Ⅵ 両ルート共通
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✴︎feat.雷禅✴︎
魔界統一トーナメントが煙鬼の優勝で幕を閉じてからしばらく。
コエンマに霊界へ呼び出された未来は、幻海邸を訪れていた。
「あれ、幽助も来てたんだ」
居間に入ると、我が家同然で寛いでいる幽助の姿があった。今日は前髪を下ろしており、幻海と共にボリボリ煎餅を食べている。
「オレもコエンマに呼び出されたからよ」
「え、幽助も?」
「勘弁してほしいぜ」
ふあ、と欠伸をかいた幽助がぼやく。人間界に帰ってきてラーメン屋台を始めた幽助の生活は昼夜逆転気味で、本来ならまだ布団の中にいる時間だ。
コエンマの命令を無視せず現れたのは、たまには幻海に挨拶伺いでもしようという意だろうか。
「二人とも揃ったし、さっさと霊界へ行ってきな」
「で、ばーさん、どうやって行くんだよ?」
霊界へ来てほしいからまず幻海邸へ向かえ、とだけぼたんを通じてコエンマに言われていた幽助。彼は死んでいた時にしか霊界へ赴いたことがないのだ。
「簡単だ。幽体離脱すればいい。その間無防備になる身体はあたしが見張っててやるから安心しな」
「はあ!?急にできるかよ!」
「私も練習したら出来るようになったよ!蔵馬からのアドバイスは、起きながら寝るって感じだって」
何度か霊界へ行ったことのある未来は、すでに自力で幽体離脱する術を習得している。
「んなこと言われてもできねーよ!未来の闇撫の能力でパッと行けねーのか?」
「さすがに霊界へはムリだよ」
「ったくごちゃごちゃうるさいね!」
ボカッと幻海から頭を殴られ、気絶した幽助が畳に倒れる。眠る幽助の霊魂体だけを起こし、見事な早技で幻海は彼の幽体離脱を成功させた。
「懐かしいなあ。私も初めて霊界へ行った時は、師範に殴られましたよね」
苦笑いしながら、未来も続けて幽体離脱を行う。
(幽助眠そうだったから、寝てもらって師範が霊魂体を起こせばよかったんじゃ……)
無駄に痛い思いをする必要はなかったのではと思う未来である。
「コエンマ様、こんにちは」
そうして無事霊界に到着した二人は、コエンマの執務室を訪れていた。
「コエンマ、急にオレらを呼び出してどういう魂胆だよ」
「二人に会わせたい者がいてな」
赤ちゃん姿のコエンマが、いつになく真面目な顔をして机の上に手を組み座っている。
「実は雷禅の魂が今日にも霊界を去り旅に出る。その前に未来に会いたがっておるのだ」
死者の通過点である霊界を去れば、もう永遠に現世との交流は叶わない。
魂の旅に出発する前に、雷禅は未来との対面を希望しているという。行き先は天国か地獄か、それとも。
「どうして私に!?」
「ワシも知らんが、何か話したいことがあるらしいぞ」
雷禅について未来が知っていることは少ない。
とてつもないパワーを誇る大妖怪で、幽助の魔族としての父。突然なぜか人間を食べることをやめ、飢餓のため亡くなった。
それくらいだ。
「雷禅が未来に!?……あ」
「幽助、心当たりがあるのか?」
「“闇撫の娘を頼んだ、お前がしっかり守ってやれ”って死に際に言われたんだよ」
「え!どうして……」
「さあな。理由訊く間もなく逝っちまった」
初耳の雷禅の遺言に、未来は動揺を隠せない。
「あれ、でももうとっくに四十九日は過ぎてませんか?」
「全ての生命体がきっかりその日数で今世を去るわけではない。雷禅のような大妖怪はなおさらだ。親子で顔を合わせられる最後の機会だしな、ワシの独断で幽助も呼んでおいた」
コエンマの言葉を、珍しく神妙な顔をして幽助は聞いていた。
雷禅との関係に、幽助に心残りはない。しかしせっかく痛い思いをしてまで霊界へ来たのだし、最後に顔くらい見ておくか。
「雷禅は未来の気が進まないなら来なくていいと言っておるが……」
「私、会いたいです。幽助のお父さんなら悪い人じゃないだろうし、私に何を話したいのか気になります」
未来ならそう言うと思っておったと、コエンマが机の引き出しから鍵を取り出す。
「廊下の一番奥に隠された扉の先に雷禅に控えてもらっておる。こっそり二人で会いに行ってくるといい」
コエンマから未来の手へと、秘密の扉の鍵が渡る。
未来はしばらく手のひらの上の鍵を見つめた後、ぎゅっと決心するように握った。
「本来ならこういうことは認められんのだが、今回は特別だ。ただし、ごく短時間だけな」
死者と生者の交流はご法度だが、今回限りは目を瞑ることにしたコエンマ。
霊界のプリンスの許しを得、二人は雷禅に会うべくその扉の鍵を開けたのだった。
