Ⅴ 飛影ルート
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✴︎92✴︎雪菜
聞き間違えるはずがない。
あれは全部、確かに飛影の声だった。
軀に呼ばれた理由がやっと分かった。
“あいつが何をしようがオレには関係ない”
あの言葉を、私に聞かせるためだったんだ。
ただひたすらに未来は走った。
何度か足がもつれて転げそうになって、辿りついた先の扉を勢いよく開く。
「未来ちゃん!?」
外には、使い魔の隣で参考書を広げ勉強中の桑原が待っていた。
「どうした?飛影は一緒じゃねーのか?」
仲間の異変に気づかない桑原ではない。
ひどく青白い未来の顔を心配そうに覗き込む。
「……帰る」
「は!?」
まさかの未来の一言に、桑原は絶句する。
「帰る時間だって知らされたから」
「時雨様に会いましたか?その通りです。帰還の時間となりました」
早口で述べた未来に、軀や時雨から命令を受けている使い魔が同意する。
「おいおい中で何があった!?紙袋持ってねーってことは、チョコは渡せたのか?」
「なくした」
「なくし…!?」
あんなに大事そうに抱えていたチョコを、あろうことか“なくした”とは。
百足に入る前と後で豹変した未来の様子に、混乱する桑原である。
「飛影とは会ってきたのか!?」
“関係ない”
桑原に問われ、飛影の言葉がフラッシュバックした未来は聞きたくないとでも言うように両手で耳を塞いだ。
「会ってない!会いたくない!もういいよ、早く帰らせて…」
「未来ちゃん、こっち向け!」
ずっと俯いていた未来の肩を、ガシリと桑原が掴む。
「何があったか言いたくないなら言わなくても構わねー。けどな、断言する!ぜってーこのまま帰ったら未来ちゃんは後悔する!」
しっかり未来と目を合わせて桑原は叫んだ。
「あんなに飛影に会うの楽しみにしてたじゃねーか。なのに会ってこなくていいのか?」
今度は優しく諭されて、未来の瞳にじわじわと涙がたまっていく。
「私…だいぶ己惚れてたみたい……」
「未来ちゃん!?」
泣き始めた自分に桑原があたふたしている姿が、涙でどんどんにじんでいく。
少なくとも仲間としては飛影に好かれていると思っていた。
今日会ったら、飛影は驚きつつも喜んで歓迎してくれるだろうと。
とんだ自惚れだった。
飛影は軀が未来を呼んだことに怒っていた。
くだらない用事で呼びつけるなとまで言っていた。
「飛影は私に会いたくないみたいだった……。この耳で聞いたの」
飛影に嫌われても仕方ないほどには、知らないうちに自分は彼を傷つけてしまっていたらしい。
“単純だ。飛影を殺した女のツラを一度拝んでみたかったからだ”
殺した女、と軀には称された。
それが本当なら、どんな顔をして飛影の前に立てばいいのか分からない。
会えるわけないと、未来は思った。
「桑ちゃんごめんね。せっかく付き合ってもらったのにこんなことになって」
受験勉強で忙しい中、桑原はここまで付き添ってくれたのに未来は申し訳なくてたまらなかった。
「あいつが素直じゃねーの知ってるだろ?何か事情があるに決まってる!」
「軀様の指定された時間を過ぎています。早く帰ってもらわないと」
「うるせェ!このまま帰れっか!」
幻海邸へと続く空間の穴を開け、待っている使い魔に急かされるも反抗する桑原。
「オレもついてってやる!なんならふざけたこと抜かす飛影の奴を二、三回ぶん殴ってやるからよ!もう一回中入って飛影に会いに行こうぜ!」
桑原の提案に未来の瞳がわずかに揺れたその時、突如二人をぬっと大きな暗い影が包んだ。
「な、なんだこいつ!?裏男!?いや女か!?」
目の前にいる妖怪は、かつて出会った樹のペット・裏男と酷似した容姿だが、長いまつ毛は女性であることをうかがわせる。
「な!?」
使い魔も裏女の出現は予想外であったらしく、激しく狼狽している。
「きゃ…」
「うおっ!?」
裏女が大きな口を開け、抵抗する間もなく未来と桑原はその中に放り込まれたのだった。
