Ⅳ 魔界編
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✴︎87✴︎意外な再会
時間というのは不思議なものだ。
たとえ次元が違っても、等しい速さで時は流れる。
死々若丸があらぬ誤解を受け。
飛影がまた少し変わった頃。
未来もまた、彼らと同じくクリスマスイブを迎えていた。
「未来!帰ろー!」
うん!と友人に返事をし、荷物をまとめた未来は校舎を後にする。
今日終業式終えた未来は、明日から冬休みだった。
「うわ、雪降ってきたよ」
「ホワイトクリスマスになるかもね」
ぱらぱらと降ってきた粉雪が、クリスマスイブの訪れに色めきたつ街を彩る。
「未来のお母さんとお父さん、最近は車で学校の送り迎えしなくなったね」
「私が大丈夫って何度も言ったからさ。過保護だよね」
「無理もないよ。未来、半年も行方不明だったんだよ?」
娘が半年間も行方不明になるという経験をしたのだから、両親が心配し送迎をしたくなる気持ちはよく分かる。
「未来、もう一度聞くけどさ、本当に行方不明になっていた期間の記憶はないの?」
「うん。不思議なことにさっぱりと…」
嘘だった。
忘れるわけがない。
あんなに刺激的で大切な、愛おしい日々を。
しかし、異世界に行ってましたなんて話を信じてもらうのは困難を極めるであろうことは確実で、頭がおかしい人扱いされる懸念もあるので未来は記憶喪失を装っていた。
こうして大事な人たちに嘘をつく度、罪悪感が胸を刺し、苦しくもあったけれど。
最も心労をかけた家族にだけは真実を話したのだが、やはり最初は荒唐無稽な話だとして信じてくれなかった。
しかし未来の言っていることが本当でなければ説明がつかないことも多く、疑いつつも異世界の存在を認めるに至った。
「そっかあ。びっくりしたなあ、未来がいなくなった時と戻ってきた時は…」
トラックに引かれそうになった女の子がまばたきした瞬間いなくなっていたという、奇妙な目撃情報を最後に姿を消した未来。
半年後に突然帰宅すれば記憶がないらしく、入院し精密検査を受けるもすこぶる健康とのことですぐに退院となった。
今も警察は事件性がないか調べているが、捜査を続けても何の手掛かりもつかめていないのが現状だ。
「本当、未来が無事に帰って来てよかった!」
「うん…ありがとう」
こんな風に想ってくれる友人と、また会えてよかったなと心から未来は思う。
「留年せずにすんだのもよかったよね」
「ほんと!進級できて感謝だよ~」
未来は夏休みを犠牲にした補習授業と学校からの大量の課題をこなすことで、ギリギリだった出席日数をカバーしたのだ。
未来を進級させるべく尽力してくれた高校の教師陣には、本当に頭が上がらない。
「しかも全然学校来れてなかったのに、成績上位でしょ?未来すごいよ~!」
「言うて全然だよ。優秀な家庭教師のおかげかな?」
「へ~、家庭教師つけてもらってたんだ」
蔵馬のことを思い浮かべながら述べた未来だが、友人は特に疑問を感じなかったようだ。
元の世界に帰って以降、勉強を頑張った未来の成績は上昇し、喜ぶ教師や両親からは褒められていた。
(別に勉強じゃなくて他のことでもいいんだけど…とにかく何かを頑張らなきゃいけない気がしたんだ)
未来にそう思わせたのは、他でもない幽助、桑原、蔵馬、飛影ら四人の存在だった。
バラバラの選択をして、それぞれの道で奮闘しているであろう四人。
ならば、自分も置かれた環境で精一杯やりたいと、四人に恥じない生き方をしたいと未来は思ったのだ。
そうしていたら、五つに別れた道がいつか回り回って繋がるんじゃないかって…
淡い希望も抱いていた。
友人と別れると、一人帰宅した未来。
家族は全員外出中で留守だった。
「寒っ」
自室に入ると、すぐに暖房のスイッチを入れる。
(ホワイトクリスマスになったなあ)
ふと窓の外の景色が目に入り、積もる白雪を眺めて思う未来。
(クリスマスイブでも、彼氏がいなけりゃただの平日…)
女子校で出会いも恋人もいない未来には今日、甘い予定なんてない。
クリスマスっぽいメニューの夕食とケーキを家族で囲むくらいだ。
それでも。
こんな夜には、ホワイトクリスマスには自分にも何か起こるんじゃないかって期待したくなる。
たとえば、聖夜の奇跡とか。
(なーんてね)
馬鹿げた考えを抱く己を自嘲する未来だが、視線の先は棚の片隅に置かれたラタンバスケットに。
引き寄せられたように蓋を開け、中から写真立てを取り出し手に取った。
そっぽを向いた飛影の肩に手を置いて微笑む未来。
真ん中には腕を組んだ幽助、その隣に蔵馬。
最背列の桑原はワカチコポーズを決めている。
半年前に帰ってきてから、何度この写真を眺めたか分からない。