***
扉の先はだだっ広い真っ白な空間だった。
果たして行き止まりなんてあるのだろうか、見渡す限りの白の世界の真ん中にその男は座っていた。
「よォ、未来。よく来てくれた。バカ息子も一緒か」
雷禅がおもむろに俯いていた顔を上げる。
無造作に伸ばされた長髪は金にも銀にも見えて、未来の目を惹きつけた。
「元いた世界に帰っちまったって話だったが、オレは絶対お前さんは戻ってくると思ってたんだ」
「そういやオメーそんなこと言ってたな」
「はじめまして、未来です。えと、幽助にはお世話になってて……」
「お世話してるの間違いだろ?こちらこそ愚息が世話になってるな」
「ンだとコラ」
「図星だろ。たまに下界を見ていたが、お前、トーナメントとは考えたじゃねェか」
幽助が魔界を変えていく様子を、雷禅は上から眺めていたらしい。
しばらく雷禅は幽助と親子の会話を交わすと、視線を未来へと移す。
「本当に未来にそっくりだな」
まじまじと未来の顔を見つめ、聞き間違いかと疑う台詞を雷禅は呟いた。
「だが、アイツよりだいぶ純朴そうだな。何の因果かお前さんの母親の名前も、未来っていうんだぜ」
「私の闇撫の母親を知ってるんですか!?」
「腐れ縁の幼馴染だ」
一つならず二つも明かされた衝撃の事実。
まさか幽助と自分の親同士が顔見知りだったなんて。しかも遠い昔の妖怪の先祖と両親のつけてくれた名前が同じとは、なんたる偶然だろう。
「死に際に未来のこと頼むってオレに言ったのも、その母親が関係してんのかよ」
「ああ。アイツの遺言だ。天才の自分に似て娘も別嬪だろうから、悪い虫がつかねェか見張っとけってな」
顔は瓜二つでも娘と違い、母親の方は高飛車な性格の自信家のようだ。
「それならもう心配いらねーな、未来。とびきり良い虫がついたからよ」
ニヤつく幽助が未来を小突く。
「ハッ、そいつに負けてお前はフラれたってわけか」
「なんでそーなんだよ」
「違いますよ!幽助には螢子ちゃんがいるし……!」
雷禅は無言でただニヤニヤしており、どうやら揶揄っただけらしい。
「お前さんが選んだのはいい男か、未来」
「はい。……すごく」
「そうか。大事にしてもらえ」
はにかんだ未来から幸せそうな様子が伝わって、雷禅がニッと口角を上げる。
「未来は自分の母親についてどこまで知ってんだ」
「私が生まれた世界の人間の男の人との間に子供を産んで、魔界に戻ってきてその事を話したけど嘘つき呼ばわりされちゃって、心労で倒れて亡くなったってことしか」
「ああ?アイツが他人からの雑音なんざ気にするタマなわけねェだろ」
未来が樹から聞いていた伝承話を、雷禅は一蹴した。
長い年月をかけ伝えられるうち、話が変わっていってしまっていたようだ。
「じゃあなんで未来の母さんは亡くなったんだよ」
「夫と死別した上に子供と引き離されたショックが、さすがのアイツも産後の身体には堪えたようだったな」
出産後すぐ夫が病に倒れて亡くなり、悲しみにくれるなか精一杯子供を育てようと決意したのも束の間。夫の親戚一同から彼の死は物の怪の女に誑かされたせいだとひどく糾弾され、子供を取り上げられたのだ。
“この子は人間として私たちが大切に育てる、お前は出て行け!”という言葉に追われ、泣く泣く一人で魔界へ戻ってきたという。人間である息子を魔界に一緒に連れて来るわけにもいかず、残していくのが彼にとっては幸せだろうと信じて。
雷禅が語る昔話に、幽助と未来はじっと静かに耳を傾けていた。
「魔界に帰って間もなく、産褥熱でコロッとアイツは逝っちまった。今より魔界医療も発達してなかったしな。……同情するか?」
雷禅に問われ、こくりと未来が頷く。
「だがな、アイツは……未来は幸せそうに死んでったぜ。生まれた子供が父親似の男児だったから、親戚連中に受け入れてもらえて良かったとも言ってたな」
可哀想だと誰もが同情する話だろう。
けれども、彼女は決して不幸な人生を歩んだのではないと雷禅は主張する。
友と泣き笑い、愛しい者と出会い、別れ……色とりどりの瞬間で彩られた、鮮やかな生涯。
雷禅から見た彼女は、いつも眩しく輝いていた。
「未来。お前さんの顔や生んだ息子の成長を見られなかったのは、確かに無念だったと思うがな。娘の誕生をアイツは心待ちにしていたんだぜ」
初めて知る母親の想いに、未来の瞳が揺れる。
「……未来はいい奴だったよ」
遠い青春に思いを馳せた目をして、独り言のように雷禅が呟いた。
「好奇心のまま異界に行かなきゃ、人間の男なんざに惚れなきゃ、子供を生まなきゃ未来は死ぬことはなかったんじゃねェかと当時何度も考えたが……これがアイツの選んだ道なんだといつからか悟ったな」