そうして暗闇に包まれたかと思えば、ぺっと裏女の口から未来と桑原は吐き出された。
「いてて…どこだここは?」
桑原が辺りを見回せば、見覚えのある景色に、魔界よりも澄んだ馴染みの空が広がる。
「未来ちゃん!?カズも!」
「一体何があった!?」
縁側に座っていた静流、幻海が立ち上がり二人に駆け寄った。
「オレも何が何だか…」
どういう訳か知らないが、桑原と未来は裏女に幻海邸の庭まで連れてこられたらしい。
「この妖怪は!?」
「オレらは魔界で突然そいつの口に放り込まれたんだ。樹がつれてた妖怪とそっくりだぜ。あっちが裏男ならこっちは裏女ってところか」
大きな妖怪を静流が見上げれば、桑原が己の身に起きた状況を説明する。
「どうやら未来のことを主人として慕っているようだね」
未来の方へ熱い視線を送っている裏女に気づいた幻海。
「え…!?」
ずっと黙っていた未来が思わず声をあげると、裏女は肯定するようにお辞儀し敬礼してみせた。
「主を探して次元の狭間をさまよっていた最中に、魔界へ来た闇撫の未来を見つけたってところか。あんたもまたえらいのに懐かれたね。ここまで連れてこいってこいつに命令でもしたのかい?」
「いや、命令はしてないですけど…」
幻海に訊かれ、ちらっと未来が裏女の方を振り向くと、不思議なことに彼女の意識がぼんやりと伝わってくるような感覚がした。
「私が帰りたがってたから、ここへ連れてきてくれたんだって」
「未来ちゃん、こいつの思ってることが分かるのか!?」
「ほう、さすが闇撫だね」
新たな才能をみせた未来に、感嘆する桑原と幻海である。
「帰りたがってた?未来ちゃんが?」
驚いて目を丸くしたのは、未来の恋愛相談にのっていた静流だった。
「……はい」
その問いに、ピクッと小さく肩を揺らした未来が頷く。
(ああ、だめだ……)
思い出すと、裏女が登場した衝撃で一時引っ込んでいた涙がまたすぐにでもあふれ出しそうになる。
「っ…ごめんなさい!」
「未来ちゃん!」
これ以上ここにいると、皆の前で泣いてしまいそうだった。
駆け出した未来の背中を、静流が追いかける。
「こういうのは静流に任せておいた方がいいかもね」
飛影がらみで何かあったのだろうと、なんとなくだが察した幻海がぼそっと呟く。
「あの子があんなに取り乱すなんて、飛影と何かあったのかい?」
「未来ちゃんが言うには飛影は未来ちゃんに会いたくない態度とってたらしくてよ」
「何だって?」
にわかには信じ難く、思わず幻海は聞き返していた。
「可哀想になっちまうくらい、未来ちゃんショック受けてたぜ」
飛影が未来ちゃんに会いたくないわけねーと思うんだがなァ、と空を仰ぎ桑原がぼやく。
「今はそっとしておいた方がいいのかなやっぱ…だーっ!わかんねー!何が正解だ!?ったく何やってんだ飛影の奴は!」
「とりあえずあんたは今日の事は忘れて目の前の受験に集中しな。ここからはあの子の問題だからね」
失恋した仲間、しかも女の子である未来への接し方が分からず、何もできないふがいなさと飛影への怒りに頭をかく桑原へ、幻海が助言する。
「あんたが気に病んで不合格になった方がもっと未来が落ち込むことになるよ」
「縁起でもないこと言うなよばーさん!」
想像するだけでゾッとして、身震いする桑原である。
「蔵馬はとっくに学校に戻って勉強中だ、あんたも帰りな」
昼休み学校を抜けて未来と桑原の見送りに来た蔵馬だったが、もう午後からの授業へ出席するため帰ったという。
「さ、分かったら早く行く!」
「いででわかったよばーさん!」
桑原も勉強に集中しろと、強く背中を押し強制的に帰らせようとする幻海なのだった。
***
自室にてさめざめと泣いている未来の背中を、静流がさすっている。
「飛影くんと何があったか聞いていい?……ごめんね、あたしがけしかけたせいで」
「っ…静流さんのせいではないです!」
脈アリだと軽率にけしかけたことに責任を感じる静流だが、未来が即座に否定する。
そして、百足内での出来事をざっくりと説明した。
