Ⅳ 魔界編
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✴︎88✴︎雪に願いを
死出の羽衣により、めでたく二度目のトリップを果たした未来。
爆拳、吏将ときて、未来の次なる意外な再会のお相手は。
「あ、あなたまさか、ドクター神谷~!?」
領域(テリトリー)を広げ、瞬時に傷を治すなんて芸当ができる人間は、未来が知る限り神谷しかいない。
「御名答」
驚く未来の反応が愉快で、ハッハッハと神谷は大声で笑う。
「あなた脱獄したって今ニュースで言ってたよ!その顔も自分でやったの?」
「まあな。どうする?オレを警察に突き出すか?証拠不十分で釈放が目に見えているがな」
「いいよもう…大人しくしてるなら」
自分の能力で整形した神谷に、以前の顔の面影はなく警察の信用は得られないだろう。
「脱獄のニュースの他にもね、奇跡の手道場ってやってたよ。素晴らしいお医者さんだって!あなたの能力も、今私を治してくれたみたいにさ、人のために使えばいいのに」
未来の台詞に神谷はきょとんとした後、先ほどよりもさらに豪快に笑いだした。
「ちょっとなんで笑ってんの~!?」
「自分の頭で考えてみろ」
考えてみてもさっぱり分からないと、未来は首を捻る。
「お前こそ、なんだそのみすぼらしい格好は。追いはぎにでもあったか?」
ひとしきり笑った後、今度は神谷が未来に質問する。
「う…これは話せば長くなるというか…」
「あれ~、未来じゃん!」
未来が言葉に詰まっていると、懐かしい元気な、ちょっと生意気な声に名前を呼ばれた。
「天沼くん!それに御手洗くんも!うわ~久しぶり!元気だった!?」
天沼とその隣にいる御手洗の姿に、パッと未来の表情は華やぐ。
「どうして二人がここに?」
「未来こそ!」
「ボクたちは塾の帰りなんだ」
「じゃあな」
久しぶりの再会に喜びあう三人を確認すると、背を向け立ち去る神谷。
「ありがとう!傷治してくれてー!」
言いそびれていた礼を未来が大声で述べると、神谷はこちらを振り返らぬまま、片手を挙げて応えた。
(もしかして、奇跡の手道場の医師は神谷なんじゃ…)
どんどん遠くなっていく背中を見て、何故か未来の頭にそんな考えが浮かんだのだった。
「未来、あの人誰?」
「二人の元仲間だよ」
怪訝な顔をして訊ねた天沼に、いたずらっぽく笑って告げた未来。
「どうしたんだその格好。大丈夫か?」
「うん…実はかなり寒くてつらいんだ…」
御手洗が心配してるそばから、くしゅん!と未来はくしゃみをしている。
薄いペラペラな黒いマントは防寒の役目を果たすとは思えず、今の未来は見ているこっちが凍えそうになるくらい不憫な出で立ちだった。
「とりあえずあの店に入ってあったまろう」
御手洗は自分が着ていたコートを脱いで未来に被せると、近くのファミレスを指差す。
「わ、ごめん!ありがとう。御手洗くんが寒くなっちゃうのに…。でもね、私恥ずかしながら今一銭も持ってなくて」
「そんなのボクが払うから!」
未来が遠慮しようとすると、つまらないことを気にするなとばかりに少し強い口調で言った御手洗。
(御手洗くん、しっかりして男らしくなったなあ…)
コートを着せてくれたり、未来を引っ張っていってくれる御手洗に男らしさを感じ、キュンとしてしまう。
「未来、靴も履いてないじゃん!オレのちょっとの間なら貸すよ!」
「いいよ。ありがとね、天沼くん」
たぶんサイズ合わないし…と思いながら、未来は天沼の優しさに礼を言うのだった。
身体は寒くても、二人に会えて、心はもう寒くなかった。
暖房のきいたファミレスにて、未来と天沼は向かい合って座り談笑している。
「未来、お待たせ」
二人の元へ、紙袋を下げて御手洗が到着した。
