Ⅳ 魔界編
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✴︎82✴︎デート
電車に揺られて約40分。
降り立った駅のホームにて。
「わあ、ちょっと潮の香りがするね!」
はしゃぐ未来が愛らしく、隣の蔵馬が柔らかく微笑む。
「蔵馬はここに来たことあるの?」
「小学校の遠足以来だな」
打ち上げから一夜明けた日曜日、約束通り蔵馬と未来は縦浜に遊びに来ていた。
「あ、観覧車だ」
「そういえば近くに小さな遊園地があったね。行きたい?」
「行きたい!」
「じゃあまずはそこへ行こうか」
群生したビルとは不釣り合いにそびえ立つ観覧車に惹かれ、二人は遊園地の方へと足を伸ばす。
「私ブランコが好きなんだけどあるかなあ」
「あの高いところまで上昇して回るやつ?」
「そうそう!あれすごい楽しい!」
「たしかあったと思うよ」
「ほんと!?やった!蔵馬も一緒に乗ろうね」
「もちろん」
クスッと笑いながら答えた蔵馬に、未来は小首を傾げる。
「私なにか変なこと言った?」
「いや、未来は好きなアトラクションも可愛いなと思ってさ」
「そ、そう?でもあれわりと怖いよ!高いし!」
子供っぽい趣味と思われただろうかと、慌てて未来が付け加える。
そうして都会の真ん中の小さな遊園地に到着した二人は、まず未来の希望通り空中回転ブランコに乗ることにした。
(ドキドキするなあ…!楽しみ!)
ブランコの一つに座り、シートベルトをつければアトラクション出発前の緊張とワクワク感が未来を襲う。
隣の蔵馬の方へ顔を向け、今度は未来がクスリと笑った。
「何かおかしかった?」
「だって、ブランコに座ってる蔵馬なんか可愛いんだもん」
それが蔵馬の地雷を踏む発言だと分かっていながら、クスクス未来は愉快気に笑う。
「それはどうも」
「褒め言葉だよ!蔵馬、ブランコ意外に似合うよ。いや意外でもないかな?」
案の定、蔵馬は苦い顔だ。
「ハイジみたいにオープニング歌いながら乗っちゃおっかな。ヨーレホーレヤッヒッホーって」
「そこから歌う気?」
ヨーデル部分から歌いだそうとした未来に蔵馬は吹き出す。
そんな他愛無いやり取りをしているうちにブザーが鳴って、ブランコは空高く上昇し回転を始める。
「キャーー!!」
風が涼しくて気持ちいい。
未来はブランコに揺られている間、終始笑顔だった。
アトラクションに乗っている間は、明日霊界から追い出される形で元の世界に帰らなければならないことも、何もかも忘れられた。
「ちょっと怖かったな」
「怖かったの?あんなに楽しそうだったのに」
空中回転ブランコを乗り終えた二人は、次に乗るアトラクションを探すべく遊園地内を並んで歩く。
「すっごい楽しかったんだけどね。乗ってる途中にブランコを繋いでる鎖が外れたらどうしようって思って、怖くなっちゃった」
「オレがいるから大丈夫だよ」
想像するだけで恐ろしい事故の不安を未来が述べれば、さらりと蔵馬が告げた。
「そうだね…蔵馬がいたら安心だね」
彼の台詞になんだかドキッとしてしまった未来が、平然を装いつつ同意する。
高い身体能力を持つ彼と一緒なら、万一事故が起きてしまったとしても助けてくれるだろう。
「じゃあ次はあれ乗ろうか」
蔵馬が指差したアトラクションに、未来の顔が引きつる。
「ジェットコースター…?ちょっと私はパスかなー…」
「オレと一緒なら安心なんでしょ?」
ニッコリと笑う蔵馬の笑顔に、未来は黒いモノを感じた。
「言ったけどさー…蔵馬のいじわる!」
「はいはい。さっさと並ぶよ」
少しむくれた未来の文句を適当にあしらい、蔵馬は彼女の手を引き遊園地の目玉である絶叫系コースターの列へと向かう。
自然に繋がれた手と手に、また未来の心臓が跳ねた。
「も、もしジェットコースターで事故が起きたらちゃんと助けてねっ」