「飛影くん、本当に未来ちゃんが来てたこと分かってたのかな?扉越しに彼の声聞いただけで、直接会ってはいないんでしょ?」
未来の話を聞き終わり、生じた疑問を静流は口にする。
「私の妖気を躯の部屋の中に感じただろうから、分かっていたはずです」
「でも妖気って小さいものは意識的に探ろうとしないと分からないし…それに未来ちゃんの妖気、かなり変わってるよ」
「変わってる?」
「うん。闇撫の能力を極めるにつれて、自分では分からなかったかもしれないけど未来ちゃんの妖気、どんどん変化してるよ。元の妖気しか知らない飛影くんは、未来ちゃんだって気づかないと思う」
「でも……そうだとしても、関係ないという発言は事実ですから」
自分で言っていて悲しくなってきた未来が深く俯く。
「私、分からないんです。自分が飛影に何をしてしまったのか。軀に殺した女なんて罵られるほどのことをしてたのに」
ポツリポツリと、心境を吐露し始める未来。
「分からない自分がこわくて。でも…軀の発言を思い返せば、もしかしたら飛影の過去と関係があるのかもしれないです」
「飛影くんの過去?聞いたことないけど…」
「私も知りません」
哀しそうに眉を下げて、未来が首を横に振る。
飛影が己の過去を軀には話したのだと思うと、モヤモヤしたものが未来の胸の内で広がった。
“お前、どうして元居た世界に一度帰ったんだ?”
“家族がいるから、だけど…”
“飛影の過去を知っていて、奴に告げた答えがそれか”
飛影の前で、家族という言葉は禁句だったのだろうか。
その仮説に行き着くと、心臓をギュッと強く掴まれたように胸が苦しくなる。
“お前は知らないだろうな”
軀の燃える怒りを孕んだ、あの鋭く厳しい眼差しが忘れられない。
「何気なく私、無神経な発言してたのかなって…」
飛影の冷たい言葉を聞いて、どん底に落ちた未来。
気づいたら足が動いていて、逃げるように帰ってきた。
「未来ちゃん、知らないなら、分からないならその場で飛影くんに聞けばよかったのに」
「本当、その通りですよね。私、自分がこんなに臆病だったなんて知らなかった」
逃げ帰ってしまったのは、飛影に会わす顔がなかったからというよりは、飛影に会うのがこわいからだった。
顔を合わせて、目の前で飛影に拒否されるのがこわいのだ。
その時、自分は本当に精神的に壊れて立ち直れないんじゃないかと未来は思う。
「せっかく手を伸ばせば届く距離に来たのに逃げ帰っちゃって、呆れますよね。軀が招待してくれるなんて、こんなチャンスもう二度となかったのに…」
「未来ちゃん…」
頬を涙で濡らした痛々しい未来の姿に、静流はかける言葉が見つからない。
「飛影に嫌われるようなことしてたなら…理由を知って謝りに行きたい。けれど、今は飛影に会うのがこわくて」
「会いに行ける勇気を持てた時にまた魔界へ行くのは?」
静流の声に呼応するかのように、部屋の壁に八の字眉になった裏女が現れた。
「魔界には連れていけるけど、飛影のいる場所までは分からない、申し訳ないって言ってます」
「そ、そう…」
突然現れた裏女とナチュラルに通訳する未来に、ツッコミたくなる気持ちをなんとか静流は抑えた。
「あ…でも、飛影の過去について知りたかったらアテは霊界にあるかも」
ふと未来の頭に浮かんだのは、飛影の妹であり現在は霊界にいる雪菜の顔だった。
「本当!?なら今すぐ霊界に行ってきなよ!あたしからの命令!」
目を輝かせた静流が、思い立ったら即行動!と未来の背中を強く叩く。
「飛影くんが好きって話す未来ちゃん、すっごく可愛かったよ。応援したいって素直に思った。簡単に諦めてほしくないんだよね」
そんな風に言われたら、断ることなんてできない。
未来は静流に促されるまま、霊界行きを決意するのだった。
***
「勢いで来ちゃったけど…」
幽体離脱を行い、霊界を訪れた未来だが自分は特防隊から疎まれる立場の人物であることを失念していた。
迷った末にインターホンを押すと、意外にもあっさりと中に通されコエンマの部屋へ案内された。
「未来か、珍しいな」