「ありがとう、御手洗くん!本当に助かるよ、何から何まで」
「制服に合いそうなもの適当に見繕って買ってきたよ。ごめん、さすがに上着を買うお金はなくて…」
「十分だよ!ありがとう」
靴や替えの靴下、カイロを買ってきてくれた御手洗に、未来は感謝し頭が上がらない。
「ところで、どうして靴も履かずにあそこにいたんだ?」
「今天沼くんに話してたところなんだけどね、私、半年前に霊界に追放される形で元の世界に帰ってたんだけど、ひょんなことからまたこの世界に来ちゃって」
「気づいたら蟲寄にいたってわけか」
「うん…まあそんなとこ」
ざっくりとだが、御手洗にトリップした経緯を説明した未来。
「私、今度こそ諦めたくないんだ。またここへ来れたからには、どうにかして二つの世界を行き来できる方法を探そうと思う」
「じゃあこれからもまた未来に会えるってこと?」
「うん!また一緒にゲームしよ!」
「まあ気が向いたら付き合ってやってもいいけど」
素直に喜ぶのが照れくさく、可愛くない返事をしてしまう年頃の天沼である。
「二人は塾の帰りだったんだよね。えらいね、クリスマスイブも頑張って」
御手洗は高校受験、天沼は中学受験のため同じ塾に通っており、当然クラスは別だがたまに帰りが一緒になるという。
「受験生にクリスマスなんてないよ」
「あっ…悪いね、勉強しなきゃいけないのにこんな引き留めて」
「いいんだ。ちょうど息抜きしたかったし」
「ガリ勉しなきゃ合格きついんでしょ?オレは誰かさんと違って余裕だから今日の夜ゲームして遊ぶけどね!」
「それって学校の友達とだろ?」
天沼が憎まれ口を叩くも、御手洗は全く動じず小さく笑って訊ねる。
「…そうだけど」
隠したかったことなのか、決まり悪そうに答えた天沼。
「え、なになに、クラスのお友達とクリスマス会するんだ、天沼くん!」
「クラスの奴ん家に集まってゲームするだけだよ」
身を乗り出してきた未来へ、面倒くさそうに天沼は返事する。
(へ~、天沼くん、友達できたんだ!)
未来が喜ばしく思っていると、御手洗と目が合って、クスッとまた二人で笑ってしまう。
「なんだよ二人ともニヤニヤして」
「ふふ」
未来と御手洗にからかわれているようで、気に入らない天沼は眉間に皺を寄せている。
「迷惑かけといてなんだけど、今日二人に会えて元気な姿が見れてよかった!」
「ボクもだ。また未来に会って、もう一度ちゃんとお礼したいとずっと思ってたから」
自分が変われたのは、強くなれたのは、未来や桑原との出会いがあったからこそだと御手洗は思う。
「私だって御手洗くんの言葉ですっごく救われたよ。ゲームバトラーで天沼くんが死んじゃった時、どんなに」
失言だったと気づいた未来が、言いかけてやめる。
「オレさあ」
きっと御手洗も天沼も、入魔洞窟でのあの一戦を思い出していた。
しばしの沈黙の後、唐突に天沼が口を開く。
「オレさ、やっぱり仙水さんのこと好きだよ」
ニカッと笑った天沼に、未来は意表を突かれる。
刻々と死が迫る恐怖。絶望。
自分も経験したから分かる。どれだけ怖くて苦しいか。
生き返ればそれでよしという話ではない。
小さな体に死の恐怖を味わわせた仙水に、未来は強い怒りと憤りを感じてきた。
(でも…天沼くんは私が思ってた以上に強い子だったんだな)
トラウマになっているのではという未来の心配は、杞憂に終わっていたようだ。
「今生きてるから言えることなのかもしれないけどさ、仙水さんに会えてよかった。あんな目にあったのに、不思議と嫌いになれないんだ」
変かな?と言った天沼に、未来はふるふると首を横に振る。
「仙水が天沼くんに向けた顔が全部嘘だったわけじゃないよ。一緒にゲームして、楽しかったんだよね」
騙して利用してやろうという悪意のみで、仙水は天沼と接していたのではないと未来は思う。