彼女を虜にした人間の男を憎いとすら思った。雷禅にとって人間は食糧でしかなかったのだから尚更だ。
ところがその後、彼はある人間の女に惚れることになる。
「オレたちはよく似ていた。人間に惚れて生き方まるっと変えられちまったところなんかそっくりだ」
クックと低く笑って、雷禅は並んで立っている幽助と未来を眺める。
「お前らも似てるって言われるだろ」
「師範には言われたりするけど……」
似てるかあ?と訝しげに顔を見合わせる二人に、在りし日の自分と幼馴染が重なって雷禅はまた頬を緩ませた。
「すまんがそろそろ時間だ」
ノック音の後、遠慮がちにコエンマが扉から顔を覗かせた。
「迎えの時間か」
「ありがとうございました。母のこと話してくれて」
素直に従い立ち上がった雷禅に、未来が礼を述べる。言いたいことは他にもあるはずなのに、上手く言葉にできない。
なんだか胸がいっぱいで、もっとたくさん雷禅と話をしたかった、彼の生前に会っておきたかったと……切ないくらい強く思う。
「もっと母親のことが知りたかったら煙鬼たちを訪ねてみろ。きっと歓迎されるぜ。奴ら、トーナメントでお前さんにいつ話しかけるかソワソワしてる間に結局タイミング失っちまって悔しがってたからよ」
思っていたことが顔に出ていたのか、なだめるようにポンと雷禅が未来の頭に大きな手を置いた。
「煙鬼のオッサンたちも未来の母さんのこと知ってんのか?」
「ああ。九浄や痩傑にとっちゃ高嶺の花だったぜ、アイツは。……孤光とはまあ、気が強え女同士色々あったみたいだが」
憧れだった女性そっくりの未来を前にたじたじになっている彼らが容易に想像でき、雷禅がふっと愉快げに息を吐く。
雷禅に好意を寄せていた孤光は闇撫の幼馴染の存在が気に食わず二人は悪友兼ライバルのような関係だったのだが、それはまだ未来の知らぬ話である。
「孤光の奴、未来と会ったら拍子抜けしちまいそうだな」
破天荒で行動力のあるところは似ているが、女王様気質であった母親と比べ未来は断然穏やかで控えめな性格だ。
張り合いがないとぶー垂れる孤光の様子が、雷禅は目に浮かぶようだった。
「未来」
まるで娘を見るような深い眼差しが、未来の胸を打つ。
「幽助のこと、よろしくな」
「はい」
その眼差しを今度は息子へと向けた雷禅に、未来はしっかりと頷いた。
「二人とも当分こっちには来んなよ」
「おう」
短く返事した幽助にニヤリと満足そうに唇の端を上げた雷禅が、未来の見た最後の彼の姿だった。
***
それから幻海邸の自分の身体に戻り、寝転がったり雑誌を読んだり思い思いの時間を二人は過ごした。
涼やかな夏の風が縁側から居間に差し込み、時おり風鈴がチリンと揺れている。
どうしてもしんみりとした気分になってしまい、二人ともひどく無口だった。
「今日、幽助のお父さんに会えてよかった」
沈黙を破りポツリとこぼしたのは未来だ。
畳に寝そべりぼーっと天井を見ていた幽助が身体を起こす。
「正直ね、今まで闇撫の先祖に興味はわいても思いを馳せたことはなくって。母親だって思ったこともなかったし。けど、急に会ってみたくなっちゃったなあ」
夫や息子、それに未来のことも母親は最期まで想っていてくれた。
彼女の死の真相を、雷禅の口から知ることができよかったと心から思う。
「幽助のお父さんとも、もっと色々話してみたかった」
「……雷禅が人間食わなくなったの、惚れた女に操立てしたよーなもんなんだよ」
「そうだったんだ。なんか納得しちゃうな」
雷禅が食人を断った理由がストンと腑に落ちて、未来は驚きはしなかった。幽助の一途でブレないところは、もしかすると父親譲りなのかもしれない。
「オレも雷禅のことオヤジなんて実感は全くなかったんだけどよ。……けど、煙鬼のオッサンたちが墓参りに来た時、なんかスッゲー嬉しくてさ」
雷禅とは挑んでは負けの殴り合いばかりで、ロクな会話もしてこなかった。けれど、旧友たちが父の弔いのためはるばる訪れてくれたことが本当に嬉しくて。
「そっか」
噛み締めるように語った幽助を、未来は柔らかく目を細めて見つめていた。
「今度煙鬼さんたちに会いに行こうと思う。その時は幽助も付き合ってくれる?」
「おう」
約束ね、と告げた未来に幽助も微笑んだところで、皿に切ったスイカをのせ幻海が戻ってくる。
どれだけ月日が経ったとてキラキラと色褪せず輝くに違いない、ある夏の出来事だった。
*fin*
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