赤ちゃん姿のコエンマは書類から顔を上げぬまま、未来を部屋へ迎え入れる。
「こんにちは。びっくりしました、てっきり霊界の人に私の侵入拒まれるかと思ってましたから」
「ああ、未来の二回目のトリップを防げなかった責任をとって大竹が辞任したからな。大竹よりも今の特防隊長は話がわかる」
霊界特防隊長が変わり、未来への警戒の目や敵意はだいぶ和らいだという。
「もう安心して一人で外を出歩いてもいいかもしれんな。まあ用心するに越したことはないが…で、要件は何だ?」
「あの、雪菜ちゃんってどこにいますかね?」
「ジョルジュの仕事を手伝っとるはずだが、何かあったのか?」
「雪菜ちゃんって飛影の妹じゃないですか。飛影の過去について話を聞きたくて来たんですけど、でも…」
未来は本当に雪菜にそんな質問をしていいのか躊躇していた。
こんなやり方で飛影の許可なしに彼の過去を聞き出し探るなんて、姑息で卑怯だ。
雪菜も飛影も騙すことになる。
「飛影の過去?どういう風の吹き回しだ?」
「実は私さっき魔界へ行ってきたんですけど」
「はあ!?」
衝撃の発言に判子を押していた手を止め、やっと未来の方を向いたコエンマ。
「魔界へ!?聞いとらんぞ!」
「すみません、コエンマ様に話すタイミングなくて…」
「コエンマ様、早急にこちらの書類もお願いします!」
寝耳に水のコエンマが未来に詰め寄るも、ジョルジュ早乙女と雪菜が大量の書類を抱え部屋に入ってきた。
「ジョルジュ、こんな事務処理をやってる暇はない!」
「えー、でもこれを今すぐやらないとキツいお仕置きが待ってるってエンマ大王様が」
おしりペンペンの刑に怯え、さーっとコエンマの顔から血の気が引いていく。
「未来、後でゆっくり説明してもらうぞ!雪菜、未来が兄の話を詳しく聞きたいそうだ。二人で隣の応接室へ行ってくるといい」
一気に述べると仕事に没頭し始めたコエンマの指示に従い、雪菜と未来は応接室のソファーに向かい合う。
「雪菜ちゃん。ごめんね突然押しかけて」
「いいえ、未来さんが会いに来てくださって嬉しいです。何かあったんですか?その目…」
「これは…気にしないで、大丈夫だよ!」
赤く腫れた目を隠す仕草をして、未来は雪菜を心配させまいとする。
「私の兄の話が聞きたいって、本当ですか?」
「あー……うん。どうして雪菜ちゃんと離ればなれになったのかとか、よかったら教えてほしいなと思って来たんだ。でも、」
やっぱり聞くのはやめとくよと未来が言い切る前に、口を開いたのは雪菜だった。
「意外です。未来さんは、いつか兄本人の口から直接聞くことのできる方だと思ってましたから」
予期せぬ雪菜の発言に、未来の心臓が跳ねる。
そして、幻海邸での飛影との会話を思い出した。
“聞かないのか?”
“何を?”
“どうしてオレと雪菜が生き別れたか”
飛影はちゃんと未来にチャンスをくれていた。
あんな質問をしたのは、聞いてほしかったからではないかと今さら気づく。
(雪菜ちゃん、もしかして飛影がお兄さんだって気づいて…?)
けれど、それを口に出して真偽を問うことは未来はしなかった。
飛影の正体を察していても尚、雪菜が兄探しを続けるていを装っているのには、きっと意味があるのだろう。
ならば、未来も気づかなかったふりをしていようと思う。
雪菜は待っているのかもしれない。
飛影が自ら兄と名乗り出るのを。
「雪菜ちゃん、泣いちゃった理由話すね」
雪菜には、おそらく涙の理由に飛影が関係していると見透かされている。
そう感じた未来は、せめてもの誠意をみせるため正直に雪菜に百足内での出来事を語ることにした。
「…それで、私ショックで逃げ出してきちゃって」
話していると、飛影に拒絶されたショックが呼び覚まされてつらくなってくる。
じんわりとまた未来の目に涙が浮かんできた。
「……可哀想」
顔を伏せ、ポツリとこぼした雪菜。
「飛影さんが可哀想。未来さんに信じてもらえなくて」
しかし、雪菜が同情を向けた相手は未来ではなく、飛影だった。
「え…?」
可哀想って、飛影が?