バスケットの中には、コエンマからもらった重要霊界参考人の本、飛影と海岸で拾った貝殻、メガリカのCDなどあの世界での大切な思い出がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
……ズキ。
写真に映る“彼”の姿に、ギュッと胸を掴まれ痛む。
胸の奥が苦しくなって、つらい。
こんな感覚に気づいたのはいつからか。
ふと未来はバスケットの中から、折り畳まれた白い布を手に取る。
実は、ある一つの切り札を隠し持って未来はこの世界に戻ってきていた。
未来は幽助たちのいる世界を完全に捨てて、諦めてこの世界に戻る決断をしたのではなかったのだ。
バラバラに別れた五本道が先で繋がってほしいと、本気で願ってきた。
死出の羽衣。
暗黒武術会の裏御伽戦後、医務室にて死々若丸からもらった闇アイテムであり、くるんだ相手をどこか別の場所に転送してしまう恐ろしい道具だ。
この羽衣を未来が受け取ったせいで、決勝戦に桑原不在で危うくコエンマが戸愚呂兄と戦いかけるなんてハプニングにも浦飯チームは見舞われた。
(桑ちゃんは死出の羽衣で二回とも武術会の一つ目の闘技場に飛ばされてる。もしかしたら私も使えばそこへ行けるんじゃないかな)
全く別の知らない異世界に飛ばされてしまう可能性は十分にあり、あまりにも無謀な賭けだと他人が聞いたら青ざめ止めるだろう。
それでも、いつか本当に皆が恋しくてたまらなくなった時に使おうと未来は心に決めていた。
しかし、その“いつか”がいつなのか未来は分からない。
皆に会いたいなんて気持ちは、常に自分の中にある。
明確な目的がないのに、今の生活を放り出してまで幽助たちの世界に行くのもいかがなものか。
それに、自分が行方不明になればまた周りの人間を心配させることになる。
半年前に帰ってきた時、あんなに憔悴しきった両親の顔を未来は初めて見た。
霊界に追放されるような形だったとはいえ帰る決断をしてよかったと、未来は心底思ったものだ。
(上手く幽助たちの世界に行けても、霊界の人がエネルギー集めて私を帰すまで、また不安にさせることになっちゃうな)
確実性がないこと、家族や友人、学校のこと、明確な目的がないことを考えると、やはりいつも躊躇してしまい死出の羽衣の使用に踏み切れない未来。
今日も同じで、ひとまず洋服ラックに羽衣をかけておいた。
コートとマフラー、カーディガンも脱ぎ、ラックにかける。
コートは脱いだものの、部屋着に着替えず制服であるセーラー服姿のままバスケットを漁る未来。
(懐かしいな~)
写真立てに飾ったのは五人で撮った一枚だけだったが、他の写真はフォトアルバムに入れてまとめていた。
螢子や静流、コエンマなど仲間たちと映る魔界の穴の事件の打ち上げで撮った写真を、アルバムをめくり未来は眺める。
夢中になっていた未来は気づかなかった。
ちょうど真上のラックにかけていた死出の羽衣が、ずり落ちていることに。
(あっ…!)
焦って気づいた時にはもう遅く、未来の視界は一面白で覆われていた。
「…あれ……」
しかし、何も起こらない。
死出の羽衣に包まれてもなお、未来は自分の部屋にいる。
被っていた死出の羽衣を、無言で取って見つめる未来。
「なんにも起こらなかった…」
しばらくして、ポツリと一人こぼした。
死出の羽衣を被れば暗黒武術会の闘技場に行ける。
そんな希望が、今あっさりと打ち砕かれたのだ。
ホッとすべき場面だとは分かっている。
全く知らない別の異世界に行ってしまう危険性だってあった。
「あははは、バカだな~、私!そんな上手くいくわけないじゃん!霊界の人も二度と私が来れないように結界を強めるって言ってたのに」
大きな明るい声で独り言を述べ、滑稽な自分に呆れ笑う未来。
しかし、次第にその笑い声は小さくなっていく。
羽衣を床に置き、ふいに写真立てを取って四人の仲間を見つめた。
(もう会えないんだ、一生)
残酷な現実が、未来を押しつぶしていく。
離れていても、皆の存在は勇気をくれる。頑張る力をくれる。
そう思ったのは嘘じゃない。
けれど、会おうと思えば皆に会えると思えたからこそ、未来は今まで元気にやってこれた節があった。
……ポタ。
頬を伝って流れた一滴が、写真立てに落ちる。
五人で撮った集合写真は、未来の涙で濡れていく。
「…うっ…」
写真の中の“彼”の姿を目に止めた途端、胸が張り裂けそうになって…嗚咽が止まらなくなった。
確信できる。
この気持ちを何と呼ぶか。
ああ。最悪だ。
終わってから気づく。
どうして失ってからでないと自分は大切なものに気づけないのだろう。
でも、あの時どうすればよかったのだろう。
霊界からは命を狙われ、家族の問題もあって、自分は帰る以外の選択をとれた?