ドキドキする心をごまかすように、蔵馬に念を押す未来。
「まだ事故の心配してるの?」
過剰に不安になっている未来に、蔵馬は呆れつつ笑っている。
「するよ!蔵馬や幽助たちと出掛けたら、平和に終わるわけない気がするもん。何かしらハプニングに巻き込まれそう」
「…オレたちは疫病神ですか」
四聖獣、暗黒武術会、魔界の穴…
まあ色々巻き込まれてきたのは事実なので、反論が難しい蔵馬であるが。
「だから、もし私がアトラクション乗ってる最中にシートベルトが外れて飛ばされちゃってもさ」
未来にとっては切実な願いだ。
一言一言、ゆっくりと言葉を紡ぎ頼み込む。
「ちゃんとローズウィップか何かで捕まえて助けてね」
「……当然だよ」
ギュッと未来の手を握る力が強まると共に、蔵馬は短く返事をする。
本当に彼女を縛って、自由を奪いこの腕の中に捕まえておけたらどんなにいいだろうと心底思いながら。
「わ~、まだちょっと頭グルグルしてる」
「未来、コーヒーカップかなり回してたもんね」
「三半規管はわりと強い自信あったんだよね」
ジェットコースター、急流すべり、バイキング、コーヒーカップなどなど。
様々なアトラクションに乗り遊園地を満喫した二人はベンチに座り休憩していた。
「少しここで休んでたら?飲み物買ってくるよ。すぐ戻ってくるから待ってて」
一人残された未来は目の前を通り過ぎる遊園地客たちをボーッと眺める。
中には未来たちくらいの歳の男女グループで来ている客もいた。
(皆で来ても、盛り上がったろうな)
幽助、桑原、ぼたん、コエンマ…
次々浮かんだ仲間たちの顔の一人に、未来の心臓はギュッと鷲掴みにされた。
昨日の彼との一幕を思い出して、息が詰まる。
「お待たせ」
ドリンクを買って戻ってきた蔵馬の声にハッと我に返る。
「あ…蔵馬、ありがとう」
「飛影のことでも考えてた?」
浮かない顔をしていた未来の心の機微に気づかない蔵馬ではなかった。
「えと…」
違うよ、と言いかけて口をつぐむ。
蔵馬の目は真剣で、この瞳の前で嘘はつけないと感じたからだ。
「…飛影、明日見送り来てくれるかな」
抱えている不安を、正直に蔵馬に吐露することにした未来。
「飛影とはあれから話した?」
「ううん。今日も私が起きた時にはもう飛影いなかったし。師範が言うには、朝早く鍛錬に出かけたって」
別れは明日に迫っている。
しかし昨日の夜以降、未来は飛影と言葉どころか顔も合わしていなかった。
「飛影は来るよ。明日が未来と会える最後の機会なのに、来ないほど飛影もバカじゃない」
「でも…飛影、」
「飛影だって頭では理解しているはずだ。気持ちが追いつかないんだと思う。彼も突然のことで、混乱しているんですよ」
未来が話すのを遮って蔵馬が諭す。
「飛影に会ったら、オレからもよく言っておきますから。ちゃんと見送りに来るようにって」
「ありがとう、蔵馬」
重くなっていた心が蔵馬の励ましで救われて、小さく未来は微笑む。それはやっぱり無理やり作った笑顔だったけれど。
「これ飲み終わったら、ちょっと港の方散歩しようか」
「いいね!私、中華街の方も行きたい」
幾分未来の顔が明るくなり、蔵馬も一安心したのだった。
***
海沿いを散歩し、中華街にも寄るとちょうど夕飯時の時間となった。
「ディナークルーズ!?」
驚いて復唱した未来に、うん、と肯定して蔵馬が頷く。
「ほんとに!?私ディナークルーズなんて初めて…!嬉しい!ありがとう」
予約してくれていたという蔵馬に感激する未来。
その興奮は、入船した後も続いていた。
「うわ~すごいすごい!蔵馬ほんとありがとう!」
絢爛な作りのらせん階段。
一面に敷かれた重厚な絨毯。
宝石をちりばめたような美しい夜景。
豪華な内装と景色にピョンピョン飛び跳ねんばかりに喜び“すごい”と“ありがとう”を連発する未来を見て蔵馬は優しく微笑んでいた。連れてきてよかったと嬉しくなり、心がじんわりと満たされていくのを感じる。