キッと鋭い目つきをした、普段からは想像できない雪菜の姿に未来は圧倒されていた。
「未来さん、これまで飛影さんの何を見てきたんですか?」
強い意志を感じさせる、雪菜の綺麗な瞳に射すくめられる未来。
(この目を私、知ってる)
既視感のある熱い眼差しに捉らわれ逸らせない。
(飛影と同じなんだ…)
“行くな”
真っ直ぐこちらを見つめ告げた飛影の瞳と掴まれた手首から伝わる体温を、未来は雪菜にまざまざと思い出させられた。
「思い出してください。飛影さんが今まで未来さんに向けてきた言葉や態度を」
怒りに満ちていた雪菜の表情が、眉が下げられ今度は悲しげなものに変わる。
「そんな扉越しで聞いた言葉に惑わされないでください。飛影さんが未来さん本人に向ける態度こそが本物だと思いませんか?」
どうして分からないんだと、悲痛に雪菜は未来へ訴えかけていた。
「あ…」
頭をガツンと殴られたような衝撃をもって、未来は大切なことに気づかされる。
未来だって飛影から大事な仲間だと思われていると信じて疑っていなかった。だからこそ、今回の出来事がショックだったのだ。
けれど……
強くなりたい。お前のためにも。
飛影はそう言ってくれたじゃないか。
武術会で命を救ってもらったことなんて、数えきれないくらいある。
誘拐された時、雨の中助けに来てくれたのは飛影だった。
生き返った時に真っ先に喜び抱き締めてくれたのも飛影だった。
何度も、何度も飛影は態度で示してくれていた。
未来が大切な存在だって。
(それなのに私、大打撃受けて逃げ帰って…)
飛影を信じられなかった自分が猛烈に恥ずかしくなる。
(雪菜ちゃんの方が、よっぽど飛影のことを信じてた)
百足での出来事は、これまでの飛影との絆を覆すようなものではないと、今なら言える。
「飛影さんが未来さんのことを嫌うはずがありません。武術会や幻海さんと四人で一緒に暮らした時くらいで、お二人と過ごした時間は短いけれど…」
私にだってそれくらいわかりますと、静かに雪菜は付け加えた。
「見くびらないでください」
私の兄を…兄の貴女への気持ちを、見くびらないでください。
雪菜の眼差しにそんな想いが込められているように感じたのは、自惚れではないと思いたい。
「雪菜ちゃん、ありがとう。おかげで私、目が覚めたよ」
そう述べた未来の瞳には、もう迷いも涙も浮かんでいなかった。
「今回の飛影さんの言葉には、絶対に理由があると思うんです。だから、未来さんは飛影さんを信じてあげてください。…どうしたんですか?」
ふふっと小さく笑みをこぼした未来に、雪菜が首をかしげる。
「いや、雪菜ちゃん、桑ちゃんと同じこと言うんだなあと思って」
「和真さんと?」
“あいつが素直じゃねーの知ってるだろ?何か事情があるに決まってる!”
桑原も飛影の態度には理由があると言い張ったことを、未来は雪菜に話した。
「そうですか…和真さんが」
柔らかくなった雪菜の表情から察するに、これは桑原の株上げに一役買ったのではないかとほくそ笑む未来。
人間界に帰ったら、電話でもいいからすぐに桑原と、そして姉の静流に謝り伝えよう。
もう泣かないと。
また飛影に会いに行く覚悟ができたと。
「雪菜ちゃん、やっぱりお兄さんの過去について聞くのはやめておくね」
「はい。私もその方がいいと思います」
微笑み頷いた雪菜に、きっと自分も、飛影も敵うことはないのだろうなと未来は思う。
雪菜はただのいつもニコニコしている女の子じゃない。
確固たる意志を秘めた、見た目よりずっと強い女性なのだと今日未来は気づかされた。
(飛影。雪菜ちゃんは飛影の考えてるよりずっと上手であなどれない…とっても素敵な女の子だよ!)