そんな自問自答をしようが、いくら後悔しようが現実は変わらない。
(会いたいよ。あなたに)
恋しくてたまらない。
今こそ死出の羽衣を使う時だと分かったのに、それは機能してくれない。
首に下げている雪菜からもらった氷泪石をギュッと掴む。
なんだか願いを叶えてくれるような気がしたから。
けれどやっぱり奇跡が起こるはずはなくて、諦めて手を下ろした時、他にも石をもらっていたことに未来は気づいた。
(コエンマ様からもらったブレスレット!)
未来が左手首にずっと付けている、ピンク色のパワーストーンのようなものが連なったブレスレット。
元の世界で人間として生きたいなら数年間は肌身離さず身に付けろと、コエンマから贈られたものだった。
妖力を封じ込め、妖化を止めてくれるからと。
(このブレスレットが私の闇撫としての力を封じてるなら…!)
衝動的に未来はブレスレットを外し、自ら死出の羽衣を被る。
頭の中は“彼に会いたい”
ひたすらそれだけだ。
他のことなんて考える余裕はなくて、ただ強いその想いに突き動かせられるままに、未来は真っ白な羽衣に包まれたのだった。
次に目を開けた時、未来は空中にいた。
「え!?キャー――っ!!」
重力に従い、なすすべもなく真っ逆さまに落ちていく身体。
(さよなら現世…)
死を覚悟した未来だったが、地面に激突する前に誰かに身体を受け止められた。
「うおぉお!?何だ!?」
空から女の子が降ってくるというラピュタさながらの展開に、未来を助けてくれた野太い声の男も動揺している様子だ。
「あ!お前は優勝商品の!」
「ば、爆拳!?」
お互いの正体に気づき驚く二人である。
(爆拳がいるってことは…!)
未来が辺りを見回せば、観覧席に囲まれており来たことのある場所だとすぐに気づく。
間違いなく、ここは暗黒武術会の元闘技場だ。
「ほ、本当に戻ってこれたんだ~!!」
大声で叫び、歓喜に打ち震える未来。
「なんかよくわかんねーけどラッキー!優勝商品の未来チャンが空から降ってくるなんてな」
「あ、あのさあ、助けてくれたのは本当にありがとう。感謝してるよ。でもそろそろ下ろしてくれない?」
まだ未来は爆拳にお姫様抱っこ状態で抱えられていた。
太ももと肩に触れる爆拳の手、下品な笑みと目が嫌に気になる。
「断る!自分から飛び込んできといてよく言うぜ!お前を売ろうが何しようがオレの自由だからな!」
「やー!!離してー!!」
一生懸命ジタバタ暴れる未来だが、爆拳はビクともしない。
「何してるんだ爆拳」
そこへ、一人の救世主が現れた。
「り、吏将~…助けて」
身の危険を感じて涙ぐんでいた未来は、吏将にさえ助けを求めてしまう。
「お前は優勝商品の!?離してやれ爆拳。浦飯たちの恨みを買うとまずい」
「チッ」
リーダーである吏将の命に背くわけにはいかないらしく、渋々爆拳は未来を解放する。
「どうしてお前がここに?」
「あ!も、もしかしてお前、オレたちが優勝してねーのにこの島奪おうとしてるの知って偵察に来たな!?」
「おい爆拳!言うなこのバカ!」
ポカッと吏将に頭を殴られ、自分の失態に気づき口元を覆う爆拳だが、時すでに遅し。
「た、頼む。今のは聞かなかったことに」
「ふ~ん。優勝してないのにこの島狙ってるんだ」
そういえば魔性使いチームは武術会場であったこの島を欲しがって優勝後の望みにしていたな、と未来は思い出した。
「吏将!口封じにこの女殺っちまおうぜ!」
「しかし浦飯たちの恨みを買っては…」
やけに幽助たちからの報復を恐れる吏将を見て、未来の頭にピンと名案が浮かんだ。
「じゃあこうしよう!私を皿屋敷市まで連れてってくれたら、このこと幽助たちにも霊界にも、偉い人たちにもとにかく皆に黙っておいてあげる!」
この島から皿屋敷市まではかなり距離がある。
暗黒武術会が開催されてない今は船も出航していないようだし、行く術がない未来が持ちかけた交渉だった。
「し、信用していいのか~?」
「大丈夫、口はカタイ方だよ」
「よし、交渉成立だ。このマントに入れ」
