Ⅴ 飛影ルート
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✴︎90✴︎ Xデーは14日
赤黒く、時折雷鳴と稲妻が光る魔界の空。
何千年と見慣れた景色を、頭部を呪符と包帯で覆った細身の妖怪が、吹き抜けの大きな窓から眺めている。
「軀様」
この移動要塞・百足を率いり、三大妖怪の一人である人物・軀は部下の声に振り向いた。
「時雨か。どうした」
「たった今、一か月前に人間界と霊界へ派遣していた使い魔が帰還しました」
「ほう。何か情報は得られたか」
「いや、大したものはなかったようです。闇撫の娘が人間界へ戻ってきたとか、それくらいで」
「へえ……」
ニヤリと包帯の下で口角を上げた軀。
他人にとってはどうでもよい、とるに足らない情報こそが彼女が求めていたものだった。
早急に言霊を用意し、再び使い魔を人間界に送らなくては…と人知れず考える。
「軀様。不躾な質問ですが、どうして人間界や霊界などに使い魔を送ったのですか?雷禅や黄泉の国に送るのならまだしも…」
無礼を断りつつ、主の行動が不可解であった時雨は問う。
魔界の三大妖怪である軀ともあろう者が、人間界や霊界へ使い魔を送ったところで対黄泉・雷禅戦に役立つような有力な情報を得られるとは時雨には到底思えなかった。
「時雨。お前が飛影と戦ってからどれくらい経つ?」
「は…一カ月ほど前になりますが」
突拍子もなく逆に軀の方から投げかけられた質問に、意表を突かれた時雨の声は上ずる。
「ああ。ちょうどオレが使い魔を送るよう命令した時期だな。それが答えだ」
軀がそれ以上述べる気はないと察した時雨は、追及せず敬礼をすると部屋から下がった。
(底の知れないお方だ)
軀の部下になって数年経つが、主の腹の内を読めたことなど今まで一度もなかった。
おそらく何百年と仕えている部下も、そんな経験がある者は皆無だろう。
ふと、時雨の頭に一か月前対峙した新入りの少年の姿が浮かぶ。
(奴なら分かるのだろうか)
飛影が軀のお気に入りで、目をかけられているのは軍の中では周知の事実であった。
飛影の妖力の成長は目覚ましく、時雨を打ち負かしたほど。
軀に気に入られるのも頷ける。
軍の中で、二人が一緒にいる場面を見ることは少ない。
しかし、その二言三言ばかりしか交わされない短い会話のみで、軀は飛影の何もかも分かったような口ぶりでいるのだ。
(あの日、何かあったのかもしれない)
一カ月前、時雨が飛影と戦った日に、きっと軀と彼との間で何かが起こったのだ。
そう感じるのは己が勘ぐり過ぎているだけであろうかと思案しながら、静かに廊下を歩く時雨だった。
***
一月末、人間界・幻海邸の庭にて。
「じゃあ、今から皆を居間へ転送してみせるね!任せて、私は自分でやってみて成功してるから!」
期待と自信に満ち溢れ、はつらつとして語る少女とは対照的に、集められた五人の表情は暗い。
「本当に大丈夫なんか…?」
「オイラまだ死にたくないよ」
「あのバカ女は信用できん」
「死ぬ前に酒を浴びるほど飲みたかったぜ…」
「酎!まだ諦めるな!」
未来の“実験”なるものに付き合わされるべく招集された五人は、小声で不安を口々に述べる。
「どうしたの?」
「いいや何でもない!!」
小首をかしげた未来に尋ねられ、とっさに誤魔化す凍矢である。
帰還して以来、闇撫の能力を極めるべく修行を重ねてきた未来。
今日は特訓の成果のお披露目会も兼ねて、生命体の庭から居間への転送を試みようとしているところだ。
この安全性の保障されない実験の被験者に、不運にも幻海邸に居候中の五人が選ばれたわけである。
「おい鈴木。未来の師匠ならお前が実験台になればいいだろう」
未来の隣で彼女と同じく意気揚々としていた鈴木を、死々若丸が指差した。
「最初はそうするつもりだった。だが、万一何か起きた時に対処ができるよう、オレは残っていた方が良いと未来と話し合って決めたんだ」
「何かって何だよ何かって!」
鈴木の発言に不安をあおられ、一層顔を青くする鈴駒ら五人。
