剣な顔つきの桑原が縋るように蔵馬へ頼み込んだ。
その必死な様子に、幽助が呆れてため息をつく。
「んな大袈裟な……ただの踊る会だろ?」
「何ふざけたことぬかしやがる浦飯! 舞踏会は見合いみてーなもんなんだぞ!」
「見合い!?」
思わず幽助の声が裏返った。
「エスコート役がいかに上手く立ち回れるかが重要なんだ。スゲー金持ちのスゲー優しい王子に見初められて結婚することがお嬢様の幸せなんだからな」
熱く語る桑原からは、お嬢様の幸せを願う執事としての真摯な想いが伝わってくる。
「あとスゲー顔も良けりゃ言うことないな! 毎日オレの顔に見慣れてるお嬢様は目が肥えていらっしゃるだろーから難しいかもしれねーが」
「フン。お前に比べれば大抵の王子が美男子だ。どんな不細工だろうとな」
「んだとテメー!」
激昂する桑原が飛影の首根っこを掴む。
「……いいのかよ、蔵馬」
「なにが?」
片眉を上げた幽助が静かに訊ねたが、蔵馬はその綺麗な形の唇に小さな笑みを浮かべているままだった。
◆
舞踏会の夜。
城の大広間は、まるで絵本の中の世界だった。
巨大なシャンデリアが煌めき、クラシックな音楽が優雅に流れる。
各国の貴族や令嬢たちがドレスとタキシードに身を包み、笑顔で談笑していた。
蔵馬は黒の燕尾服に身を包み、宝石のように美しい微笑をたたえていた。
名前のドレス姿を見た瞬間、蔵馬の瞳は見惚れたように揺れた。
「すごく綺麗だ、名前」
「ありがとう」
真っ直ぐな褒め言葉に、名前は照れたようにはにかむ。
「光栄だな。こんなに美しいお嬢様のエスコート役を承ることができるなんて」
スッと差し出された手に、胸が弾むのを感じながら名前はためらいなく応じた。
会場の女性陣の視線はふたりに集中する。
なにせ、“伝説の美男子執事・蔵馬”が舞踏会に現れ踊っているのだから。
しかし蔵馬はそれらのうっとりとした視線をすべて無視し、ただ目の前の名前だけを見つめていた。
「蔵馬のエスコート、安心する」
踊りながら、名前が呟いた。
何度も練習に付き合ってもらい、慣れ親しんだ蔵馬の手は、あたたかくて誰よりも踊りやすい。
「そう? オレは、緊張して仕方ないかな」
蔵馬の返事に、名前は目を見張り、「嘘」と小さくこぼす。
だって蔵馬の様子はいたって変わらず、いつも通りに落ち着いて踊っているように見える。
「名前をエスコートして舞踏会に出るなんて大役、本来は与えられるはずがないからね」
ほんの少し自嘲的にこぼされた台詞に、ズキっと名前の胸が痛む。
けれど。
「……今夜だけは、夢を見てもいいですか」
その囁きに、名前は目を丸くし、切なげに微笑む。
「今夜だけじゃ、足りないよ」
小さく落とされた名前の言葉に、蔵馬は心を大きく揺さぶられながらも——
懸命に平静を保って、彼女と優雅に踊り続けたのだった。
◆
舞踏会も中盤。
蔵馬と名前がフロアの隅で談笑していると、一人の若い貴族の青年が近づいてきた。
「美しいお嬢さん。次の曲は私と踊ってもらえませんか?」
彼の手が、名前の白い手に伸ばされ触れようとした瞬間――
「……お嬢様。少々、お耳を」
遮るように蔵馬が間に入り込み回り込み、名前へと顔を寄せ、囁いた。
その声は、普段の柔らかなものではなく、低く押さえた鋭さがあった。
「次の曲は、私と踊っていただく予定でしたよね?」
「え?」
蔵馬の言葉に、名前の心臓がドキンと跳ねる。
「失礼。今宵のお嬢様のダンスカードは、すべて我々執事が管理しております」
「……ほう? 使用人風情が、舞踏会の主役に口を挟むとはね」
「誰よりも大切なお嬢様のお相手を、誰彼構わずお任せするほど、我々は軽率ではございません」
貴族の青年は一瞬、睨みつけた。
しかし、蔵馬は一歩も引かず、瞳だけで静かに威圧する。
「お嬢様は、舞踏会の飾りではありませんので。どうか、悪しからず」
そう付け加え、蔵馬はにこやかに微笑んだ。
その笑みは一見柔らかいが、一切の交渉を許さないものだった。
蔵馬の有無を言わさない圧に、たじろいだ貴族の青年はすごすごとその場を去っていく。
「蔵馬、ありがとう」
貴族の青年の姿が見えなくなると、ホッとしたように息をついた名前が礼を述べた。
「いや……本当なら、あそこで送り出すのがお嬢様のためなのかもしれない」
珍しく迷うように視線を伏せた蔵馬に、名前は目を見開く。
「それでも、名前が他の男と踊る姿を見たくなかった」
蔵馬の言葉が、真っ直ぐに名前の胸を突いた。
「名前を誰かに奪われるくらいなら、執事であることすら投げ出してもいいと思ってしまった」
「じゃあ、執事はもうやめて。ただの蔵馬として私の隣にいて」
真剣な表情で告げた名前に、蔵馬は目を見張り——そうして、柔らかく微笑む。
「……そんなことを言われたら、本当にやめてしまいますよ」
微笑みながら、ふたりは額を寄せる。
「嬉しい。……ねえ蔵馬、また一緒に踊ろうよ」
そう言って名前が指差したのは、大勢が賑わうダンスフロアではなく、月明かりのさす無人のバルコニーだ。
「喜んで」
差し出された名前の手の甲へ、そっと蔵馬が唇を寄せる。
落とされた口づけに、名前の頬が赤く染まった。
ふたりは夜風の中、誰にも見られぬバルコニーで、もう一度ワルツのステップを踏み始める。
音楽などない。
けれど、蔵馬の手はとても優しく、名前の腰を支える腕は、決して離れようとしなかった。
「誰にも渡さない」
小さく呟いたその言葉は、夜の風に溶けて、名前の耳にだけ届いたのだった。
*fin*