彼女と出会ってから、こういう瞬間は今まで何度もあった。
癒され、絆され、救われて…
記憶の糸を少し巻き戻したところで、目の前の未来に向き直る。
「よかった。未来が喜んでくれて」
「もう喜びまくりだよ。ありがとう!」
さすがにレストランに案内されてからは騒ぐわけにもいかず、未来は気持ち小声で礼を述べる。
二人は窓際の席に向かい合わせで座っていた。
グランドピアノが中心に置かれていて、ディナークルーズにふさわしく高級感漂う船上レストランだ。
日本料理風に少しアレンジを加えたフレンチのコースだという料理が楽しみで、空腹の未来は待ちきれない。
「中華街であんまり食べなくてよかったね」
「うん!お腹すいた状態で食べたいもんね」
中華街では小籠包をつまんだくらいで、夕飯が近いためあまり食べるのを控えていた蔵馬と未来だった。
「美味しい~!」
運ばれてくる料理はどれも美味しくて、蔵馬と談笑しつつ舌鼓を打つ未来。
「ちょっと外のデッキに出てみる?」
腹も膨れて残すはデザートのみとなった頃、蔵馬が未来を誘う。
窓からの風景だけでなく外に出て夜景を楽しみたかった未来はもちろん了承した。
「風が気持ちいいね」
夜の風は少し肌寒いが心地よい。
視界いっぱいに広がる、ネオンライトに光る夜景と静かな海に、未来はうっとりと心酔する。
デッキは空いていて、蔵馬と未来以外に人はおらず貸し切り状態だった。
「なんか懐かしい感じがする…あ」
「たぶん、オレも未来と同じこと考えてる」
ふふっと笑って、せーのと声を合わせる二人。
「「武術会の展望台!」」
六遊怪チームとの対戦後に二人で訪れたホテルの展望台でも、こんな心地よい風が吹いていた。
「懐かしいな。蔵馬、あの時お母さんのことや暗黒鏡のこと私に話してくれたよね」
過去に想いを馳せる彼女の横顔は寂し気だ。
明日、逃れようのない別れが待っていると知っていたから。
「今考えれば、あの頃にはもう未来のことが好きだったんだと思う」
一瞬、息が止まる。
目を丸くして隣の蔵馬を振り返った。
こちらを見つめる翡翠色の瞳は胸が苦しくなるほど優しくて、未来はまた虚を突かれる。
「初めて会った時、未来はオレを怒らせたいのかと思ったよ。今日もブランコに乗ってる姿が可愛いなんて言うし」
「そ、そんなことは…」
くらまちゃん!なんて口走ってしまったことを思い出し、焦ってしどろもどろになる未来が可愛らしくて自然と笑みがこぼれる。
彼女の一挙一動が愛しいと感じるようになっていた自分に、蔵馬はとっくに気がついていた。
「未来はオレの幸せが母さんの幸せだと言ったね」
「…うん。言った」
呂屠戦後のことだった。
自分を責めているだろう蔵馬の心を少しでも軽くしたくて。でも気安めや綺麗ごとは言いたくなくて。
思い悩んだ末、未来が蔵馬に告げた言葉だった。
そしてその言葉に、彼女の想像以上に蔵馬は救われたのだ。
「未来の幸せも、オレの幸せなんだ」
ふと、鴉との覚悟の一戦を回想する。
未来の幸せを、笑顔を守るためなら命さえ惜しくなかった。それは今も変わっていない。
霊界から未来を守り抜く自信がないわけじゃない。
けれど、蔵馬は仙水との戦いで一度未来を失っていた。
蔵馬にも自分の生活があり、一日中未来のそばにいられるわけではない。
未来を守るための一番の方法は、自分の手元に置いておくことではないのだと…そんな不都合な結論がどう足掻いても出てしまう。
「本当は未来をどこにも行かせたくないし閉じ込めてしまいたい。妖狐の時のオレならそうしていただろう」
今の蔵馬はもう家族という存在の尊さを知っている。
それに気づかせてくれた人の中に未来もいた。
自分が未来を幸せにしたいと思う気持ちがある反面、彼女の帰るべき場所は家族の元だと蔵馬の理性が告げていた。