「でもね、せっかく五人集まってくれたんだけど、私まだ一人分が通れるくらいの穴しか開けられなくて。だから、協力してくれるのは一人だけでいいんだ」
「すまない、皆がこの歴史的瞬間の体験者になりたいだろうに…。だが、現段階で何度も能力を使うのは未来の体力が持たんと考えてオレが止めたんだ」
非常に申し訳なさそうに述べた未来と鈴木に反して、皆の顔は希望に輝く。
「おい、犠牲は一人だけでいいらしいぞ」
「ここは公平にジャンケンで決めるべ」
「やめろ!オレがジャンケン弱いの知ってるだろ!」
「しかしそれが一番手っ取り早い方法で…」
「も~~情けない!!!」
醜い会話に、しびれを切らしたのは鈴駒だった。
「へっぴり腰で怖がっちゃって、恥ずかしくないわけ?男として情けないったらありゃしないね!オイラがやってやるよ!」
先ほどと態度を一変させ、男気をみせた鈴駒に他の者はしばし呆気にとられる。
「……無理をするな鈴駒。お前の技量と器ではこの役は務まらん。オレがやる」
鈴駒の発言に、男としてのプライドをくすぐられたのは死々若丸だけではなかった。
「オレがやるっちゃ!鈴駒一人だけにカッコつけさせるわけにはいかないべ」
「待て、オレがやろう。鈴駒にそこまで言われては魔忍としての名が廃るからな」
「貴様ら、早い者勝ちだぞ。オレがやると言ったろ」
「ちょっと、その理論ならオイラがやるべきじゃん!」
自分がやると声高に主張して、被験者の座をめぐり言い争う陣、凍矢、死々若丸、鈴駒。
「いいやオレがやる!お前らにはちったあ荷が重すぎるぜ」
「「「「どうぞどうぞ」」」」」
酎が名乗りをあげた途端、頑なだった態度を一転し譲る四人。
「オイ!」
勢いよくズッコケた酎である。
まるで打ち合わせしていたかのように、息の合ったダチョウ倶楽部コントを繰り広げる鈴駒たちなのであった。
***
「大っ成功~!らんららんらら~ん」
語尾に音符マークがつきそうな独り言を口ずさみながら、廊下を歩く未来。
なんやかんやあって生贄となってしまった酎の、庭から居間への転送に成功した未来は上機嫌だった。
今まで自分や物体を次元間の穴へ通して転送したことはあったが、初めて他人を被験者に成功したのだ。この経験は、未来に大きな自信をつけた。
(もっと、もっと大きくて強い穴を開けられるようになれば、魔界や元居た世界への入り口だって作れるようになるかもしれない)
当初は無謀だと思えた計画にも、ようやく一筋の光が見えてきた。
(そうしたら、飛影に会いに行ける)
飛影を思うだけでドキドキと高鳴る心臓に、ああ自分は本当に彼のことが好きなんだなあと感じる。
そして、それがとても嬉しい。
飛影のことを好きだと自覚する度に、胸がくすぐったくなって…嬉しくなる。
(早く会いたい。別れてからもう半年以上経つよ)
思い焦がれる相手は遠い魔界にいる。
飛影に早く会いたいという一心で、未来は身を粉にして修行を頑張ってきた。
(でも…魔界に行けたとして、どうやって飛影を探せばいいんだろう。妖怪から身を守る術も私にはないし…)
しかし、飛影に会うためには大きな壁と障害が立ちはだかっているのだと、未来は元日に交わした蔵馬との会話で気づかされた。
悩んだところで解決の糸口は見つからず、未来はひたすら闇撫の能力を極める修行に精を注ぐしかないのが現状だった。
はあ、と溜息をついたところでコール音が聞こえ、未来は電話が設置してある玄関付近へと急ぐ。
「はい、もしもし」
『はーい、未来ちゃん元気?』
「静流さん!?」
電話をとって聞こえたのは、意外な人物の声だった。
『未来ちゃん、突然だけど明日空いてる?カズも連れて遊びに行っていいかな』
「あ、はい!嬉しいです!」
日夜修行に明け暮れるだけの変わり映えのない毎日だったため、桑原姉弟の訪問を喜ぶ未来。
「でも桑ちゃんいいんですか?受験もうすぐなのに…」
『未来ちゃんに渡したいものがあって…。自分も行く!ってカズも言ってるからさ。未来ちゃんは気にしないで!』
そうして明日の訪問日時を約束した後、電話をきった未来は首を捻る。
(渡したいものって何だろう?)