疑う爆拳とは対照的に、交渉に応じてくれた吏将が取り出したのは未来も見覚えがある黒いマントだった。
「これ…陣の妖気が込められてるマント?」
未来もこれを被って魔性使いチームと共に闘技場まで移動した、思い出深いマントである。
「そうだ。このマントを被り行きたい場所を念じるだけで移動することができる」
まさか二度もこのマントを使うことになるとは、不思議な縁だなと感じながらマントにくるまった未来。
「すごく便利なマントだね。ありがとう。じゃあねー!」
空中に浮かび、消えていった未来を吏将と爆拳は見送る。
「ま、正確性には欠けるがな」
そしらぬ顔で、吏将が呟いた。
次第にマントはスピードを落とし、高い建物の屋上に着地した。
「寒い寒い寒い…寒殺される!!」
薄く雪の積もった屋上で、ガタガタ震える未来。
この冬空を高速で移動するなんて、自殺行為としか言いようがない。
しかも衝動的に自室で死出の羽衣を被った未来はコートも靴も履いておらず、生足にセーラー服という出で立ちだった。
(とにかくまずは幻海師範の家に行こう)
屋上のドアから暖房のきいた建物の中に入った未来だが、ひんやりとした床は靴下のみの足には堪える。
白衣を着た医師や看護師が忙しなく行き交う廊下、立ち並ぶ病室から察するに、ここは病院のようだ。
(なんか来たことのある病院な気も…)
嫌な予感がした未来が外に出て建物を見上げると、大凶病院と書かれた大きな看板が。
「えー!ここ皿屋敷市じゃないじゃん!!」
どうやら未来は蟲寄市にある大凶病院に到着してしまったようである。
ダメ元でもう一度マントを被ってみるも、何も起こらない。
陣の妖気の効果は一回使うと切れるようだ。
(どうしよう…)
絶望だ。何も考えず手ぶらで羽衣を被ってしまったことが悔やまれる。
所持金ゼロの未来は電車に乗れず上着も靴も買えない。
(とりあえず大通りに出てタクシー拾って、申し訳ないけどお金は着いた時に師範に払ってもらおう)
そう考えて大通りに出た未来を、すれ違う人々が振り返っていく。
大きな黒いマントを防寒具にし、靴下のまま雪道を歩くセーラー服姿の女子高生がいたら、二度見するのも無理はない。
(寒い…身体も寒いけど心も寒い)
つま先の感覚はすでになく、雪のちらつく凍えるような寒さの中、タクシーを求め彷徨う未来。
『今年五月の殺人未遂事件で指名手配中の神谷実容疑者ですが依然として有力な情報はなく…』
交差点の大きなテレビ画面に映ったアナウンサーが懐かしい名前を読み上げ、未来は顔を上げる。
『次は口コミで話題の奇跡の手道場についての特集です。取材拒否とのことでしたが我々は視聴者の皆様から得た情報で独自に…』
ニュース番組によると、奇跡の手道場では心霊手術と称し、治療不可能との診断を受けた多くの病人たちを救っているらしい。
(へ~。世の中には神谷みたいな医師もいれば、素晴らしいお医者さんもいるもんだな。って、きゃ…!)
テレビ画面に集中していた未来は、道端の小石につまずいてコケてしまった。
「いったあ…」
「大丈夫ですか?」
さすがに心折れそうになっていた未来に、30歳前後の見知らぬ男性の手が差し伸ばされた。
「すみません。ありがとうございます」
親切な男の手を取って立ち上がった未来。
(あれ…この声どっかで…?)
聞いたことのある声だなと思うも、その顔には全く覚えがないので気のせいだろう。
「怪我をしていますね」
「あ…でも大したことないので大丈夫です」
転んだ時に擦りむいたのだろう、未来の膝小僧には切り傷ができ血が流れていた。
「ちょっと見せてください」
屈んだ男が未来の膝小僧をスッと指でなぞると、驚くべきことに一瞬で傷口は閉じ出血はおさまった。
同時に、久方ぶりに未来をあの奇妙な感覚が包む。
「この違和感…領域(テリトリー)!?傷治ってるし…!」
目を白黒させる未来の反応が可笑しいのか、男は肩を震わせ笑っている。
「あ、あなたまさか…!?」
「やっと気づいたか」
二度目の未来のトリップは、意外な再会の連続で幕を開けたのだった。