魔界で見た仙水の最期の姿や言葉が、未来にそう思わせたから。
友達との約束の時刻が迫った天沼と別れ、ファミレスを出た未来と御手洗は並んで通りを歩いている。
「靴の代金とか、諸々のお金はまた返すね。ごめんね、ファミレスも本当は私が出すべきなのに」
年下の御手洗に全て支払いをさせてしまい、申し訳なく手を合わせる未来。
「塾までお金持って近いうち行くよ。場所教えて?」
「いいよ。払わせてくれ。こんなんじゃ罪滅ぼしにはならないと思うけど…」
「でも、」
「いいから」
「じゃあこうしよう!受験終わったらさ、桑ちゃんも誘って三人でご飯行こ!」
頑として言い張る御手洗に、もちろん自分が奢るつもりで提案した未来。
「わかった。楽しみにしてる」
御手洗も、優しく笑って了承した。
(今の御手洗くんのカオ見てると、絶対志望校に合格する気がする)
春になったら桑原と御手洗の合格祝賀会を開いてやろうと未来は計画する。
「それにしても全然タクシーつかまらないね。イブだから混んでるのかな」
「雪で電車が止まったからだろ」
横から飛んできた声に、未来と御手洗は振り返り、そして同時に驚く。
「は、刃霧!?」
信号待ちで停車しているバイクに乗った、狙撃手(スナイパー)・刃霧要がいたからだ。
「へえ」
「な、なに?」
刃霧から見定めるような視線を向けられ、居心地の悪さを感じる未来。
「いつの間にそういうことになってたのか」
「そういうこと…?」
「刃霧!さっき偶然会っただけだ」
嘘偽りない事実なのだがイブに二人でいてこの言い訳は苦しいなと自覚しつつ、御手洗が誤解をとこうとする。
「ふうん」
さして興味なさげに、刃霧は飄飄として呟く。
相変わらずポーカーフェイスで感情の読めない男である。
「ていうか電車止まってるの?そこまで雪積もってるわけじゃないのに」
「二時間くらい前からな。おかげでタクシーの争奪戦だ」
「そんなあ…」
タクシーをつかまえるのは難しい上、電車は止まっており皿屋敷市への交通手段を絶たれてしまった未来が肩を落とす。
「未来、刃霧に皿屋敷市まで乗せてってもらったらどうだ?」
「え!?」
思わぬ御手洗の提案に、声が裏返る未来。
(いやいや、刃霧がそんなお願いきいてくれるわけ…)
「いいぜ」
「いいんだ!!?」
予想外すぎて、思わず声に出してしまった。
「ついでだし、乗れば」
ポイッと刃霧が未来にヘルメットを投げてよこす。
「ついで?」
「ちょうどオレも今から皿屋敷に用がある」
「お、もしや彼女が待ってるとか?」
「ターゲットだ」
ターゲット?と首をかしげた未来だったが、刃霧はそれ以上詳しく答えない。
「御手洗くんは電車止まってるけどちゃんと帰れるの?」
「ああ。ボクの家はここから徒歩ですぐだから」
「よかった。あ、そうだ、借りてたコート返さなきゃね」
御手洗に借りていたコートを未来が脱げば、ちょうど吹いた冷たい風に身体がぶるっと震える。
「上着持ってないのか?」
真冬にセーラー服のみという未来の出で立ちに、刃霧は驚くというより呆れている。
「うん…これには色々諸事情がありましてね」
罰が悪そうに俯いた未来の両肩が、ふわっとまた温かくなる。
「着てろ」
刃霧が着ていたジャケットを脱いで、未来の肩にかけたのだ。
「え、いいの!?でもバイク乗るのに、刃霧が寒いよ」
「お前はもっとだろ。オレは慣れてる。後から風邪ひかれても気分悪い」
「ありがとう…」
意外な優しさが嬉しくて頬が緩む。
彼に素直に従い、未来はジャケットに腕を通したのだった。
刃霧の服を借りたのは二度目だった。
彼のバイクの後ろに乗るのも。
御手洗と別れた未来は、刃霧と共にバイクにまたがり皿屋敷市を目指していた。