全く見当もつかなかったが、とにかく明日、二人に会えることを楽しみに思う未来だった。
***
翌日。
ピンポーンと呼び鈴が鳴り、未来は玄関まで急ぐ。
「よーっす未来ちゃん!」
「未来ちゃん、久しぶり」
「桑ちゃんに静流さん!」
玄関扉を開けた未来が迎えたのは、桑原姉弟だけではなかった。
「それに…蔵馬!?」
「どうも」
元日の一件以来、未来は蔵馬に申し訳なく、たまに陣たちの様子を伺いに来る彼と顔を合わすのは非常に気まずかったが、努めて普通に接するようにしている。
もしかしたら無理をしているのかもしれないけど、蔵馬の態度も普通すぎるくらい普通だ。
ある変化を除けば……。
「今日も陣たちの修行の様子を見に来たの?」
「いや、これの内容がオレも気になってね」
そう言って蔵馬が指差したのは、桑原が手にしている手の平サイズの球体。
「何これ?」
「言霊ですよ。軀から未来宛ての」
軀から。
予期していなかった名前に、トクトクと未来の脈は速くなる。
だって軀は、飛影とつながる鍵となる人かもしれなかった。
三大妖怪の一人・軀からの言霊が未来に送られてきたという大ニュースに、幻海と居候中の六人も、野次馬心から居間に集まった。
「言霊が何かっていうのはさっきの蔵馬の説明で分かったけど、どうして私に軀はこれを寄越したんだろう?」
軀のような大妖怪が自分に何の用があるのだろうかと、未来は手の中の言霊を訝し気に見つめる。
「さっぱりわからねーが、昨日オレんちに軀からの使い魔って奴が来てよ、未来ちゃんにそれを渡してくれって」
「ここは今、結界が張ってあるじゃない?入れないからウチに来て頼んだんだってさ」
未来の住む幻海邸は現在、結界が張ってあるため仲間以外の余所者は侵入できない。
そのため、使い魔は未来の知り合いで霊感の強い桑原や静流の家に赴いたのだという。
「蔵馬は黄泉側の妖怪だからオレに頼むしかなかったんじゃねーかな」
「なるほど…あ、そうだ、桑ちゃんに私も渡すものがあったんだった!」
ハッと思い出した未来が自室へ取りに行き桑原に手渡したのは、学業成就のお守り。
「お正月、蔵馬と初詣行った時に買ったんだ。受験、応援してるよ」
「未来ちゃん…サンキュー!!」
「あんた、未来ちゃんの気持ち無駄にしないためにも尻に火つけて頑張んなさいよ!」
感激している桑原の背中を、バン!ともの凄い勢いで静流が叩く。
「ねーねー、早くその言霊見ようよ!」
激痛に悶える桑原を露とも気にせず、待ちくたびれた鈴駒が未来を急かす。
「うん、そうだね。で、これどうやって見るの?」
「壁に思い切り投げつければいいんですよ」
蔵馬の言った通りにすると、打ち付けられた言霊はバリンと割れ、次第にモヤモヤと人型の影が壁に浮かび上がってきた。
(この人が、軀…!)
強い妖力を持っているとは思えないほど細身の妖怪だが、包帯から唯一覗く右眼からは半端でない圧と貫禄を感じる。
『初めまして未来。オレが軀だ。突然こんなものを寄越して驚いたろう。風の噂でお前が戻ってきたと耳にしてな』
ガタイのよくもっと低い声の人物を想像していたが、軀は意外にも少年のような声の持ち主だった。
軀の次の言葉を待つ未来は、口が嫌に乾いていることに気づいた。
実際に軀が目の前にいるわけではないのに、とても緊張している。
軀には、そうさせる何かがある。
『お前のことは飛影を通じて知っている。ぜひオレも会って直に話してみたいんだ。オレの軍へ招待するから一度遊びに来てみないか?』
「え!?」
声をあげたのは未来だけではなかった。
軀のまさかの誘いに、それまで静かに固唾を飲んで聞いていた周りの皆も、驚き目を丸くしている。
『早速だが、14日後の正午にまた使い魔をやる。そいつにお前をこの要塞まで連れてこさせる手筈だ。結界の外に出て待っていてもらえると助かるな』
こちらの予定など考慮しない、強引な誘いだった。
『楽しみに待っているぜ。飛影の奴もきっと喜ぶ。お前に会いたがってるのはオレだけじゃないさ』
その言葉に、未来の頬が薄く朱に染まる。
『では14日後に会おう』
そう言い残して、軀の姿はすうっと跡形もなく壁から消えていった。
軀ってあんな男だったんだな!軀から声がかかるなんて未来スゲーな!と居候中の六人は賑やかに騒いでいる。
(ど、どうしよ…!ほんとに!?14日経ったら飛影に会えるってこと!?うそ!やった!軀さんありがとう…!)