「未来は両親に大切に育てられてきたんだろうね」
「え…私甘やかされて育てられた感ある?」
「大切に育てられたっていうのは、甘やかされたって意味じゃなくてさ。愛されて育った子は素直で他人に優しくできるって聞くけど、未来はその典型だと思うよ」
優しく穏やかで。
他人を疑ったり攻撃したりすることがなくて。
「それを言うなら、蔵馬もでしょ」
ポツリと未来がこぼして、蔵馬は意表を突かれる。
「蔵馬はいつだって優しかった…。私にも、皆にも。蔵馬もお母さんに大切に愛されて育てられたんだろうなって思うよ」
今までの思い出を振り返っているのか、優しくどこか泣きそうな顔をして蔵馬を見つめ未来が言った。
自分だけでなく母も褒められたようで嬉しく、蔵馬の胸はあたたかくなる。
船上のデッキで二人きり。
潮のまじった風で髪がたなびく未来を美しいと、どこか夢見心地に思う。
「未来が好きだ」
改めて実感して、想いを告げる言葉は自然と口をついて出た。
「こうして気持ちを伝えたのは、返事がほしいわけでも未来を困らせたいわけでもなくて…ただ知ってほしくなった」
未来を好きだという気持ちを、蔵馬は彼女と別れる前にどうしても伝えたくなったのだ。
本当は…もし霊界からの命令がなく未来が元の世界に帰るのが明日ではなかったら、交際を始めたくて今日告白していただろうけど。
「未来にオレのこと忘れてほしくなくてさ」
「忘れるわけない…忘れるわけないよ」
蔵馬を忘れる?
告白がなかったとしても、あり得ないことだった。
未来はしみじみと実感するように、蔵馬の言葉を否定して首を横にふる。
「蔵馬ありがとう。好きって言ってくれて…嬉しかった」
真っ直ぐ蔵馬を見つめて未来が言う。
今日こうして彼と出掛けてよかったと、心から思った。
「…少し冷えたね。戻ろうか」
肌寒いデッキから船内に戻る蔵馬に未来も続く。
船を降りた後、二人はライトアップされた観覧車に乗ってから帰ることにした。
観覧車の中での約15分間、二人共ほぼ無言だった。
眼下の夜景を見つめる蔵馬の横顔がひどく煽情的で、綺麗で。
彼は今何を考えているのか…
その場面を、空気を、その時の感情を、生涯覚えているだろうと未来は思う。
それくらい、印象的な時間と景色だった。
***
「今日はありがとう。楽しかった。すっごく」
縦浜から帰宅し、幻海邸まで蔵馬に送ってもらった未来が礼を言う。
今こんなに寂しいのは、今日がとても楽しかったからだ。
「オレも楽しかったよ。ありがとう」
「…うん!また明日ね」
おやすみと言い合い、手を振る未来に見送られた蔵馬は夜の住宅街を歩く。
これでいいんだ、と言い聞かせて。
未来は家族の元に帰るべきで、彼女もそれを望んでいるから。
でも…彼女の両親なら、娘が元気で幸せでいさえすれば自分たちの手元にいることを望まないのではないかと考える。
未来が一番幸せになれる、娘の選んだ道を応援してくれる。たとえ生きる場所が自分たちの傍ではないとしても。
未来の両親は、きっとそういう人だ。
そこまで考えて、蔵馬は首を振る。
仮にそうだとしても、それは未来が蔵馬と共にいる理由にはならない。
都合のよい解釈をしたくなる自分に呆れた。
“霊界からも、世界を全部敵にまわしても未来を守るからオレの傍にいてほしい”
そう未来に告げたい気持ちが、すぐに顔を出してしまう。
(愛しているからこそ、その手を離さなければならないこともきっとあるんだ)
後悔しない?と悪魔が囁く。
(後悔しないさ)
悔いなんて蔵馬には似合わない。
蔵馬は人の二歩も三歩も先に考えて、全て納得済、計算済で行動できる男のはずだった。
だから蔵馬は後悔していない。
「深夜の来客は歓迎できないな。要件次第ではあしらいが乱暴になるぜ」
千年前、組織の副将を見限り裏切ったことだって。