(積もってる量少ないとはいえ雪道バイクで走って大丈夫かなって不安だったけど、さすが刃霧)
安定感を保ってバイクを走らせる刃霧の腕に、未来は感嘆する。
河原に差し掛かったところで刃霧がバイクのスピードを緩め、停止した。
「どうしたの?」
未来が聞けば、刃霧の目線は河原にぽつんと座り込む黒髪の若い女性にあった。
「知り合い?」
「妹」
素っ気なく答え、刃霧はまたエンジンをかけバイクを発進させようとする。
「え、声かけないの?行ってあげなよ」
「お前はいいのか?」
「すっごく急いでるわけじゃないから大丈夫だよ!」
あんなところに一人でいるなんて何か事情があるのかもしれないと、心配になり気になった未来は刃霧の背中を押した。
バイクを降りて、ヘルメットを取った未来は前を歩く刃霧に続く。
「どうした」
しゃがんで俯いていた少女が兄の声に振り向いたと同時、彼女のすぐそばにあった動物の亡骸に気づいた未来は息をのむ。
(ひどい…)
猫の身体は、人間から虐待を受けたことが窺える痛々しいものだった。
ショックで、猫が可哀想で、こんなことをした人間が許せなくて。
未来の瞳に涙がたまっていく。
「記憶が残ってる強い恐怖の記憶…こわかったんだね…」
刃霧に似た切れ長の目を持つ少女が、領域(テリトリー)を広げる。どうやら彼女も能力者のようだ。
「このコ犯人を見てる十代後半くらいの若い男…。ほらこんな顔よ」
猫に触れただけでその記憶を読み取った少女は、今度は刃霧の額に華奢な指先で触れる。
「これからそいつら狩りに行ってくるよ。クラスメイトだ。ちょうど顔を見るのもイヤになってた」
妹から伝えられた記憶を確認すると、踵を返す刃霧。
「皿屋敷市のターゲットの後にな」
「その人が依頼人?」
未来の方を見て訊ねた妹に、刃霧は違うと返す。
「こいつはまた別件だ。行くぞ」
「あっ…うん」
未来は刃霧の妹に一度ぺこりと頭を下げると、彼の後を追い、共にバイクに乗り込んだ。
「まだ泣いてるのか」
しばらくバイクを走らせた後、信号待ちの最中に刃霧が後ろに乗せた未来に問う。
「…もう泣いてないよ」
まだ目尻に残っていた涙を拭って未来が告げると、信号が青になり刃霧はバイクを発進させた。
(ターゲットの意味が分かった)
バイクに揺られ冷たい風を感じながら、ぼんやりと目の前の男に思いを巡らす未来。広い背中にトン、と額をくっつけ瞼を閉じる。
先ほどの会話から察するに、ターゲットとは刃霧が制裁を加える予定の人物のことだろう。
おそらく刃霧は殺し屋、とまでいくかは分からないが、法で裁ききれない悪人を罰する似たような仕事を始めている。
狙撃手(スナイパー)の能力を持つ刃霧にとって、猫を殺したクラスメイトを狩るくらい容易いはずだ。
(あんなひどいことをする人、同じ苦しい目にあって自分がした罪を分からせてやればいいって気持ちに私もなる)
だからといって、刃霧に犯人を痛めつける権利はないのだけれど。
(でも刃霧はそんなこと分かって、自覚してやってるんだろうな)
刃霧は自分のことを正義の使者だなんて思っていないだろう。
やってることは一緒だから自分も奴らと同レベル、とさえ認識しているかもしれない。
(それでも…刃霧はやらずにいられない人なんだ)
複雑だった。
刃霧が自分を犠牲にしているように思えて。刃霧は自分のしたいように生きているのだと、分かってはいるのだが。
あんな奴らのために、刃霧が手を汚す必要ないよ。
そう告げたい気持ちを飲み込んで、代わりに未来はぎゅっと彼の腰にまわした腕に力を込めたのだった。
今は日の入りが早い季節だ。
二人が目的地に到着する頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「ありがとう、連れてきてくれて」