軀の誘いで、数々の問題が一気に解決したのだ。
棚からぼた餅な展開に、両手で頬を押さえる未来は口元の緩みを抑えられない。
しかし、ふとした拍子に“彼”と目が合って、未来はピシリと固まった。
(く、蔵馬がこっちを見ている…!)
じーっとこちらを見つめる蔵馬と目が合い、浮かれていた未来はハッとし我に返る。
飛影に会えるのが嬉しくてたまらないという顔を、あろうことか蔵馬の前でしていた自分はなんて無神経だったんだろう。
(今だけは機能しないで!表情筋!!)
必死に頬の緩みを抑えようとする未来は、全神経を顔面に集中させ渾身の力を込める。
「…未来、変な顔してるよ」
「えっ」
そうしていると、蔵馬にズバリ指摘された。
「面白かっただ未来!さすがだべ!」
「瞬時の早業、見事だった」
「死々若に匹敵するレベルの変顔クオリティだったぞ!」
「おい。どういう意味だそれは」
「ちっとも嬉しくないんだけど…」
何故か感心している陣や凍矢、鈴木に誉め称えられ、むくれている未来が可笑しくて蔵馬は吹き出す。
“オレに気を遣って一生懸命な未来が可愛かったよ”なんて本心は、悔しいから絶対言わない。
「未来、本題に入るよ。浮かれてるとこ悪いけど、怪しいと思わないか?」
「え、ど、どこが?」
「全てが。未来を招待しても、軀にとって得は一つもないしかえってリスクを生むだけだ」
軀の真意が読めず、蔵馬の眉間の皺は深くなる。
未来を呼んで軀に何のメリットがあるというのだろう。単純に興味か?
しかし、蔵馬のそばにいて黄泉と繋がっている可能性のある未来を招待するなど、スパイを自ら呼び込むようなもの。
加えて黄泉と未来の間には何の義理も情もなく、人質としての体もなさない。
高いリスクを冒してでも未来を呼びたい、相応の理由を軀は持っているはずだが、皆目見当もつかなかった。
「でも、黄泉には私が戻ってきたことバレてないし、実際繋がってないでしょ?」
「軀はそんなこと知らないでしょう。黄泉と繋がっていないかどうか、確信は持ってないはずだ」
反論する言葉が見つからず、黙り込んでしまう未来。
(軀は、どうしてそんなリスクにかえても私に興味を持って、会いたいと思ってくれたんだろう…)
何か裏に隠された思惑があるのだろうか。
強い妖力も影響力も持たない未来相手に?
あまりにも違和感の残る仮説だ。
「飛影の奴が未来に会いたがってるから軀に呼んでもらったんじゃねーのか?」
「それだ!」
「未来、冷静になって考えてみて」
横から入った酎の適当な発言に、瞳を輝かせた未来だったが。
「飛影が未来に会わせてほしいと軀に頭を下げて頼み込む姿、想像できる?」
「…………できないです」
たっぷりの無言をもって、観念した未来が応える。
(軀は飛影を通じて未来を知ったと述べていたが…そもそも、あの飛影が軀に未来の話をしたってところから引っかかる)
無口でなかなか他人に心を開かない飛影が、軀が興味を持つほど未来に関してぺらぺら喋ったなんて、意外だし蔵馬は驚きだった。
(それに、どうして軀は未来が戻ってきたことを知っていたんだ)
人間界や霊界に使い魔を送り調べさせていたということだろうが、そこまでして未来の情報を軀が得たかった理由が見つからない。
「ということで、オレは未来が軀のところへ行くのは反対だな」
軀の言動には謎が多く、安易に誘いに乗るのは危険だと未来も思うし、蔵馬の言い分は妥当である。
「それに未来、忘れてないか?軀は人間を食べる、魔界を掌握できるほどの力を持った三大妖怪の一人だ」
「それでも、私は…」
「軀は好んで若い女の肉を食べるそうだよ。まさに未来みたいな」
それでも行きたい、と言おうとした未来だっだが、蔵馬の発言にひっと小さく悲鳴を漏らす。
(ま、まさか軀って私を食べるつもりで呼んだのかな…!?)