まさか兄とバレているとは思いもしていないだろう飛影に、心の中で呼びかけてしまう未来なのだった。
「私、また飛影に会いに行くよ。いつ実現するか、見通しは全く立ってないけれど」
ただひたすらに闇撫の能力を磨くことしか、今の未来に出来ることはない。
しかし、あまり悲壮感はなかった。
それはひとえに飛影の妹である雪菜のおかげだ。
雪菜を訪ね会いに来てよかったと、心から思う。
(軀を納得させる方法も考えておかなきゃな)
もしかすると魔界で飛影を探すより、これが一番至難を極めることなのかもしれない。
軀にはお前が信用できないとハッキリ告げられた。
さて、どうやって軀を説得し、もう一度百足へ招待してもらおうか。
実は未来は雪菜にも静流にも、誰にも話さなかったある一つの確信を持っていた。
(軀は女だ)
何故そう思うのかと問われれば、未来の女の勘としか説明しようがない。
「飛影さんに会ったら、これを渡してあげてください」
着物の合わせから雪菜が取り出したのは、未来も見覚えのある一枚の写真だった。
「これって私が飛影にあげた…」
そっぽを向いた飛影の肩に手を置いて微笑む未来。
真ん中には腕を組んだ幽助、その隣に蔵馬。
最背列の桑原はワカチコポーズを決めている。
魔界の穴事件の打ち上げで撮影した、五人の集合写真だった。
「飛影さんからの預かり物です。未来さんの手で、飛影さんへ返すのが一番だと思うんです」
受け取った写真から、目が離せなくなってしまう未来。
(この時、確かに飛影は私のそばにいたんだなあ…)
あんなに近くにいた飛影が、今はこんなにも遠い。
飛影との距離が身に染みて、もう泣かないと決めたのに、また涙腺が緩みそうになる。
「未来さん。その氷泪石、飛影さんとお揃いなんですよ」
「え?」
雪菜に優しく語りかけられ、未来は首に下げている氷泪石に視線を落とした。
薄ピンクの紐で結ばれたそれは、今もまばゆい光を放っている。
「お二人は私の命の恩人です。離れていても、私は未来さんと飛影さんの幸福をお二人に渡した石に祈っています」
魔界へ向かう飛影へ告げたのと同じ台詞を、雪菜は未来の前で繰り返したのだった。
***
今自分にできることを精一杯やるのみだ。
魔界から帰ってきた未来は、以前にもまして闇撫の能力を極める修行に打ち込んだ。
相変わらず飛影に会いに行く方法は見つけられなかったけれど、鈴木の他に裏女という師匠も増え、未来は自分でも飛躍的に成長していったように思う。
そうして迎えた三月下旬、蔵馬がビッグニュースを幻海邸に運んできた。
「雷禅が死んだ」
「!」
ついに訪れた訃報に、一同に緊張が走る。
「幽助は癌陀羅へ向かっているらしい。隣室に兵をそろえて待機しろというのが黄泉からの命令だ。六人はオレについてきてくれ」
「皆気をつけてね。いってらっしゃい」
残された未来にできるのは、ただ皆の無事を願うことだけだった。
(とうとう魔界が大きく変わるんだ)
悪いようにはならないと信じてはいるが、今後どうなるか全く見当もつかないのだ。
残された未来はそわそわしてしまい無駄に室内を往復して、テレビゲームでラスボス戦中の幻海に気が散ると窘められた。
(飛影は…蔵馬は幽助は、どうなるんだろう)
蔵馬によれば、幽助の黄泉への返答次第で一気に全面戦争に突入するという。
(飛影に会いたいなんて思ってる場合じゃなくなるのだろうか…)
ところが未来の懸念とは裏腹に、飛影と再会する日は意外と近くやってくることになる。
「ただのケンカしようぜ。国なんかぬきでよ」
キッカケを作ってくれたのは、飛影と同じく未来にとってかけがえのない仲間の一人・幽助だった。