「別に。ついでだったからな」
幻海邸に着いたため、バイクから降りる未来。
「上着もありがとね」
借りていたヘルメットと上着を刃霧に返した。
幻海邸の階段は長く、上っているうちに身体は温まるので上着はないくらいがちょうどいい。
「あっ…刃霧、待って!」
「なに」
「えっと…あのね」
エンジンをかけ再度出発しようとした刃霧を思わず呼び止める。
(もう刃霧とは、これっきりかもしれない)
天沼や御手洗、神谷との別れの際には感じなかった、そんな予感が今回はしたのだ。
ひょっとしたら、刃霧はある意味で魔界や霊界よりもずっと遠い場所で生きようとしているのかもしれないと。
ぐっと胸に寂しさと切なさがこみ上げてきて、何か告げなくてはという思いに未来は駆り立てられる。
「あの…」
早く言わなくてはと焦るのに、何と告げたらよいのか分からず一向に言葉が出てこない。
「未来」
今日初めて刃霧から名前を呼ばれ、困ったように俯いていた未来が顔を上げる。
「安心しろ。殺しはしてない」
「え」
「今のところはな」
ふっと小さく口角を上げると、今度こそ刃霧はバイクを発進させる。
「じゃあな」
「刃霧!元気でね!」
あっという間に小さくなっていく背中に、力いっぱい叫んだ未来。
咄嗟に口をついてきた言葉はとてもシンプルな、けれど切実な想い。
今後会うことがあろうがあるまいが、この先も彼が元気に生きているのならそれでいいと未来は思った。
「よし!」
刃霧を見送ると、気合いをいれるべく自分の両頬を叩いた未来。
長い階段を眩しい目をして見上げる。なんだかとてもすがすがしい気分だった。
(自分の力だけじゃ、ここまで来れなかった)
誰の助けが欠けていても、未来は幻海邸にたどり着けなかっただろう。
再会したかつての敵たちへ改めて感謝しながら、一段ずつ階段を踏みしめ上っていく。
彼らとだけではない。
この世界で過ごした半年間で、未来はたくさんの素敵な出会いを得た。
大事な人を頭に浮かべれば、数えきれないくらいたくさんいて…。
あたたたかく、思わず笑みがこぼれてしまうくらいの幸せに胸が満たされる。
「あ…」
頬に冷たい感触がして空を仰ぐ。
刃霧のバイクに乗ってから止んでいた雪が、ちらちらとまた降ってきたのだ。
うっすら雪化粧を施された街。
この美しいホワイトクリスマスが、未来をこんなに優しい気持ちにさせるのだろうか。
(早く会いたい)
はやる思いが未来の足を急かす。
会いたい人は多くいるけれど、まずは幻海師範だ。
また戻ってきた自分を見て、幻海はどんな顔をするだろうか。
喜んでくれるかな?
それとも迷惑そうな顔をするかな。
きっとちょっと呆れて拍子抜けして…やっぱり、笑ってくれるんだろうな。
どうしたんだって聞かれたらこう答えよう。
(師範。私ね、彼に大好きって伝えるために戻ってきたんだよ)
やっと自覚したこの気持ちを、大事にしようと誓う。
百段以上あった階段を上りきったのに、不思議と疲れは感じていなかった。
玄関に近づいた未来は、室内がやけに騒がしいことに気づく。
「うわ、夕飯また草かよ!」
「クリスマスイブもやっぱこれだべか…」
「うまい食事と適度な運動は特訓の基本ですから」
「うまい!?これ毒の味するぞ!」
「適度!?地獄だろあれは」
「仕方ない、これも強くなるためだ」
「目指せS級だからな!」
「あんたも食べてみるかい?あたしは別メニューにするけどね」
「…いや、ワシもその草は遠慮しよう」
どうやら未来が今日再会できるのは、幻海だけではないようだ。
呼び鈴を鳴らせば、パタパタとこちらへ向かってくる足音の後、玄関扉が開けられて。
「ただいま!」
朗らかに未来は告げる。
半年前に去った時と同じ、とびきりの笑顔を添えて。