肩を縮ませ怯える未来は、まるで出荷前の兎のようである。
「そんな…うそ」
「まあ嘘ですけど」
「おいっ!」
「でも軀が恐ろしい妖怪だっていうのは本当だよ」
まんまと騙され憤慨する未来の様子に、クスッと笑う蔵馬。
前々から気づいてはいたが、未来は飛影と同じくとてもからかい甲斐のある相手だなと思いながら。
「じゃあさ蔵馬、私も思うんだけどね!」
蔵馬に論破され続け、挙句に騙された未来が声を張り上げる。
「軀がそんなに恐ろしい妖怪だって言うなら、その軀の招待を断る方がもっと恐ろしいことになるんじゃないの?」
「……痛いところを突くね、未来」
たしかに、ドヤ顔をした未来の言う通りだった。
軀の言葉節、やり方は誘うというより来いと命令していた。
軀の命に背くなんて、命が惜しかったら到底するべき行為じゃない。
「オレと黄泉の関係を見抜いたことといい、最近は人が違ったように冴えてるよね」
「それ今までは鈍かったってこと?」
「そんな言い方に聞こえたなら未来の気のせいだよ」
「気のせい…?ううん絶対気のせいじゃないよね!?」
「はは」
「もーっ」
笑って誤魔化し暗に肯定する蔵馬に、ぷうっと頬を膨らませる未来。
「なんかさ、前より二人仲良くなってない?」
「オレもそう思っただ」
鈴駒と陣が小声で囁き合っているのが、近くにいた未来の耳にも聞こえた。
(たしかに蔵馬は前より私にバンバン意見をぶつけて、ぶっちゃけてくれるようになった。だから私も言いやすくて…)
ズケズケと容赦なくツッコミをしたり、からかったり、ちょっと意地悪なことを言ったり。
そんな蔵馬の変化を、元日からの一か月間で未来は感じてきた。
つられて未来も、たとえば幽助にそうするみたいに、蔵馬に言い返す場面が増えている。
(なんか前よりもっと蔵馬を身近に感じるんだよね…前が遠かったってわけじゃないけど)
お互いより自然体で接して軽口を叩き合っている今、心の距離は以前と比べある意味近づいたような気がする。
蔵馬にどんな心境の変化があったのか、未来には解けない疑問に答えるとすれば。
おそらく、蔵馬の肩の力が抜けたのだろう。
未来に好かれようと、よく思われようと気を張る必要がなくなって。
けれどまだ完全には諦めきれないから彼女の気を引きたくなるし、飛影との仲を応援しようと思える段階ではないので、意地悪を言ったりからかってしまったりする。
そんな人間らしい蔵馬の部分を、きっと彼自身も未来に恋をして初めて知った。
(やれやれ、どうなることかと思っていたが、新しい良い関係を築けてるみたいだね)
実は心配していた幻海も、二人の様子を見てふっと小さく口角をあげたのだった。
「まあ反対意見を色々と述べたけど結局、未来には行く以外の選択肢はないってことだよ。守るってかっこよく言ってあげたいけど」
蔵馬には、いやここにいる誰にも、軀に打ち勝ち未来を守れるような力はない。
恐ろしい軀の元へ向かう未来を、黙って見送るしかないのだ。
不甲斐なさそうに述べた蔵馬に、チクリと未来の心は痛む。
蔵馬が未来の身の安全を本当に心配してくれているのだと伝わったから。
「心配なのは分かるが蔵馬、大丈夫だよ。この子は骨のある子だ。いつもあたしたちの想像より上をいく。ピンピンして帰ってくるさ」
「師範……」
普段は厳しい幻海から太鼓判を押され、未来の胸にじーんと熱いものがこみ上げる。
「魔金太郎に使ったような植物をまた蔵馬からもらっておけばいいだろう。食べられそうになったら使え。軀相手じゃ気休めにしかならんだろうがな」
「……うん、そうだね」
たぶんわざとであろう、不安しか増長させない死々若丸の助言にぶるっと震えた未来だったが、一応同意しておいた。
「安心してくれ未来ちゃん!この漢・桑原が軀んとこまで一緒についてってやる!」
その時、今までずっと沈黙していた桑原が突然立ち上がり熱く宣言した。
「桑ちゃんが!?ほんとに!?すっごく心強いよ!」
「ああ、任せてくれ!軀って奴は未来ちゃん一人で来いとは一言も言ってねーもんな」
黄泉側の妖怪である蔵馬や居候中の六人は未来に同行することはできないが、桑原なら可能だ。
頼もしい申し出に、未来は感謝感激雨あられ状態である。
「でもいいの?受験近いのに、申し訳ないよ」
「ちゃんと参考書持ってくから大丈夫だ!それに飛影と約束したからな。協力するって」
「協力って何の?」
「い、いやこっちの話だ!」
「えー、不安だなあ。あーあ、黄泉側にいなけりゃオイラが行くのに!桑原なんかに任せずにさ!」
「何をこの…」
「まあ抑えて抑えて」
鈴駒の物言いに拳を振り上げんばかりでいる桑原を、蔵馬がなだめる。
こうして桑原・未来の14日後の魔界への渡航が決定し、その場は解散となったのだが。
「未来ちゃん。ちょっと今からガールズトークしない?」
「あ、はいぜひ!」
六人と指導者である蔵馬、幻海は特訓を再開し、居間に残った静流が未来を誘う。ちなみに桑原は早く帰って勉強して来いと、先ほど静流に追い出された。
「さっきの様子見てて思ったんだけど、未来ちゃんって飛影くんのこと好きなの?」
「えっ…あ、その…」
「やっぱりー!普通あんな妖怪に呼び出しくらったら怖すぎて罰ゲームなのにすっごい行きたい感じだったからさ、飛影くんに会いたいのかなと思ったんだ」
カーッと赤くなってしどろもどろになった未来を前に、テンションが上がりニヤつく静流である。
「何で何で?いつから?」
「一回帰ってから…飛影と離れてみて気づいたんです」
黙秘権など与えない静流の圧に押され、答えてしまう未来。
「飛影くんのどんなところが好きなの?」
「どんなところ…」
問われて、未来は考える。
失礼なことも言われたし、最初の印象は決して良くはなかった。
変わったのは雪菜救出のため垂金の別荘に出向いた時だ。
それから何度も飛影の優しさに触れてきた。
幻海が死んで海に連れてきてくれたこと。
仙水のアジトに拉致された未来の元へ雷雨の中、来てくれたこと。
陣関連で喧嘩してしまったこともあったが、あれだって飛影が未来の安全を考えてくれていたからだった。
いつもぶっちぎりで強いから、飛影の試合は安心して観戦することができて。
飛影がいるから浦飯チームは大丈夫って思えた。
(戦う飛影の姿はかっこよくて…)
ほら。こうして思い出すだけで、心臓が早鐘を打つのが分かる。
飛影にお姫様抱っこをされて助けられる度、自分はどうして平常心を保っていられたのだろうかと不思議でならない。
(今もしされたら、やばいな)
きっと。ぜったい。
息ができなくなるとおもう。
「うまく言葉でまとめられないけれど…飛影の優しいとことか、芯が強くて堂々としてるとことか、かっこいいところに惹かれて…いいなって思って…」
恥ずかしそうに俯きながら、一つずつゆっくりと言葉を紡ぐ未来。
「~~未来ちゃん、可愛い!!」
すると、唐突に静流に抱きしめられた。
「可愛いのはむしろ飛影の方で、普段も可愛いなーって思うんですけど寝顔とか特に。戦ってる時とのギャップが…」
「飛影くんのこと想ってる未来ちゃんすっごく可愛いよ!あー、飛影くんに見せてあげたい!」
お互いの話には耳を傾けず、ひたすら未来は飛影の可愛さを、静流は未来の可愛さを語っている。
「私ね、未来ちゃんはだいぶ脈アリだと思うのよ。飛影くん、未来ちゃんのこと行くなって引き留めたりしてたじゃない?」
静流は未来から身体を話すと、ガシッと肩を掴み力強く述べた。
「嫌われてはないと思いますけど…」
「14日後ってバレンタインじゃない!チョコ渡しなよ!」
そうだ。その日は2月14日。
ちょうどバレンタインデーだったと未来は気づく。
自分磨き。
渡すチョコの試作。
来るXデーまでの二週間、飛影との対面に備えて、恋する未来がやるべきことはたくさんだ。